第8話(全36話) カミーユの加入
その話を持ってきたのは神官のレティシアだった。
サジッタ地方のアイ城にはヴァンパイアが住んでいる。なんでも百年ほど前に元々の城主がヴァンパイアになり、国王の命令に従わなくなった。国王は討伐軍を送ったけれど全滅。国王はその後、ヴァンパイアを倒したものには、その城と城主位を与えると布告を出して放置、その布告は今も生きているのだそうだ。
あたしたちもそろそろ拠点が欲しいと思っていた。ありあまる財宝、そのほとんどはサイズが合わなくて着れない、用途が合わず使えないマジックアイテムなんだけど、それらを安全に保管できる場所が欲しかった。正直、城主位なんていう貴族の階級なんかどうでもいいけど、城を手に入れるためにヴァンパイアを退治することにした。レティシアと戦士のアルチュールは、周辺の人々が安心して暮らせるように、とかなんとか言っていたような気がする。
ヴァンパイアが治める領地って、どんなに悲惨なんだろうって思ってたけど、住民たちはのんびりしたものだった。領主が軍備の費用を徴収しない分、ほかの地域より豊かだとさえ言えた。領主用の高級なものを作るような職人はおらず、商売が盛んなようには見えなかったけど、それなりに幸せそうだった。それなりの秩序ができているようだった。
百年前、ヴァンパイアになった領主が、大工や家具職人を連れて行ったのが、領主を見た最後だという。ヴァンパイアになる前から領主は、建築に執心していた。大工たちはアンデットになって、今も城の増改築をしているのだそうだ。
城の中は綺麗だった。掃除が行き届き、ホコリひとつ落ちていなかった。ただ、ぜんぜん生活感がなかった。生活するために作られた空間じゃなかった。城は丘の上にある。普通、城っていうのは幾重かの城壁があって、その壁の中に建物がいくつかあるって感じだと思うけど、ここは城壁の中、すべてが建物でおおわれて、地面の見える隙間がなかった。水平方向での空間がなくなると、次は垂直方向に広がった。上にも下にも。城全体が迷路だった。時々立派な武具を身に着けた白骨がいた。国王の討伐軍の一員かな。迷って出られなくなったんだろう。幸いにもあたしたちには優秀なマッパーのレティシアがいるから心配はしていない。時々パトロールと思しきアンデットや、屋敷を掃除しているアンデットと遭遇し、罠を盗賊の手や身体を使って解除しながら、最奥部にたどり着いたのは一か月を経過しようとする頃合いだった。
ボス戦では扉を開けたと同時に、瞬間最大火力を叩きこみ、あたしとアルチュールが突撃した。魔法使いベルナールの直接火力、神官レティシアの後方支援、そして彼女のエンチャントをもらった軽戦士のあたしジジのエペと戦士アルチュールの火炎剣で、あたしとアルチュールは仲良く一回ずつエナジードレインを食らいながらも、なんとかヴァンパイアを倒した。エレガントさに欠ける戦闘だった。結局なんで城主様がヴァンパイアになったんだかの理由は聞けなかった。
その後、住民たちに白い目で見られながら、アイ城主領を抜け、王都に戻った。新しい領主さま、たいへんそー。ま、アルチュールのことなんだけどね。
王都で城をもらう手続きをする。あたしはもちろん、アルチュールもベルナールもこういうことは分からないから、レティシアのコネを使って、王都大司教の側近の司教様からアンナという女性を紹介してもらった。彼女からあたしたちは、宮廷での作法をみっちり仕込まれた。衣装も見立ててもらった。いい布地、いい仕立て、けっこうなお金が飛んでいった。アンナは聡明そうな美しい顔立ちの人だった。様子を見に来た司教と親しげに会話をしていた。その風情からあたしは二人は恋人同士だと思ったが、レティシアはなにも気づいていないようだ。「司教さまは敬虔な導き手なのよ」なんて言ってる。あんたの宗教、恋愛には厳しいんじゃなかったっけ。あまり人を信じすぎない方がいいよ。
儀式自体はあっけないものだった。控の間で長時間待たされて、呼ばれて、謁見の間の端の方で、
「汝、アルチュールをアイ城主に任じる。適切に領地を治めるように」とかなんとか宰相が言ったのを聞いて、退出して、控えの間に戻ってきて、証明の巻物をもらって帰ってくるというものだった。本当にあっけなかったけれど、今日からアルチュールはアイ城主という貴族になった。これからはアイ卿なんて呼ばれることになる。
「さて、みんなレベルも上がって上級職に昇格できそうだな」
ベルナールがそんなメタなことを言っている。でも転職できるのは事実だ。
「なんにしようかな」
「ジジは剣士とかいいんじゃない?」
レティシアが言った。
「戦士系はいいよね。選べるものがあって。私なんか教会での地位が上がるだけ。司祭が司教になるだけだよ」
「へぇー、偉くなるんだね。じゃ冒険には出られなくなるの?」
あたしが聞いた。
「いいや、まだまだ放浪の旅を続けるつもりよ」
そうレティシアが答えた。
「ジジはどうする? 君が嫌じゃなかったら、僕が剣士になりたいんだけど?」
アルチュールが遠慮がちに言う。あたしも悩んでいるけど、別に剣士になりたいわけじゃなかった。
「いいよ、アルチュール。似合うんじゃないかな。両手で火炎剣をあやつる剣士」
そう言って「剣士」枠はアルチュールに渡した。
「さて、どうしよう?」
別にやりたいことがある訳ではなかった。このままみんなで一緒にいられるだけで幸せだった。上級職へのクラスチェンジで、この幸せがいつまでも続くものじゃないっていう当たり前のことが思い出された。みんな責任を背負う立場になってゆく。いつまでも気ままな冒険者じゃいられない。幸せとかと悲しさとかを感じるのは日常のふとした変化なんだろうな。
「俺はウィザード」
ベルナールが唐突に言った。相変わらず空気の読めない奴だ。
「じゃ、あたしはキャプテン。パーティに指揮役いないと始まらないでしょ」
あたしがそう言うとレティシアが応えた。
「意外だね。貴方がそんなことを考えてるなんて」
彼女は心底意外そうな顔をしている。彼女はあたしのことをどう思っているんだろう? いつか問いただしてやる。
「いいんじゃないかな。ジジはいつも全体を見ているような感じだし、これからの冒険には指揮役が必要になってくるだろうしね」
アルチュールのフォローが入る。ナイス!
「じゃ、みんな新しいクラスが決まった訳だし、そのための手続きをしましょう。私の場合は儀式が必要みたいだし、解散しましょう」
レティシアはそう言ってたけど、その後は結局宴会になった。
ある日次の冒険どうしようか、なんて生産性のない会話を「遠い日の思い出」亭でしているとき、アルチュールが一人の男を連れてきて言った。
「こっちはカミーユ。スカウト。パーティに入ってもらいたいと思っている」
あたしは驚いて、心の中で「こいつだー!」と叫んだ。
そのころあたしたちは上級職になっていくつかの冒険をこなし、二つ名を名乗るようになっていた。冒険者としてそれなりのキャリアを積んで、あたしたちは少々方向性を見失っていた。冒険観の違いを理由にして、少なくないパーティが解散する時期だ。あたしたち(あたしだけ?)は理想の冒険者像なんて持っていないから解散なんて考えていなかったけど、今後どうするかなんて具体的なことは何も考えていなかった。そろそろドラゴン退治かな、罠が怖いからスカウトが必要だな、どっかに腕のいいスカウト、落ちてないかな、なんて堂々巡りをここ何日も繰り返していた。そして今、アルチュールが連れてきたのがスカウトのカミーユだった。
カミーユ。名前だけは知っていた。今聞いて思い出した。今の生活が楽しくて、今まで忘れていた。こいつがアルチュールを死に追いやったんだ。ベルナールからそう聞いた。あたしの使命はこいつからアルチュールを守ることなんだ。
この男がアルチュールを破滅に追いやった。むこうのベルナールはそう言っていた。こいつのせいでパーティはバラバラになり、アルチュールは魔王の呪いを受けて、こいつが勝手にアルチュールを魔王に仕立てあげて、王都で首をさらされることになったんだ。
この男が……。第一印象ではそんな風には思えなかった。けどベルナールの言うことを信じるならば、こいつがアルチュールの運命を狂わせた張本人なんだ……。
カミーユに実際に会った感想は拍子抜けするものだった。こいつがアルチュールを魔王に仕立てあげるとは思えなかった。少々陰りがある整った顔立ち、手入れの良い革鎧をわざと雑に着る着こなし、わざと磨いていない銀のバックル、滑らかな立ち居振る舞い。芝居の舞台に立たせれば、若いのから少々歳のいったのまで女子をキャーキャー言わせそうな男だった。一言で言えば女の子を騙す系の詐欺師のような奴だった。
「スカウトが欲しいって言っていただろう?」
アルチュールがみんなに向かって言う。
「彼はどうだろうか?」
ベルナールとレティシアがカミーユを見ている。
「これでも結構場数は踏んでいるつもりだ。後悔はさせない。ぜひパーティに入れてほしい」
と、奴は場所にふさわしくない丁寧さで言う。あたしの知っているスカウトは大言壮語をはいたり、エラそうにする奴が多かった。そういう客が何人もいた。こいつはそういう手合いとは毛色が違うようだった。
「最近、パーティが解散したそうなんだ。マスターから聞いて、話しかけてみたら信頼できそうな人だった。僕は是非一緒に冒険したいなと思った。みんなはどうだろう?」
アルチュールが話を続ける。
「私はどうだっていいけどな」
レティシアはそう、新しいオモチャへの興味をすぐに失ってしまった猫のように言った。
「あたしは嫌よ」あたしは反対した。「今までだって四人でやってきたんじゃない。今さら他人を入れるなんて嫌よ」
カミーユは将来アルチュールを死に追いやる、なんてみんなに言う訳にはいかない。でもここでカミーユを入れたらアルチュールの死が確定してしまうんじゃないかと焦っていた。
「でもスカウトが必要だって、ジジも言っていたじゃないか。もうミミックに食われるのは嫌だって」
アルチュールはそう言う。こいつはあたしの言ったことを細かいことまでいちいち覚えていやがる。
「でもあたしはイヤ」
理由になっていない。あたしは助けを求めてベルナールの方を見た。
ベルナールは関心なさそうな顔で黙っていた。また痴話喧嘩か、ぐらいに思っているのだろうか。痴話喧嘩じゃねーよ。それともまたこいつの「生理的にイヤ」が始まったとでも思ってんのか? ちげーよ。そもそもこれはお前がもってきた案件だろーが。いや、でもこっちのベルナールは何も知らないんだったっけ。じゃ、この行き場のない思いはどうすればいい?
「ジジの言いたいことはわかるよ。でも僕たちの今後のためには彼の力が必要なんだ。わかってくれよ」
アルチュールがあたしをなだめるように言う。えっあたし、わがまま言ってる? これってわがままなの? アルチュールはあたしをあやしてるの? あたしが悪いの? レティシアもいい加減にしなさいって顔であたしを見ていた。
「それに僕はきっかけになりたいんだ。カミーユがもっと活躍できる、そんなきっかけにね」
「わかった」
あたしはアルチュールに言った。しょうがない。アルチュールがそこまで言うのなら。これからはカミーユを見張ってなくちゃ。
「じゃ、これからカミーユは僕らの仲間だ。これから頼むよ」
アルチュールがそう宣言すると、皆で簡単な自己紹介をして、カミーユと握手した。絶対尻尾をつかんでやる。
なにも考えていないアルチュールはその後カミーユと二人で夜遅くまで飲んでいたそうだ。
カミーユがアルチュールの運命を狂わせた。そんな未来のことを除いても、あたしはカミーユが嫌いだ。
まず態度が気に入らない。
「アイ卿のパーティに誘っていただけるなんて光栄です」
なんてぬかしやがる。
「アルチュール、こいつなに?」
ってあたしが言ったら、
「おい、お前、アイ卿に対して失礼だぞ」
なんてあたしに言いやがった。
「いいんだ、カミーユ。君もアルチュールと呼んでくれ」
アルチュールはそう言ってあたしを制した。あたしはエペに手をかけて、立ち上がろうとしていたが、機先を制せられた。
「いや、それでは示しがつきません」
カミーユが言う。「示し」ってなんだよ。アイ卿の称号だって、あたしたち全員で得たものなんだ。
「これから一緒に冒険するんだ。そんな堅苦しいのは抜きにしよう」
「わかりました。ではこれからはアルチュールと呼ばせていただきます」
なんてカミーユはほざきやがった。
アルチュールもアルチュールだ。「先生」とまでは言わないけど、カミーユに敬意を示し過ぎだ。そういうアルチュールの態度も気に入らない。
「カミーユはいろんなことを知っているんだ」
と無邪気に言ってる。まるで陸にあげられた魚が、ふたたび水の中に戻されたかのようにはしゃいでいる。あたしのアルチュールがなんだか遠いところに行ってしまったかのようで、なんだかモヤモヤする。
ベルナールはアルチュールに近づくのは誰であろうと嫌いなのだが、アルチュールのすることに表立って反対することはない。レティシアはいつものように、
「あたしはどっちでもいいけどな」って言ってる。
あたしだけが未来を知っている。あたしだけがカミーユがアルチュールを魔王にするのだと知っている。あたしだけがアルチュールを守れるんだと、あらためて思った。
そんなあたしの気持ちも知らずにアルチュールは夜中までカミーユと二人で飲んでたんだ。
さらにあたしとカミーユのキャラがかぶっているのが気に食わない。アルチュールとあたしは同じ戦士と言っても、彼は重戦士、あたしは軽戦士、彼は戦線維持役、あたしは戦線突破役と役割を分担していた。でもカミーユはスカウトで、つまり鍵開けのできる軽戦士だ。ロールがかぶっているのだ。パーティにおけるあたしの存在感が低下する……。パーティ全体の戦力向上は望むところだが、なんだかモヤモヤする。
要するに、あたしはカミーユの存在自体が許せないのだ。
第1章の半分が終わりました。
第1話から3話までが序章、第4話から13話までが第1章になります。
今後もお付き合いください。