12 カラオケ・アクシデント
ある日の放課後。高校からの帰り道の途中にあるアーケード街で、僕は立花先生と待ち合わせた。
「じゃあ、行きましょうか」
「うんっ!」
制服姿の先生を見るのに、もうだいぶ慣れてしまっている自分がいる――慣れて良いのだろうか、これは。この特殊なシチュエーションに、慣れてしまって良いのか。まあ、先生が楽しそうだから良しとしよう。彼女、今にもスキップとかしそうなくらいルンルンである。
さて、僕たちが向かった先はカラオケ店だった。
この近辺には、松浦大や僕の通う高校をはじめとする教育機関が密集している。したがって、学生でもとっつきやすい価格設定を行っている店も珍しくない。このカラオケもその例に漏れず、一時間歌っても300円ほどしかかからない、化け物じみた料金プランとなっていた。大手の企業ではなく、地元の中小企業が運営しているからこそなせる業なのだろう。地方都市で暮らすのも案外悪くないものである。
高校の同級生の中には、「県外の大学へ行きたい」と志望している者もちらほらいる。その気持ちも分からなくはない。僕らの住んでいる街から遠すぎないところだと、たとえば広島や岡山は結構な都会だ。もう少し東へ行くと、兵庫や大阪、京都はもっと都会。でも僕らの街だって住んでて不自由しないし、家賃一万円台の賃貸物件がゴロゴロあるくらい地価は安いし、物価も安いし、結論、住めば都。元々人混みが苦手ということもあって、僕にはここがちょうどいい。
「ええと、高校生二名……でよろしかったですか~?」
カラオケの受付スタッフは、僕たちを一瞥して聞いてきた。20代後半くらいだろうか。髪を派手なピンク色に染めた女性だった。見た感じ、フリーターをしている方だったりして。地方は時給が低い(千円を下回る)ので、フリーターには辛い環境かもしれない。
「いえ、高校生一名、大学生一名で」
僕はすかさず訂正した。
制服を着ている以上、立花先生を高校生扱いで通すのは必須。となると残りは僕なわけだが、本来「高校生(僕)&大学生(先生)」であるはずの料金を不当に安くするのは良心が咎める。ゆえに、僕を大学生扱いにしておいた。まあ身長だけはあるし、家で私服に着替えてから来たので、パッと見は疑われない。
ここのカラオケは年齢確認が適当だと聞いていた。事実、その通りだった。
「かしこまりました。では、こちらのルームで二時間、ドリンクバー付きですね。どうぞごゆっくり~」
受付スタッフは丁寧に一礼すると、そそくさと奥へ引っ込んだ。洗い物か何かあるのだろう。カラオケでのアルバイトも大変そうだ。特に夜間は酔っぱらった客の対応に追われそうなイメージだし。
僕はなるべく楽をして時給を貰いたいので、大学生になったら暇な時間帯のコンビニバイトとかやってみたいなと思う。で、廃棄になる食料品を大量に持ち帰って、家の食費をめちゃくちゃ浮かす。効率だけを考えれば、たぶんこれが最適解じゃないかな。我ながら夢が一ミリもない発想である。
「……井上くん、やったね! 全然怪しまれなかったよっ」
「怪しまれないようにするために情報収集した甲斐がありましたね」
そんなわけで年齢確認をパスし、僕と先生は声を抑えつつも内心は意気揚々と、割り振られた部屋へ進んだのだった。
もうお分かりだろうけれど、今回の「やりたいことリスト」は「放課後にカラオケに行く」こと。シンプルな課題だが、立花先生が制服をどうしても着て行きたい都合上、いかにして年齢確認を突破するかが課題だった。
僕の人脈はゼロに等しい。ただ、栞と連絡先を交換していたのがプラスに働いた。彼女に「年齢確認が緩いカラオケを教えてくれないか」と頼んだところ、ここを勧められたのである。さすが情報通だ。
グラスに炭酸飲料を注いで、いざ入室。立花先生はふんふんと鼻歌を歌いながら、さっそく曲を入れ始めた。
「どんどん入れていくよ~。最初からラストスパートだぜっ!」
「最初から力尽きないで下さいよ。……あの、こんなことを聞くのは失礼かもしれないですけど、先生は高校時代、一度もカラオケに行ったことなかったんですか? 『やりたいことリスト』にこれが入ってるってことは、つまりそういうことですよね?」
「誘われたことはあったんだけどね」
恥ずかしそうに髪の毛の先を手でいじり、先生は微笑した。
「私、音痴だったからっ。それがばれないか心配で、誘われても断っちゃってたの」
「あー、そういう感じでしたか……」
「でも大丈夫! この日のために時々一人カラオケに通って、密かに練習してきたんだよっ。今こそ、練習の成果を見せるとき! 井上くん、せっかくだから採点モードの準備をお願いっ!」
「了解です」
練習して上手くなったところを、僕に見てほしいのか。健気じゃないか、とちょっとしみじみしかけていた僕だったが、十秒後には「感動を返してくれ」と言いたくなった。
「この世に~ぃ、生まれた~ぁ、ことが~~~♪」
なるほど、確かに猛特訓したのだろう。採点の結果、音程が外れている箇所はほとんどなかった。テレビ画面に楽譜みたいなのが出てきて(あとで調べたらガイドメロディーという名称らしい)、それに沿って歌っていく、あれだ。あれでミスしているところはゼロに近かった。
けれども、リズムがまるでダメだった。原曲を聞いたことがなくても分かるレベルの酷さである。かといって「なんかリズム違いません?」などと言おうものなら、微妙な空気が流れること間違いなし。せっかくの「やりたいことリスト」なのだから、楽しんでほしいし。とても指摘しづらい。
ていうか、何の曲だこれ。昔のドラマを好んで見ている影響なのか、先生の選曲は平成の懐メロみたいなのばっかりだった。ほぼ同年代とは思えないラインナップ。
「ちょ、ちょっとドリンクバーに」
態度を決めかねた挙句、僕は先生の分もドリンクを補充しに行った。
ダメだ、どうすればいいんだこの状況。最近、年上女性との接し方を勉強しようと思ってその手のラブコメを読んでみたのだけれど、10歳上の女性がヒロインだったので立花先生とのケースには何にも応用できそうにない。自分の人生経験の、もとい対人経験の、さらに言うなら女性経験のなさが恨めしい。
「――うん、うん、分かった。じゃ、あたし、二人の分も取ってくるね!」
何とかして場を盛り上げられたらなあ、と悩みながら、ドリンクバーでメロンソーダのボタンを押したときだった。隣のカラオケルームのドアが開いた音がした。
足音がこちらに近づいてくる。ああ、この人も僕と同じで、ドリンクバーを使いたいのか。さっさとどいてあげたいところだけど、まだ先生の分の紅茶を注ぎ終わってない。もう少しだけ待ってほしい。
「えーと、ももちゃんがオレンジジュースで、ゆきぴーがサイダーで、あたしが……」
その人物は僕の隣に立って独り言ち、三人分のドリンクを注ぎ始めた。
ん? 何だろう。どこかで聞いたような声だな。このアニメ声っぽい、そこはかとなくツンデレ感のある声は、まさか。
「「え」」
どちらからともなく、僕たちは顔を見合わせていた。
僕たちというのはすなわち、この僕、井上悟と、湯川栞のことである。




