14 もう一つだけ
こうなっては仕方がない。僕は先生と相談した上で腹を括り、栞に全ての事情を打ち明けることにした。先生も最初は抵抗があったようだけれど、「湯川さんはこう見えて義理堅いところがあって、秘密は守ってくれます。だから安心して下さい」と説き伏せた。
「事実は小説より奇なり、ね」
全部話し終わると、栞は唇を引き結び、腕組みをした。
「井上。あんたには一週間泊めてもらった借りがあるから、他の子たちには黙っておいてあげるわ。あんたたちの関係について、あれこれ口出ししたりもしない」
「……お、おう」
まあ、こいつ自身大学生と付き合ったりしてるんだから、人のこと言える立場じゃないっていうのもあるんだろうけど。それでも、余計な詮索をせずにいてくれる優しさには感謝しかなかった。
「けど、一つだけ言わせて。今後はなるべく、今日みたいに学校の近くでデートするのはやめて頂戴。いくらあたしが上手く誤魔化しても、目撃情報が多くなりすぎれば庇いきれないこともあるわ」
「分かった。忠告、ありがとな」
「ごめんねっ。今度から気をつける!」
ごもっともな意見だった。二人揃って、素直に謝る。
「……フン。それじゃ、あたしはもう戻るわね。せいぜい仲良くやりなさいな」
栞は鼻を鳴らして立ち上がり、ドアに手を掛けた。
部屋から出て行く瞬間、彼女、立花先生のことをほんの僅かに睨んでいた気がする。「あんたが制服コスなんかしてなければ、こんな面倒なことにならなかったのに!」とでも思っているのかもしれない。まさか、ライバル意識の類ではないはずだ。
相変わらずの尖ったキャラだけれど、今回ばかりは栞に助けられ、的確なアドバイスも頂いた。少なくとも彼女は、「最悪な」第2ヒロイン候補ではないかもしれない。
良いところだって、いくつかあるのだから。
何はともあれ、嵐はひとまず去った。僕たちはカラオケを続行した。
このカラオケルームは、防音が完璧ではない。完璧ではないということはつまり、隣の部屋の音が微妙に漏れ聞こえる。栞、ももちゃん(仮)、ゆきぴー(仮)がすぐ横の部屋にいる状態では残念ながら、僕が密かに練習していたアニソンを披露できる機会は訪れなかった。しょうがないので、ランキング上位に載っている流行りの歌を適当に選んで歌う。
立花先生も(本人的には)健闘していた。採点モードによると、先生の歌は85点らしい。うーん、普通すぎる。あとはリズムさえ何とかなれば。
二時間歌いきって、お会計して退店。僕が払おうとしたけれど、先生に「バイト代貰ってるから私が出す!」と押し切られた。
「……『カラオケで歌う』という目的は達成できましたけど、隣が気になっていまいち集中できませんでしたね。もう少し遠くまで足を伸ばして、他のやりたいことリストもやりに行きましょうよ」
「うんっ。じゃあ次はね、プリクラを撮りましょうっ!」
そう来たか。
僕たちは電車に二駅ほど揺られ、街外れのゲームセンターへ移動した。栞のアドバイスに従い、アーケード街を避けたかたちである。ここならば同級生に遭遇する確率は激減するはず。
実を言うと、僕もプリクラは初めてだった。戸惑いながらも先生と一緒にプリ機へ入ると、次々にポーズを指定される。機械に言われるがまま、よく意味が分からないポーズを取らされた。
プリ機内のスペースの都合で、自然と立花先生との距離が縮まる。密着状態にこそならないけれど、肩が触れ合うのはもはや当たり前だ。なんか髪から良い匂いするし。畜生、心臓に悪いな。ドキドキしちゃうだろ、こんなの。
「……何だこりゃ」
はたして、印刷されて機械から吐き出されたプリクラはというと、加工されまくって原型をとどめていなかった。これが僕? さすがに嘘だろ。目が大きすぎる。少女漫画じゃないんだから、でかくすれば良いってものじゃないだろうに。
「すごーい! 私、可愛いっ!」
そんな僕の右隣に、純粋に加工を楽しんでいる立花先生がいた。めっちゃ自画自賛してる。
プリクラを撮り終わったことで、本日のデートはこれにて終了となった。駅で解散。逆に言えば、駅までは一緒。
「今日は『やりたいことリスト』を二つもクリアできて、首尾は上々だねっ!」
駅に続く細い道を歩きながら、先生は嬉しそうに言った。
「井上くんと一緒にいると、私が高校生のときにやり残したことはどんどん達成できるけど。でもそれと同時に、これから井上くんとやりたいことも、どんどん増えていくなあ」
「先生……」
おいおい。反則でしょう、その台詞は。僕みたいな朴念仁でも、ときめかずにはいられなくなってしまう。
「先生、出血大サービスです。今日、もう一つだけ、『やりたいことリスト』をしましょう」
「へっ?」
「確か、『手を繋いで帰る』みたいなのがありましたよね」
車道側を歩く僕が、あくまで自然な感じで、先生の手を取った。
「……うんっ」
顔を真っ赤にして、立花先生がこくこく頷く。
街外れなら、誰かに見られることは気にしなくて大丈夫だろう。
僕たちはこうして、まるで本当のカップルのように、駅までの道を一緒に帰ったのだっ