SGS044 女護衛を尋問する
まず初めに女護衛から順に尋問しよう。目覚めさせると、最初はぼんやりした顔をしていたが、しだいに目に光が戻ってきた。何があったのかを思い出し、自分の置かれた状況を理解したのだろう。
「あなたと姫様の名前を言いなさい」
「わたくしの名前はルセイラ。姫様付きの女官だ。護衛も兼ねている。姫様の名前はテイナ・レングラーだ。それよりも……、あなたはいったい何者なの?」
ルセイラと名乗った女は射るような目つきでオレを見つめた。姫様の護衛だと思い込んでいたが、本業は女官のようだ。以前にラウラから聞いたことがあるが、女官になれるのは貴族だけだそうだ。と言うことは、この女も貴族か……。
「わたしは、ケイ。この共生村の奴隷だよ」
「でも、普通の奴隷にあのような高度な魔法が使えるはずがありません。バリアと同時にバリア破壊魔法を使っていたでしょう? ソウルオーブではバリアと同時に別の魔法を使ったりできないから、あなたは魔女……。そういうことなのですね? それも無詠唱で魔法を使えるなんて、今までにそんな話は聞いたことがありません」
ルセイラは俯きながら呟くように言って、顔を上げてオレを睨んだ。
「あなたはいったい何者ですか? それに、どうしてこんな狼藉を?」
オレが何者かって?
「悪いけど自分が何者なのか説明したくても、できないんだよね。記憶を無くしていてね。どうしてこんな力を持っているのか自分でも分からないんだ」
オレはルセイラに今までの経緯を話した。生き返ったときにそれまでの記憶を無くしていたことや、奴隷に落とされてしまったこと、自分は特殊なロードナイトらしいことなどだ。
狼藉を働いた理由も尋ねていたな。それもちゃんと説明しておこう。
それは自分たちが殺されないようにするためだ。そのためにルセイラとテイナ姫にゴブリンの印を付けて自分たちの仲間にした。さらに、我々の安全や秘密を守るために暗示魔法を掛けた。そういうことを掻い摘んで説明した。
「そんなことをしても噛み痕はキュア魔法ですぐに治療できるのよ。ムダなことをしたものね」
「それならこれを返すから好きなようにしたらいいよ」
オレはルセイラにソウルオーブと剣を返した。
ルセイラはソウルオーブと剣を持ってじっと考えていた。
「剣であなたを攻撃しようとすると、わたくしはマヒしてしまう。キュア魔法で噛み痕を消すことはできるけれど、それをすると自分の心が壊れてしまいそう……」
ルセイラは感情が高ぶったのか、静かに泣き始めた。
「今、あなたは幸せを感じているよね? その幸せな気持ちを無理やり切り捨てるなんて、あなたはできないでしょ? わたしもゴブリンに噛まれたときに、あなたと同じ気持ちになったから、よく分かるんだ。あのゴブリン、名前はラルカルって言うんだけど、ラルカルとも別れたくないよね?」
ルセイラはオレの問いかけに黙って頷いた。
「泣かなくても大丈夫。この窮地を逃れる方法はあるから。噛み痕だけは消すけど、今あなたが感じている幸せな気持ちは消さないように、上手く調整してキュア魔法を掛けてあげる。姫様も同じようにして助けてあげるよ。ここでの出来事はわたしたちだけの秘密にするから、大丈夫。心配はいらないよ」
「本当なの?」
「うん、ウソは言わない。その代わりに、色々教えてほしいことがある。わたしたちを助けてほしいんだ」
「できることと、できないことがあるけど……。わたくしができる範囲でよければ……」
「ムリなことは言わないから心配しないで。まず、知りたいのは……」
オレは自分が置かれている状況を知りたかった。なぜ闘技場をこのような箱庭にしているのか。その中でオレたちは何をさせられるのか。そして一番知りたいことは、この奴隷の身分から解放されるにはどうすればいいのか。
オレがルセイラの首を治療した後、ルセイラは知っていることを丁寧に教えてくれた。
まずはこの闘技場を箱庭のように改造している理由だ。ルセイラの話によると、王様が推し進めている原野開墾政策とゴブリン融和政策の一環だそうだ。
レングラン王国は南に位置している隣国のラーフラン王国とずっと戦争を続けている。なんとしてもラーフランに打ち勝ちたい。そのためには、もっと人口を増やして国力を増強することが必要だ。
現在のレングランの人口は二十万人強だそうだ。この数は日本人の感覚で言えば「それで国なの?」ということになるが、この世界では大半の人族の国は二十万人前後の人口らしい。地球と違って、それだけこの世界の環境が人族が暮らすには厳しいと言えるのかもしれない。
ルセイラの話によると、レングランの王都周辺の農地だけではこの人口を維持するのが精いっぱいだそうだ。穀物が不作の年や戦争で畑が荒らされてしまった年には食料が足りなくなるようだ。
食料不足が起こると、まず初めに国に流れ込んで住みついている流民たちが飢える。治安が一気に悪くなり、暴動が起きたり、疫病が流行ったりするそうだ。そんな状況でラーフランに攻め込まれると国が滅びるかもしれない。
そのような危ない状況に陥らないためには農地を広げることが必要だ。レングラン北方には広大な原野が広がっている。その原野には農耕に適さない丘陵や湿地帯も多いが、荒れ地のままで手付かずの平野も点在する。そこに拠点を設けて荒れ地を開墾し、農地に変えようというのが王様の原野開墾政策だ。十分な食料を確保できれば、もっと人口を増やして国力を高めることもできるのだ。
しかしその土地はこれまでゴブリンが支配してきた。そのゴブリンの国がドンゴたちの故郷であるレブルン王国だ。
レングランの王様は、はじめのうちは原野を開墾することだけを考え、敵対してくるレブルン王国のゴブリンたちを打ち滅ぼそうとしていた。しかし同時期に南のラーフラン王国と北のレブルン王国の両面で戦争をすることは愚策だと気付いた。そこで最近になって、ゴブリンとは融和する政策に転換することにした。
ゴブリン融和政策とは何か。端的に言えば、人族の女奴隷をゴブリンに与えて、そのゴブリンを味方に付けることだ。そうすれば人族とゴブリン族は協力し合って原野を開墾していくだろう。それが王様が描く原野開墾政策とゴブリン融和政策だった。
王様の考えは分かったが、その目論見どおりにうまく事が進むだろうか? ゴブリン族の男が人族の女を与えられたとして、そのゴブリンが素直に人族に協力するだろうか?
ルセイラが言うには、この闘技場はその実験施設として改造されたのだそうだ。ここで実験をしてみて、人族とゴブリンの融和がうまく進めば、この施設を公開して、大々的に原野開墾政策を宣伝するらしい。
すでに多くの奴隷たちが原野に散らばる開拓村へ投入されているそうだ。しかし現地ではゴブリンとの敵対関係が続いていて、原野の開拓は硬直状態にあるという話だった。
そんな状態を打開するために、まずはこの箱庭の中で人族とゴブリン族の協力関係を築く。ここでゴブリンの懐柔ができれば、そのゴブリンたちを開拓村へ送り込んで、ゴブリンとの敵対関係を和らげ、いずれは協力し合って原野を開拓していける関係にしていこう。それが王様の戦略らしい。
しかし本当にそんなことが可能だろうか? この箱庭での実験がうまく行かなかったらどうなるのだろう?
オレがそれを尋ねると、ルセイラは眉間にしわを寄せながら答えてくれた。
「おそらく実験に投入されたゴブリンたちは殺され、女たちは開拓村へ送られることになるでしょう」
「なんだか馬鹿げた実験に思えるんだけど……」
「ええ。実は姫様もこの実験に懐疑的でした。姫様は王様に反対するつもりで、この実験施設を見にきたのです。でもきっと、そのお心は変わられたと思います。ラルカルが殺されないようにしたいはずですから」
オレたちもドンゴを守らなければならない。そのためには姫様たちと協力し合って、この実験がうまく進むようにするしかない。そういうことか……。
だけど、この実験も王様の政策もあまりに無謀な気がする。今のままでは実験は失敗して、自分たちはもっと酷い目に遭いそうだ。
どうにかして奴隷の身分から解放されたい。しかもドンゴも守りたい。
何か良い手立ては無いだろうか……。
そうだ! こんな手があった!
※ 現在のケイの魔力〈60〉。




