SGS045 自由を求めて模索する
オレは自分が思い付いたことをルセイラに提案してみた。
「わたしたちをゴブリンの国へ和平の使者として送る、という案はどうかな? この方法でゴブリン族との和平がうまく進めば、こんな先の見えない実験をしなくてもいいと思うんだけど?」
オレの話を聞いたルセイラは口元に笑みを浮かべた。
「ラルカルやもう一頭のゴブリンが高貴な身分であれば、それも可能かもしれませんね。ゴブリンの王族か貴族であれば……。どうなのです?」
「たぶん、平民だと思うけど……」
オレが答えると、ルセイラは口を僅かに歪めて微笑んだ。
「そうでしょうね。もしあなたの案を公にすれば、あなたたちが奴隷の状態から逃れるための方便だと、すぐに露見するでしょう」
うーん。この女官は賢い。さすがは姫様付きの女官だ。
やはり奴隷の身分から解放されるのは簡単ではなさそうだ。こうなったら率直に尋ねてみよう。自由を求めて模索するのだ。
「この首輪を外しなさいとわたしが命じたら、外すことはできる?」
「その首輪を外せるのは首輪のオーナーだけです。この闘技場で奴隷のオーナー権を持っているのは飼育武官のバハルです」
「それなら、姫様からバハルに対して奴隷を解放するように命令を出してもらえばいいってこと? そういうことだよね?」
「それは無理でしょう。いくら姫様でも、正当な理由無しにバハルへ奴隷解放の命令は出せません」
「ふーん……。それじゃあ、バハルを捕らえて無理矢理にでも従わせるしか手が無いってことかな……」
「それもどうでしょうか。あなたが特殊な能力を持っていることは認めますが、バハルはテイマーですよ。勝てますか?」
テイマーとは調教した魔物を自在に操る魔物使いのことだ。テイマーになるには最低でも魔力が〈100〉以上のロードナイトであることが条件らしい。つまりバハルの魔力は〈100〉以上あるということだ。悔しいが、オレの能力ではとてもじゃないがバハルに勝つことはできないだろう。
「ということは、わたしたちが奴隷の身分から解放されるのはムリ? 八方塞がりってこと?」
「いえ……。方法はあります。姫様の主導で、あなたたちが協力してこの闘技場での実験と原野開墾政策を成功裏に進めることができれば、その功績を認めて、姫様はあなたたちを奴隷の身分から解放するよう命じることができます」
「たしかに……。今のところ、その正攻法の道しかないのかな……」
いや、そんな悠長なことはやってられない。もっと違う方法があるはずだ。
「ともかく姫様に相談して、ご判断を仰がねばなりません」
「うん、そうする。わるいけど、ちょっと眠ってもらうよ」
ルセイラを魔法で眠らせて、今度はテイナ姫を起こした。
まず、姫様にも同じような質問をして、ルセイラから聞き取った内容が正しいことを確認した。そして、オレたちが奴隷の身分から解放されることを強く望んでいることと、姫様たちがラルカルとの関係を続けていくには原野開墾政策を成功裏に進めるしかないことを説明した。
たぶんテイナ姫はすごく賢いのだろう。オレの話をすんなり理解して賛同した。
姫様の首をルセイラと同じように治療した後、オレは姫様に一つの提案をした。
「姫様がラルカルとの密かな関係をこれからも続けられる方法が一つだけあります」
「わたくしはラルカルのためなら、なんでもします。申してみなさい」
「それは、姫様に原野開墾政策とこの実験施設の全体統率者になっていただくことです。王様にそのように進言してください」
姫様は少し考え込んだ。
「たしかに、おまえの言うとおりかもしれない。ラルカルを助け、そして密かにこの関係を続けるには、わたくしが全体の統率者になるのが最善の策だろう」
姫様がオレのエサに食いついてきた。だが、王様のこの政策は色々と問題があり過ぎて、今のままではうまく行かないと思う。うまく行かなければ、オレは自由になれない。下手をすれば殺されてしまう。
「提案を受け入れていただき、ありがとうございます。でも大きな問題があります。この政策には致命的な欠陥があるのです。今のままではゴブリンたちが納得しないでしょう」
「致命的な欠陥?」
「はい。それは、一頭のゴブリンを捕えるために大勢のゴブリンを殺しまくっているということです」
こんな方法でゴブリンの殺戮と捕獲を続けていれば、人族に対する憎悪は高まる一方であり、ゴブリンと和平を結ぶことなど到底無理だろう。人族がゴブリンに融和を申し出ても、ゴブリンに信用されるはずがない。だからこの方法は直ちに中止し、別の方法へ切り替えるべきなのだ。
「おまえの言うことは分かる。しかし、別の方法などがあろうか?」
別の方法があるかって? あるんだな。さっき、女官のルセイラがヒントをくれた。高貴な身分であればゴブリンとの交渉が可能であると。
「あります。それは、姫様に全権特使となってゴブリンの国へ和平交渉に赴いていただくことです。わたしたちは姫様の従者として同行します」
オレが提案したのは、原野での遭遇戦でちょこちょことゴブリンを捕らえるのではなく、ゴブリンの国と真正面から交渉して和平協定の締結に漕ぎ着けようということだ。和平協定を締結できれば、両国で共同して原野の開墾を進めることもできるだろう。
そのために姫様にはゴブリンの国との和平交渉を行う全権を王様から委任してもらわなきゃいけない。
その説明をすると、姫様はしばらくの間考えていた。
「ゴブリンを相手にそのような難しい交渉がわたくしにできようか……?」
姫様が心配するのも尤もなことだ。たしかに今まで敵対してきた相手と和平交渉をするのは姫様には荷が重いだろう。
「わたしもお手伝いします。ゴブリンとの交渉についてはお任せください」
「おまえが? しかし……」
「これでも交渉事は得意なのです」
オレだってこのウィンキアに来るまではシステムエンジニアを十年くらい経験してきたのだ。難しい顧客との交渉は数えきれないほど経験している。だからと言って、そんな経験だけで敵対国との和平交渉を成功させられるとは思っていない。でも自分たちが生き残るためにはここで必死に踏ん張るしかないのだ。
「たとえ交渉事が得意だとしても、それだけで和平交渉が上手くいくとは思えません。ゴブリンが喜ぶような何かが必要でしょう」
この姫様はなかなか賢いな。たしかに和平交渉を上手く進めるためにはゴブリンへ与える大きな利益と、それを保証するための確かな約束が必要だ。それと、交渉を成功させるための何らかの切り札がほしいのだが……。
「そうですね、ゴブリン王へのお土産とちゃんとした約束事が必要ですね。お土産や約束事については後で相談しましょう」
姫様は驚いたような、不思議そうな顔をした。
「わたくしが、おまえと相談するのか?」
姫様にはこれまでに誰かと何かを相談して決めたという経験があまり無いのだろう。
「はい、姫様にはわたしや仲間たちと相談していただきます」
オレがそう答えると、姫様は目を輝かせた。経験が少ないだけで、理解力や好奇心は強そうだ。
そう思っていると、姫様はすぐに反駁してきた。
「もう一つ問題があります。おまえたち全員を従者として同行させたら、おまえたちはそのまま逃げ出すつもりであろう?」
ばれたか……。
「そうはさせませぬ。おまえの友人は、おまえたちが裏切らないよう人質としてここに残すことにします。それに妊娠している体では原野の旅は危険すぎます。それが条件です」
なるほど……。この姫様は本当に賢い。
たしかに身重で原野を旅するのは危ない。ラウラを人質として残すのは辛いが、仕方がないか……。
実はさっきのオレの案には別の大きな問題があった。この姫様ならその問題も解決してくれるかもしれない。いや、解決してくれなければ前には進めないのだ。
「わたしの提案したことには実は大きな問題があるのです」
「大きな問題? 申してみよ」
「はい。それは王様の許しが得られるかということです。姫様が危険に晒されることになりますから」
姫様を全権特使としてゴブリンの国へ送り出すことに王様の許しを得られるとは思えないのだ。道中の原野は危険がいっぱいで、命を落とすかもしれない。それに姫様がゴブリン王の下で人質になる可能性も高い。そう考えると、レングランの王様がテイナ姫を行かせるはずがないのだ。
「その心配はいりません。父上には大勢の子供がいます。わたくしが死んでも、世継ぎに困ることはありません。わたくしがゴブリンの国から生きて戻れば、父上の政策が大きく前進するということです。死んでしまっても、父上は自らの政策を進めるために率先して我が子を一番危険なところへ送り出したということで、国民の支持を高めることができます。どっちに転んでも、父上の利になるということなのです。さらに……」
姫様の表情が引き締まったように見えた。
「さらに、この政策をわたくしが統率して、自らの手で成功に導くことができれば、わたくしは王位継承に大きく前進できるかもしれません」
王位継承。レングランでは王位継承の時期も継承者もレング神が決めるそうだ。たいていの場合は、王様の子供の中で男女を問わず最初に生まれた子供が王位を継ぐことが多いらしい。しかしこれまでの歴代の王を見ると、すぐれた功績を上げた子供や理由が分からないが長子以外の子供が王に選ばれたり、王が元気なのに突然に譲位させられたりしたこともあるそうだ。まぁ、あれだ。神族と言っても本当の神様ではないから、選ぶ相手との相性や好き嫌いがあるのだろうな。
奴隷の身分から抜け出すための道筋は何となく見えてきた。だが、もっと具体的なことを決めないと前には進めない。みんなと相談してみよう。
※ 現在のケイの魔力〈60〉。




