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SGS048 夜の麦畑は不思議な香り

 その夜。オレは寝床の中で迷っていた。ニドやエマとは仲良くなれそうだ。でも、この先もっと人族の数が増えれば、オレたちに偏見の目を持った者も現れるだろう。もし偏見を持った者たちの意見が大勢を占めるようになったなら、はたしてニドやエマは今のまま仲良くしてくれるだろうか。


 オレがレブルン王国へ行っている間、ラウラは独りぼっちになる。そのときラウラが誰かに苛められたら、ニドやエマはラウラの味方になってくれるだろうか。


 やはり確かな保証が必要だ。確かな保証……、それはつまり暗示魔法だ。暗示魔法を掛けて、何があってもオレやラウラの味方になるように強制するのだ。


 しかし、今のまま普通に接していくだけでも、ニドやエマとは本当の友達になれそうな気がする。そんな二人に暗示魔法を掛けていいのだろうか……。魔法を掛けてしまったら、もう本当の友達にはなれないだろう。


 いや、違う。今、優先するべきことは友達を作ることではない。今は自分やラウラを確実に守ることが第一優先だ。


 オレは決断した。あの二人に暗示魔法を掛けよう。



 ――――――― ニド ―――――――


 頭の中にガンガンと響いてくる耳鳴りでおれは目を覚ました。攻撃を受けている。自分のバリアが攻撃魔法を弾いているのだ。これまでも不意打ちで睡眠中に攻撃魔法を食らったことは何度もあった。バリアを張って眠るのは任務中の習慣だが、まさかこんな所で攻撃を受けるとは予想もしてなかった。


 目を開けると小屋の入口のところに誰かが立っていた。顔は暗くて分からない。おれを攻撃してきたのはこいつだ。


 放ってきたのはおそらく眠りの魔法だろう。殺意は無いが、おれを眠らせて何かをするつもりらしい。


 相手はこちらがバリアを張っていることに気付いたようだ。魔法による攻撃を止めてこちらの様子をうかがっている。


 相手は一人のようだ。よしっ! 誰なのか暴いてやる!


 おれは呪文を唱えて眠りの魔法を相手にぶつけた。おっと、相手のバリアに弾かれた。敵がバリアを張りながら同時に攻撃魔法を撃ってきたということは、相手はソウルオーブを使っているのではない。おそらく魔人だろう。それも魔力は〈50〉以上あるってことだ。


 敵はおれの反撃に驚いて逃げ出した。足が速い。筋力強化魔法も掛けているのか。だが逃がすものか!


 おれも筋力強化魔法を掛けて小屋から飛び出た。ヤツはどこへ行った?


 見渡してもいない。どこだ? 上か?


 観客席の方から足音がする。敵は観客席に飛び上がったのだ。高さは10モラ(メートル)以上あるはずだ。これには驚いた。いくら筋力強化が掛かっていたとしても、10モラも飛び上がるのはムリなはずだ。


 浮遊魔法か……。しかし、魔法を重ね掛けすれば、魔力が分割されるから、それだけバリアも筋力強化も弱まっていくはず。どうなっているんだ? 相手の魔力には余裕があるということだろうか……。


 追いかけるためにはおれも浮遊魔法を使うしかない。迷ってはいられない。


 観客席に飛び上がって見渡すと、敵が闘技場の外に飛び降りるところが見えた。街の方向とは反対側だ。王都の外へ出て、いったいどこへ向かってるんだ?


 飛び降りたところへ駆け寄って下を見下ろした。満月の下に麦畑が広がっている。真夜中だが月明かりで遥か遠くの原野まで見渡せた。原野に向かって北へまっすぐ小道が続いている。敵は麦畑の小道を白い背中を見せて逃げていく。浮遊魔法をもう一度唱えて、おれも闘技場の外へ飛び降りた。相手は50モラ以上先を走っている。


 急いで後を追う。ここから追い付けるかどうかは魔法で強化された筋力の差で決まるはずだ。


 走りながら探知魔法を発動した。敵の魔力を探るためだ。だが、探知できたのは敵が魔力〈1〉の普通の人族ということだけだ。そんなはずはない。魔力を偽装しているのか?


 少しずつ敵に追い付いている。10モラくらいの距離になった。


 月明かりで相手の姿が見える。女のようだ。だが相手は敵だ。容赦はしない。これくらい近付けば走りながらでも攻撃魔法は当たる。バリア破壊の魔法で敵のバリアを破ってやる。


 あれっ? こちらが魔法を撃ち込んでいるのに、相手は逃げることに必死で何の反撃もしてこない。おかしい……。素人か?


 こうなると、相手のバリア回復力が勝るか、こちらのバリア破壊力が勝るか、魔力の勝負になる。


 すぐ近くまで追い付いた。もう少しだ……。


 やった!「パリン」という音とともに相手のバリアが消えた。バリアが破壊されると魔法を失敗したときと同じように10秒間はすべての魔法を発動できない状態となる。相手は魔法を使うことができない。今がチャンスだ。


 よし! 完全に追い付いた。相手はやはり女だ。逃げようとする女の背中に掌底で打撃を与えた。軽い打撃になるように抑えたつもりだが、女は数モラぶっ飛び、麦畑の中に前のめりで倒れ込んだ。


 女は気を失ったようだが、本当に気を失っているのか、少しだけ様子を見た。麦の穂の中に倒れ伏していて女の顔は見えない。しかし髪型や着衣から女が誰なのかは大よその見当が付いていた。髪は背中まで長く、着衣はブラと腰巻だけだ。


 おれはゆっくりと女に近付き、呪文を唱えて相手に眠りの魔法を放った。これで大丈夫だろう。周りには誰も居ない。


 自分のバリアを一旦キャンセルして女を抱き起した。顔を確認する。


 思ったとおりだ。女はケイだった。


 息はある。死なれては困るからな。倒れたときに麦の穂で切ったのだろう。顔や体のあちこちに切り傷がある。念のために全身キュアを掛けておこう。それと清浄魔法だ。うん、これできれいになった。


 可愛い寝顔だ。一瞬、ふわっと甘い香りがした。この娘の髪の香りだろうか? それとも夜の麦畑はこんな不思議な香りがするのだろうか? 


 なんだか懐かしいような、抱きしめたくなるような香りだった。おれはこの娘に惚れてしまったのか?


 おっと、あぶない。思わず抱きしめてしまうところだった。おれは任務の遂行中なのだ。しかも、この娘が護衛対象なのに……。


 それにしても、どうしてだろう? この娘がバリアと同時に他の魔法も使っていたということは、少なくとも〈50〉以上の魔力があるってことだ。


 しかし、そんなはずはないのだ。事前の調査によると、ケイは小さな魔法屋の奥さんだった。親子で幸せに暮らしていたある日、家に押し入った盗賊に襲われて夫を殺され、子供は連れ去られてしまった。ケイも盗賊に襲われたときに致命傷を負った。ケイが盗賊と戦った形跡はない。と言うことは、ケイがか弱い女性であり、魔人ではないということを示している。あの事件でケイも盗賊に殺されたと思われていたが、死体置き場で生き返ったと記録にあった。それを不審に思った警ら隊はボディジャックの検査を行ったが、問題は無かったらしい。つまりケイは妖魔人ではなかったということだ。


 これはどういうことだろうか? ハンターになってゴブリンに捕まったときに、ボディジャックされたのだろうか? その答えは本人を目覚めさせて尋ねてみるしかなさそうだ。


 眠り解除の魔法を掛けた。ケイはぼんやりした顔でおれを見つめた。少しずつ目の焦点が合ってきたようだ。


「おれをまた攻撃しようとしたら、今度は手加減しないよ。おれがバリア破壊魔法を掛け続けているから、君はバリアを張ることはできない。だから今の君は無防備だ。攻撃を受けたら死ぬか大怪我をするってことだ。分かるかい?」


 理解したのだろう。ケイはおれを見上げてコクリと頷いた。まだおれの腕に抱かれたままだ。


「でも……、攻撃したんじゃないよ。眠りの魔法を掛けただけ……」


「どうしてだ? どうしておれを魔法で眠らせようとしたんだ?」


 ケイを抱き起して座らせた。ケイは麦畑の中で膝を抱えて座っている。おれも小道に胡坐をかいて座った。


「少し長くなるけど……話すしかないよね……」


 ケイはまっすぐおれを見つめながら話を始めた。


 ※ 現在のケイの魔力〈60〉。


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