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SGS062 喚声に包まれて

 翌日の夕方。オレたちは村の共同炊事場で一緒に晩飯を食べていた。


 昨夜は久しぶりにラウラを抱きしめたせいで不覚にも気を失ってしまった。今夜はそうならないように注意しなきゃ。


 食事をしながらそんなことを考えていると、バハルがこちらへ歩いてくるのが見えた。その後ろにはルセイラがいるが、いつもとは少し様子が違うようだ。


「仲間がひとり増えたぞ。この女はみんな知ってるな? 奴隷になったばかりだから色々教えてやれ」


 そう言ってバハルはすぐに戻っていった。


 それってルセイラが奴隷の身分に落とされたってことか? 見ると、たしかにルセイラには真っ赤な首輪がはめられていた。着ているものもいつものような護衛官の革服ではなく粗末なワンピースだ。


「ルセイラ、そんなところに立ってないで座りなよ」


 オレが声をかけると、ルセイラは少しだけ躊躇ってから近くの腰掛けに座った。


「処分が決まったってことか?」


 ニドが聞くと、ルセイラは頷いた。


「姫様は王族の身分を剥奪されて城内の塔に幽閉されてしまいました。わたくしはこのとおり奴隷の身分に落とされてしまった……」


 ルセイラは悔しそうに顔をしかめて俯いた。オレがこの人たちの人生を狂わせてしまったのか……。


「ごめんよ、ルセイラ……。姫様やあなたを巻き込んだことはホントに申し訳ないと思ってる。でも……、諦めないで。まだこれで終わりじゃないよ」


「こうなったのは、ケイ! あなたが一番悪いのですよっ!」


 ルセイラはオレをぐっと睨みつけた。でも、すぐに目を伏せて言葉を続けた。


「だけど、あなただけのせいじゃないわ。ゴブリンとの交渉が上手く進まなかったのはわたくしの落ち度なのです。もっとゴブリンや魔族のことを調べておくべきでした。じっくりと考えれば、それは奴隷だったあなたの役割ではなく、姫様を支えるわたくしの役目だったのです。今ごろそれに気付くなんて、わたくしはバカですね……」


 ルセイラは頬の涙を拭いながら話を続けた。


「わたくしが至らなかったばかりに姫様をお守りできなかった。それが悔しくて……」


「君が奴隷に落とされたってことは、君の家族にも累が及んだのか? 君が姫様付きの女官だったということは、君の家は貴族なのだろう?」


「貧乏貴族だけど……、わたくしには家族がいないの……」


 ニドの問いかけにルセイラはそれ以上詳しい話をしようとしなかった。何か事情があるのだろうか。それはともかく、今はもっと気になることがある。


「ええと、ルセイラも知っていると思うんだけど……。姫様は王様にベルッテ王との裏交渉のことを話してくれたのかな?」


「ええ。そのことはしっかりと話しておられました。王様が仰るには、形の上では姫様に処分を下さざるを得ないが、もし姫様の提言が功を奏すれば処分を取り消すそうです。王様は姫様にそのように約束しておられたので……」


「姫様の提言って、どんなこと?」


「提言というのは、レングラン兵をラーフラン兵に偽装させてレブルンを攻めてほしい、そうすれば必ずレブルンはラーフランを攻めるはずだ、ということでした。もちろん、姫様はベルッテ王との裏約束のこともレングラー王に話をされて、一生懸命に説得しておられました」


「ということは、裏約束が果たされればテイナ姫は幽閉から解かれて、王族としての身分も取り戻せるってことだよね?」


「王様は姫様を可愛がっておられますから、姫様との約束はきっとお守りになると思います」


「そのときはルセイラも奴隷の身分から解放されて、姫様付きの女官に戻れるよね?」


 オレは少し興奮気味に聞いた。


「いえ……、たぶんそれはムリです。奴隷に一度落ちた者など見向きもされません。忘れ去られてお終いです」


 そんなものなのかな……。でも、それは違うと思うぞ。


「それはテイナ姫に失礼だと思うよ。姫様は……」


 オレはルセイラの目を見つめながら言葉を続けた。


「姫様は絶対にルセイラのことを忘れないはずだよ。一緒にゴブリンの国まで行って、皆で魔族に臆することなく交渉したのだから。姫様はきっとあなたを迎えにくる。だから、ルセイラ、諦めないで。一生懸命やったことはきっと報われるよ」


 ルセイラは目を逸らさずにオレの言葉を聞いてくれた。


「そうですね。ケイの言うとおりかもしれません……。またいつか、姫様のおそばで国や民たちのために働ける日が来るかもしれませんね……」


 ルセイラはまた顔を伏せて涙を零した。理屈では分かっても、感情は別なのかもしれない。


「とにかく、ルセイラ。姫様が迎えにくるまでは、あたしたちと一緒にここでがんばろ! ねっ!」


 あっ! オイシイとこだけラウラが取っていった。ラウラの言葉に、ルセイラは泣きながらニッコリと微笑んだ。


 ………………


 翌々日の朝。バハルがニタニタした顔で共生村に入ってきた。その後ろに男がもう一人付いてきた。


「オイ、おまえたち。この施設は元の闘技場に戻すことが決まったぞ。ゴブリンとの融和政策や原野開墾政策は中止になった。おまえら奴隷はそのまま闘技場の奴隷としてここに置いてやるから安心しろ」


 バハルがそう言うと、もう一人の男が口を開いた。


「だがな、別の命令がもう一つ下ったんだ」


 あっ! こいつはオレやラウラを散々に殴ったタムル王子の護衛だ。あのときはお返しにこっそり腕の骨を折ってやったが、こいつがまたここに来たということは……。何か悪い予感がする。


 そんなことを考えていて気付くのが遅れたが、バハルが何やら呪文を唱えている。しまった! 眠りの魔法だ。体から力が抜けていく。なんとか地面に手を突き横たわったが、そのまま意識を手放した。



 ――――――― ラウラ ―――――――


 ケイは魔法で眠らされて、そのまま担架に乗せられてどこかへ運ばれていった。その騒ぎが収まった後、大勢の作業員たちがやってきた。闘技場に植えられた低木をすべて取り払って、この箱庭を昔のような闘技場の姿に戻すらしい。


 もちろんその作業にはニドやマメルだけでなく、エマやルセイラ、あたしも駆り出された。でも、あたしはぜんぜん仕事が手に付かなかった。明日、公開処刑が行われるという。その話を作業員たちから聞いたからだ。


 公開処刑されるのは今回のゴブリン交渉を失敗させた首謀者らしい。たぶん、ケイのことだと思う。


 ケイを捕らえたのはあの王子の護衛だった。


 あたしのせいだ。ケイはすべてあたしのためにムリをしたのだ。姫様を抱き込んだり、ゴブリンの国と和平交渉をしたり、そして王子に目を付けられたり……。


 それに……、あたしさえいなければケイはとっとと逃げられたはずだ。でも、ケイは戻ってきた。こんな自分のような女のために……。


 ケイは記憶を無くし、家族を失い、奴隷に落とされて、それでも諦めずに必死に強くなろうとしていた。お互いにゴブリンの兄弟と幸せな時間を過ごし、そして夢は儚く消えた。姉妹のようにあたしを慕い、あたしもケイを愛した。


 ケイ、ケイ、ケイ……。どうして逃げなかったの……。あたしなんか放っておいて逃げてしまえばよかったのに……。う、う、うっ……。


「こんなところで、なんで泣いているんだ?」


「ニド……。あたしのせいでケイが殺されてしまうのよ……」


「心配するな。君のせいじゃないし、ケイは死なないよ。それよりもこんな夜遅くに岩の上に座っていると、体を冷やしてしまうよ」


 いつだったか……、あれは星が降るような夜だった。この場所、共生村の小川の縁でケイが岩に腰掛けてひとり泣いていたことがあった。そうだ、あれはボドルやベナドが死んだと聞いた、その夜だった。


「ケイが……あたしのために生きるって言ってくれたの。この場所で。あたしは親に売られて家族はいないし、15年一緒に働いた仲間にも見捨てられた。でも、ケイは……たった数カ月一緒に暮らしただけのケイは違ったの。逃げないの。あたしのそばにいて、あたしを抱きしめてくれるのよ」


 そう言いながら、あたしはニドを見つめた。涙でニドの姿がぼやけている。


「ねぇ、ニド。あたしはどうすればいいの? ケイに何をしてあげたらいいの?」



 ――――――― ケイ ―――――――


 頭から全身に水を掛けられてオレは意識を取り戻した。また眠りに引きずり込まれそうになるが、手足の痛みが酷くて少しずつ意識がはっきりしてくる。体を動かそうとしたが、ぜんぜん動かない。たぶん電撃マヒと眠りの魔法を掛けられたのだ。でも、痛みがあるってことはマヒが切れかけているのだろう。


 オレは今、手首と足首を縛られて何かの台の上に寝かされているらしい。周りがザワザワしているのは人が大勢いるからだろう。


 閉じている自分の目を必死でこじ開けた。見ると、ここは闘技場の真ん中だ。闘技場の観客席は人で埋め尽くされていて、皆がオレを見ている。どうしたんだ? オレが眠らされている間に何があったんだ?


「しずまれーっ! しずまるのだーっ!」


 耳元から大声で叫ぶ声が聞こえた。ドン、ドン、ドンという太鼓の音が響いた。ザワザワという騒音が小さくなり消えた。


「我が親愛なるレングランの民よ。私はレングラン王国の第一王子、タムルだ。今日はレングラー王の名代として、私が今回の公開処刑を執り行う」


 わーっという喚声が闘技場に沸き起こった。タムル王子が手で制するとすぐに静まり、王子はまた演説を続けた。


「皆も知ってのとおり、ゴブリンの国に対して間違った外交が行われ、そして失敗した。その失敗は我がレングランに大きな損失と脅威をもたらした。その首謀者がこの女だ」


 タムル王子がオレを指さして、鋭い視線を向けた。オレに対する観衆の殺気が強まったのを感じる。


「この女はテイナ王女を誑かし、王様が進めてきたゴブリン政策を破たんさせ、さらにゴブリンに多数のソウルオーブを与えてしまった。

 この女の浅はかな企てのせいで、民の税と命を注ぎ込んだ開拓村は廃棄され撤退せざるを得ない状況となった。この女がゴブリンに与えたソウルオーブはこれから多数の我ら同胞の命を奪うことに使われるだろう。

 その罪は非常に重い。テイナは責任を問われて王族から除名となり、幽閉された。そこで私は民に問いたい。この女をどうする? すればよい?」


  また、わーっという喚声が闘技場に沸き起こり、しだいに一つの言葉にシンクロしてきた。「ころせっ! ころせっ! ころせっ! ころせっ!」


 くそっ! そういうことか。すべての失敗をオレのせいにして、殺す気かっ!


 ※ 現在のケイの魔力〈120〉。


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