9 最悪の第2ヒロイン
僕たちのクラスには、女子バスケットボール部員が二人いる。彼女らはともに一軍グループに属していたが犬猿の仲で、一軍以外にも派閥を作って火花を散らしていた。まさに東西冷戦、一触即発だった。
栞はその両名と交流があり、腹黒キャラとしての意見をそれぞれから求められたらしい。で、「Aさんは○○なところが良くない」「Bさんは××だ」などと、いつものように悪口を言ってしまった。それが良くなかった。
彼女の言った悪口は次第に両陣営へ広まり、「湯川栞は二大派閥の対立煽りをしている」と受け止められてしまったのである。あくまで要求されたように、相手が喜びそうな種類の悪口を言ってあげただけだったのに、両方に取り入ろうとして完全に裏目に出てしまった。虻蜂取らず。
一軍女子の怒りを買ったのがきっかけで、栞はクラスでの居場所を失った。さらに、彼女に関する悪評は学年内にも広まり、友人たちからも見放された。毎日、嫌がらせを受けた。靴に画鋲が入れられていたり、机に落書きされたり、そういう類の嫌がらせだった。
それでついには、家に同級生が押しかけてくるようにもなったという。ピンポンダッシュのような悪戯をされる始末。家族に事情を話して相談したが、「自業自得だ」と冷たくされてしまった。
なお、僕たちの通う高校は、夏休み期間にも「補習」という名の登校日が設けられている。長期休暇だからといって、クラスや学校内での煩雑な人間関係からは決して逃れられないのである。まあ、僕はぼっちだからあまり影響ないんだけれど。
「……あたし、もう学校に行けない。行きたくない。同級生たちが嫌がらせをしに来るから、家に閉じこもっていることもできない。居場所がないのよ」
目に涙を浮かべながら打ち明ける栞を、僕は静かに見つめた。
「まあ確かに、ご両親の言う通り、自業自得だとは思うよ。バスケ部女子たちの機嫌を取ろうとして、二人ともに味方したのがまずかったんだろうさ。けど、どっちに味方した方が得かなんてその時点では分からないだろうし、湯川さんの選択が百パーセント間違っていたとも思わない。でも、だとしても、やりすぎだ。クラスの人たちも、バスケ部の人たちも。先生にはもう相談したの?」
「相談できるわけないじゃない、こんなこと。あたしが悪いって言われて、それまでよ」
「そ、そうか。あと一つ質問なんだけど、何で僕の家に来たんだ? 同い年の男女がひとつ屋根の下で生活するのって、だいぶ問題があると思うぞ。せめて女子の家へ行きなよ」
「唯一、同じクラスで交流がゼロだったのがあんただっただけ。井上ならここ数日の最近の悪評のことは聞いてないだろうし、クラスの連中も、まさかあたしがあんたの家に匿ってもらってるなんて夢にも思わないでしょうからね。……それと、女を頼るなんて嫌よ。女なんて金輪際、信じない。信じたくない」
きっぱりと拒絶され、何となく察した。栞も栞で、相当辛い思いをしたのだろう。女同士の友情を信じられなくなるくらい、僕なんかには想像もできないほど悲惨な体験を。
「湯川さんの事情は分かった。でも、うちの両親が許可するかどうか。湯川さんがうちに泊まって、万が一何か間違いがあったら大変だろ。僕が許しても日本の法律が許さないぜ。ただでさえ湯川さん、無駄に肉感的なんだからさ」
「『無駄に』って言うな!」
ああ、またしても地雷を踏み抜いてしまった。反省しよう。
「あらあら、悟。あなたに女の子の寝込みを襲う度胸がないことは、母さんがよ~く分かっていますよ」
「そうだぞ、悟。父さんが若い頃は」
「あなたは黙っていて下さい」
「はい……」
父は黙りこくった。思わぬところから援護射撃を受けて、僕も沈黙した。反省はできても反論はできなかった。
こうして家族会議の結果、井上家は栞を何日か泊めてあげることになった。
彼女はリビングのソファベッドで、僕は普段通り自室で寝る。あとで栞のご両親にも連絡しておく。そういうことになった。
会議が終わるまでの間、立花穂乃花は僕の部屋で律義に待ってくれていた。
栞を連れて戻ってきた僕が事情を話すと、彼女は「ええ~っ⁉」と大声を上げた。慌てて、口を手で押さえる。たとえ栞が腹黒くても、女性を拒絶しようとも、お構いなしに心配しているようだ。優しい。
「それって、大丈夫なのっ?」
「いや、ていうかこの人誰なのよ……」
先生の質問に答えるより先に、栞から戸惑い気味に問われた。そうだ、説明がまだだったっけ。
「えーとだな、湯川さん。この人は立花穂乃花先生で、僕の家庭教師なんだ」
「そして私は、厳密には付き合ってはないんだけど、井上くんとデートっぽいことも時々しているのでしたっ!」
「先生、それ今ばらす必要ありました? なかったですよね?」
「だからメインヒロイン枠として、井上くんと湯川ちゃんがこのまま距離を縮める的なイベントの発生は勘弁してほしいなっ!」
「「誰がこいつなんかと!!」」
異口同音に、僕と栞は互いを指差して叫んでいた。
まあ、当然だ。片や、友達も彼女もいない変人系男子。片や、学年一の腹黒女。さすがにカップリングとして最悪すぎるだろう。
「とにかく、何か困ったことがあったら連絡してねっ! 特に、貞操の危機を感じたら迅速に! 井上くんの初めてを奪うのは私だからっ!」
「満面の笑みで下ネタを言わないで下さい。ついでに、同級生の女子の前で僕が童貞だとばらすのもやめて下さい!」
僕の悲鳴を聞いているのかいないのか、立花先生はそそくさと退室してしまった。両親に「お邪魔しましたっ!」と元気よく挨拶してから帰って行く。
「……」
「……」
急に静かになった。
僕は栞と束の間見つめ合い、そしてぺこりと頭を下げた。
「ふつつかものですが、よろしくお願いいたします」
「何でプロポーズみたいになってるのよ! 一応、あたしたちクラスメイトなんだけど⁉」
考えられる限りで最悪な第2ヒロイン候補、湯川栞との共同生活は、こうして幕を開けたのだった。……あーあ、早く実家に帰ってくれないかな。




