SGS090 ニド、子供に助けられる
隠れ家で夕食後の団らんが続いている。
ラウラがオレの方を向いて『ケイ、あたしもとっても幸せよ』と言って、言葉を続けた。
『あたし、闇国へ流されたときはもうダメかと思ったけど、今はこんなに満ち足りた気持ちになれたんだもの。これもみんなのおかげよ。それと、ここにはいないけれど、ニドにもすごく感謝してるの。ニドが助けてくれなかったら、あたしは奴隷を続けているか、闘技場で殺されていたかもしれないもの。だから、ケイ。頑張ってニドを捜そうね。諦めないで』
そうだ。たしかにラウラの言うとおりだ。飄々とした感じの男だったけど、あのとき、闘技場でニドは命がけでオレたちを助けてくれたのだ。それに対して、闇国に流されるとき、オレはあっさりニドのことを諦めてしまった。なんて薄情なことをしたのだろう。
心のどこかでニドなら大丈夫だと思っていた。でも、何の根拠もなく思い込んでいただけだ。ラウラから言われて今ごろ気付くなんて馬鹿みたいだ。
ニド……、どこにいるんだ?
――――――― ニド ―――――――
おれが今いるのはクドル・ダンジョンの最下層にある大空洞の中だ。不思議なことにこの最下層はどこも真昼のように明るい。目の前は見渡す限りの草原で、なだらかな丘陵が広がっている。
違和感があるのは所どころに地面から数百モラ上の天井まで届く巨大な岩の柱が伸びていることだ。草原には大きな岩が点在していて、その間を巨大化したボンジャスピガロード(大魔獣サソリ)がゆっくりと移動している。
この大魔獣サソリは魔物のボンジャスピガ(火毒サソリ)がロード化し、さらにそれが巨大化したものだ。その体長は12モラくらいはあるだろう。
おれは岩陰に身を潜めて、前方300モラにいる大魔獣サソリとそいつに近付く兵士たちを眺めている。隣にはミレイ神様がいて、おれと同じように身を屈めながら大魔獣と兵士たちを注視していた。いつになく息を殺しているようだ。
大魔獣サソリに向かって二十人ほどの兵士たちが岩に隠れながら静かに近付いていく。兵士たちは全員が人族で、同じような革の鎧を身に着けていた。大魔獣まで50モラくらいだ。すぐに戦闘が始まるだろう。
おれとミレイ神様は大魔獣から離れているから、その戦闘に巻き込まれる恐れはない。背後は岩壁なので後ろから別の大魔獣に襲われる心配もない。
ここから見える別の大魔獣はおれたちの右斜め前方の、遠くに見える一頭だけだ。1ギモラくらい距離はあるだろう。蜘蛛のような形だから魔物のネバグパイダー(酸糸蜘蛛)が巨大化したものだ。あいつも10モラ以上の大きさだ。
なぜ、おれとミレイ神様がこんなところで身を潜めて大魔獣と兵士たちを眺めているのか。それを説明するには、おれが闇国に流されてきたところから話を起こした方がいいだろう。
………………
実は、おれが闇国へ流されたときのことは、ほとんど憶えていない。流される途中で岩か何かで頭を強く打って記憶を無くしたようだ。
気が付いたとき、おれは川で溺れかけていた。朦朧とする意識のまま川岸に這い上がって、追いかけてきたバックム(大ワニ)に魔法で火砲を浴びせた。そのときのことも断片的にしか憶えていない。
数頭の大ワニを撃退して、その後、おれは川岸で気を失っていたらしい。そこを二人の子供に助けられた。おれを助けたのはケビンという少年とその友だちだった。二人は同い年の12歳だと言っていた。
これは後から聞いた話だが、川岸で倒れているおれをケビンが見つけたときに、おれの右腕が無いことから、おれが地上の国から流されてきたと直ぐに分かったそうだ。
二人は意識の無いおれを森の下草の中に運び込んで隠し、村へ助けを呼びに走った。
おれは意識が無いまま村人たちの手で村に運ばれた。おれの意識が戻ったのは半日後だ。そのときは何も思い出せなかった。自分がどこの誰かも分からなかった。頭痛が酷くて考えることも思い出すこともできなかった。
記憶は失くしているが、幸いなことに魔法の呪文は憶えていた。キュア魔法を自分に掛けることで、少しずつ頭痛は和らいだ。
村長はどこの誰とも分からないおれに空き家を貸してくれた。そして、ケビンが村からの施しだと言って食べ物や寝具を運んで来てくれた。こうして村による保護とキュア魔法を掛け続けたおかげで5日後には頭痛も治まり、記憶も断片的に少しずつ戻ってきた。
………………
そして村に来て6日目。おれはすべてを思い出していた。ナゼ、おれがここに来ることになったのか、それも思い出していた。
おれはミレイ神様の使徒であるが、この村では地上から流されてきた普通の罪人だと思われているはずだ。なぜなら神族や使徒を優先的に守ろうとする天の神様のご配慮で、神族や使徒は探知魔法で調べられても魔力〈1〉の一般人のように見えてしまうからだ。
村の中でおれが礼儀正しく振舞っているからか、村人たちは罪人であるおれを恐れていないようだ。むしろ親切で良くしてくれているが、それに甘えてのんびりすることはできなかった。おれには使徒としてヤルべきことがあるからだ。まずは現状を掴まなければならない。
おれは地底にある闇国へ流されてきたはずだが、この場所が闇国だとは思えなかった。それで尋ねてみようと、ケビンを誘って散歩に出た。
「ケビンは闇国という場所を知ってるか?」
おれが問い掛けると、「ここが闇国だヨ」という答えが返ってきた。
ケビンが言うには、おれと同じように地上から流されてきた罪人が村へたどり着くことがあって、その罪人たちがこの場所のことを“闇国”と呼んでいたそうだ。ケビンはそれを覚えていたのだった。
おれはここが闇国だと聞いて、自分が想像していた闇国とはかけ離れていることに驚いた。この場所はまるで地上で春の日差しを浴びているように明るくて、そして広くて穏やかな土地だったからだ。
村の奥には高さ1ギモラほどの岩壁が聳えていて、その裾野から村は広がっていた。石と木で組まれた簡素な平屋が畑と雑木林の中に点在していて、所々から朝餉の煙が立ち昇っている。ここが地底の奥深くだとは思えないような長閑な風景だ。
岩壁の中には神殿があって、そこには守護神と呼ばれる者が住んでいるそうだ。その神殿を中心に半径500モラの半円状に村は広がっていて、村の周囲は防壁で囲まれているとケビンが説明してくれた。
この程度の防壁で魔物や魔獣から村を守れるのかとケビンに問うと、目には見えないが村の周囲は結界魔法で守られているし、強力なバリアで守られている待避壕もあるから心配いらないとケビンは答えた。
どうやらここは普通の村ではなさそうだ。おれは歩きながらケビンに闇国やこの村のことを聞いた。
ここはアーロ村という名前で、闇国に流されてきた罪人の子孫が作った村とのことだ。人口は二百人くらい。なんと驚いたことに、二百人の中に魔闘士が七十人ほどもいるらしい。
「本当なのかい? 人口二十万人のレングランでさえ魔闘士は五十人くらいだよ。この村にそんなに多くの魔闘士がいるなんて、どうなってるんだ?」
「それは守護神様のおかげサ」
「守護神様のおかげ?」
おれが不審そうに問い掛けると、ケビンは自慢げに説明してくれた。
このアーロ村にはアロイスという名前の支配者がいて、村の守護神として崇められているそうだ。一万年くらいここで生きていて、現役の戦士だという。なんと魔力は〈3000〉もあるとのことだった。
おれはその話を聞いて嘘だと思った。そんな馬鹿げた話は聞いたことがない。神族や最強と言われるドラゴンロードさえも上回る途轍もない魔力だ。
しかしそういう人物に一人だけ心当たりがあった。もしかすると天の神様かもしれない。神族や人族をこの世界に連れて来て、様々な恩恵を与えてくれたお方だ。だが一万年前に行方不明になっていて、今もその行方は分かっていない。
いや、まさか。いくらなんでもそんなはずは……。
※ 現在のケイ+ユウ+コタローの合計魔力〈240〉。
※ 現在のラウラの魔力〈180〉。




