SGS053 密かに呼び出される
姫様とルセイラは王宮から走ってきたようだ。息が荒い。
「はあ、はあ、兄から……聞きました。おまえたちを……懲らしめたと……」
姫様はそこまで言って、オレの腫れた顔をまじまじと見た。驚いた表情を顔に張り付けて、寝ているラウラに目を移し、その隣で眠っているドンゴの無残な傷を見て、悲しそうな表情に変わった。
「すまない。わたくしに力が無いばかりに、このような目に遭わせてしまった……。ルセイラ、この者たちを治療しなさい」
この姫様、第一印象は我儘そうに見えたが、そうでもなさそうだ。意外に思いやりがあって優しいのかもしれない。命じられたルセイラはオレにキュア魔法を掛けてくれてた。
「ありがとう。来てくれて嬉しいよ」
ルセイラのキュア魔法は、効いている気がほとんどしないが、そのうち顔の腫れも引いていくだろう。
ルセイラはラウラとドンゴにもキュア魔法を掛けた。気配を感じたのか、ドンゴが目を覚ました。ラウラとドンゴは起き上がろうとしたが、姫様が制した。
「残念だけど、ラウラは流産したよ」
何が起きたのか説明すると、姫様は俯き、ルセイラは驚いて口に手を当てた。
「オイラ、守れなかっただな……。すまねぇ。ラウラ、すまねぇ……」
ドンゴは大粒の涙をポロポロこぼした。
「まさか、タムル兄さんがここまで酷いことをするとは考えていませんでした。長兄は自分が王位継承者だと勝手に自任していて、時々こうして傍若無人に振る舞うのです」
姫様はみんなに謝って、詳しいことを話してくれた。
ここに来た王子はタムル・レングラーという名前で、数多い王様の子供の中で一番年上らしい。普通に考えれば王位に一番近いところにいるということだ。だから王子は自分が王位継承者になったつもりでいるらしく、政策や外交に口出しをしたり、勝手に軍を動かしたりと、色々問題を起こしているという話だった。
王子の横で追従していた将軍のような大男はゴルドという名前で、ゴルディアという私掠兵団の団長だそうだ。私掠兵団というのは、敵国の輸送部隊や商隊を襲って勝手に荷物や人命を奪ってよいという許可を王様から得ている個人が運営する兵団のことだ。王様は私掠兵団に私掠許可を与えることで、自国の兵士の消耗や出費を抑えることができる。つまり、タダで敵国を消耗させることができるわけだ。私掠兵団側は奪い取った荷物や捕虜をすべて自分たちの物にできる。つまり王様のお墨付きで堂々と海賊行為をしているのだ。
「ゴルディアは周りの敵国から恐れられている私掠兵団です。ゴブリンたちも恐れていると思います。団長のゴルドはすごく強いロードナイトで、残忍ということでも有名です」
ルセイラがそう補足してくれた。
今回の和平協定が実現すれば、ゴルディアのような私掠兵団から見れば、好き勝手に襲っていた敵国が一つ減るということになるのだ。言ってみれば、オレのせいで、お得意様を無くすようなものだ。ゴルドが怒っている理由は分かるが、そうだからと言って、今日のことは絶対に許せない。
ルセイラから説明を聞いてオレがそんなことを考えていると、姫様が悔しそうな顔をして口を開いた。
「長兄たちがしたことは許せません。でも困ったことに、罰する手立てが無いのです。わたくしには兵を動かす力もないし、協力してくれる私掠兵団もいません。長兄もゴルドもそれを承知の上で、わたくしたちに手を出してきたのです」
「ということは、同じようなことが、これからも起こる恐れがあるということですか?」
「ない……とは言えません。それが分かっていても、わたくしにはおまえたちを守る手立てが無いのです」
姫様は本当に悔しそうな顔をした。
「王様にお願いして、兵士をここに置いてもらったらどうでしょうか?」
オレは遠慮なく思いついたことを姫様にぶつけた。
「その名目がありません。誰もが納得する理由がなくては兵を動かすことはできぬのです」
今のままでは、あの王子たちがまた何かを仕掛けてくるかもしれない。そのときは命も奪われかねない。
「わたしたちがゴブリンの国へ交渉に行っている間、ラウラを一人で残していくことが心配です。もう身重ではなくなったので一緒に連れていくことはできませんか?」
「それも無理です。人質として残すことを父上や大臣たちに説明していますから」
「では、せめてラウラに護衛を付けてください」
「分かりました。護衛ではないですが、わたくしの侍女で、兵士を経験した者がいます。魔法や剣も使えますから、護衛の代りになるでしょう。わたくしたちが戻るまでの間、その者をラウラに付けましょう」
姫様と話をしながらオレは戦慄を覚えていた。もしかすると、自分はまた何か大きな間違いを犯したのかもしれない。感じている不安は、自分が立てた和平協定の企てが大きな波紋を起こすかもしれないということだ。
オレがこの世界に投げ込んだ小石が小さな波紋を生んであちこちにぶつかり、大きな波になって自分のところに返ってくるのではないだろうか。オレは今になって怖くなってきた。
急に黙ってしまったオレに気遣って、姫様が声をかけた。
「まだ具合が悪そうですね。かなり痛いのですか?」
「いや、そうではなくて……」
あっ、忘れていたことがあった。ニドから言われていることを姫様に交渉しなくてはいけない。
「あの……、レブルン王国へ行くときに、荷物持ちの男の奴隷をひとり連れて行きたいと思いますが、お許しいただけますか?」
姫様はすんなり承諾してくれた。姫様とルセイラも、誰か荷物を持つ者が必要だと考えていたようだ。
「荷物持ちの奴隷を連れていくのはよい。しかし、その男には、ゴブリンの支配地域に入ったら命の保証はないということを覚悟させなさい。ゴブリンから攻撃を受けるかもしれません。それにもしも抵抗したら、この計画全体が破たんする恐れがあります。それが気がかりですね」
なるほど、普通の男であれば確かにその心配がある。しかしニドは大丈夫だろう。まずは当人を姫様に引き合わせよう。
ニドを連れてくると、ニドは姫様の前に跪いて顔を伏せた。
「おまえがケイが話していた男か。では、おまえに命じます。荷物持ちとしてレブルン王国へ同行しなさい。同行に際して注意すべきことがあります。おまえは男だからゴブリンの攻撃を真っ先に受けるかもしれません。そのときに絶対に抵抗してはいけません。ダークオーブを与えるから、それを使ってバリアで身を守ることに徹しなさい。命の保証はできないが、代りに成功したら褒美を与えます。和平交渉が成功すれば、おまえを奴隷の身分から解放してあげましょう」
「仰せのままに」
ニドは姫様の命令を受領した。ニドもバリアを張っていれば安心だ。もちろんニドはダークオーブの魔力ではなく、ロードナイトとしての魔力を使うはずだ。簡単にバリアが破れることはないだろう。
「そうそう、忘れるところでしたが、父上から……王様から、正式のお許しが出ました。レング神様からもお許しをいただけたそうです。すぐにでも出発したいところですが、おまえたちの怪我が治るまではムリですね。出発は5日後にしましょう。それまでは、わたくしたちも旅の準備やおまえたちの治療のためにこちらに詰めることにします」
姫様は出発までの間、ラルカルとの逢瀬を楽しむつもりだろう。
………………
その日の夜。ニドから密かに会いたいと呼び出しを受けて、指定された観客席に出向いた。真夜中で真っ暗だ。周りには誰もいない。
少し待っていると物陰から誰かが現れた。その人影はニドのようだ。何やら呪文を唱えている。オレは念のためにバリアを張っているから不意打ちされても何とかなるだろう。
『念話で話をしよう。声を聞かれたらマズイからな』
いきなり頭の中に声が入ってきた。ビックリして、危うく声をあげるところだった。さっきのは念話の呪文か……。
『ええと、念話って初めてなんだけど……。もしもし? 通じてる?』
『初めて? そうなのか……。君はたぶん念話の魔法を使えるはずだ。君の魔力が〈50〉を超えたくらいなら、念話の相手は目の前にいる者に限られるがな。一度試してみるといい』
『分かった。それで、呼び出したのは何の用事?』
暗闇で相手の表情が分かりにくい上に念話での会話だから、ますます話がしにくい。
『君が使っている回復魔法について、君に忠告するために呼び出したのさ』
『え? どういうこと?』
オレって、また何かやらかした?
※ 現在のケイの魔力〈120〉。




