SGS085 オレの宿題、そして覚悟を問われる
ユウのお願いというのは何となく想像がついた。おそらくユウの恋人のことだろうな。
『なんだか言いにくそうだね。ユウ、遠慮せずに言ってみて』
『あのね、大輝を捜し出してほしいの……』
やはり思ったとおりだ。
『ええと、たしか、ユウの恋人の名前が大輝だったよね?』
『ええ。5年前に拉致されてきたときに、妹のアイラ神が大輝を引き取ると言ってたの。だから、アイラ神に会えればきっと大輝のことが分かると思う。それに、ケイだってミレイ神に会う前にアイラ神と会って、色々と聞いた方がいいわよ。ミレイ神と違って、アイラ神は親切そうだったから……』
『でも、会ってくれるかな?』
『姉のミレイ神は身勝手だったけど、妹のアイラ神のほうは私のことを心配して気を遣ってくれてたから、会いに行っても邪険にされることはないと思うわ。ね、先にアイラ神に会いに行こうよ?』
『うん、そうだね』
結局、話し合いの結果、この闇国で魔力とスキルを高めて、それから地上へ戻ってアイラ神を捜すことになった。大輝の行方を尋ねるだけでなく、盗賊に拉致されたセリナを捜すにしても、ミレイ神のことやオレの元の体のことを尋ねるにしても、まずはアイラ神から情報を得るのが一番確かだろうと考えたからだ。
『これでケイの宿題がはっきりしたわね』
ユウにまるで夏休みの宿題のように言われて、ちょっと気が重くなってきた。
ともかくオレのやるべきことが明確になった。これで話し合いを終えようとしていると、コタローが『ケイに確認しておきたいのだけどにゃ』と言い始めた。
『確認って、何を?』
『この闇国で自分を鍛えて強くなりたいというケイの気持ちは分かったわん。だけどにゃ、問題はケイが本当に頑張り続けることができるかどうかだぞう。魔力とスキルを高めるためにはにゃ、このクドル・ダンジョンの最下層で妖魔や魔獣を相手に命を懸けた戦いをずっと続けていくことににゃるのだわん。ケイにその心構えができているのかにゃ?』
『命を懸けた戦いをずっと続けていく心構え?』
『そういうことだわん。苦しくてにゃ、つらい毎日がずっと続くはずだぞう。怪我をしたりにゃ、死にそうににゃったりするだろうにゃあ。それにケイだけじゃにゃいぞう。ラウラだってケイのそばにいたら死ぬかもしれにゃい』
コタローはオレの覚悟を確認しようとしているのだと分かった。
この闇国で戦い続ける危険と困難を受け止め、それを乗り越えて行けるのかと、オレにその覚悟を問い掛けているのだ。危険なのはオレだけじゃない。ラウラも、それにユウやコタローも命懸けの戦いに巻き込んでいくことになるのだ。
『ケイ、心配しないで。あたしは大丈夫だから。あたし、ずっとケイのそばで一緒にいるよ。ケイも大丈夫だよね? どんなにつらくても、絶対に挫けたりしないよね?』
『ラウラ……』
顔が強張っていくのが自分でも分かった。オレは今、怖がっている。
頭の中にあの言葉がよみがえってきた。
「この意気地無し! おまえは負け犬だ! シッポを巻いて逃げれば良いんだ!」
子供のころに少年野球の監督から浴びせられた言葉だ。
自分は本当に“意気地無し”なのかもしれない。自分はまた途中で挫けて逃げ出してしまうかもしれない。自分はまた“負け犬”になるかもしれない。自分の弱い心に抗えない、そんな自分が怖いのだ。
『ケイ、どうしたの? そんなに怖い顔をして……』
心配そうにラウラがオレを見つめていた。
ラウラやユウたちには自分の子供のころの話をしておいた方が良さそうだ。
『聞いてほしいことがあるんだ。わたしが6歳ころの話なんだけど……』
オレが小学1年生になった夏のある日。父親に無理やり小学校のグラウンドに連れて行かれた。年上の子供たちがグローブをして声を出しながらボールを投げ合っていた。
「今日からおまえはこの野球チームに入るんだ。野球で心と体を鍛えろ」
小さいころのオレはひ弱だった。体も弱く気も小さくて、周りの同い年の子供たちにも馴染めずに、いつも独りぼっちだった。父はそんなオレを見かねたのだろう。自分が大人になり、父親のことを「おやじ」と呼ぶようになって、ようやく父の気持ちが分かってきたのだ。幼いオレのことを心配していた父の気持ちが。
でもそのころのオレには父の気持ちなんて全然分かってなかった。半月ほど少年野球の練習に通って、幼かったオレはチームを辞める決心をした。あのときなぜ野球を嫌いになったのかは忘れてしまったが、オレは泣きながら「野球は絶対に嫌だ」と言い張った。父はそれで諦めたようだ。
だが、監督が言ったあの言葉だけはずっと心に残り続けた。父に連れられて監督のところへ「チームを辞めたい」と断りに行ったときに言われた言葉だ。
「この意気地無し! おまえは負け犬だ! シッポを巻いて逃げれば良いんだ!」
その言葉はずっとオレの心の奥底に突き刺さったまま子供のオレを苦しめた。
オレは小学3年になってから剣道を始めた。今度は自分から父親に「剣道をやりたい」と言い出したのだ。きっかけはテレビで見ていたアニメの影響だが、呪いのように自分を苦しめているあの言葉を心のどこかで打ち消したいと考えていたように思う。
「また泣いて剣道は嫌だと言うんじゃないだろうな?」
「そんなこと、言わない。ちゃんと続けるから」
「剣道も野球と同じだぞ。訓練は厳しいし、苦しくて、つらいことも多い。それでも挫けずに続けることができるのか?」
「うん、大丈夫……」
気弱そうなオレの返事に父は心配になったのだと思う。
「圭杜、よく聞けよ。挫けずに続けるってことは、すごく大変なことなんだ。剣道の道場に行けば、子供たちが大勢いる。みんなおまえよりも強いだろうし、おまえの後から入ってきた子供もおまえを追い抜いて、おまえより強くなる者も多いだろう。おまえは悔しい気持ちになったり、剣道が嫌いになったりするかもしれない。それでも挫けずに続けられるのか?」
「うん、頑張るから。誰にも負けないように頑張って続けるから……」
「それは違うな。おまえが頑張るのは、誰にも負けないようになるためなのか?」
「そうだよ。周りの子たちに負けないようになるために頑張るんだよ」
「違う。おまえは自分自身に負けないように頑張るんだ。辞めたいとか、逃げ出したいとかって思う自分の弱い心に負けないように頑張るんだ。毎日、毎日、訓練を続けて、昨日の自分よりも今日の自分が強くなるように頑張るんだ」
「昨日の自分よりも今日の自分が強くなるように?」
「そうだ。今のおまえはまだ心も弱いし体も弱いだろう。でもちょっとずつでも前に進もうと毎日頑張り続ければ、半歩でも一歩でも前に進むことができる。人が十歩先に行こうが百歩先に行こうが気にするな。昨日の自分よりも今日の自分の方が少しでも前に進んでいるか。それをいつも自分に問いかけろ。そうすれば心も強くなってくるし体も強くなってくる。毎日続けていれば、いつかは周りの子たちよりも強くなれるかもしれないぞ」
「ホントにそんなので強くなれるの?」
「強くなれる。父さんを信じろ。初めは苦しいし、全然面白くないし、強くなったことも感じられないだろうな。だけど、1か月続けたらちょっと分かってくる。半年続けて、1年も続けたら、もっともっと分かってくる。少しずつでも自分が今までよりも強くなってることが分かるようになる。挫けそうになっても自分の弱い心に打ち克って、頑張って続けることができるようになる。そうなったらしめたものだ。訓練を続けることが当たり前になってくるからな。そのときは訓練することがおまえの身に付いたってことだ」
オレは父のその言葉に後押しされて、毎日剣道の訓練を続けた。
「昨日の自分よりも今日の自分が強くなるように頑張って訓練を続ける。昨日よりも少しでも強くなるんだ」
気持ちが萎えそうになる度に自分にそう言い聞かせた。続けるうちに父が言っていた訓練を続けるということがどういうことなのか実感として分かってきた。以前よりも筋力がついてきたことが自分でも分かるようになると、もっと頑張って訓練しようという気になってきた。訓練を毎日続けることが当たり前になってきたのだった。
でも人と比べるとオレは強い方ではなかった。中学生になって剣道部に入り頑張ってみたが、人よりも抜きん出て上手くなることはなかった。試合では負けることの方が多かった。小学生のころからそうだったが、中学生になっても後から入ってきた者に追い抜かれた。父親の言葉は本当だった。意識的に気にしないようにして、訓練を毎日続けた。
中学2年のある日、オレは自転車で転んで腕を折ってしまった。自分の不注意が原因だが、そのせいで剣道の訓練を続けることができなくなった。3か月後に訓練を再開したが、筋力が落ちていて体が思うように動かなかった。剣道部の試合では全然勝てなくなった。後輩たちにまで負けるようになってしまったのだ。
「崖から滑り落ちた気分だよ。五百歩くらい後退しちまった。剣道なんて、もう止めちまおうかな……」
オレは父親に愚痴を言った。
「好きにすればいいさ。でもな、おれはおまえのことを亀だと思っていたよ」
「カメ?」
「“ウサギとカメ”の話の亀さ。亀は自分の足が遅いことはよく知っていて、ウサギが先に行ってしまっても諦めずに少しずつ進んでいったろ。そして、最後にはウサギに勝った」
「また、そんなことを言って、オレに剣道を続けさせようとしてるんだろ?」
「諦めたら、それで終わりだ。その場に留まるか、後退してしまうってことだ。でもな、諦めずに続ければ、ちょっとずつでも前に進むことができる。ちょっとずつでも上へ登って行けるんだ。そうすれば、いつかはきっと見晴らしが良いところへ出られる。おまえも今まで訓練を毎日続けてきたんだから、諦めずに続けることがどれほど大事なことかは分かってるだろ?」
本当は分かっていた。もちろん諦めるつもりは無かった。愚痴を言いたかっただけだ。
父親とそんな話をしたからか、そのころからオレは自分のことをカメだと思い始めた。自分には剣道の才能は無さそうだ。上達も遅い。だけど気にしない。マイペースで毎日訓練して、昨日の自分より半歩でも一歩でも前へ進むのだ。五百歩滑り落ちたら、また訓練を続けて取り戻せばいい。きっと自分の身に付く何かがあるはずだ。そう自分に言い聞かせて大人になるまで剣道を続けたのだった。
※ 現在のケイ+ユウ+コタローの合計魔力〈240〉。
※ 現在のラウラの魔力〈50〉。




