第3話(全36話) 魔王への接吻、そして……、
「俺とアルチュールとレティシアとおまえで冒険を始めたのに、お前はパーティを抜けた。なぜだ?」
ベルナールが扉の鍵に魔法をかけながら言った。
「俺たち結構うまくやれてたじゃないか」
あんたのせいだよ。そう、あたしは何回かの冒険のあと、パーティを抜けた。ベルナール、あんたのせいだよ。あたしがちょっとアルチュールと仲良くしてると、きつい目でにらんできてたじゃないか。アルチュールとレティシアはいい奴だったけど、お前のいるパーティの雰囲気が嫌で、あたしはパーティから脱退し、冒険者を廃業したんだ。
ベルナールはこの部屋に不似合いだ。この部屋にはいろんな客が来る。金持ちだったり、貧乏だったり、着るものにお金をかけていたり、無頓着だったり……。でもベルナールは違和感ありすぎた。あのころより背は伸びた。胸ぐらいだったのがエルフのあたしぐらいある。トールマンとしては長身の方だろう。顔も青年らしくなった。かわいいというよりかっこいい方に分類されるだろう。こういう所に出入りしていい年恰好だ。でもあのころと変わらない質素な緑灰色のローブ、人を寄せ付けない雰囲気。客からもらったものでゴテゴテと飾り付けられた、見てくれだけのあたしの部屋に奴の存在は全くそぐわない。部屋は住んでいる人間の心を映し出す。奴の存在は私にとっても違和感しか感じさせなかった。
「おまえの抜けた後、カミーユというスカウトがパーティに入ってきた。腕の立つスカウトで、なんでも王国の高官に恨みがあるとか言っていた。不思議とアルチュールと気があっていたようだ」
ベルナールは話し続けている。まくしたてるように自分の言いたいことだけを言う。こいつは変わらないな、と思った。変わったのは身長と顔立ちだけだ。あたしはこんなに変わってしまったというのに……。
「カミーユが入ってからアルチュールは変わってしまった。昔は誰であろうと分け隔てのない性格だったのが、カミーユの言うことしか聞かないようになっていった。パーティの方向性も二人だけで独善的に決めるようになった。アルチュールは人の話を聞かないようになってしまったんだ」
「それでも魔王を倒したんでしょう? 偉業だよ。独善的だって言うけど、必要だったんじゃないの?」
あたしはベルナールの演説に口をはさんだ。昔好きだった人の悪口みたいなものは聞きたくなかった。
「確かに魔王は倒したさ。でもその時にはパーティの内部はぐちゃぐちゃさ。最後の戦闘では皆が勝手に動いていた。そのせいでアルチュールは重傷、というか、魔王の呪いを受けた。パーティは空中分解、レティシアもさすがに愛想をつかして、今では地方の修道院にいる。俺も今まで塔に引きこもっていた」
彼は一度、言葉を切って、さらに続けた。
「魔王城では寝台から起き上がることもできないアルチュールの名を騙ってカミーユが好き勝手なことをしていた。それがおまえが抜けてからの、俺たちのパーティの姿さ」
そう言うと彼は自嘲するように、自分を蔑むかのように笑った。彼でも後悔なんかするんだ。とあたしは初めて気付いた。
「おまえ、アルチュールが大変だっていうのに、何をしてたんだ」
ベルナールが責めるように言う。
あんたに関係ないだろ、とあたしは心の中でつぶやく。
「探したんだぞ」
どうしてよ。あんたに関係ないだろ。
「アルチュールのために何かしようと思わなかったのか?」
彼が抑揚のない、冷たい声で言い放った。
「そんなこと言ったってしょうがないじゃないの!」
あたしが言葉にできたのは怒声のような文句だった。正直、パーティにいたらアルチュールが魔王になるのを止められたかもしれないと、後悔したことが何度もある。パーティに残っていたら……。でも彼は魔王になってしまったのだから、あたしにはどうすることもできない。今さらもう遅いんだ。彼が魔王になったとき、あたしは生きていく目標を失った。
「アルチュールを救う方法がある。おまえの力が必要だ」
そう言って、ベルナールの右手があたしの手をつかむ。あたしはとっさにその手を振り払った。
「今さら何ができるっていうのよ」
あたしは泣いていたんだと思う。
ベルナールはアルチュールを裏切ったんだ。アルチュールが魔王になると、ベルナールはパーティを抜けた。神官のレティシアもそうだ。みんなでアルチュールを一人ぼっちにしたんだ。ベルナールはカミーユって奴のせいにしているけど、あんたたちがアルチュールを孤独に追い込んだんじゃないか。
ベルナールは魔王討伐後、王国の宮廷魔術師になった。今じゃ王国のおエライさんだ。裏切者が何を言う。そもそもあんたがあたしをパーティから追い出したようなもんだろう。
あたしはベルナールに対する恨みを思いつくまま口にした。自分でも支離滅裂だったと思う。言葉にすらなっていなかったような気もする。しばらくたってベルナールは舌打ちして帰っていった。
「今さら何ができるって言うのよ」
あたしは最後にそう言って、涙で崩れた化粧を直した。マダムには適当な言い訳をして、その後は何事もなかったかのようにいつもの仕事をこなした。
アルチュールを殺した奴らが王都にやってきた。
王都は魔王を倒した勇者様御一行の凱旋を祝してこれまで以上のお祭り騒ぎとなっている。
あたしたちも娼館を出て、祝祭の手伝いに駆り出されている。王都のどこの通りでも人があふれている。王国中、いや世界中から人が集まっているようだ。魔王はこの国だけでなく、世界中の脅威だった。燎原の火のように燃え広がることを、世界中の人たち、特に支配者たちは恐れていた。これからも魔王を倒したという話は世界中に広がってゆき、さらに多くの人々が勇者様へ祝賀を述べにやってくるのだろう。王都の祝祭はまだしばらく続く。
魔王の首は南門広場にさらされた。多くの見物人が集まっているそうだ。二本の角が生えていたとか、凶悪な魔法使いの顔をしていたとか、美しい女のような顔だったとかという話を聞いた。うそばっかり。アルチュールはトールマンで、戦士で、男だよ。あたしはお祭り騒ぎのそんなホラ話に適当にあいづちを打ちながら、聞き流すことができないでいた。
王都のお祭りの時にはあたしたちも駆り出される。お酒を運んだり、なんのかんのと。あたしたちのような存在は、王都を王都たらしめているなんかなのだろう。綺麗どころのお姐さんにお酒を注いでもらって鼻の下を伸ばしているおじさんがいる。たくましいお兄さんに料理を運んでもらって頬を赤らめているおばさんがいる。あたしたちの店より高級な所のお姐さん、お兄さんたちは貴族の邸宅で同じようなことをしているのだろう。王都の皆が身分を問わず浮かれ騒いでいる。店のカリーヌもそうだった。この広い王都の中であたしだけが、この祝祭を憎んでいた。
昼間、忙しくしている時は余計なことを考えずにすんだ。慣れない仕事で忙しくしている方がよかった。夕刻、店に戻ると慣れた仕事が待っていた。慣れている仕事は忙しくても余計なことを考えてしまう時間ができてしまう。
あたしに何ができただろうか。
あのままパーティに残っていればこんなことにならなかったのではないか。
あたしはアルチュールを救えたかもしれない。
先日、店にやってきたベルナールの顔が心に浮かんだ。
「今さら、何ができるっていうの」
つい声に出して言ってしまった。近くにいたカリーヌが化粧をしている手を止めて、心配そうな目でこっちを見た。何でもないよと言って、あたしは仕事部屋に向かった。今日の客は勇者様だった。マダムの営業の成果だ。これは名誉なことなのよとか、言っていた。貴族のご婦人、ご令嬢らの包囲からようやく抜け出してきたのだという。今日はほかに客を取らない、朝までの通しだ。
勇者様は黄色いマフラーをしていた。そういえばアルチュールもマフラーを巻いていたっけ。それはあたしのストールだったものだ。
ある時あまりに寒そうだったから、愛用の赤いストールを貸してやったら、そのまま借りパクされたんだ。あたしに貰ったんだってあまりに嬉しそうにするんで、そのままにしてたけど、あげてねーし。そのあとベルナールからの嫌がらせがひどかったんだから……。思い出したら少しおかしくなった。
勇者様はあたしの耳を舐めている。いつもはくすぐったくて、すぐに笑いだしてしまうのに、今は何も感じない。同じトールマン、戦士、男なのにアルチュールとは何もかもが違う。あたしの身体をまさぐる手でアルチュールを殺したんだ、と思うが憎しみは沸かない。あたしが許せないのは、彼にこんなつまらない死に方をさせた、彼の運命だった。
どうしてこんなことになったんだろう。
あたしはどうすればよかったの?
夜まで続いた喧噪も、朝方になるとさすがに静かになった。王都全体が静寂につつまれ、動けないほど人が集まっていた南門広場も、今は誰もいない。昨日は街中の誰もが、討ち果たされた魔王の首を一目見ようと集まってきたのだが。
ジュヌヴィエーブは朝方、まだ暗いうちに、勇者様を起こさないようにベットから抜け出して広場にやってきた。どうしてもアルチュールに会いたくなったのだ。
「うそ」
ジュヌヴィエーブはつぶやいた。現実を認めたくないだけだ。現実を認めたくないから、努めていつものようにふるまっていただけだ。
「一人になるのが怖かったのかな」
彼女はそうつぶやいた。一人になると自然と、引き寄せられるように足が広場に向かった。一人になったらアルチュールに会いに来てしまうことはわかっていた。
「今、あたし、高いところに置かれている魔王の首を見つめている」
頭に浮かんだことを、そのまま言葉にしてしまう。彼女はかつてアルチュールだったものを見つめている。
「久しぶり。会いたかったよ」
そう声に出したら涙が出てきた。
「なにがあったの? こんなになってしまって……」
最後は言葉になっていなかった。
しばらく泣きじゃくった後で、ジュヌヴィエーブは背後に人の気配を感じた。いつもだったらすぐに気が付くはずなのにと、いやに冷静に自分を観察している自分がいる。振り返ると奴がいた。
ベルナールは以前に店に来た時と同じ、緑灰色のローブを着ている。フードをかぶって顔を隠しているが、この気配は間違いなく奴だと彼女には解っていた。
「悲惨だな」
彼はひとりごとのように言った。
「アレを取って頂戴」
彼女は彼にそう言った。
「魔法使いなんだから、それぐらいできるでしょう」
ベルナールはフードをとって、顔を出しながら、不思議そうな目をジュヌヴィエーブに向けた。
「ああ」
彼は左手の杖を振り上げる。そうするとアルチュールの首は浮き上がり、彼女の手元に降りてきた。
「実はアルチュールを助ける方法があるんだ」
彼はボソボソと話し始めた。彼女は聞いていない。
「過去に戻ってアルチュールを助けてほしい」
ベルナールはそう頼んだが、彼女は聞いていない。
「過去にさかのぼる魔法を見つけた。アルチュールをこんな悲惨な運命から救って欲しい」
彼は説明した。彼女は聞いていない。
ジュヌヴィエーブは手元に来たアルチュールの首を抱き締めた。腐敗が進んでいるが、それでもかつての面影が残っていた。
「会いたかったよ」
彼女は彼の唇に口づけした。
「早すぎるよ!」ベルナールは非難するようにそう言い、あわてて呪文を唱え始めた。するとアルチュールの首とジュヌヴィエーブの身体が淡い光に包まれていく。詠唱が終わると光は二人を包んで消えてゆく。
「アルチュールの運命を変えてくれ、頼む」
ベルナールが叫ぶと、光は完全に消えた。
「序章 魔王と娼婦篇」完結です。
次回から新章は始まります。よろしくお願いします。