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24 告白三つ巴

 えっ? ちょっと待てよ。まさかこの流れ、本当に栞が僕に気があるってことなのか? え、そんなことある? どうしよう、動揺しすぎて地の文が滅茶苦茶になりそうだ。うわあ、マジかよ。半端ないな、湯川栞。


「桜井先生は知らないと思いますけど、あたしは一時期学校で孤立していて、家にも居場所がなくて、井上の家に一週間ほど泊めてもらったことがあったんです。そのとき彼は、やろうと思えばあたしの体を好きにできたのに、一切手を出そうとしなかった。そういう素振りすら見せなかったんです」

「ほう。やはり、一週間という短期間ではなく、長期での積立にせねばならんということだな。肝に、いや胸に銘じておこう」


 どうやら桜井先生は、自分で作った造語「積立おっぱい」を気に入ってしまったようだ。おっぱいだけに胸に銘じる、とか言わなくていいから。栞もリアクションに困ってるだろ。


「積立……? ま、まあいいわ。で、あたしは今までの人生で男子からちやほやされないことがなかったから、あたしの魅力が通じない男がいることがショックだったんです。ないが何でもデレさせて、あたしに屈服させてやろうと思って、色々頑張ってみました」



 頑張ってみた? 

 ひょっとすると栞が分けてくれた弁当、母親が作りすぎたってのは嘘で、自分で作ったのだろうか。今、この場では聞きづらいけれど、おそらくそうなんじゃないかという気がする。

 考えてみれば、そもそも弁当を作りすぎるというシチュエーションがレアだ。井上家のお弁当は前日の残り物をそのまま使うことも多いし、各種冷凍食品も立派なスタメンになっている。性格が悪くてよく男漁りをしている、あの湯川栞が弁当を手作りしたことを、きっと僕の脳は無意識のうちに理解するのを拒んでいたんだろう。何てことだ。湯川さん、確かにクセは強いけれど、第2ヒロイン候補として健気に立派に立ち回っていたじゃないか。


「でも、そうやっているうちにいつの間にか、あたし……」


 そのとき、栞は視線を桜井先生から外し、僕へと向けた。僕の両の瞳を、真っ直ぐに見つめた。顔を赤くしてもじもじしながら、勇気を振り絞って告白する。僕も思わず息を呑んで、彼女の決意を受け止めようと身構えた。


「あんたのこと……好きになっちゃったみたい」



 ぐあっ。破壊力抜群。これが王道のツンデレか……って、待てよ。そういえば、あの設定はどうなったんだ。まさか、なかったことになったんじゃあるまいな。


「こんな僕のことを、好きになってくれてありがとう。でも湯川さんは確か、大学生の男子とよく遊んでいるって言ってたよね? あれはどうなったの? 僕は湯川さんには特定の相手がいるのかと思ってて、だからこそ好意になかなか気づけなかった部分もあるんだけれど」

「あんなくだらない男、あんたへの恋心を自覚してすぐに振ってやったわ!」


 堂々と、悪びれずに言い放ちやがった。振られた大学生が可哀想になってきたよ。


「結局、年上の男たちなんて、JKとしてのあたししか好きじゃなかったのよ。JKというブランドに惹かれているだけ、若い女の子を求めているだけで、あたしという人間の内面や本質にはあんまり興味なかったみたい。だから、振ったの」



 そうか。ようやく分かった。

 なぜ栞が、やたら回りくどい前置きをしてから「立花先生のことをもっと知るべきだ」と主張したのか。それは、湯川栞自身が大学生との恋愛で少なからず傷つき、僕にはそんな思いをしてほしくないと考えたからこそだったんだ。あの昼休み、栞は栞なりの優しさで、僕と立花先生のことを気遣っていたんだ。

 もちろん自分のことも知ってほしそうではあったけれど、立花先生を出し抜くような真似はせず、あくまで平等な条件の下で恋のライバルと戦おうとしていたのか。ここに来て伏線を回収していくとは、何て奴だ。


「……要するにあたしは今、フリーってこと。あたしのこと選んでくれても良いのよ、井上?」


 一転して蠱惑的に微笑み、唇に人差し指を当てる栞。彼女も僕への好意を明らかにしたことで、この恋愛ゲームは三つ巴の様相を呈してきた。


「よし、状況説明はこれくらいで良いだろう。では井上、湯川の良いところも挙げてみろ。彼女だけ仲間外れにするのも違うだろうしな」

「分かりました。湯川さんの良いところは、一見すると性格が悪いんですけど実は周りの人のことをよく考えていて、無駄にスタイルが良いところですね」

「一言多いのよ、あんたは!!」


 抗議する栞をよそに、立花先生は「むうっ」と頬を膨らませていた。隣の僕との距離を縮め、腕を絡めてくる。


「あ、あの、立花先生?」

「湯川ちゃんも桜井先生も恋のライバルみたいだけど、わ、私だって井上くんのこと大好きなんだからね! そう簡単には渡さないよっ!」


 腕を絡めた拍子に、柔らかいものが軽く当たっている。けれど特に抵抗しなかった僕を見て、桜井先生は「ふむ」と腕組みした。自分の積立おっぱいをあっさり拒否された一方、立花先生のこういうアプローチは受け入れているところを観察し、立花先生と僕の仲の良さを実感した――とか、そんな具合なのだろうか。



「私は先刻、私と立花先生の形勢は互角だと言ったな。あれは誤りだった。現時点ではやはり、立花先生が他二名を大きくリードしているものと思われる。立花先生と井上の間に築かれている信頼関係は、かなり強固なようだからな。次点で私。なお、湯川は性格が難アリなため、ランキング圏外だ」


 いや、候補が三人しかいないのにランキング圏外って、どういう圏外なんだよ。普通に三位ですって言えば良くないか? 栞もずっこけそうになってるぞ。


「それじゃあ、僕をヒモにする件は諦めてくれるんですか⁉」

「そうしようかとも思ったのだが……しかし考えてみれば、立花先生がリードしているのはある意味、当然なのだ。なぜなら彼女は、他の二人よりも井上と過ごした時間が長い。共に過ごした時間が長ければ、彼女への好感度は上がっているのが必然だろう」

「まあ、確かにそうかもしれませんけど」

「要するにだな。私は今日、井上の恋人候補に、優劣をきちんとつけようと思っていた。が、夏休みから井上を指導している立花先生と、つい先日知り合ったばかりの私、同じクラスにこそいたがあまり交流のなかった湯川とでは、井上と接触した頻度が違いすぎる。前提条件が大きく異なっているのだ。これでは比較にならん」


 そこでだ、と桜井先生はテーブルに身を乗り出した。


「私と湯川は今後、立花先生に負けないくらいに貴様とベタベタさせてもらう。否、そうしなければならない。接触頻度を上げ、前提条件を揃えた上で、また改めて比較検討及び証明の機会を持とう」



 諦めが悪すぎる上に、ちゃっかり自分も僕とデートする機会を得ようとしている。桜井先生はなかなか計算高いようだった。でもなぜだろう、嫌いにはなれない。

 三人が三人とも、僕のことを真剣に好きでいてくれているから。どうすれば全員が納得できる結末に辿り着けるか、それぞれが自分なりに一生懸命に考えてくれているからだろうか。


「えーっ⁉ やだーっ! 私だけの井上くんでいてほしいよーっ!」


 可愛く悲鳴を上げ、ますます腕を絡めてくる立花先生。もはやここまで近づかれると、抱きつかれているのとほぼ同義な気がする。柔らかな感触がますます強まった。


「ちょっと先生、勝手に決めないでもらえます⁉ ……べ、別に、あたしが井上に今よりもっと近づけるって言うのなら、考えてあげなくもないですけど!」


 分かりやすいツンデレムーブをかましつつ、「フン!」とそっぽを向く栞。赤く染まった頬からは、まだ熱が引いていなかった。


「皆、井上のことを憎からず思っているのだろう? ならば、彼と親しくなるチャンスは平等に与えられるべきだとは思わんか?」


 メインヒロインと第2ヒロインからの反発を、桜井伊織は涼しい顔で受け流す。そして僕に顔を近づけ、甘く囁いた。


「楽しみにしていろよ、井上。貴様との恋の方程式、必ず私が解いてみせる。ヒモが嫌なら、SMでも構わん」

「別ジャンルに進出しないで下さい!」



 こうして僕は、立花先生との授業や「やりたいことリスト」のデートの回数はそのままに、栞や桜井先生とも時々デートする羽目になってしまったのだった。桜井先生の教育実習が終わればこの状況も少しは落ち着くのかもしれないけれど、まあ、どうなるかは分からない。未来はいつだって分からないものだ。

 自分で言うのも何だけれど、僕はひねくれた人間だ。人生には辛いことの方が多くて、なのに何のために僕たちは生きているんだろうって、ずっと考えていた。反出生主義めいた思想も、一部持っていたりした。

 でも、少なくとも今この瞬間は、楽しいと思える。立花先生が、栞が、桜井先生が、僕のことを真剣に想ってくれている。それだけで僕は今、幸せだった。


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