SGS058 しっぺ返しをくらう
まずは和平協定の意図するところをオレがベルッテ王へ正直に話した。つまり、今後はレングラン王国がレブルン王国と仲良くして、ドルガ湖周辺の平野や原野の中に点在している荒れ地の共同開拓を行うことでレングランの食料不足を解消したいということだ。それとレブルン王国と手を握ることで敵対しているラーフラン王国との戦いに勝ちたいということも語った。将来的にはレブルン王国との軍事同盟締結を目指しているということも説明したのだ。
『ふん。相変わらず人族は勝手なことばかりをほざくものだ。おまえが申したことは、レングラン王国が得をすることばかりではないか。話にならぬわ』
たしかに今の説明だけではベルッテ王が憤慨するのは当然だ。
『いえいえ、わたしの説明はまだ終わっておりません。和平協定を締結すればレブルン王国も大きな利益を得ることができるのです』
オレはそう言って、レブルン王国側のメリットについて説明した。
共同開拓した土地はレブルン王国がレングラン王国へ貸し与えた租借地という扱いにする。それはつまり、レングラン側からレブルン側へ開拓地の租借料を支払うことを意味する。その支払いはソウルオーブで行われるから、レブルン側にとって大きなメリットになるはずだ。レブルン側は今までのように人族からソウルオーブを略奪しなくてよくなる。略奪時にゴブリンを殺されたり捕えられたりすることがなくなり、しかも何もしなくても数百個のソウルオーブが毎年手に入ることになるからだ。
なお、オレが作った原案では収穫物に対する税も納めることにしていたが、これはレングラー王や大臣たちの反対で却下された。国家間で税を納めるのは問題があるし、租借料を支払うからそれで十分ということのようだ。
オレが和平協定の意図するところを正直に話したのは、その方が交渉が速く進むと考えたからだ。なにしろオレが暗示魔法という切り札を使ったから、ベルッテ王はオレの意のままに動くしかないのだ。
姫様はオレの正直な説明に驚いていたが、ベルッテ王へ暗示魔法を掛けた話を聞くと納得した。
ベルッテ王は自分が不利な立場に立っていると思い、不満顔だ。実はテイナ王女にも同様の暗示魔法を掛けている。そのことをベルッテ王に話すと、今度は、ベルッテ王が驚いた顔をした。
これで両者とも暗示魔法の束縛を受けているという同じ条件のもと、忌憚のない意見交換ができるはずだ。ここまではオレのシナリオどおりだ。よし、準備は終わった。ここからは和平協定の内容について、詰めの交渉ができるだろう。
『余もレングランの姫も、おまえから暗示魔法を掛けられていて、おまえの命令には逆らえない。それは理解した。それを理解した上で、率直に話をさせてもらおう。もし……』
ベルッテ王が交渉のテーブルに着いて、本音で話を始めた。オレはそう思った。しかしその後に続いたベルッテ王の言葉は、こちらが予想もしないことだった。
『もし、この和平協定を結んだとすると、このレブルン王国は滅びる。いや、滅ぼされる。しかし、和平協定を結ばなければ、余の体はマヒして全身に痛みが走る。国と余の体のどちらが大事であるか? 答えは簡単だ。それは国だ』
そこでベルッテ王は言葉を切り、少し辛そうな顔をして話を続けた。
『言い換えれば、余は自分を捨てると言うことだ。つまり、レングランとの和平協定を結ぶくらいなら、余は自分の死を選ぶということだ』
なぜ、そんな結論になるんだ? まったく理解できない。
『どうして和平協定を結んだら、このレブルン王国が滅びるのですか? 和平協定を結べば、ゴブリン族と人族の間での戦いは無くなりますし、どちらも得るものは多いはずです。仲良くすることに何か問題があるのでしょうか?』
『問題があるかだと? 大有りだ。おまえたち人族は別の世界から来たらしいから十分に認識していないのだろうが、このウィンキアのすべては地母神様に支配されておるのだ』
『じぼしんさま?』
『そうだ。地母神様はこの大地に宿っておられる母なる偉大なソウルだ』
どうやら地母神様とは大地の神様、つまりウィンキアソウルのことらしい。
『おまえたちは知らないのだろうが、地母神様はすべての魔族や魔物たちに命じておられるのだ。この世界の安寧を乱す者がいればそれを排除せよとな。人族とそれに味方する種族はまさに世界の安寧を乱す者たちだ。この世界から排除せねばならぬのだ』
『この世界から排除するって?』
『滅ぼすということだ。だから、もしこの和平協定を結んだりすれば、このレブルン王国は人族の味方になったということで、我らもデーモン族やドラゴン族の手によって滅ぼされる。そういうことなのだ』
そんなの口からの出まかせだ。ベルッテ王はどうにかして、この和平協定の締結を避けようとしているのだろう。
『この国がデーモン族やドラゴン族の手で滅ぼされると言うのですか? でも、この国はゴブリンの国でしょ?』
『ああ、ゴブリンの国だ。だが人族が神族に支配されているように、我らの上にも支配者たちがいるのだ。それがデーモン族やドラゴン族だ。もっと正確に言えば我らの支配者というのはデーモン族やドラゴン族の中で地母神様の加護を得て、強大な力を身に付けた者たちだ。ゴブリン族だけでなくすべての魔族の上位に立って、この世界に君臨しているのだ。彼らに襲われたら、この国など、ひとたまりもなく滅ぼされるだろう』
つまりこの国はデーモンロードやドラゴンロードに支配されているってことか。本当なのだろうか? テイナ姫なら何か知っているかもしれない。そう思って、姫様の方に目を向けた。姫様はオレが助言を求めていることが分かったようだ。
『ベルッテ王が仰っていることは、おそらく本当です。ウィンキアの大地に偉大なソウルが宿っていることや、ロード化したデーモン族やドラゴン族がいることも魔法ギルドで確認されていることですから……』
『この国がロード化したデーモンやドラゴンに支配されていることも?』
『それは……、わたくしにも分かりません。しかし、人族と神族の関係を考えれば、ゴブリン族も同じような関係になっていることは十分に考えられます。でも、それはわたくしの推測なので、事実かどうかをちゃんと確かめた方が良いでしょうね』
うーん、どうしよう……。
『王様、この国がデーモンロードやドラゴンロードに支配されていることを示す証拠はありますか?』
『そんなものはない。だが、このまま何もしなければ、どういう結果になるかは予想できる。それを待てば、証拠にはなるが……。ふっふっふっ』
『何が可笑しい? 何を待つのか、はっきり言いなさい!』
まずい。王様に対して言葉が乱暴になってしまった。こちらが切り札を切っているはずなのに、王様のペースで話が進んでいることにオレはイラついている。
『おそらく、数日後には支配者たちからの使者が来るだろう。人族から和平協定締結交渉に来た者たちがいるらしいが、どのように対応しているのか調べて来い……。使者はそう言われて来訪するはずだ』
『わたしたちがここに着いたのは一昨日ですよ。そんなに早く来るはずはないでしょ』
『いや、この国に潜んでいる監視者から直ぐに報告は上がっているはずだから、使者はもう発っているだろう。おそらくデーモン族が来ると思う。空を飛べるから、数日で着くはずだ』
『それで、使者が来たらどうなるのですか?』
『姫やおまえたちの処遇が問題になるな。使者の前ではっきりと処遇を示すことになるだろう。捕虜となった人族は、男であれば処刑するか奴隷にするが、女はゴブリンのヨメとして下げ渡すのが通例だ。しかし、おまえは特別に余のヨメにすることを使者に申し上げよう。姫は人質として、ソウルオーブと交換するという手もあるな』
どれも絶対にイヤだ。
『和平協定はどうなるのですか?』
『そんなものは論外だ』
どうやら和平協定を締結するのはムリっぽい。和平協定を結ぶことができれば人族と魔族が仲良く暮らせるようになると考えていたが、争いの根は深そうだ。
ここまで上手く進めてきたのに……。悔しいが土壇場でひっくり返された。しっぺ返しをくらった気分だ。
『王様、ちょっと眠っていてください』
この後のことを姫様と相談するために、オレはベルッテ王に眠りの魔法を掛けた。
『姫様、ベルッテ王の話が本当だとすると、使者が来る前にこの国から脱出するしかないですね』
『それは、そうだが……。このまま手ぶらで帰ることなどできぬ』
姫様は悔しそうに唇を噛んだ。
『そうですね。それでは、いっそのこと、無理やりに和平協定を結ばせて、デーモンロードやドラゴンロードの手でこの国を滅亡させましょうか? そうすればレングラン王国の北側の脅威は薄れるし、開拓も進みますよ』
『しかし、ベルッテ王は和平協定を結んで国が滅ぶくらいなら本当に自殺を選ぶであろう。それに、もしデーモンロードやドラゴンロードがこの国を攻撃して滅ぼすとすれば、その原因を作ったレングラン王国にも攻撃の手を伸ばしてくる恐れがある。そうなったら、レング神様も黙ってはおられぬだろうから、神族を巻き込んだ大きな戦いになるやもしれぬ……』
姫様は俯き加減で独り言のように呟いた。そしてオレの方に顔を向けた。
『――そのような事態は絶対に防がねばなりません!』
おお! 姫様の目力ってけっこうすごいな。
『そのとおりですね。でも、それはベルッテ王が言ってることが本当だという前提での話です。まずはその話が本当かどうか確かめてみましょう。もし本当であれば、ベルッテ王から最大限の譲歩を引き出すしかないですね。書面での協定は結べないでしょうが……』
オレはベルッテ王を起こして、話を続けた。
『王様、あなたの話が本当かどうか確かめます』
『どうするのだ?』
『ベルッテ王に命令します。和平協定を結んだら、この国がデーモン族やドラゴン族に滅ぼされるというのは本当ですか? 正直に答えなさい。もし、ウソを言えば命令違反で、あなたの体はマヒしますよ』
『本当だよ。……なるほど、うまいこと考えたな』
王様の体はマヒしていないから本当のようだ。
『王様に命令します。数日のうちに使者が来て、使者の前で我らの処遇を決めることになるというのは本当ですか?』
『それも本当だ。推測ではあるがな』
王様は平気な顔をしているから、これも本当らしい。
『なるほど、ウソではないようですね。では王様に相談ですが、和平協定について書面による締結はしないまでも、王様と我々の間の約束ということではどうでしょうか?』
『そんなことができるわけがない! 人族との戦いを止めたり、開拓村にゴブリンを提供したりすれば、すぐに秘密の約束があることが露見するだろう。そうなれば、我らの国は滅亡するしかない』
ということは、徹夜で考えた和平協定の内容は全部ダメってことか……。考えが足りなかったようだ。
しかし、この和平協定の戦略的な狙いはゴブリンとの和平を結ぶことだけではない。対ラーフラン戦を優位にすることも、もう一つの狙いだ。ゴブリン族が人族との戦いを止めることができないのならば、ゴブリンの矛先をラーフランに向けさせればよいのだ。つまり、レブルン王国にラーフラン王国を攻めさせるということだ。
レングラン王国はレブルン王国の南に位置していて、国境を接している。ラーフラン王国は、さらに南にあるため、今までは、ほとんどレブルン王国からは攻め込まれていないはずだ。しかし、実はラーフラン王国もレブルン王国と国境を接しているのだ。それはクドル湖の西岸地区だ。ここは現在、ラーフラン王国が占領していて、レングラン王国との紛争地帯でもある。ここをゴブリンたちに攻めさせたらどうだろうか。
黙り込んだオレを見て、ベルッテ王は見下したような表情を向けた。
『どうした。もう、お手上げか?』
ここまで来てギブアップするはずがない。反撃開始だ。
※ 現在のケイの魔力〈120〉。




