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SGS059 ベルッテ王との攻防

 ベルッテ王はこちらが万策尽きてお手上げ状態になったと考えているらしい。ニタニタしているのは、オレのことを小娘だと馬鹿にしているからだろう。


『お手上げ? とんでもない。王様にはわたしの命令にしたがっていただきますから。ところで王様。単刀直入に聞きますが、レブルン王国が戦う矛先をラーフラン王国に向けなさいと言えば、できますか?』


『我らにレングランではなく、ラーフランと戦えと言うのか?』


『いいえ、これまでどおりレングランとも戦いを続けて構いません。わたしがお願いしたいのは、レングランだけでなくラーフランとも戦ってほしいということです』


『レングランとの和平交渉が終わって、その後すぐに我が国の矛先をラーフランへ向けろと言うのか? おまえたちが和平交渉に来たことはゴブリンの誰もが知っている。レングランとの間で何か密約があるのではないかと誰もが疑うぞ。子供でも何かおかしいと感じるだろうな』


『それはつまり、ラーフランへ矛先を向ける理由が必要だということですよね? 誰もが納得するような理由が……』


『そういうことだな』


 ベルッテ王は疑わしそうな表情でオレを見ている。


『もしラーフラン王国がこの国へ侵略してきたら、王様はどうしますか?』


『そのときはレングランだけでなくラーフランも相手にすることになる。余はラーフランへの反撃を命じることになるだろう』


 オレの質問に答えながら王様の表情が一層険しくなって、オレを睨んだ。話の筋がなんとなく分かったのかもしれないな。


『では仮に、レングラン兵がラーフラン兵に化けて、しかもラーフランの国旗を持ってレブルン王国に侵略したとしましょう。そのとき王様はラーフラン王国の侵略と見なして、ラーフランに矛先を向けることができますか?』


『ラーフランが侵略したように偽装するつもりか?』


『そういうことです。もちろん偽装であることは分からないようにします』


『だが1回の侵略だけでは偽装を疑う者がいると思うぞ。ラーフランから何度も侵略を受けて、その侵略者がラーフランだという明らかな証拠があれば、我が国の民も、そして支配者たちも納得するだろうな。そのときは余も躊躇なくラーフランへの反撃を命じることができる』


『では王様に命令します。ラーフランから侵略を3回受けたら、20日以内にラーフランを攻撃しなさい。レングラン王国への攻撃は今までの半分にして、残りの半分をラーフラン王国への攻撃に回しなさい。ラーフランとは継続的に敵対し、わたしから別の命令があるまで続けるのです。いいですね?』


 王様は何か考えているようだ。命令を解釈しているのだろうか。返事が無い。


『この命令に従うことを約束しなさい』


 まだ返事が無い。30秒ほど経って、急に王様が倒れた。体がマヒしたのだ。全身を耐えがたい痛みが襲っているはずだ。まぁ、死ぬことはないだろうから放っておこう。


 1分が経って王様は動きだした。冷や汗もかいているようだ。


『わ、わかった。先ほどの命令に従うと約束する』


『初めから素直に約束すればいいのに……。先ほどの命令に違反したかどうかを判断するのは、王様、あなたご自身ですよ。王様が心の中で自分は命令に背いていると思えば、あなたの体は1分毎に繰り返して全身マヒと激痛に襲われます。命令に従うまで、その状態が繰り返されますよ。分かりましたか? もう一度、言いましょうか?』


『うっ! わ、わかった……。だが……』


『えっ? まだ、逆らう気ですか?』


『違う。そうではない。余の命令だけではどうしようもないことがあるのだ。余がレングランへの攻撃を今までの半分にするよう命じたとしても、その命令を撤回する事態が起こるかもしれぬぞ』


『どういうこと? この国ではベルッテ王、あなたが命令すれば、国民はそれに従うはずですよ?』


『先ほど余が申したことを忘れたのか? この国はデーモン族やドラゴン族に支配されているのだ。支配者たちからレングラン王国への攻撃を強めるよう命令が来れば、余はそれに逆らうことはできない。だから、もしそうなったら余は自分の命を絶つことになろうな』


 なるほど。ベルッテ王はデーモンロードやドラゴンロードに逆らうことはできないだろうし、オレの暗示に逆らうこともできない。だから自殺するしかないということか。


『今までにも支配者たちからレングランへの攻撃命令が来たことがあるのですか?』


『いや……。少なくとも余が王位に就いてからは一度も無いな』


 それなら、それほど気にすることは無いだろう。だが、何か手を打っておいたほうがいいな。


『では命令を付け加えます。もし支配者たちからレングランへの攻撃命令が来たら、ただちにその内容をレングランへ伝えなさい。その攻撃命令を実行するときは、レブルン側もレングラン側も犠牲や被害ができるだけ小さくなるように工夫しなさい』


『だが、余から表立って使者を送ることはできぬぞ』


『そうですね。密かにテイナ姫に使者を送ってください』


『承知した。その命令に従うと約束しよう。余もそれで死なずにすむからな』


 よし! これでオレの勝ちだ。


 いや、本当に勝ったと言えるのだろうか。暗示に縛られているベルッテ王はオレの命令に従い約束を守るだろう。だが、その約束を証明するものが何もない。テイナ姫が胸を張ってレングランへ戻るためには、今回の交渉が成功したという証拠が必要だ。オレも姫様もベルッテ王が約束を守るという証文がほしいのだ。


 その証文を得るために、オレたちはその後もベルッテ王と交渉を続けた。しかし、ベルッテ王は約束を書面にはできないと言う。そんなことをすれば、その書面の存在が露見したときに、レブルン王国が滅ぼされると言うのだ。


 書面にできないと言うのなら、何か証文に代る物がほしい。何か無いだろうか……。あっ! アレはどうだろう。


『王様。王様はわたしにヨメになれと仰いました。そのお気持があるのであれば、わたしのためにゴブリンのお守りを作ってください。王様のお守りがほしいのです。そのお守りには王様の匂いと王様の紋章を付けて、わたしの名前を刻み込んで貰えれば嬉しいです。そうすればわたしへの贈り物だと分かりますから』


 ゴブリンのお守り――。それは以前、ボドルがオレのために作って贈ってくれたことがある。そのときボドルからゴブリンのお守りのことを聞いたのだ。ゴブリンの男が自分のヨメに誓いを込めて渡すものであり、生涯にわたってヨメを守り誠実であることを誓う印だそうだ。このお守りがあれば、ベルッテ王がオレに対して約束を守ることを誓ったという印になるだろう。


 ゴブリン族なら誰でもベルッテ王の匂いと紋章が付いたお守りを見れば、それがベルッテ王が作ったお守りであると分かるはずだ。しかし残念ながら人族はその意味が理解できない。人族にベルッテ王のお守りを見せても「それがどうした?」と言われるだけだろう。だがそれでも何も証拠が無いよりはマシなのだ。


『ゴブリンのお守り? 余に、おまえのためにお守りを作れと言うのか? たしかに余はおまえと交わり、タネを植え付けたと近侍たちには申したが……。しかし実際には何もさせてもらえなかったぞ……。ごにょごにょ……。まぁ、よかろう。おまえをヨメにするという余の気持ちに偽りは無いからな。明日の朝にはお守りを渡そう。だが言っておくが、そのお守りは証文の代りにはならんぞ?』


『そうですね。でも、王様がわたしに対して誠実である証拠にはなりますよね?』


『うむ。まあ、な……』


 王様。なぜ、そこで目を逸らす?


『でも、ケイ。王様のお守りをレングランに持って帰っても、ベルッテ王が約束したという証拠にはならぬではないか。どうするつもりなのです?』


 姫様は心配顔でオレに尋ねた。


 うん、オレもどうしたらいいのか分からなくて吐きそうな気分だ。


『姫様のご心配は分かるのですが……、何も持って帰らないよりはマシかと……』


 オレの言葉を聞いてテイナ姫はガクッと肩を落とし、ベルッテ王はニヤッと目を輝かせた。


『さようか……、ケイにも策が無いのですか……。それならば、この国で我らができることはもう何も無いのですね……。では明日の朝、王様からお守りをいただいたら、すぐにレングランへ戻りましょう』


『いや、テイナ姫、それは許可できぬな。テイナ姫は分かっておられぬようだが、あなたの今の立場は、はっきり言えば人質だ』


 このクソオヤジ! 少し優位になったと分かったら、すぐにこれだ。


『王様こそ、分かっておられないようですね。あなたは、わたしから命令される立場ですよ』


『いや、おまえも分かっていないようだな。もし姫を何の代償も無しに帰したら、余は支配者たちから何か密約をしたと疑われるぞ』


 うっ! たしかにそのとおりだ。支配者たちに疑いを持たれてはならない。何か対策が必要だ。姫様、どうします? オレは姫に目で問いかけた。


『では、ソウルオーブ100個をその代償としましょう。和平協定の成立が条件でしたが、やむを得ません』


 姫様は悔しそうに俯いた。


『姫の身代金としては安いが……、まぁよかろう。それがあれば、支配者たちへも説明ができるからな』


 ベルッテ王は満足そうな笑みを浮かべた。


 結局、レングラン側が得たものは、ラーフランを攻撃するというベルッテ王の口約束と王様のお守り、そして我々をレングランへ戻すという保証だけだ。


 レブルン側が得たものはソウルオーブ100個だ。これは原野の中に隠してきたから、レングランに戻る途中でレブルン側に渡すことになるだろう。


 それとドンゴとラルカルのことだが、この二人はレブルンに残していくことにした。和平協定の締結に失敗したため、ゴブリン二人を連れ帰ると、殺されてしまう可能性が高いからだ。


 ここにドンゴを残していくのは寂しいが、ドンゴもラウラも分かってくれるだろう。またいつか会えるときが必ず来る。そう信じよう。


 ドンゴとラルカルを優遇するようオレは王様に命じた。教育をきちっと受けさせることと、二人が希望する仕事に就けるよう配慮することを王様に約束させた。


 今回の交渉で捕虜になっていたゴブリン二人をレブルン側に戻す形になるので、代りに人族の捕虜をレングラン側に引き取るということになった。つまり捕虜の交換だ。王様も姫様も対外的にはその形が説明しやすいと言うので、そういうことにした。オレはどうでもよいのだが。


 これでベルッテ王との交渉は終わった。期待していた成果を出せず、疲れと不安だけが大きく残った。ラウラが人質に取られているから、オレは必ずレングランに戻らないといけないが、戻ったらどうなるのだろう……。不安がどんどん膨らんでいく。


 ※ 現在のケイの魔力〈120〉。


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