26 きゅん、接触頻度
無論、この案にだって穴がないわけではない。休み時間にも勉強している真面目な生徒がいる以上、休み時間に栞や先生と過ごすことは、考えようによっては勉強時間の減少であるからだ。
けれど、僕自身は頑張るときと休むときでメリハリを付けたいタイプなので、普段から休み時間には勉強しないことにしている。読書するか寝るか、基本どちらかだ。
人間の集中力の限界は、90分だと言われている。僕たちの通う高校は授業1コマが50分、休み時間が10分だから、休み時間にちゃんと休まなければ、次の授業時間中に集中力の限界が来ることになる。このように、休み時間に勉強しないことには理論的根拠があり、むしろ休むことで勉強効率を上げているまであるのだ。
そもそも、休み時間というのは文字通り、休むための時間ではないのか。いくら高3の秋だからといって、受験が刻一刻と近づいているからといって、休み時間を有名無実な存在にしてしまって良いのだろうか。それは休み時間に対する冒涜であり、もし休み時間が人と同じ心を持っていたら人間を裁判で訴えかねない、非道な行いである。なぜ僕の通う高校には、休み時間にも勉強する悪しき風習が一部残っているのだろうか。
思えば、この高校、高3になったらすぐに朝読書の時間を「朝学習」の時間に変える鬼畜の所業も行っていたんだっけか。僕はあれをいまだに許していない。
僕の経験上、ある程度の読書時間を確保しておいた方が、国語のテストで点を取りやすいものだ。文章を読むのに慣れておくことが、読解力の向上に繋がるのだろう。それにもかかわらず、目先の小テストやら模試やらで点を取ることばかり考えて、読解力をじっくりと養う機会を放棄し、読書ではなく自習を生徒に強制する。これは鬼畜どころか悪魔の所業だ。あんまり腹が立ったので、僕は家でたっぷりと読書するようになったくらいである。
読書を本格的な趣味にしてみると、なかなか良いものだ。朝起きて、コーヒーを一杯飲みながら、読みかけの小説を楽しむのが本当に最高。脳内がクリアになって、しっかりと覚醒できるのでおすすめである。しかもこの読書という趣味、古本屋に行けば昔のベストセラーが一冊百円くらいから買えてしまうので、新書にこだわらなければ全然お金をかけずに、高校生のお小遣いでも余裕で楽しめてしまうのが恐ろしい。こんなに素晴らしい読書体験の機会を、生徒から奪った罪は重いはず。
あと、高3になる前の春休みを先生方が「0学期」と称して、「受験に向けて春休みから、0学期から準備しないといけませんよ!」と口うるさく言っていたのも記憶に新しいな。いやいや、ゼロというのは存在しないからゼロなのであって、0学期などというものを勝手に生み出してはダメだろう。先生方には、ゼロの概念とは何かを今一度確認していただきたい。ゼロに怒られるぞ。
おっと、いけない。休み時間に休むことを正当化するために色々書いていたら、この高校への不満が次から次へと噴出して話が逸れてしまった。申し訳ない。本題に戻ろう。
「ただ、湯川さんの場合、所属している友人のグループが僕と全然違うから……というか僕は無所属のぼっちだから、あまり僕と関わりすぎると変な噂を流されるかもしれない。その辺は、お互い気をつけて上手くやる必要があるね」
「あたしを誰だと思ってるわけ? 大丈夫、問題ないわ」
得意げに胸を張る栞。今日も今日とて、制服の胸の辺りがぱっつんぱっつんで絶景だった。
事実、今までにも何回かお昼を一緒に過ごしたけれど、クラスメイトには全く悟られていないようだ。彼女のコミュ力の高さ、集団内での立ち振る舞いの巧みさはやはり常人離れしている。
「ちょっと待て。湯川は井上とクラスメイトだから接触しやすいだろうが、私は一応教師という立場だからな。生徒とベタベタしすぎるわけにはいかんぞ。今日だって勇気を振り絞って、万全の注意を払って来たのだからな」
「今日は本当にありがとうございます、先生。クッキー、とても美味しいです」
栞のお弁当ばかり食べていると桜井先生からの視線が痛かったので、さっき一枚だけつまんでみたのだった。そう、僕は何も無意味に、A4用紙1ページ分くらいの分量の地の文を使ってまで、休み時間と朝読書と0学期について考察していたわけではない。考察しながら、ちゃっかりクッキーを食べていたのだ。無用の用。……いや、でも1ページ使ってやったことがクッキーを一枚食べるだけって、冷静に考えてみると超地味だな。無駄ではないにしても効率が悪すぎる。
「きゅん……」
桜井先生はほんの一瞬、眼鏡の奥の目を見開き、頬を赤く染めた。が、すぐに俯いて恥じらってしまう。
「す、すまん。つい心の声が漏れた」
何だか、最初に自己紹介したときのことを思い出す。
「桜井先生の場合は、『昼休みに僕が数学の質問をしに来た』という体にしましょう。その際に人目につかない場所を選べば、極端な話、勉強そっちのけでイチャイチャしていても構わないわけです。あ、先に言っておきますけど揉みしだいたりはしませんよ」
「うむ、それならば問題ない気がするな。名案だ。ではそれで行こう。して、どれくらいの頻度で会うつもりだ?」
「桜井先生の実習期間が1か月しかないこと、接触頻度を立花先生並みに上げなければならないことを考慮して、実習が終わるまでは桜井先生と週2、湯川さんと週1で校内プチデートをするのはどうでしょうか」
「……ふむ。悪くないな」
「……悪くないわね」
この方法だと、結果的に栞との接触頻度が一番少なくなってしまう。けれど、元々僕らはクラスメイトなわけで、やろうと思えばそれなりの接触頻度を持てる。
僕の出した案に栞が反対することもなく、しばらくはこのプランで行くことになった。




