第6話(全36話) 始まりの冒険
「遠い日の思い出」亭のマスターがドワーフの戦士を連れてきて、
「ジェスタンさんだ。詳しくは依頼者本人から聞いてくれ」と紹介して去っていった。
ジェスタンは空いている椅子に座った。
アルチュールたちはこの依頼を受けようと思ってあたしを誘い、人数がそろったところで改めてマスターに依頼を聞いて、ジェスタンがあたしたちのテーブルにやってきたという流れなんだろう。
「依頼というのは……」
彼が仕事の内容を話し始めた。要約すると、王都から西へ二日程のところにある洞窟に用がある。最近そこにゴブリンが住み着いたので、一人では危険だ。だから護衛として雇いたい、ということだった。別にゴブリンの退治とか駆除という訳ではないそうだ。
簡単な仕事、だからあたしたち駆け出しの冒険者に回ってきた。ここ「遠い日の思い出」亭ではこんな風に冒険者の経験に見合った仕事を紹介してくれる。便利な仕組みだ。
ジェスタンから依頼の内容を聞いたあと、アルチュールが少し考えさせてくださいと言って、戦士アルチュール、魔法使いベルナール、神官レティシア、そしてあたし、軽戦士ジュヌヴィエーブとで冒険の内容について話し合った。
結局引き受けるんだし、依頼の危険性を正確に判断できる経験もないけど、「どうする?」なんて、正解のない問題のをあーだこーだ言ってる無駄な時間が、青臭いけど、なんだかうらやましい時間の使い方だなって感じがした。うらやましいって、あたし今は当事者なんだけどね。
出口のないあたしたちの話し合いをジェスタンはちょっと離れて、聞いていないフリをして、ニヤニヤ笑いながら見ていた。きっと彼にも、最初の冒険を前にして、そわそわして多弁になった経験があるのだろう。冒険者は誰でも経験があるんじゃないかな。
ドワーフの依頼人ジェスタンをしばらく待たせたあと、結局依頼を受けることになり、明朝出発することに決まった。
王都から西に二日旅をして、目的の洞窟にたどりついた。
「僕たちの冒険はここから始まるんだ」
アルチュールが感慨深げにそんなことを言う。あんまり気負わないでね、と心配になる。あたしは一度来たことがあるけど、記憶はおぼろげだ。全滅しかけたことは覚えているけど、細かいことは忘れてしまった。
洞窟の入口には小さな足あとがたくさんあった。本当にゴブリンがいるようだ。ベルナールがタイマツを担当、レティシアがマップ担当になり、それぞれ準備を整えて初ダンジョンに突入した。
前衛は戦士アルチュールと依頼人のドワーフの戦士ジェスタン、中央にタイマツを持った魔法使いベルナール、後衛が神官レティシアとあたしエルフの軽戦士ジュヌヴィエーブだ。途中大きなダンゴムシが腐肉をあさっていたが無視した。避けられる戦闘は避けるのが冒険者の鉄則だって誰かが言ってた。また危険を避けるために部屋ごとに隠し扉を探った。冒険と言うのは単調な作業の積み重ねだ。でも壁を叩いて隠し扉を探すのも飽きてきた。
「ねえねえ、アルチュールはどうして冒険者になったの?」
あたしは隣で壁を小型のハンマーで叩いているアルチュールに話しかけた。
「僕は困っている人を助けたいと思っているんだ。僕は他に何もできないけど剣ぐらいは振れるから、戦うことのできない人たちのために戦いたいと思って冒険者になったんだ」
彼は壁に目をむけたまま生真面目なことを言った。
「将来の夢は?」
あたしは質問を続けた。答えなんか知っている。でも、また君の口から聞きたいんだ。
「僕はずっと冒険者を続けて、困っている人を少しでも多く助けたいと思っている」
彼はそう答えて、今度はあたしに聞いてきた。
「ジュヌヴィエーブは?」
「あたし? あたしは広い世界を見てみたいから冒険者になっただけ。将来の夢とかはないかな。レティシアは?」
あたしは七〇才のエルフらしい答えを返して、矛先をレティシアに向けた。広い世界を見てみたいというのも、たった十年で大体つまみ食いして飽きちゃうんだけどね。
「私は将来、地方の修道院に行って畑を耕しながら自給自足で暮らしたいの。特にワインを作りたいな」
レティシアの宗教では人の集まるところで教えを説く者のほかに、人里離れたところで集団生活をしながら修行をする者たちもいるそうだ。彼女はそういうところで、土地を耕しながら暮らすのが夢なんだそうだ。前回はその夢かなったようだよ。
「聞いたことなかったけど、ベルナールはどうなんだ?」
アルチュールがベルナールに聞いた。二人は古い付き合いなんだそうだけど、こんな話はしたことないらしい。
「俺か? 俺は早く隠居して研究生活に入りたいよ」
一番の少年が何を言う。こういうところが奴の可愛げのないところだ。
それまであたしたちの話を黙って聞いていたジェスタンが笑いながら言う。
「若い者たちはそれぞれ夢があってうらやましいな。おしゃべりはそのくらいにして先に進もうか」
あたしたちは実りのない隠し扉探しを切り上げて、先に進むことにした。
通路を進み、ほどなくして奇襲を受けた。アルチュールが叫ぶ。
「毒蛇だ!」
ここは通路、前衛しか戦闘に参加できない。あたしはあたしのできる最善のオプションを選んだ。
「アルチュール、ジェスタン、ガンバレー!」
あたしの声援の甲斐もなく、アルチュールは攻撃をはずした。毒蛇との戦闘でジェスタンは傷を負ったけど、毒への抵抗には成功した。さすがドワーフ、頑丈にできている。
戦闘のあと、洞窟の奥が騒がしくなった。戦いの音を聞きつけたのだろう。ジェスタンはゴブリンの足音だと言う。あたしは弓の準備を、レティシアはスリングの準備をした。ベルナールはタイマツを持って突っ立っている。このレベルじゃ、魔法使いにできることなんてほとんどないからね。アルチュールは両手剣を、ジェスタンはバトルアクスを構えて、迎撃の態勢を整えた。
ゴブリンが現れる。三体だ。ゴブリンはドワーフを嫌う。奴らはジェスタンを視界に入れるとすぐに突進してきた。
あたしが弓を撃ち、レティシアがスリングで石を飛ばした。両方当たったけど、それだけでは倒すことができなかった。アルチュールが一体、ジェスタンが二体を相手にしている。アルチュールの攻撃はなかなか当たらない。両手剣は当たればダメージがでかいけど、取り回しが大変だからなかなか当たらない。アルチュールが一回当てて敵を倒す間に、ジェスタンは二体を片付けていた。
二人が戦っている間にも足音が近づいてくる。あたしはレティシアに目配せして、エペを抜いた。二人がゴブリンを倒すとあたしは言った。
「逃げよう! あたしとレティシアが後ろを守るからさ!」
「わかった」
アルチュールはそう言うと東の通路に飛び込むようにして進んでいった。ジェスタンがすぐに追いかけ、ベルナールが続いた。最後にレティシアとあたしが、ゴブリンの攻撃をかわしながら広間を出た。
ゴブリンの大群に追われて、あたしたちは洞窟の奥へ奥へと進んでいった。ゴブリンはもう追いかけてこないようだった。
広間、あたしたちが東から入ってきて北の方に奥に続く通路がある。そちらから四つの人影が近づいてきた。グールだ。死肉を食らうアンデット。ゴブリンはこいつらを恐れて追いかけるのをやめたのだろう。こっちの隊形はあたしとアルチュールが前衛、レティシアとベルナールが後衛、真ん中に依頼人のジェスタンがいる。グールとの距離は十メートルほど。まずは投射攻撃だ。あたしは弓を、ベルナールがスリングを使う。まだまだロクな魔法がないからな。で、レティシアがアンデットを追い払う「ターニング・アンデット」を試みる。でもまだまだレベルが低いから失敗するんだろうな。
成功したのはあたしの弓だけ。少しはダメージを与えられた。続いて白兵戦。あたしは弓を放ってエペを抜いた。グールはあたしとアルチュールに二体ずつ分かれた。グールの攻撃、はずれ。こっちの攻撃もはずれ。なかなか当たらない。
次はこっちの先攻。アルチュールの攻撃が当たって一体粉砕。でも攻撃を受けてパラライズしてしまった。グールの攻撃を受けて抵抗に失敗すると麻痺して戦闘を続けられなくなる……。アルチュールは戦線を離脱してしまった。あたしの攻撃ははずれ、で攻撃を受けてしまった。でも大丈夫。エルフにはグールのパラライズ攻撃は効かないんですのよ。
次、アルチュールのスペースにジェスタンが入る。頼りになる依頼人だ。一体倒した。でもグールの攻撃を受けてパラライズしてしまった。ちょっと! ドワーフは麻痺への耐性高いんじゃなかったの! あたしはようやく攻撃を当てた。
で、今度はジェスタンのスペースにメイスを構えたレティシアが入り、グールにダメージを与える。彼女は攻撃を受けたけど、抵抗に成功してパラライズしなかった。あたしはようやく一体倒し、あと一体……。
あたしたちが拠点としている王都の宿屋、「遠い日の思い出」亭はどこにでもある宿屋兼飲食店だ。大昔は酒場とか言っていたけど、酒を飲まない冒険者も増えてきたし、何より未成年が多くなった。酒を飲まない者でも成功した冒険のあとで、もしくは失敗した冒険のあとで毎晩集まって騒いでいる。
今日は成功した冒険の打ち上げでテーブルを囲んでいる。アルチュールもベルナールもレティシアも、そしてあたしも上機嫌だ。
「アルチュールの両手剣、全然当たんないねー!」
レティシアが言う。確かにあんまり当たっていなかった。でも言い過ぎなんじゃないかな。彼女は酔い始めると言葉に容赦がなくなる。
「でもダメージは出てたよ。グールを一撃で倒してたし」
あたしは弁護するように言った。
「でも最後に頑張ったのは私のメイスと、貴方のエペだし」
そう言ってレティシアはあたしに抱き着いてきた。あたしは突然のことでびっくりしてしまった。
あたしたち女子二人がおしゃべりしてじゃれ合っているのを男子二人は笑いながら見ている。
「そういえば、ベルナールはなんか仕事した?」
レティシアは容赦がない。今度の被害担当は魔法使いだ。
「えっ、俺はちゃんとタイマツ持っていたよ。俺がいなかったら、みんな洞窟の中で立ち往生だよ」
「魔法は?」とレティシアが言う。
「こんな低レベルでは使える魔法なんてないんだよ。将来性にご期待ください」
ベルナールも上機嫌だ。冗談みたいな弁解をする。
「そういうレティシアだって魔法を使ってないじゃないか」
「私はいいのよ。メイスで活躍したから」
グールを倒したあと、洞窟の奥に進むと石を組んで作られた人工の部屋に出た。中央に泉がある。ここがジェスタンの目的地だった。
ジェスタンが膝をついて祈りを捧げると泉から精霊が現れた。彼が父の仇のホブゴブリンのところへ連れて行ってくれと願うと精霊はポータルを開いた。ポータルっていうのは別の場所につながる扉みたいなものだ。彼は「諸君、さらばじゃ」って言ってあたしたちを残してポータルの先に消えていった。それを見届けると精霊は消えていった。消えるときあたしの方を見て、笑顔を見せたような気がした。
あれ? 前回来たときはあたしたちの願いも聞いてくれたんじゃなかったっけ? で、その場で思いつかなかったもんだから願い事をかなえてくれる杖を貰ったんじゃなかったかな。そう言えば、あの杖、どうしたんだっけ……。
まあ、いいか。そこは昔、祠があったそうで、礼拝用の通路が外につながっていた。それを通ってあたしたちはゴブリンたちに出会わずに洞窟のそとに出ることができた。そして王都に戻ってきた。
最初の冒険を成功で終わらせた高揚感から、みな饒舌だ。普段無口ばベルナールも冗談のようなことを言っている。夜中まで飲んで食べて騒いだ。話すことはいくらでもあった。クリシェな、ありきたりな冒険だったけど、最初の冒険は特別だ。今の私にとっては二度目だけどね。
「ジュヌヴィエーブ、君がいなかったらどうなっていたかわからないな」
アルチュールがあたしに言う。「これからも一緒にやらないか?」
「うん、そうだね。もう少し一緒に冒険してもいいかな」
あたしはそう答えた。前回と一緒だ。でも今回はそれじゃ足りないような気がする。もう少しみんなのことを知りたいと思った。
「ジュヌヴィエーブって呼びにくいだろう。これからはジジって呼んでよ。誘ってくれてありがとう。これからもよろしく」
あたしは前より少しだけ親しくなる努力をしてみようと思ったのだ。