SGS052 ラウラと一緒に泣く
―――― ニド(ミレイ神の使徒;前エピソードからの続き) ――――
もしレング一族の主神であるレング神様がケイのことをアイラ神様の隠し子で、神族であるとお知りになれば、いったいどうなるか。ケイのことを放っておかないはずだ。レング神様はアイラ神様がミレイ神様の妹であることはご存じだから、直ちにミレイ神様へお命じになるだろう。アイラ神様とケイをレング一族に引き入れるようにと。
おそらくミレイ神様はそれが嫌なのだ。そのような事態に追い込まれたくないのだと思う。
神族は、レング神一族、ラーフ神一族、フォレス神一族、メリセ神一族、ベルド神一族の5氏族に分かれて常に争っている。表では争い事を話し合いで解決しようと努力している風を装っているが、裏では陰謀を巡らしたり戦争をけしかけたりして醜い争いを続けているのだ。
神族が勝ち残るためには一族の人数を増やすことが何より重要だ。しかし神族は子供がほとんど生まれない。だから、どの氏族でも夫人の数を増やして子供が生まれる確率を少しでも高めようとしている。
アイラ神様はどの一族にも属しておられない。カイエン共和国という小国を立ち上げて、一人でその国を支配しておられる。各氏族からの結婚の申し出をすべて断ってこられたせいで“はぐれ神のアイラ”などと呼ばれて他の神族からは孤立しているらしい。だが、ケイが神族でアイラ神様の子供だということが公になると、その獲得争いは熾烈になるだろう。
ミレイ神様はレング神様の第二夫人といっても家族としては扱われておらず、側室兼使徒のような弱い立場だ。だから、この獲得争いに巻き込まれると、レング神様から命令されて、アイラ神様とケイをレング一族に引き入れるという立場に立たざるを得なくなる。でも一方ではミレイ神様は姉として、妹のアイラ神様の好きなようにさせてあげたいと考えておられるのかもしれない。
ともかく、おれはこれからもケイを守れというミレイ神様の命令に従うだけだ。
しかし困ったことに、おれは今回もう一つ命令を受けていた。というか、こちらが正式な命令だ。それはレング神様から陪臣のおれに出された命令であり、ゴブリンの国との和平協定交渉を監視して報告せよ、という内容だった。
レング神様はゴブリンの国との和平協定に反対しておられるわけではない。だが懐疑的だ。もし本当にゴブリンの国と和平協定が結べて、レブルン王国をレングラン王国の味方に付けることができれば、これは画期的なことになる。他の神族に大きく差を付けることができる。しかし、そんなことを簡単に実現できるとはレング神様は考えておられないし、もっと別のことを心配しておられる。
レング神様が心配しておられるのは最悪のケースになることだ。それはレングラン王国がゴブリンの国に取り込まれて、魔族の支配下になってしまうことだ。人口で言えば、レブルン王国が五十万人、レングラン王国が二十万人であり、2倍以上の開きがある。戦力はそれ以上の開きになることは言うまでもない。普通に考えれば、レングラン王国がレブルン王国に呑みこまれてしまう恐れは十分にあるのだ。
だから、おれは今回の交渉の経緯を監視して、逐一、レング神様に報告しなければならない。
レングラン王国の中でこの命令を知っているのはレングランの王様だけだ。王様はおれが神族の使徒であることを知っている。これまでも何度もミレイ神様の使徒として王様に会っているからだ。今回もレング神様の命令を王様に伝えて、この施設に奴隷としておれを送り込むよう王様に依頼した。
おれはミレイ神様の使徒であるから、ミレイ神様に対してはいつでもどこからでも念話で話ができる。だから、おれからの報告はミレイ神様に行って、その内容をミレイ神様からレング神様に伝えていただくことになる。
今回の件は報告しておかねばならない。あのバカ王子が和平協定の進行を邪魔したことと、交渉の要となる女性、つまりケイに重傷を負わせたことはしっかりと報告しておこう。
あの王子は陰謀とは関係なさそうだ。単に頭と性格が悪いだけだ。だが、そんなヤツがレングラン王国の王位に就いたら、国を滅ぼしかねない。もしかすると、おれの報告で、あのバカ王子は王位継承候補から外されるかもしれないな。
――――――― ケイ ―――――――
オレがニドの体にキュア魔法を掛けたら、ニドは驚いた顔をしていた。しかし、暫くするとニヤニヤし始めた。
「どうしたの? ひとりでニヤニヤして……」
変なヤツだと思いながらニドに尋ねた。するとニドではなくエマが答えた。
「きっと、ケイさんに体を触られて、イヤらしいことを考えているのよ。男ってホントにスケベなんだから!」
「いや、それは誤解だよ、エマ。ケイさんに体を摩ってもらって、本当に痛みが無くなったから嬉しくなっただけさ」
ニドのことはもう放っておいて大丈夫だろう。オレはラウラとドンゴが寝ている小屋に戻った。
まだ二人とも眠っている。見た目の傷は、特にドンゴが酷いが、出血は止まっていて、命に関わるようなことはない。息遣いも落ち着いている。
問題はラウラだ。流産したことをどうやって説明しようか……。ありのままを話すしかないな。だけど、催淫作用が効いている中でお腹の赤ちゃんが死んだことを聞いたら、心が壊れてしまうかもしれない。催淫作用を消した方がいいのだろうか……。でも、ラウラが眠っている間に黙って消してしまうのはダメかも。
こんなことになったのは、何もかもオレが悪いんだ。オレがテイナ姫を巻き込んで、あんな小賢しい企てをしなければよかったのだ。そうすれば、あの王子はここに来なかったし、ラウラが暴力を振るわれて流産することもなかった。それなのに……。
ラウラの手を握って、乱れた髪をそっと撫でた。
「ごめんよ、ラウラ……」
いつのまにかオレは泣いていたみたいだ。涙のしずくが自分の頬を伝って、ラウラの頬に落ちた。
「ホントにホントにごめん、ラウラ。わたしと知り合ったばかりに、こんな酷いことになってしまって……」
また、涙が落ちていく。オレは泣きながらラウラにキュア魔法を掛けた。喉に付いたドンゴの印はそのままにして、催淫作用だけを除去した。オレが自分自身に施しているのと同じ処置だ。ラウラの心を壊したくないから……。
「ケイが……悪いんじゃ……ないよ。お腹の……赤ちゃんは……かわいそう……だったけど、あたしは……ケイや……ベナドと……知り合えて……幸せだよ。ドンゴも……必死に……あたしを……守ろうと……してくれたし……ね」
「ラウラ! いつから気が付いていたの?」
「ケイ……、あなたの涙は……魔法のしずく……みたい。あたしを起こして……くれたし、なんだか……いつもより……体が軽くて……スッキリした気が……するの。流産したのに……可笑しいね……」
ラウラの涙が髪の毛を伝って流れていく。オレも一緒に泣きながら、ラウラの体の内側だけを手当てしたこと、それと、催淫作用を消したことも正直に話した。ラウラはそれを冷静に受け止めてくれた。
「ドンゴは大丈夫なの……? あたしに覆い被さって……、ずっと守ってくれてたけど……」
「うん、かなりの重症だったけど、もう大丈夫。ドンゴは隣で眠ってるよ」
ラウラは頭を少し持ち上げて、隣で寝ているドンゴの様子を見た。ドンゴが規則正しい寝息で眠っているのが分かって、少し安心したようだ。また横になった。やっぱり流産が応えているのだろう。
「ケイ、あなたの顔……、酷く腫れてるよ。一番、重症みたいに見えるけど……、ホントに大丈夫……?」
「うん、内臓や骨は治療したから大丈夫。顔とか、見えるところはキュア魔法を掛けたら怪しまれるから、我慢しなきゃね」
「まあ、そのくらいの顔で……、ラルカルとちょうど……、釣り合うかもしれないね……」
「えっ!? わたしの顔って、そんなに酷い?」
「ふふふ……」
ラウラは痛みを堪えながら笑みを浮かべている。少し元気を取り戻したみたいだ。空元気かもしれないけれど、その気持ちが嬉しかった。
それから2時間ほどして、テイナ姫とルセイラが小屋の中に飛び込んできた。
※ 現在のケイの魔力〈120〉。




