表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/56

18 料理対決

 忙しさに追われているうちに、気づけば体育祭当日。

 僕が出た種目は、100m走と綱引きのみ。どちらも午前中の種目だったため、午後からは応援くらいしかやることがなくなってしまう。暇になりそうだ。

 昼休憩の時間になった。親と一緒にお弁当を食べる生徒もちらほらいるが、僕の両親は体育祭を見に来ていない。一年生のときこそ物珍しがって来てくれていたけれど、さすがに三年にもなるとな。親も親で忙しいし。



「井上くーんっ!」


 教室で一人、弁当を食べようと昇降口へ向かう僕。それを呼び止めたのは、もうすっかり聞き慣れた声だった。


「おーいっ!」

「……立花先生⁉ え、何でここに?」


 全校生徒とその保護者たちで、運動場周辺はごった返している。さすがに、その中をJKコスプレ状態で歩くわけにはいかなかったのだろう。今日に限っては、立花先生は私服だった。カーキ色の、ノースリーブワンピース。元々が色白だから、余計に眩しい。


「えへへ~。いやー、井上くんの活躍を見たくなっちゃったからさあ」

「そんなことだろうと思いましたよ……」


 予想通りだった。可愛いので許す。



「井上くんって、意外と足速いんだねっ! 一着だったじゃん!」

「体力はないですけどね。あるのは瞬発力だけです。おかげで毎年、体育で持久走をやる季節になるとノイローゼになりかけてます」


 運動能力を褒められることがめったにないので、正直、これは素直に嬉しかった。けど素直に喜ばずに謙遜ばかりするのが、僕の悪いところである。


「これから教室でお昼食べようかなと思ってたんですけど、先生はどうします?」

「せっかくだから一緒に食べようよ。私もお弁当持ってきたんだ~」


 さすがは先生、用意が良い。いつの間にかその手の中にはレジャーシートと弁当箱があり、いつでも屋外でランチタイムを始める準備ができている。

 ひょっとして立花先生、僕の活躍を見ることよりも、僕と一緒にお弁当を食べることを主目的に来たんじゃないか? ……いやいや、人の発言の裏ばかり探ろうとしてはダメだ。先生だって、僕のひねくれた性格を直そうと地道に試行錯誤して下さっているんだ。これ以上僕がひねくれてしまったら、ますます迷惑をかけてしまうじゃないか。疑わず、素直に信じる姿勢を大事にしよう。


「良いですよ」


 というわけで、僕は二つ返事で了承した。



「そういえばこの間の、先生の内面を知りたいって話の続きなんですけど。『やりたいことリスト』を一つ達成するごとに、先生のことを一つ教えてもらうっていうのはどうです?」

「名案だねっ! じゃあ私も井上くんの質問を予想して、すぐ答えられるようにしておくよ!」

「いや就活の面接じゃないんですから」


 先生と並んでシートに腰を下ろそうとしたそのとき、背後から「なっ……」と呟く声がするのに気づく。振り向くと、僕と同じく体操服姿の、湯川栞がいた。


「お疲れ。どうしたんだよ、湯川さん。そんなところに呆然として突っ立って」

「あんたが家庭教師と一緒にご飯食べようとしてるからに決まってるでしょうが!」


 噛みつくように言われた。立花先生がちょっと怯えているから、もう少し優しく言ってほしい。


「何で立花先生がここに来てるのよ。またお母さんが多めにお弁当作っちゃったから、食べてもらおうと思ってたのに! 勝手に先に食べ始めてるんじゃないわよ!」

「湯川さんの家のお弁当事情なんて、僕は知らないよ。初耳だよ。食べきれそうにないなら、他の男子にでも食べてもらえばいいじゃないか」


 別に、食べさせる相手が僕である必要性は感じない――という意味で言ったのだけれど、なぜか栞はぽっと赤くなり、もじもじした。



「……そ、そんなことしたら、あたしがその男子に気があるみたいになっちゃうでしょ。少なくとも、向こうは意識してくると思うわ」

「まるで、僕にだったら『気がある』と思われても構わないみたいだね」

「ち、違うわよ! 誰があんたなんかに! こっちから願い下げだわ!」


 直後、栞はハッとして口に手を当てた。言い過ぎたかな、と気にしているらしい。 

 普段は大人びている彼女の、そんな年相応な一面を覗けたことで、僕は自分の悪戯心を満足させた。栞をからかうのはこれくらいにして、立ち上がる。


「ひとまず、場所を変えようか。僕みたいな弱者男性が美人二人、もとい美女一人と野獣一匹を連れて外で食事をしていると、嫌でも同級生たちに注目される。人気のないところに行こう。ちなみに立花先生が美女で、湯川さんが野獣ね」

「分かったわ。じゃあ、いつだったかお昼を食べた中庭で……って、誰が野獣か!」

「ふーん。井上くん、私が知らないところで、湯川ちゃんと一緒にお昼を食べていたんだねっ。ふーん」


 台詞後半から怒り出した栞と、微妙にご機嫌斜めになってしまった立花先生。この二人をまとめるのは容易ではないなと、僕は改めて思った。



 中庭のベンチに、三人並んで座る。左から順に、立花穂乃花、井上悟、湯川栞だ。

 一般的には「両手に花」は肯定的な意味なのだろうけれど、両手が花で塞がっていると何もできないから、片手に花くらいがちょうど良いと思う。買い物とかしづらそう。

 立花先生のお弁当は手作りらしかった。ただ、全部を自分で作ったわけではなく、自宅の冷蔵庫にあった余り物なんかも上手に活用して、色とりどりで見た目よく仕上げている。


「これが、おばあちゃんが作ったかき揚げだよっ! 井上くんにもぜひ食べてみてほしいな」


 先生の大好物だというそれを箸で持ち上げ、僕の口元へ近づけてきた。


「はい、あーんっ!」

「あ、あーん……」


 初めて先生とデートしたとき、パフェをあーんし合いっこした。今にして思えば、初回からなかなかハードル高めなことをやっていたんだなと思う。

 まあそんなわけで、あーんしてもらう経験自体はある。初めてではない。けれど、右方向から栞の視線を強烈に感じながらあーんしてもらうのは、また一味違った恥ずかしさがあった。どういうプレイなんだよ。



「……ぐぬぬぬ」


 右側から、悔しそうな唸り声のようなものが聞こえる。人目がないからといってイチャイチャしている僕と先生を目の当たりにするのが、そんなに嫌なのだろうか。

「仲良きことは美しきかな」と言われていた時代は、もはや過去のものとなったのかもしれない。現代の非リア充たちは、幸せそうなカップルを見れば「リア充爆発しろ」などと言い出す。人の幸せを素直に喜べない、悲しい時代が到来しているのだ。それはそれとしてこの腹黒第2ヒロイン候補、やっぱり怖いので一回爆発してみてほしい。


「フンッ。あたしのお弁当も食べなさいよね、井上!」


 不機嫌そうに言い、先生に対抗するかのように、揚げ物をあーんしてくる栞。この薄い形状、若干赤色っぽく見える肉、さてはハムカツだな。ハムカツといえば、昔遊んでいたカードゲームにそんな名前のカードがあった気がする。イラストが可愛らしくて好きだったんだよな。


「お、おう。ありがとな」


 むちむちボディーの秘訣らしい、栄養満点のお弁当のおかずを一ついただいた。うん、美味い。肉の旨味がしっかりと伝わってくる。

 しかし湯川さん、間近で見ると体操服姿の破壊力は半端ないものがあるな……。体のラインが普段よりはっきり見えるし、午前中の種目でほんのり汗ばんでいて、相当な色気がある。確かに、この状態の栞からお弁当を分けてもらったら、並みの男子はイチコロかもしれない。



 そんなことを考えながらハムカツを咀嚼していると、立花先生から「井上くんっ!」と出し抜けに言われた。何だかそわそわした様子である。


「湯川ちゃんのハムカツと私のかき揚げ、どっちが美味しかったっ?」

「どっちも美味しかったですよ」


 無難に答えたつもりだったけれど、先生はやや不服そうだ。頬を膨らませている。ハムスターみたいでちょっと面白可愛い。


「むうーっ、両者ともに譲らず、決着はつかなかったかっ! では、もう一品。今度は、私お手製のサラダを召し上がってね!」

「あ、あたしだって負けないわよ、立花先生! 井上、このスクランブルエッグをありがたく頂きなさい!」

「先生も湯川さんも、何で料理対決みたくなってるんですか。これそういう番組じゃないですからね⁉」


 僕の制止も虚しく、結局のところ僕たち三人は、昼休みが終わるギリギリまでお弁当の食べ合いっこを続けたのだった。

 午後に出場する種目がなくて、本当に良かった。もしあったら、お腹がパンパンでろくにパフォーマンスを発揮できなかっただろうから。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ