SGS064 闇国へ旅立つ
あの感覚は……、おそらく魔力が高まったのだと思う。自分は強い怒りを感じると魔力が高まるのだろうか?
『ケイ、ケイ。やっと話ができるようになったわ。私はユウナ。今は自己紹介している場合じゃないよね。何があっても私があなたを守るから』
だれだ? ニドの念話じゃない。てか、今はそんなこと考えている場合じゃない。オレの目の前で面を被った大男が大きな斧を振り上げた。
いやだーっ! 心の中で叫び声を上げても、どうしようもない。
『ケイ、大丈夫よ。ヒール魔法で右腕はすぐに再生できるから』
闘技場は興奮の坩堝と化した。喚声でほとんど何も聞こえない。
ドーン。斧が振り下ろされた。痛みとショックで気を失いそうだ。
『ケイ、気を確かに持ちなさい! 気絶したら、あなたの仲間たちを救えなくなっちゃうよ!』
その言葉に、オレは必死で意識を繋ぎ止めた。
もしオレが気絶してしまったら、ラウラの腕をヒール魔法で治すことができなくなってしまう。ラウラは片腕のまま闇国へ流されて、ろくに抵抗できないまま魔獣に食い殺されるかもしれない。それはニドも同じだ。
『絶対に気絶しないから……』
『うん、頑張って! でも、平気な顔をしてたら、左腕まで切り落とされるかもしれないわ。泣き叫ぶか、気絶した振りをした方がいいわよ』
無茶を言うな! 今にも気絶しそうなのに、泣き叫ぶとか気絶した振りをするとか、そんな演技をする余裕があるわけがない。
そう思ったが、左腕まで切り落とされるのは嫌だ。オレは言われるまま気絶した振りをした。誰かが呪文を唱えて、オレの右腕にも血止めのキュア魔法が掛けられたようだ。
『ケイ! 大丈夫か?』
ニドからの念話だ。ややこしいな。
『痛くて死にそうだけど、なんとか大丈夫。今は気絶した振りをしてる。ニドはどうなの?』
『ち、ちょっと痛いけど……だ、だいじょうぶだ』
『さっきは大きな声で悲鳴を上げてたよね』
『すこし……大げさに……喚いておかないとな。こんな大舞台だからな……』
ザブン! オレの全身に水が掛けられた。仕方ないから気が付いた振りをしよう。ラウラも気が付いたのだろう。傷が痛いのか唸り声を上げている。
ラウラにも念話で話しかけてあげればいいのだが、今までその練習をしてこなかったから混乱させるだけだろう。
「さぁ、おまえが望んでいた自由をやろう。よかったなぁ」
バハルが近付いて来て呪文を唱えた。オレの首から従属の首輪が外れた。
「この首輪を闇国で魔獣への土産にするのはもったいない。高価な首輪だからな。はっはっは」
ちっとも可笑しくないが首輪が外されたのは嬉しい。ニドもラウラも首輪が外されたようだ。
「よし! こいつらを筏に縛って処刑塔へ引き上げろ」
タムル王子が命令すると、兵士たちが駆け寄ってきた。兵士たちは、オレが縛りつけられている台を持ち上げて、運び始めた。台は板材で作られていて、その台に縛られたまま一人ひとりが筏に乗せられるようだ。
首を起こして見上げると、目の前にピラミッドがあった。これが処刑塔だ。
ゴウゴウと水が流れ込む音が響いている。ピラミッドの上はテラスになっていて、3モラくらいの大きな蛙の石像が設置されている。その口から大量の水が流れ出てピラミッドの斜面を流れ落ちている。よく見ると、斜面には水が流れる滑り台が設けられていた。
ピラミッドの底辺には10モラくらいの巨大ワニの石像があった。がばっと開けた大きな口が地下への洞穴になっていて、その中に水が流れ込んでいた。これが闇国への入口らしい。どうやらオレたちはテラスの上から筏ごと闇国へ流し込まれるようだ。
『ケイ、これから順番に筏が流される。たぶん君の筏が最後だ。君は念力魔法でラウラとおれの筏を掴まえておくんだ。闇国へは急流が続くから、何もしなかったら三人とも離ればなれになってしまうからな』
『分かった』
オレはニドが指示したとおり念力魔法でラウラとニドを筏ごと掴んだ。
まず、予想どおりニドの筏がピラミッドのテラスに運び上げられた。喚声が高まり、タムル王子が手で制すると徐々に静まった。
「それでは、まずこの男から闇国へ旅立たせる。いけーっ!」
王子の合図で筏が急流に落とし込まれた。その瞬間、観衆の喚声が一段と大きくなった。ニドは筏に縛られたまま、あっと言う間に地下へ吸い込まれていった。
筏との距離がどんどん開いていくのが念力を通して分かる。しだいに念力が効かなくなってきた。まずい……。あっ、消えてしまった。ニドを掴めなくなってしまった。ニド、ごめんな。でも、あいつなら自分でなんとかするだろう。
次はラウラだ。ラウラは絶対に放さないぞ!
ラウラの筏が急流に落し込まれた。ラウラは悲鳴を上げていたが、喚声に掻き消された。気絶したのかもしれない。
オレはラウラの筏をガッチリと念力で捉えていた。地下に入って数十モラ流れた所で、それ以上流されないように筏を空中に持ち上げた。
次はオレの番だ。オレが縛りつけられた筏がテラスの上に引き上げられて、流れの真上に運ばれた。
一段と喚声が高まる。
「おまえも闇国への旅を楽しんでこい」
「必ず戻って来てお礼をしてあげるよっ! それまで元気でねっ!」
オレはにっこりほほ笑みながら、肘から先が無い右腕を上げてタムル王子とバハルに手を振った。
「口の減らないヤツだっ! 放り込めっ!」
余裕があったら、こいつらの心臓を念力で止めてやるところだが、今は筏の制御でそれどころではない。
筏はあっと言う間に水に浸かって地下への入口に吸い込まれた。
今のままでは水で溺れそうだ。顔を上げて呼吸を楽にした。
真っ暗なので照明魔法で周りを明るくした。目の前にラウラの筏が空中に浮いていて、オレの筏と5モラくらいの間隔で流れていく。流れは凄く速い。
ほかからも水の流れ込みがあるみたいだ。次々に別の洞窟からの流れと合流して、川幅はどんどん広がっていく。流れの幅は30モラくらいになり、天井までの高さもそれくらいになった。
『やっと自由になれたわね。まず、右腕の再生をするね』
おぉっ! 右腕が目に見えて再生してくる。すごい!
『ケイ、私に何か話しかけてるの? 声に出すか念話で話しかけてくれないと聞こえないよ』
『あ、ごめん。右腕を再生した魔法がすごかったんで驚いたんだ』
『そんなに感心しないで。ヒール魔法を使っただけだから。ケイ、あなたも同じようにヒールを使えるはずよ。それと魔力も〈240〉に増えているからね』
『え? そうなの? あなたは誰?』
『それは後でゆっくり説明するから……。今はまだ安心できないよ。探知魔法を使って周りに気を配ったほうがいいわ』
そうだった。こんな会話をしている間も筏はどんどん地下深くへ流されていく。探知魔法で周囲を探りながら進んだ。流れていく先はいくつも分岐しているようだ。右の流れに乗るか、そのまま左に行くか。迷っている時間は無く、そのまま流れに任せた。さっきとは逆に洞窟の川幅は狭くなっていく。ニドはどっちへ流れて行ったのだろう……。
オレは念力で自分を縛っている綱をすべて切った。今は筏と自分の体は念力で繋がれている。
ラウラの筏を引き寄せて、ラウラをこちらの筏に移した。ラウラは予想どおり気を失っている。まずはラウラの右腕の手当てだ。ヒール魔法を掛けたからすぐに回復するだろう。
体を守るためにバリアを張った。清浄と保温の魔法も掛ける。これで安全は確保できた。ニドが言っていたとおりに脱出できたわけだが、この先に何があるのか分からない。気を緩めてはいけないのだ。
どんどん流れていくが本当に大丈夫なのだろうか。周りはずっと岩の壁が続いている。また分岐だ。右も左も同じくらいの川幅だ。右の方が流れが急で左が緩やかだ。左へ行こう。
オレはその後も分岐がある毎に流れが緩やかな方を選んだ。そしてついに前方に明かりが見えてきた。この洞窟の出口のようだ。
出口に近付くにつれて「ゴォーッ」という音が大きくなってきた。緩やかだった流れが激流に変わり、出口に向かって筏は飛ぶように進んでいく。
これって映画なんかでよく見るパターンだよなぁ……。
おっと、そんな呑気なことを考えてる場合じゃない。あっと言う間にオレたちが乗った筏は空中に飛び出した。
なんだっ! ここはーっ!?
※ 現在のケイの魔力〈240〉。
※ 処刑を契機に魔力が増加。〈120〉→〈240〉
※ 魔力が高まった理由はもう少し後で明確になります。




