SGS092 ニド、バーサット帝国の脅威に気付く
―――― ニド(前エピソードからの続き) ――――
村長が語ってくれた重大な脅威。それは、バーサット帝国の砦がこのクドル・パラダイスの中に築かれており、何百人もの兵士たちが常駐しているという情報だった。砦ができたのは3年ほど前らしい。
バーサット帝国というのはレングラン王国の南東600ギモラに位置する人族の国だ。元々はカイナラン王国とファールラン王国という2つの国であったが、それぞれを支配する神族が滅び去って王国が衰退し、その後に興った国だ。両国を統合して帝国の形になったのは30年ほど前であり、国としては若い。しかし若いだけに国の成長に勢いがあり、初代皇帝の下で一丸となって国土を広げているようだ。だが悪い噂もある。この帝国は裏で魔族と手を結んでいるという噂だ。それが本当かどうかは分からない。この国の情報がほとんど出てこないからだ。
村長の話では、バーサット帝国は何度もアーロ村を支配下に置こうしたらしい。初めの頃は恫喝で迫ってきた。村がそれに応じないと分かると戦いを仕掛けてきたそうだ。しかしその都度、村はバーサット軍を撃退した。そういうことが何度かあって、この数年はバーサット軍はアーロ村には余り近付かなくなったらしい。なにしろ村には魔闘士が七十人もいるし、魔力〈3000〉の守護神が村を守っているのだ。数百人くらいの兵士だけでは勝てるはずがないだろう。
村長が知っているバーサット帝国についての情報は砦に数百人の兵士が常駐していて、アーロ村と敵対しているということだけだった。これだけでは情報が足りない。おれが知りたいのは、バーサット帝国の狙いとこのクドル・パラダイスに来た移動方法だ。バーサット帝国がここに砦を築いて兵士を常駐させている狙いは何か。バーサット帝国が何百人もの兵士をここに移動させてきた方法は何か。それを調べる必要がある。
もしもバーサット帝国が地上にあるレングラン王国やラーフラン王国への侵攻を企てているとしたら、そして大勢の兵士たちを移動させる方法が何かあるとしたら、それはレングランの存亡にかかわる脅威となる。
おれの使命はケイを守るということだが、今はバーサット帝国の狙いと移動方法の調査を優先させるべきだろう。
ケイはおれを捜しているかもしれないが、仕方がない。
………………
おれは村長から話を聞いた後、ミレイ神様に念話で連絡を取った。ミレイ神様はおれの話を聞いて、自分の目で確かめたいと言い始めた。ミレイ神様が自ら闇国へ来て調査をすると言うのだ。おれもミレイ神様からの命令で調査のお供をすることになった。
おれは村長やケビンにお礼を言って村を出た。村長はおれのことを気に入ってくれたようで、村に残って共に暮さないかと引き留めてくれた。有難い話であるが、それを受け入れることはできない。クドル・パラダイスに一緒に流されてきた友人を捜してくると言ったら納得してくれた。
村を出て尾行が無いことを確かめてから、ミレイ神様に念話を送った。
すぐにミレイ神様はおれがいる場所にワープしてきた。自分の使徒がいる場所であればどこでも、その主人である神族はワープできるのだ。
ミレイ神様も闇国へ来るのは初めてらしい。おれから事前に話を聞いていたはずだが、実際に地下空間のこの広大な光景を目にして大変驚いている様子だった。
おれの右腕が無いのを見て、ミレイ神様はすぐにヒール魔法で治療してくださった。おかげで右腕はあっという間に元通りに回復した。
『まずはバーサット帝国の砦へ案内しなさい』
ミレイ神様の命令におれは『分かりました』と言って頭を下げた。
おれは事前に村長からバーサット帝国の砦の位置を教えてもらっていた。闇国で逸れた友人を捜すのに、バーサットの砦は避けないと危険だからと説明すると、村長は疑いもせずに教えてくれたのだった。
砦への移動はミレイ神様の飛行魔法に便乗して引っ張ってもらった。浮遊魔法で体を浮かべておけば、念力魔法で引っ張ってもらえるからおれは楽チンだった。
高度900モラで天井のすぐ近くを10分ほど飛ぶと砦らしきものが見えてきた。村からの距離は20ギモラくらいだろう。砦は150モラ四方の広さで城壁で囲まれていた。その内側には多数の建物が見えた。
その手前3ギモラほどの草原に二十人ほどの兵士の一団が見えた。バーサット帝国の兵士たちのようだ。偵察隊かもしれない。
ミレイ神様はこの全員を捕らえて尋問すると言う。空中でおれを放り出して、兵士たちの方へ急降下していった。
おれは浮遊魔法で着地して兵士たちがいた草原へ走っていった。すると、すでにミレイ神様は兵士全員を捕虜にしていた。中にはロードナイトが二人いたが、ミレイ神様の敵ではなかったようだ。全員がマヒの魔法で動けない状態だった。
ミレイ神様は暗示魔法を使って簡単に知りたい情報を引き出した。さすがだ。兵士たちへの尋問から色々なことが分かった。
まず、バーサット帝国がここに砦を築いた狙いは何か。それはこの砦を拠点として神族が支配する地上の国を侵略することだ。そのためにこの闇国で自国の兵士を鍛えて魔闘士の数を増やすことだった。つまりバーサット帝国がこの砦を拠点として狙っているのは地上のレングラン王国とラーフラン王国ということだ。
この闇国で魔闘士の数を増やそうとしているのは、クドル・インフェルノの中は魔獣の数が地上よりもずっと多いため、効率よく魔獣を倒すことができる。だから魔闘士を短期間で増やして強化することができるのだ。
これも兵士を尋問して分かったことだが、実はバーサット帝国にもこのクドル・ダンジョンと同じような構造のダンジョンがあるそうだ。その最下層で魔族や魔物が妖魔や魔獣に変異するということをバーサット帝国は早くから掴んでいて、魔獣の密度が濃いバーサット・ダンジョンの最下層でロードナイトの育成を行っていた。
ところが年々、最下層の魔獣の数が減り続け、ロードナイトの育成が捗らなくなってきた。
しばらくしてダンジョンの最下層に各地のダンジョンと繋がるワープゾーンが発見された。クドル・ダンジョンとの間でワープゾーンを使って行き来できるルートが見つかったのもこのときだ。さらに調査を進める中で、バーサット・ダンジョンに比べてクドル・ダンジョンの方が魔獣や妖魔の数がずっと多いことが分かってきた。
この違いの原因はバーサット地域の神族が滅んだことにあるらしいというのが学者たちの推測だった。神族が支配している地域の人族を滅ぼすことが大地の神様の意志だと言うのだ。魔獣たちは大地の神様の意志に従い、ワープゾーンを使って神族が支配している地域へ移動しているのではないか。その一つの地域がクドル湖の周辺だ。クドル・ダンジョンに魔獣が増えれば、魔獣たちはダンジョンから溢れ出て神族の支配地域を蹂躙し衰退させる。それが大地の神様の意志ではないだろうか。バーサット帝国の学者たちはそう推測したのだった。
神族の支配地域を衰退させることは、バーサット帝国の方針と一致していた。バーサット帝国は魔族と手を組んで、神族が支配している国々を侵略して自国の領土を拡大しようとしているからだ。
それで3年前、バーサット帝国はクドル・パラダイスに自国の砦を設けた。砦を拠点として、魔獣の密度が濃いクドル・インフェルノで魔闘士の育成を加速させる。そして近い将来、魔獣たちがダンジョンから溢れ出て、レングランやラーフランの街を蹂躙して王国や神族を衰退させたところで、機を見て濡れ手で粟を狙うという戦略だ。
バーサット帝国はダンジョン間のワープゾーンを使って兵士たちを移動させている。クドルへ来るワープゾーンもバーサットへ戻るワープゾーンも、その周辺は魔獣の数が少ないため兵士たちの移動に支障は出ていないらしい。
現在、砦には約四百人の兵士が常駐していて、その中で魔闘士を六十人まで増やすことができたらしい。兵士の増強はさらに続けているとのことだった。
クドル・インフェルノには多数のワープゾーンがあり、バーサットの調査隊が何度も派遣されて探索を進めきた。そして最近、地上へ直接出ることができるワープゾーンも発見された。ワープ先はクドル湖の西岸に近い魔樹海の中だ。このワープゾーンを使えば、バーサット帝国は自国からクドル・ダンジョンを経由してレングラン王国やラーフラン王国へ侵攻することが可能となる。だが、まだその時機ではないと帝国は考えているようだ。
捕虜たちを尋問して、ワープゾーンの大凡の位置を掴めたことは大きな収穫だった。位置が分かったのは、ここからバーサットへ行くためのワープゾーンと、バーサットからここへ来るためのワープゾーン、それとクドル湖近くの地上へ出るためのワープゾーンの位置だ。
ここまでがバーサット帝国の捕虜たちから得られた情報だった。
ミレイ神様はこの情報を直ちにレング神様へ報告すると言う。一刻も早くレングラン王国を動かして、対策を急がねばならない。まずは、バーサット帝国とクドル・ダンジョンを結ぶワープゾーンを潰すよう働きかけるべきだろう。
………………
さて、この二十人ほどの捕虜たちをどうするのか。ミレイ神様は迷うことなく捕虜たちに命令を出した。これから直ちに洞窟を通ってクドル・インフェルノへ入り、大魔獣を駆除せよという命令だ。
暗示魔法が掛かっている捕虜たちは、近くの洞窟へ向かって進み始めた。
ミレイ神様は飛行魔法で一足先に洞窟へ飛んで、洞窟を通ってクドル・インフェルノへ移動した。もちろんおれも一緒だ。
………………
そして、今。
おれとミレイ神様は洞窟から少し離れたところで岩陰に潜み、巨大化したボンジャスピガロード(大魔獣サソリ)とそいつに近付く兵士たちを見ているのだ。
兵士たちの一部は大魔獣サソリの横に回り込もうとしているようだ。先頭の兵士と大魔獣サソリの距離は30モラを切った。
※ 現在のケイ+ユウ+コタローの合計魔力〈240〉。
※ 現在のラウラの魔力〈180〉。




