SGS054 オレって何者?
ニドはオレの回復魔法について何やら忠告をしようとしている。自分がまた何かヘマをしたのかと思ったが、オレにはまったく心当たりがない。
『君は気付いていないのだろうが、君が使っているのはキュア魔法ではない。なぜならキュアというのは使ってから相手を完治させるまでに時間が掛かる魔法だからね。魔力がどれほど高いロードナイトやヒューマンロードがキュア魔法を使ったとしても、君のようにすぐには相手を完治させることはできないんだ』
『じゃあ、わたしが使っている回復魔法は何なの?』
『君が使っている即効の回復魔法はおそらくヒールという魔法だ』
『ヒール?』
『そう、ヒール魔法だ。そして肝心なことは、ヒール魔法は神族だけが使えるってことだ。つまり君は神族なんだよ。しかも無詠唱という、神族でさえできないことが君にはできる。だから、君は特殊な神族……ってことになるね』
えーっ! オレが……かみぞく!? 今まで考えたこともなかったが、そんなことがあり得るのか?
『でも、お……わたしは、記憶を無くしていて覚えてないけど、5年の間、このレングランで結婚して生活していたって聞かされてるよ? 自分が神族だなんて信じられない……。それに、子供も産んだって聞いてるし……。神族ってほとんど子供ができないんだよね?』
『そうだな。おれもここに来る前に調べたが、君がレングランで結婚して子供を産んだことや、盗賊に子供を連れ去られたことは事実だ。でも、何かが裏に隠されているんだと思う。君は忘れてしまっているのだろうけどね……』
何かが隠されているって? オレが隠していることと言えば、自分がケイさんに乗り移ったことだけど……。ケイさんは神族だったのだろうか? 神族の体にオレのソウルが乗り移ったということなのだろうか?
いや、それは違うだろう。前に聞いた話では、神族はそのソウルが異空間ソウルとリンクしているから無限に魔力を使うことができるとのことだった。もし、オレが乗り移る前のケイさんが神族だったとして、ケイさんのソウルが異空間ソウルとリンクしていたとしても、今、この体に入っているのはオレのソウルだ。オレのソウルは地球生まれのソウルで神族ではないから、異空間ソウルと繋がっているはずがない。だから、オレは神族のはずがない。オレは混乱してきた。自分はいったい誰なんだ?
『わたしが……神族のはずがない……』
『君が神族かどうかはともかく、おれが君に言いたかったことは、君がその即効の回復魔法を使うときは十分に注意しろということだ。君がその回復魔法を使ったら、相手が何も知らない一般人であれば凄いと思うだけだろう。だけど相手が魔法に詳しい者であれば、君が使ったのはヒール魔法であり、君が神族だと気付くかもしれない。少し考えればすぐに分かるからね』
『相手がわたしのことを神族だと気付いたとしたら、どうなるの?』
『どうなると思う? ここからが肝心の話だよ』
『こ、ころされるってこと?』
『いや。神族のソウルはオーブに封じ込めることができないから、君が殺される恐れは少ないだろうね。でも、別の心配があるんだ』
『別の心配?』
『ああ。君が記憶を失っている神族だということが、もしほかの神族に知られたら、その神族は君を自分の一族に引き入れようとするだろうね』
『勧誘されるってこと?』
オレの問い掛けがよほど間の抜けた質問だったのか、ニドから面白がるような感情が伝わってきた。念話は感情も感じ取れるようだ。
『勧誘のような生ぬるい方法ではないだろうね。君は神族のことをあまり知らないようだね』
『うん、ほとんど何も……』
『神族は5つの氏族に分かれていて、互いに争ってるんだ。神族はすべて合わせても二十人くらいしかいないから、どの一族も少しでも身内の数を増やしたいと考えてる。だから、子供を産める神族の女がいて、しかもどこの一族にも属していないことが分かれば、拉致をしてでもその女を手に入れようとするだろうね。つまり、君は拉致されて、側室になることを強要されることはほぼ確実だな』
オレが神族の側室になるなんて……考えられない。ニドの考え過ぎではないだろうか……。
『でも、神族がわたしのことを知る恐れなんか、ほとんどないよね?』
『何を言ってる? 君の存在は少なくともレング神様には伝わっているはずだよ。この和平協定の発案者としてね』
『そ……そんな……』
そうだった。たしかに、その可能性は高い。自分が投げ入れた小石が波紋を広げている……。頭がクラクラしてきた。
『でも、レング神様は、この和平協定交渉のことは気にかけているだろうが、君が神族ということは知らない。しかし君が考えなしに魔法を使えば、君のことを神族だと気付くだろうね』
『つまり、神族に気付かれないようにしろってこと?』
『いや、神族だけではないよ。人族だって、記憶喪失になった女の神族がいると知れば、政治的に利用しようするだろう。いずれにしても、君は魔法を使うときは、相手を見て使わなければいけないということだ。分かるかい?』
よく分かった。オレは頷いた。でも、この男はどうして、ここまで親切に忠告してくれるのだろうか? オレはニドのことをレングラン王国の特殊要員と考えていたが、今の説明を聞いているとそれは違うという気がしてきた。
『あなたは、わたしが神族かもしれないってことをレングランの王様に報告するつもり?』
『いや。君がおれに従うかぎり、君の秘密を漏らしたりしないよ』
『何が狙いなの? そんなに親切に忠告してくれるのには何か理由があるんだよね?』
『え? 君が気に入ったから、今は君のそばに居たいだけさ。君の秘密がほかに漏れると、君はおれの手から離れてしまうからね』
どういう意味だろ? オレを気に入ったからそばに居たいって……。
『わたしが狙いということ? もしかして、わたしの体を狙ってるの?』
鳥肌が立ってきた。
『そうであれば、おれは嬉しいが、残念ながら違う。この話はここまでだ。とにかく、使う魔法には注意しろよ』
『注意しろと言われても、何が良くて何が危ないのか、分からないんだけど……』
『そうだな……。それなら、出発までの間、おれが魔法の講義をしてあげるよ。例えば今使っている念話魔法も注意する魔法の一つだ。念話魔法は普通は相手が目の前にいるか、視界が通るところにいないと発動できない。だけど、神族だけは視界が通らなくても近い距離であれば念話をすることができる。つまり、不用意に念話を使うと、君が神族だとバレてしまうってことだ』
その後、オレとニドの間で視界が通らなくても念話を使えるか実験をしてみた。その結果はニドの言うとおりだった。オレの方から念話魔法を発動した場合は視界が遮られていても問題なく念話ができた。ニドの方から発動した念話魔法では、視界が遮られると念話が途切れてしまった。つまりオレは神族、ニドはロードナイトということだ。
本当に自分は神族なのだろうか。神族と同じような能力が自分にあるとすれば、すごく嬉しい。だが、その理由が分からないのは気持ち悪いし、堂々と魔法を使えないのも困る。
『魔法を使うのに、いつまでコソコソと気を使わなきゃいけないんだろ?』
あっ! 独り言のつもりが念話になってしまった……。
『君が神族や人族から手出しを受けても跳ね返せる力を持つまで、ということになるだろうね。そういう力を身に付けるか、味方を作ることだな』
『うん、よく分かった。ニド、ありがとう』
そういうことだ。自分の能力をもっともっと高めて、味方を作ること。奴隷の身分から抜け出したら、そこから始めよう。それともう一つ。どうして自分に神族のような能力があるのか、それも調べないと落ち着かない。自分が進むべき道筋が見えてきた気がして、なんだか今までで一番心が高揚している気がする。
………………
その後、ゴブリンの国へ出発するまでの間、ニドから魔法の講義を受けた。講義の時間は主に夜の寝る前だった。それぞれの小屋で寝床に入ってから念話で話をした。おかげで、普通の魔法と神族の魔法の違いを掴むことができた。
それともう一つ、ニドから重大な情報をもらった。神族であれば従属の首輪を解除する魔法を使えるというのだ。ただし魔力が〈500〉以上あれば成功率100%だが、オレの場合は魔力がかなり低いから失敗する可能性が高いそうだ。ちなみに失敗すると無理やり従属の首輪を外すのと同じ状態になるらしい。それはつまり死ぬということだ。今のところそれを試してみる勇気はない。
今までオレだけが暗示魔法を使うことができることが不思議であり疑問に思っていたが、自分が神族と同じような能力を持っているのであればそれも納得できる。と言っても、どうして自分が神族と同じ能力を持っているのかという、もっと大きな疑問が出てきたが……。
ともかく、自分が神族と同じような能力を持っていることが分かったのはニドのおかげだ。それに、普段使ってよい魔法と隠すべき魔法を知ることもできた。
ニドはオレに対して和平協定の交渉状況を念話で毎日報告してほしいと要求してきたが、これには従うしかないだろう。
………………
そして、出発の朝が来た。
※ 現在のケイの魔力〈120〉。




