22 魅力の証明
僕としてはかなり思い切って、切り札を出したつもりだった。さあどうする、桜井先生。いかに優秀な教師と言えども、「好きな人がいる」と主張する異性を攻略するのは不可能なんじゃないか?
はたして先生は「ふむ」と呟き、顎に軽く手を当てた。
「つまり貴様は、その人物が私より優れた魅力を有しているがゆえに、私よりも彼女を推すというわけだな?」
「ま、まあ、そういうことになるんじゃないでしょうか……」
「なるほど。では、その女性は私よりもどのようなところが優れているのか、具体的に述べてみろ。貴様の返答に納得できたら、私も大人しく負けを認めよう」
「はあ」
何だか、妙な展開になってきた。立花先生の良いところを言えば良いんだな。ええと、何から言うべきか。
刹那、これまでに立花穂乃花と過ごした思い出が、走馬灯のように僕の脳内を駆け巡った。初めてデート(?)したときは、カフェでパフェをあーんし合いっこしたっけ。水着で海水浴にも行った。あのときの先生、白い肌が眩しかったな。カラオケに行ったら湯川さんたちと鉢合わせしたり、その後でプリクラを撮ったり、手を繋いで帰ったりしたこともあった。体育祭のときにはお弁当を持って来てくれたっけ。
授業のときは、僕が時々ひねくれた質問をして、しょっちゅう話を脱線させたな。その節はご迷惑をおかけしました。
しかしこうして振り返ってみると、僕と立花先生、めっちゃデートしてないか……? 「やりたいことリスト」を達成するためという名目があってこそ成り立っている、この奇妙な関係だけれども、普通のカップルみたいじゃないか。付き合っていても週に一度会うか会わないかという低頻度なカップルだっているのに、僕と先生は週に2,3回は授業で顔を合わせ、週末には「やりたいことリスト」のために出かけている。我ながら思う。何じゃこりゃ。
「ええと、純真無垢な感じで、可愛くて……」
うーん、ダメだ。立花穂乃花の可愛さを言語化し、上手く説明するのは難しい。何か適当な表現はないかと試行錯誤した結果、このような結果となった。
よく「言葉では言い表せない」とか「筆舌に尽くしがたい」とか言われるけれど、それって書き手の語彙力が足りてないだけのケースもあるんじゃないかな。今の僕だって、やろうと思えば「小動物のようで愛くるしい」だの「女神です」だの、表現可能だ。恥ずかしいから言わないだけであって。
「ひどく抽象的だな。それでは到底納得できん」
桜井先生には納得してもらえなかった。羞恥心を捨てて、もう少し踏み込んだ表現をすべきだったか。日本語って本当に難しい。
「よし、ではこうしよう。今度の土曜日、郊外のファミレスで私と貴様、それから件の女性と三人で待ち合わせだ。本人を目の前にした状態の方が、貴様も説明しやすいに違いない。その状態で、彼女と私の良いところを挙げていった上で比較検討し、私よりも彼女の方が優れていると証明してみせろ。何、数学の証明問題を解くようなものだと思えば良い」
「数学と恋愛は違いますよ!」
予想の斜め上の提案をされたので、さすがの僕も面食らった。どういう人生を送ってきたら、こんな奇想天外な証明問題を思いつくのだ。
「そもそも、人を好きになる基準なんて、個人によってバラバラなわけですし。そんなの、証明できるんですか?」
「グダグダ抜かすな。これは私から貴様への、貴様に対してだけ課す、秘密の宿題なのだ。クリアできた暁にはご褒美をあげよう」
心なしか僕の方へ体を寄せ、桜井先生はとても爽やかに笑った。
「たとえば、私の胸を好きなだけ揉みしだいて良い権利を進呈する、というのはどうだ? 私はCカップで、さほど豊かではない胸を有しているが、毎日揉んでいればそのうち成長するはずだ。近頃は積立NISAなるものが流行っているが、積立おっぱいもなかなかどうして悪くないと思うぞ」
「爽やかな笑顔でとんでもないことを言い出さないで下さい! あと、僕はエロ投資家になるつもりはありません!」
それに、さらっと自分のカップ数を暴露しないでほしい。次回から桜井先生の胸が視界に入るたびに、「Cカップ……」と考えてしまうじゃないか。これがサブリミナル効果ってやつか(たぶん違う)。
結局のところ、「桜井先生のCカップおっぱいを揉みしだく」というご褒美は、丁重にお断りさせていただいた。が、「立花先生を交えて三人で話す」という提案自体は、桜井先生がかなり強く推したこともあって断れなかった。
かくして、土曜日の午後。僕と立花先生、それから桜井先生の三名は、ファミレスのテーブル席に座っていた。
ちなみに、立花先生は制服姿である。やりたいことリストの中に「ファミレスでドリンクバーを頼んでダラダラ過ごす」というのがあったので、それを達成するがてら来てもらった。僕は私服。桜井先生はメンズのシャツとパンツで決め、シンプルかつクールな私服で来ている。
「じゃあ二人とも、まずは自己紹介からお願いします……」
緊張した空気の中、僕は恐る恐る切り出した。
「えっと、初めましてっ! 立花穂乃花、大学一年生です。井上くんの家庭教師をやってますっ! 高校時代にやり残したことがたくさんあって、それをやり遂げるために井上くんに協力してもらってます。今日みたく制服を着て出かけることも多いですが、コスプレ趣味というよりは雰囲気づくりのためですっ! よろしくお願いします!」
いわば恋敵と対峙しているわけで、もっと緊迫しても不思議ではない状況だったけれど、立花先生はいつもと変わらず、明るく元気に話していた。
「桜井伊織、大学三年だ。現在、教育実習生として井上のクラスを担当している。端的に言って、私は彼に一目惚れしてしまった。将来的にはヒモとして飼い、たっぷり甘やかしてやりたいと思っている。よろしく頼む」
僕にとっては既出の情報だけれど、改めて文章化してみると相当尖ったキャラだった。実際、あの立花先生でさえも「そ、そうなんだっ!」と一瞬リアクションに困っていた。
「井上くんに一目惚れするなんて、良い趣味してるねっ!」
「立花先生だって一目惚れだったじゃないですか⁉」
自分のことを棚に上げている先生に、たまらずツッコむ僕。やれやれだ。大丈夫なのか、このよく分からない会合。
「さて、井上。さっそくだが、私と立花先生の良いところを順に挙げていってくれ」
「分かりました」
とは言ったものの、本人を前にして褒めるって、めちゃくちゃ気恥ずかしい。
「ええと、立花先生は無邪気で愛くるしい感じで……」