SGS075 入れ替わりの真相その3
―――― ユウ(前エピソードからの続き) ――――
少し沈黙があって、また声が聞こえてきた。妹のほうの声だ。
「姉さんは気付いていないみたいだけど、気掛かりなことはまだあるわよ。この娘の体は女性だけど、その体に男のソウルが入っているってことよ。姉さんは魔法で新たに女性の人格を作って、男のソウルの表面にその意識を上書きしたでしょ。でも、何かの拍子にその女性の意識が消えて、男の意識が出てくるかもしれないわよ?」
「男の意識や記憶はソウルの奥深くに押し込めて眠らせておくから、表に出てくることはないはずよ。ウィンキアで女性として生きてきた意識と記憶を知育魔法と暗示魔法で植え付けて、その意識が常に表に出るようにしてあるから大丈夫だとは思うけど……」
「姉さんがそれで大丈夫と思うのなら良いんだけど……」
「いいえ、あなたの言うとおりよ。大丈夫じゃないかもしれない。万一ってこともあるから。分かったわ。もし男の意識に戻りそうになったら強制的に女の意識に引き戻すように安全対策を講ずることにするわね。知育魔法と暗示魔法に手間が掛かるけど仕方ないわね」
「姉さん。ともかく、この女性には十分なことをしてあげて。浮遊ソウルになってしまった女性も可哀そうだけど、男性の方も可哀そうだわ。男なのに女性の体にソウルを移植されて、そのソウルまで女の意識に塗り替えられるなんてね。せめてこのウィンキアで女性として幸せに暮らせるようにしてあげてほしいの」
「分かってる。任せなさい」
「ところで姉さん。この娘の名前はどうするの? たしかユウナという名前だったから、その名前をそのまま使うの?」
「いえ、ソウルが入れ替わっているから名前も変えるわよ。さっき、この男の記憶を探ったら、普段はケイと呼ばれていたようなの。だから、その呼び名をそのまま使うわ」
「そうね、それがいいわね。ケイという名前は珍しいけれど、女性の名前として通じるものね。それに、今まで呼ばれてきた名前だから違和感が無いはずよね。この娘のことはだいたい決まったわね。
あとは……、ケイの抜け殻をどうするかってことね。男の体ことよ。ソウルが入ってないまま放っておくと、体はすぐに死んでしまうわよ」
「あら、どうしましょうか? 召喚してきた男たちの中で私が一番気に入った男だけど、抜け殻では何もできないわねぇ」
「姉さんたらそんなことを言って呆れちゃうわ。受精卵の精子提供者ってことは子供の本当の父親ということだし、姉さんの代りに代理出産をして子育てまでしてもらう人の体なのよ。そんな人の体を粗末に扱うと罰が当たるわよ」
「どうにかして、ちゃんと残すわよ」
「それと、姉さんが召喚に巻き込んでしまった人の中には、こことは違う場所に漂着した人もいるんでしょ? 何人いるのかは分からないけど、その人たちも姉さんが捜し出すのよ。今ごろ、どこか分からない所に漂着している人たちは大変な思いをしてるはずよ。
この部屋にいる人たちや行方不明になっている人たちも含めて、ウィンキアの世界できちっと生きていけるように姉さんが責任を持って支援しないとダメよ」
「分かってるわよ。妹のくせに口うるさいところが玉に瑕ね。そんなだから“はぐれ神のアイラ”なんて呼ばれて孤立するのよ」
「なによ! 姉さんが泣くようにして頼むから、わざわざここまで来て手伝ってあげたのに。そんな言い方はないでしょ!」
「あら、そうだったわね。今度ばかりは本当にたすかったわ。お礼に何かしないといけないわね」
「お礼なんか要らないけど……。いいえ、一つだけいただきたいものがあるの」
「なにかしら?」
「この男性よ。この男性をもらっていくわね」
「まぁ! アイラったら、あのユウナっていう娘の恋人を手に入れてどうするつもりなの?」
「姉さん、なにをイヤらしいこと考えてるの!? そんなんじゃないわよ。姉さんがあの娘を浮遊ソウルにして死なせてしまったでしょ。あたしはあの娘に謝りたいのよ。でも、それはもうできないから、その代わりにせめて恋人だったこの男性をしっかり育ててウィンキアで一人前の男にしてあげたいと思って……」
「そんなこと言って、あなたは異世界で生まれた男を自分の使徒にするつもりでしょ。異世界の人族は安定した体とソウルを持っているらしいから、たしかに育てがいがあるわね」
「とにかく、そういうことで決まりね」
「ちょっと待ちなさい。この男がアイラに従うと思ってるの? 無理やり異世界から連れて来られたのよ。騒ぎ出すに決まってるわよ?」
「そうね……。でも、あたしは姉さんと違うわよ。この男性と気持ちが通じ合うまで誠心誠意努力するわ」
「あなた、相変わらず甘いわね。この男はアイラにあげる。でも、2年間は待ちなさい」
「2年間待てって、どうしてなの?」
「アイラ、あなたと話していてね、思い付いたことがあるの。召喚でこの世界に連れてきた異世界人たち全員を石化して、2年の間、私の手元に置いておくことにするわ。用心のためにね」
「用心のために全員を石化するって、その理由は何なの?」
「もし、今すぐにこの異世界人たちを解放したら、どうなると思う? 異世界から無理やり連れて来られたって騒ぎを起こすかもしれないでしょ。その騒ぎがジルダ神様に伝わったら、私が異世界から召喚してきたことが発覚するかもしれないのよ。ジルダ神様は鋭い方だから、お腹の赤ちゃんまで辿り着く可能性もあるわ。もしそうなると、生まれてくる前に赤ちゃんは殺されてしまう。そんなことは絶対にさせないわ。私の赤ちゃんが生まれてくるのは2年後よ。だから、騒ぎを起こさないように異世界人たちを2年間だけ石化しておくの。2年後に石化を解かれた異世界人たちが騒ぎを起こしたら、そのときには私はすぐに子供のことを公表するつもりよ。その子は神族として生まれた子供だってね。いくらジルダ神様でも、戒律に逆らって神族の赤ちゃんを殺したりすることはできないわ」
「姉さんが言うことも分かるけど……。仕方ないわね。でも、必ず2年で全員の石化を解除するのよ。石化をそれ以上続けると、ソウルが体から離れてしまうかもしれないから危険よ」
「そんなこと、分かってるわよ。赤ちゃんが生まれたら、すぐに石化を解除するわ。そのときはアイラにも知らせるから、この男を受け取りに来なさい」
「ええ、そうする。約束よ。じゃあ、今から後片付けをしましょ。あたしも手伝うから」
………………
その後も呪文を唱える声や雑談が何時間も続いた。雑談の内容から姉の名前がミレイということが分かった。妹はアイラだ。二人は神族と呼ばれている種族らしいが、神様でないことは明らかだ。
それからは周りが静かになった。別の部屋に移動したのだろうか。
どうやら私の魂はまだ自分の体と繋がったままのようだ。いや、言い方を間違ってしまった。今は自分の体とは違うもの。今はケイというソウルが入った体になってしまったから。
でも、私が意識を向けると、ケイが見ているものを私も見て、聞こえた音を私も聞き、触ったものを私も感じることができた。味覚も臭覚も含めてケイが感じている五感のすべてを私も感じることができる。それが分かった。
しかし、悲しいことに自分ではケイの体を動かすことは全然できなかった。
こんな状態になってしまったが、一つだけ良かったことは大輝が妹のアイラに引き取られると分かったことだ。アイラは姉のミレイよりも優しそうだ。きっと大輝は酷いことにはならないだろう。そう思いたい。
………………
何か月が過ぎたのだろう。ここに居たら時間の感覚がマヒしてくる。魂だけの存在になって食べることも眠ることも必要なくなったから、余計に時間の感覚が鈍くなっているのだ。
今、私が居るところは異空間ソウルと呼ばれている場所らしい。聞こえてくる会話の中からそのことが分かった。異空間ソウルは神族だけが持っている特別な空間で、神族の魔力を作り出している源泉だそうだ。
ともかく、私がこんな状態になったのはあのミレイという神族のせいだ。周りの者たちからは“ミレイしんさま”と呼ばれて、まるで神様のように尊ばれているが、神様とは程遠い存在だ。その身勝手さには怒りや憎しみなど、自分が嫌になるくらいの負の感情が湧き起こってくるが、今の私には何もできない。
それにしても、どうして私はこんな場所に迷い込んでしまったのだろうか……。
自分の意志であの窓から飛び込んだのだから、これは私の責任なの? 私が悪かったの? それとも運が悪かったの? いや、死ななかったのだから運が良かったのかな?
心の中で何度もこうやって呟いているけれど、誰も答えてくれないのが悲しい。
………………
数日前にケイは結婚してレングランという街に家を持った。結婚相手はマードという名前の若者で、優しそうな顔立ちだった。ケイは何年も前から付き合っていると信じ込んでいるが、実際に彼と会ったのは結婚の数日前だった。ミレイが二人に暗示を掛けて信じ込ませたのだ。
でも、マードは本当に思いやりがあって、ケイのことを心から愛しているようだった。たぶん、マードにも架空の記憶が植え込まれているのだろう。何も知らない二人。でも、すごく幸せそうだった。
ケイに男の人のソウルが入っているなんて、今のケイを見たら誰が信じるだろうか。ケイは結婚したばかりの新妻そのものだった。二人で開いた魔法屋を盛り立てようと、ケイはマードのそばで一生懸命に頑張り、仕事が終わったらマードのために手料理を作った。マードが美味しそうに食べる様子を眺めたり、マードに抱かれて感極まって泣いてしまったり、マードの帰りが遅いとオロオロしたり……。
ミレイ神によってケイのソウルに女性の人格が上書きされたとしても、それだけで本当にこんなにも変わるものだろうか。もしかすると男だとか女だとかは後から付いてくるもので、愛する人ができたら、その人が喜ぶ姿に人はなろうとするのかもしれない。
………………
二人が結婚して1年が過ぎた。流産したような様子はなかったから、あの受精卵は今もケイのお腹の中で育っているということだ。1年後には神族の子供が生まれるのだろう。
ケイもマードもそのことを知らない。1年間も生理が無いのに、おかしいとは思わないのだろうか。もしかすると、それもミレイによって疑問を感じないように暗示を掛けられているのかもしれない。
二人は子供がほしいと毎晩懸命に励んでいる。私も最初のころは一緒にお付き合いをさせてもらって、喜びの御裾分けをいただいた。ケイが感じているときは私も同じように感じて心の中で声を上げてしまう。最初の頃は恥ずかしさと覗き見する後ろめたさがあったけど、元々は私の体なのだから遠慮することはないよね。そう言って自分を納得させている。でも、それもしだいに空しくなってきた。最近はその時間になったら、スイッチを切ってしまうことが多くなった。
そうなのだ。私にとってこの状態はテレビを見ているようなものなのだ。五感で味わうテレビだ。でも、こんなだだっ広い檻の中にずっと閉じ込められて、テレビだけ見ているだけなんて寂しすぎる。
誰か、たすけて……。たすけてよぉー……。
『だれか、た、す、け、てーーーーーっ!!』
心の中で大声を上げたら、少しだけスッキリした気になる。
『はい、ユウナ様、お呼びになりましたか?』
え? えっ? だれ? だれなの? 周りを見回したが誰もいない。
※ 現在のケイの魔力〈240〉。
※ 現在のラウラの魔力〈50〉。




