SGS046 和平戦略を練る
さっそくみんなを起こして具体的なことを相談した。
ゴブリンの国へ行くのは、テイナ姫と女官のルセイラ、そしてオレ。ラルカルとドンゴには道案内とゴブリンへの橋渡しをお願いする。
行くのは良いがまだ問題がある。どうすれば姫様やオレたちがゴブリンの支配地を安全に通ることができるか、ということだ。兵士たちを連れていったのではゴブリンを刺激することになり、却って危険だ。
姫様がこの件を王様に進言するときも、王様が納得するように説明しなければならない。
女はゴブリンのヨメになるか、お守りを持っていれば、ゴブリンの中でも安全だ。だから姫様とルセイラには、それぞれボドルとベナドのお守りを貸してあげて、それを身に着けてもらう。お守りを身に着けているからゴブリンの土地を安全に通ることができると、姫様にはこの説明で王様を説得してもらうしかない。
オレはすでに見かけ上はラルカルのヨメになっているので、ゴブリンの土地でも問題はないだろう。
ラウラはオレたちが本当にゴブリンの国から無事に帰って来れるのかと心配していた。万一のことが起きて、独りぼっちになってしまうことが恐いのだろう。自分も一緒に連れて行ってほしいと姫様に頼んでいたが、身重な体ではムリをしないほうが良い。
オレはラウラを一人で残していくに当たって、彼女をちゃんと世話してくれるよう姫様にお願いした。体を温かくすることや、狩りをしなくても食事ができるようにすることなどだ。
姫様は快く引き受けてくれた。さらにダークオーブの供与や、自分の侍女に時々様子を見に来させることも約束してくれた。
………………
それから、ゴブリン王への土産と原野開墾政策、和平協定の内容について相談した。これが一番難しい。
本題に入る前に、ゴブリンの国、レブルン王国の王様とはどんな人物なのか、ドンゴとラルカルに教えてもらった。
ベルッテ王という名前で、年齢は120歳くらい。ゴブリンの寿命は約300歳とのことなので、人族の年齢で言えば30歳を少し超えたくらいで、若い王様だ。頭が良くて何事にも積極的な王様らしい。もちろん結婚していて、ゴブリンのヨメが二人いるそうだ。
この世界では財力さえあれば何人でもヨメを持つことができる。それは人族でも魔族でも同じだ。女が主導権を握っている場合は、その女は何人でもムコを持つことができる。ここはそういう世界なのだ。
ベルッテ王は稀代の名君と呼ばれているそうだから、いい加減な和平協定の案を持っていったら却って敵愾心を煽ってしまいそうだ。だからもっとじっくり考えることが必要だ。
オレが和平協定の案を考えて、その案を基に明日の夜にもう一度みんなで話し合うことにした。ルセイラに紙と筆記具をもらって、今夜はこれで解散となった。
「こんなに夜遅くに王宮へ戻っても大丈夫なの?」
ラウラが心配して尋ねると、ルセイラが笑みを浮かべながら答えた。
「内緒ですけど、秘密の通路があるのです。お城の中から外に直接通じています。偶然にわたくしと姫様が見つけたので、王様もご存じないと思います」
姫様は時々その通路を通ってお忍びで街に出かけるらしい。そのたびにルセイラもやむを得ず内緒で同行しているそうだ。苦労してるな、ルセイラ。
………………
次の夜。姫様とルセイラは再びこっそり訪ねてきた。そして、オレが考えた和平協定と原野開墾政策の素案を基にして、みんなで真剣に議論した。
その要旨はこうだ。まず手土産としてソウルオーブ100個を持参する。王様からの親書には和平協定を結びたいことを記す。一番肝心なのは、双方による敵対行為の禁止と原野の中に点在する未開地の共同開拓だ。国境、通商、大使館などの協定案も具体的に提示することにした。
この和平協定を結ぶことで、レングラン王国側は初期投資と開墾者(人族の男奴隷、ゴブリンのヨメとなる女奴隷)の提供が必要だが、新たな開拓地から収穫物が入ってくることでレングランの食料不足を解消できる。長期的な視野で見ると人口の増加など国力増強も期待できる。それに戦力を対ラーフラン戦に集中できる。また将来、レブルン王国と軍事同盟を結ぶこともできるかもしれない。レブルン王国の矛先をラーフラン王国に向けることができれば、対ラーフラン戦においてレングラン王国は圧倒的に有利になるはずだ。
ゴブリン王と上手く交渉ができれば、あのドルガ平野をゴブリンたちと協力し合って開拓できるかもしれない。ドルガ平野というのはレブルン王国が支配している原野の中にあり、ドルガ湖の周囲にある広大な荒れ地だ。あの場所には未開の土地が手付かずで残っている。あの荒れ地を開拓できれば、レングランの食料不足も一気に解決するはずだ。
ドルガ湖には水棲の魔物や魔獣が数多く棲みついているという話だったが、レングラン側が軍の魔闘士やハンターたちを使って退治すれば良いのだ。
当然のことだがゴブリン側(レブルン王国)のメリットも大きい。それは新たな開拓地からの税収が増加することだ。レングラン側はレブルン側から土地を借りている形になるから、その借り賃と収穫物に対する税をレブルン側へ納めることになる。そしてそれをソウルオーブで支払うことにしたのだ。
レブルン側への手土産や支払いをソウルオーブにすることについては議論が白熱した。本当にゴブリンにソウルオーブを渡してしまっていいのか、ということだ。ソウルオーブは、魔力が弱い人族がゴブリンなどの魔族に打ち勝つための必須アイテムだ。ゴブリンたちが装着しているのは魔力が弱いダークオーブが大半だ。中には人族から奪ったソウルオーブを装着しているゴブリンもいるが、それは少数だ。ソウルオーブは人族にとってもレングラン王国にとっても、魔族から自分自身や家族、友人、国家を守るための最重要アイテムなのだ。それを魔族に渡してしまっていいのだろうか?
出した結論はソウルオーブを渡さざるを得ないということだった。レブルン側から見ると、得るものがソウルオーブ以外では意味が無いからだ。ただし、渡したソウルオーブをレブルン王国以外の魔族へは渡さないという条件は付ける。本当にそれが守られるかどうかは分からないが……。
手土産としてソウルオーブを持っていくかどうかでも揉めた。オレは最初、インパクトのある手土産にするためにはソウルオーブ1000個くらいが必要だろうと提案した。ドンゴとラルカルはそれに賛成したが、オレを除く女三人は大反対した。和平協定が成立するかどうか分からないのに、初めから数多くのソウルオーブを渡すのは危険すぎると言うのだ。なるほど、もっともな話だ。しかし、手土産無しではゴブリン王への交渉は難しいだろう。
それでオレは妥協案を出した。手土産は100個とする。この手土産は和平協定が成立すれば贈呈するという条件付きにする。かなりセコイ気がするが、やむを得ないだろう。
考えてみると、毎年ゴブリンと戦って何十人もの兵士やハンターが死んでいる。戦いでは毎年数百個のソウルオーブがゴブリンに奪われているのだ。逆に人族も同じようにゴブリンを殺し、毎年数千個のダークオーブを奪っている。この和平協定を結ぶことで、今後はお互いに死人を出すことなく、税や取引きという形でオーブを手に入れることができるわけだ。
ちなみに、ソウルオーブ1個は10万ダールで、これだけあれば夫婦二人が1年間普通に暮らせるらしい。物価がぜんぜん違うので一概に言えないが、円に換算すればソウルオーブ1個が200万円くらいだ。と言うことは100個で2億円だ。国の規模からみれば金額が少なすぎる気がするが……。
交渉が上手く進んだときのことを想像したり、みんなで協定の内容を考えたりするのは面白かった。だが協定については、それを条文化して書面に書き起こさなきゃいけない。オレはしだいに頭が痛くなってきた。それにまだ相談することが二つほど残っている。
一つはドンゴとラルカルの首輪についてだ。首輪をしたままゴブリンの国への道案内をさせるのは、ゴブリンたちの敵愾心を掻き立ててマズイ。と言うことで、二人の首輪は外すことにした。首輪を外してもドンゴは逃亡の恐れは無いし、ラルカルはオレが命じれば逃亡できない。首輪を外せば旅の道中でゴブリンたちに遭遇しても不審者には見られないはずだ。
もう一つはオレの身分についてだ。オレは奴隷の身分ではなく姫様付きの交渉官という立場で同行することを要求した。今回の旅にドンゴやラルカルを手懐けているオレの同行は必須だ。和平交渉の内容も大部分はオレの発案であり、ゴブリンとの交渉もオレが必要になるはずだ。それにも関らずオレが奴隷の身分で交渉に参加するのは、ゴブリンを軽んじていることになるのでマズイ。そこでだ。首輪を外して、交渉官の身分にするようオレが提案したのだ。これなら首輪を外すちゃんとした理由になるだろう。
姫様は承諾した。ただしオレの首輪を外すことに対して、姫様から条件が付いた。和平協定交渉が成功したかどうかにかかわらず必ずレングランに戻ること。交渉に成功した場合はこの箱庭でゴブリンたちの訓練を支援すること。それが姫様が出した条件だ。その代わりに交渉が成功したら、ラウラも奴隷の身分から解放してくれるそうだ。
交渉に失敗した場合はどうなるか分からない。それと、オレが途中で逃げ出したりしたら、ラウラが辛い思いをすることになる。姫様はそう言って、しっかりとオレを脅した。
ラウラを人質として取られているのに、彼女を箱庭に残して自分だけが自由になるなんてオレにはできない。もちろんオレはその条件を呑んだ。
これで考えておくべきことはすべて考えた。姫様たちとの交渉も終わった。全体の計画はこれで固まったはずだ。
………………
議論が終わって、みんなは疲れて小屋の中でゴロ寝している。オレが条文の下書きを書き起こして、できあがるのを待っているのだ。
こうしてオレたちは和平交渉のためにゴブリンの国を目指すことになった。しかしその前に、レングランの王様を説得するという高いハードルを越えなければならない。それは姫様の交渉力に掛かっているのだ。姫様に王様を説得してもらうためには、姫様に今回の計画の骨子をもう一度しっかりと復習してもらわないといけない。そう考えながらオレはせっせとそのメモを書き起こしている。ラウラだけを残していくのは心配なのだが……。
………………
深夜、姫様たちはオレが作った条文の下書きや計画のメモを持って王宮へ戻っていった。朝になったら直ちに王様のところへ行き、説得を始めるらしい。
姫様、なんとか頑張ってくれ。王様の許可を得ることが、オレとラウラが奴隷の身分から脱するための第一歩なのだから。
※ 現在のケイの魔力〈60〉。




