SGS063 罪は万死に値する
闘技場には「ころせっ! ころせっ!」という喚声が響いていて、その怒号が津波のようにオレに押し寄せてくる。
こんなところで殺されてたまるかっ! オレは自分に電撃マヒ解除と眠り解除の魔法を掛け、内臓にヒール魔法も掛けた。これでいつでも反撃できる。
その間も喚声が続いていたが次第に小さくなって、やがて静まった。タムル王子がまた手を広げながら声を張り上げた。
「民の気持ちは分かった! では……」
「まってぇーっ!」
女の叫び声がタムル王子の話を遮った。
「まってちょうだいっ! ぜんぶ、あたしが、わるいのーっ!」
あれはラウラの声だ。声の方に顔を向けると、ラウラが共生村の方から必死で駆け寄ってくるのが見えた。
「ラウラーっ! 来ちゃダメだっ! ここに来るなーっ!」
オレは必死に叫んだ。
「こいつ!? マヒが解けたのか? それに、あの女は誰だ?」
タムル王子はそばにいるバハルに問いかけた。
「あの女もゴブリンに種付けをされて、ゴブリンのヨメとしてここに送られてきた者でございます。あの女のことを家族のように大事にしていると、この女は以前に申しておりました」
「そうか。それならあの女も同罪だな。女を捕らえよ」
兵士が走ってくるラウラを捕らえに行った。
「やめろーっ! ラウラに罪は無いっ!」
オレがいくら叫んでも、こいつらには通じない。いっそ、魔法で皆殺しにしてやろうか!
どうやって魔法で殲滅するか考えていると、ニドから念話が飛び込んできた。
『ケイ、聞こえるか? 君もラウラもおれが助け出してやるから、君は魔法を使うな』
『うっ! この状況であなたがどうやって助けるんだ?』
『いいから信用しろ。何があっても、魔法を使わずに黙って見ているんだ。今、君が暴走すると、ラウラは絶対に助からないぞ』
『そんなこと言われたって……』
兵士がラウラを引き連れて戻ってきた。
「ケイ、ごめんなさい。ここに戻って来てって、あたしがムリを言ったから……。そのまま逃げてって言えば、こんなことにならなかったのに。ホントにごめんなさい……。う、うっ……」
涙で後は言葉にならない。でも、ラウラの思いは十分に伝わってきた。
ラウラとの付き合いはオレの身勝手な打算から始まった。しかし彼女の強さを知り、彼女の弱さに気付き、彼女を抱き、彼女に抱かれるうちに打算は別の何かに変わっていった。いつの間にかオレの気持ちの中でラウラは守るべき大切な人になっていた。彼女は絶対にオレが守るんだ。
「う、うっ……ケイが死ぬのなら……あたしも死ぬ。ケイ、ずっと、いっしょよ……」
ラウラを抱きしめてあげたい。が、今はそれも叶わない。
「ラウラ、分かったから……もう泣かないで……」
「この女たちを黙らせろ! それと、処刑台をもう一つ用意しろ」
タムル王子が兵に命じた。
「王子。ラウラは関係ない。感情が高ぶっているだけだから放して……、どうか放してやってください」
オレは自分の気持ちを精いっぱい抑えてタムル王子に懇願した。だが、王子は見向きもしない。
「ごめんなさい……う、うっ……」
ラウラは泣きながら謝るばかりだ。
くそっ! いっそのこと、タムル王子の心臓を念力魔法で止めてやろうか。魔法を発動しようとすると、突然、遠くで大きな声が上がった。
「タムルおうじーっ!」
あれはニドの声だ。
「馬鹿タムルーっ! 自分たちの失政を哀れな奴隷たちの責任にしてよいのかーっ!? 自分たちの身代わりに哀れな女たちを魔物のエサにして、それで終わりなのかーっ!? それでも国をあずかる王族なのかーっ!?」
あんな挑発的なことを言うと、自分で殺してくれと言っているようなものだ。
「あ、あいつは誰だっ!?」
タムル王子がバハルに問いかけた。
「あいつは……、あいつはこの闘技場の奴隷でございます。この女と一緒にゴブリンの国へ付いて行きました。女に情が移ったのかもしれません」
バハルが汗を拭きながら答える。
「それなら、あいつも同罪だっ! 捕らえて処刑してくれる! 処刑台を追加せよ!」
「それと、もう一つ申し上げることが……」
「なんだっ!?」
明らかに王子はイラついている。
「処刑に使う魔物が起き上がろうとしません。お、おそらく何かの、び、びょうきに罹ったのかと……」
バハルはしどろもどろに言い訳をした。
「くそっ! おまえの管理不行き届きだっ! 処刑は闇国への流罪に切り替える。筏を用意しろっ!」
タムル王子の命令を受けて兵士たちがどこかへ走っていった。
ラウラとニドは台に縛りつけられ、オレの隣に寝かせられた。
『ニド、どうしてこんなバカな真似をしたんだ? あんたが捕まってしまったら、わたしたちを助けることなんかできないだろっ!?』
自分の言葉遣いが男のように乱暴になっていることに気付いたが、今はそれを言い直しているような場合じゃない。
『ケイ、心配ないよ。作戦どおりだ。ちょっと我慢をすればここから脱出できる。だから絶対にあいつらを魔法で攻撃したりするなよ』
どこが作戦どおりなのか分からないが、今はニドの言うとおりにするしかなさそうだ。
ドン、ドン、ドンと太鼓が鳴り響き、ザワザワしていた闘技場の中が静かになってきた。
タムル王子が手を挙げて観衆に向かって声を張り上げた。
「お待たせした。それでは罪人に刑罰を申し渡す。この者たちは我が国と我が同胞に多大な損失と苦しみをもたらした。その罪は万死に値する。よってこの者たちは我がレングランの法に則り、闇国への流罪とする」
申し渡しが終わってタムル王子がまた手を上げると、わーっという喚声が闘技場に一斉に沸き上がり、「ころせっ! ころせっ! ころせっ! ころせっ!」という声が響き渡った。
『やみこく? やみこくへの流罪って?』
『レングランでは死刑は廃止されていて、代りに魔物との対決か闇国への流罪になるんだ』
この世界にも島流しがあるのか。闇国なんて名前が付いているってことは、佐渡島みたいに金鉱か何かがあって地下で強制労働をさせられるってことか? それも絶対にイヤだ!
『ニド……、あんたねぇ、もしかして闇国へ流罪にされるから脱出できるって考えてる?』
『そういうことだ。魔物のエサになるより流罪の方がいいだろ?』
『うっそっー!! あんたの上司が助けてくれるんじゃないのっ!?』
『この土壇場ではそんな時間は無いよ。心配するな。脱出できるから信じろ』
ニドを信じたオレが馬鹿だったのだろうか。それとも、ニドには何か助かるという確信があるのだろうか。たしかにニドが言うように、この場でオレがあからさまに魔法を使うとラウラが殺される可能性が高い。ニドを信じるしかないのか。
『ねぇ、ニド。これからどうなるのか教えてもらえる?』
『おれたちは今から闇国へ流し込まれるんだ。闘技場の真ん中に処刑塔があるだろ』
あ、あのピラミッドのことか……。
『あの三角形の石組みの塔のこと? 石像から水がすごい勢いで流れ出ているけど……』
『そうだ。処刑塔の水が流れ込んでいるところに大きな穴がある。それが闇国への入口だ。闇国は地下深くにある真っ暗闇の国で魔獣がウロウロしてるっていう話だ』
『この国の地下に闇国なんてのが本当にあるの?』
『さあな。本当のところは分からない。ただの伝説さ。でも、レングランの民はそれを信じて怖がっているし、流された罪人で戻ってきた者はいないらしい。この街の近くにクドルの大ダンジョンがあるんだが、その奥とつながっているという説もあるらしいな』
また、ドン、ドン、ドンと太鼓が鳴らされた。鬼のような面を被った大男が現れた。手には大きな斧を持っている。ドン、ドン、ドンと続けて太鼓が打ち鳴らされる。大男が斧を振り回しながら太鼓に合わせてオレたちの周りを踊り始めた。
「まず、あの生意気な男から始めろ!」
タムル王子が命じる。
『えっ、どういうこと? あの斧で首を切られるとか……?』
そう言いながら自分の体が小刻みに震え始めたのを感じた。怖い……。
『あっ! 言うのを忘れていたが、闇国へ流される罪人は、まず右腕を切り落とされるんだ。少しだけ痛い思いをすることになるけど、おまえならすぐに再生できる。命には別条ないから大丈夫だ』
なんだとーっ!! そんな大事ことを言い忘れるなよっ!
とか考えてるうちにドスンという音が聞こえた。ニドの腕が落されたのか!?
「うぎゃーっ!!」
ニドが言葉にならない悲鳴を上げる。それを聞いたラウラが甲高い悲鳴を上げた。気絶したみたいだ。わーっと喚声が上がった。
『ニド! ニド! 大丈夫?』
返事が返ってこない。誰かが唱えるキュア魔法の呪文が微かに聞こえた。血止めをしているのだろうか。
「次はこの女だ」
ラウラに水が掛けられた。ラウラは意識を取り戻してまた悲鳴を上げた。
「やめろーっ! ラウラは関係ないっ!」
「いやーっ!!」
オレの叫び声とラウラの悲鳴が重なった。ドスン! 斧が振り下ろされる振動が響いた。喚声が一段と高まる。ラウラはまた気絶したようだ。
「それをあの女に見せてやれ」
タムル王子の声がして、兵士が何かをオレのところに持ってきた。
見ると……人の腕だ。肘から先の右腕。白い腕。切られたところから血が零れている。……ラウラの右腕だ! こんな残虐なことを……よくも……。ゆるさない! オレはこいつらを絶対に許さない!
ドクン! なんだろ?
ああ、またあれだ。オレの体の中に流れ込んでくる何かが強くなった感じだ。
※ 現在のケイの魔力〈???〉。
※ 次のエピソードでケイの魔力がどれくらい高くなったか分かります。




