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23 全てをお話しします

『あんたが彼女と付き合おうが距離を置こうが、それはあんたの自由よ。だけど、もし仲良くなりたいと思うのなら、もっと立花先生のことを知るべきだわ』


 栞に言われたアドバイスを思い出す。惜しむらくは、あれから判明した立花先生の秘密が「好きな食べ物は、おばあちゃん手作りの野菜のかき揚げ」だけなことだった。まさかこれを良いところとして挙げるわけにもいかない。

 立花先生がおばあちゃんとの思い出を語る的なエピソードがもしあれば、立花穂乃花というキャラの掘り下げとして十分に機能したかもしれないが、まあないものねだりをしても仕方ない。自分の言葉で伝えよう。

 小学校の先生はよく「自分の言葉で表現してみましょう」と言っていたけれど、あれは「自分のボキャブラリーの範囲内で」と言うのと大差ないのではなかろうか。変に頭を捻って独特かつ奇天烈な表現を使うよりは、辞書を引いて、もしくはネットで検索して一般的な表現を使った方が遥かにましだと思う。風変わりな言い回しをして許されるのは、詩人と文豪だけなのだから。

 まあそんなわけで、僕の立花先生への賞賛の言葉は、割と普通というか無難な感じにまとまってしまった。



「……全体的に、守ってあげたくなる感じです。以上です」

「ふむ。では次に、私の良いところを言ってみろ」

「背が高くて、かっこよくて、授業が分かりやすくて、生徒のことを思っているところです」

「生徒のことを想っている? フン、当然だ。井上よりもヒモ候補に適した人材は、この世に存在しないと言っても過言ではない」

「勝手に変換しないで下さいよ。ニュアンスが変わっちゃうじゃないですか」


 前述したように、僕は立花先生のことをまだまだ知らない。先日出会ったばかりの桜井先生のことは、言わずもがなだ。二人のことを深く知る段階に達していないこともあり、僕は二人の長所を説得力あるかたちで説明できなかった。決着はつかず、議論は平行線をたどる。


「ふうむ。どうやら、私と立花先生の形勢は互角のようだな。秘策の積立おっぱいを使えば勝てる可能性はなきにしもあらずだが」

「そんな秘策使わないで下さいよ……」

「井上くん、積立おっぱいとはどういうことかなっ⁉ わ、私だって、井上くんのためなら覚悟くらいできるもん! 水着だって見せてあげたんだしっ。おっぱいでも何でもかかってきなさーい!」

「立花先生、お願いだから一旦落ち着いて下さい⁉ 話がどんどんややこしくなるので! あっ、脱がないで下さい! 脱ごうとしないで!」



 立花先生が早まらないように押さえている僕を眺め、桜井伊織は独り言ちた。

「……そうか、この女性が貴様の意中の人だったのか。私はてっきり、同じクラスの湯川かと思っていたぞ」

「湯川って、あの湯川栞ですか?」


 いやいや、と僕は首を振る。


「まさか、そんなことはないでしょう。だって、学年一腹黒いことで有名な湯川さんですよ」

「でも井上くん、体育祭のとき、湯川ちゃんからもお弁当分けてもらってたじゃんっ!」


 ちょっと拗ねた風に、立花先生が口を挟んだ。


「あれは、湯川さんのお母さんがお弁当を作りすぎたって……」

「そんな嘘を信じているとは、まだまだ青いな、少年」


 桜井先生はフッと口元を緩め、言う。


「私の見立て通りならば、湯川は貴様に気があるぞ。良い機会だ。この際、彼女もここに呼んでみようではないか」

「無茶苦茶じゃないですか⁉」


 さすがに断ろうと思った。が、立花先生も桜井先生に賛同したらしい。


「呼ぶべきだよっ、井上くん! 一度、湯川ちゃんの気持ちを確認しておくのは良いことかも!」

「ま、まあ、立花先生までそう言うのなら……」


 ダメ元でメッセージアプリを起動し、僕は栞へ連絡した。


『事情を説明すると長くなるんだけど、もし可能であれば、至急ここのファミレスへ来てくれないか? 休日に呼び出したりしてごめん』


 一分もしないうちに、既読がついた。


『行くわ!!』



「……で、何で立花先生と桜井先生がいるのよ⁉」


 30分後。

 ファミレスに到着した栞は、この奇妙な状況を前に唖然としていた。

 今日のコーデは、ほぼ黒一色で大人っぽくまとめている。本人のむっちり体型のせいもあるのだろうが、どことなく色気があって特定の層に刺さりそうな感じだ。


「井上と二人きりで会えるのかと思って、友達とのショッピングを早めに切り上げて、大急ぎで来たのに! どんな罰ゲームなのよ⁉」

「人生それ自体が罰ゲームみたいなもの、という考え方もあるぞ」

「井上も井上で、何かそれっぽいこと言って誤魔化してんじゃないわよ! 反出生主義じゃないんだから」


 コホン、とわざとらしく咳払いをして、仕切り直す栞。


「とにかく、状況が全く分からないんだけど。説明して下さいよ、先生方」

「分かった。実は、かくかくしかじかでな?」


 説明役を買って出たのは、桜井伊織だった。自分が僕をヒモにしたいと思ったくだりも何ら恥じることなく、表情一つ変えずに淡々と話していく様は圧巻である。



「……それで、私や立花先生としては、湯川の気持ちも一度聞いておきたいと思ったのだ。井上は貴様のことを意識していないようだが、傍から見れば、何かあるのは一目瞭然。どうだ、湯川。腹を割って話をしないか?」

「う、ううっ」


 桜井先生の横に座った栞は、視線をあっちこっちへさまよわせ、相当迷っていた。が、やがて顔を上げ、「分かりました」ときっぱり頷く。


「もう、これ以上隠し通すのは無理そうですもんね。全てをお話しします」


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