SGS042 高貴なお方がやってきた
翌朝。バハルが来た。オレの首筋に噛み痕が付いているのを確かめ、オレがラルカルにべったり抱きついて仲良くしている様子を見て、バハルは満足そうな表情を浮かべた。
「よーし。これで大丈夫だな。近いうちに、高貴なお方が見に来られるから、その方の前でも、そうやって仲良くするんだぞ」
高貴なお方というのは、たぶん王族の誰かだろう。
………………
そして、また数日後。その高貴なお方がやってきた。
オレたちはそれぞれ小屋の柱に鎖で繋がれた。万一に備えてだろう。小屋から出たところに跪かされて待機した。
女が二人。一人は16歳くらいで、煌びやかなワンピースを纏っている。たぶんこの女が高貴なお方なのだろう。比較的小柄で、背の高さはラウラと同じくらい。可愛い顔をしているが、なんだか気の強そうな目をしている。自分に自信があって、その自信が目からあふれ出ている感じだ。
もう一人はあきらかに護衛武官だ。ラウラよりも背が10セラくらい高く見えるから175セラくらいか。革の服を着こんでいて、腰には剣を帯びている。見た目は25歳くらいで美人だ。
「この四頭がそれぞれつがいになっております。こちらのメスはすでにゴブリンの子供を身ごもっております。もう一頭のメスはまだ妊娠しておりませんが、毎晩のように交尾を重ねておりますようで、妊娠も間近でございましょう」
バハルの適当な説明に、若い方の女が頷きながらオレに近づいてきた。
「噛み痕をじっくり見てみたい。おまえ、立ち上がって、首を見せなさい」
しかたない。オレは立ち上がって首の噛み痕を見せた。
「ふむ。たしかに。噛み痕がはっきりと付いておる。ゴブリンのオスが人族の女に印を付けてから種付けをするという話はまことだったのですね。しかし、まだ完全には信じられませぬ。わたくしは人とゴブリンが交わるところも見てみたい。そのほう、今ここでやってみせよ」
とんでもないことを言う女だ! でも、ピンチだ! どうしよう……。
「姫様。それはなりません。そのような汚らわしいものを見たことが、もし外に漏れ聞こえてしまったら、姫様の威信に傷が付きます」
女護衛が諌めてくれた。
ふーっ、たすかった……。どうやらこの高貴なお方というのは王室のお姫様のようだ。
「それに、そういうことをするのは夜だけでございます。ゴブリンのオスも、このメス共も発情するのは夜だけでございますので」
「さようか」
バハルが口から出まかせを言うと、姫様は頷いた。気のせいかもしれないが、なんだか姫様の目力がさらに強くなった気がする。
その後、姫様は何を要求するでもなく、あっさりと帰っていった。
………………
そして、その夜。
実は、オレたちは心配していた。バハルが言った余計なひと言で、お姫様がオレたちの夜の営みに興味を持って、突然に小屋を覗きにくるのではないだろうか。
オレはラウラと相談して、それぞれの小屋でその真似事をして備えておこうという話になった。
ドンゴは直ぐに理解してくれたが、ラルカルへの説明にまた一苦労した。
探知魔法で小屋の周りを探ったが、誰も居ないようだ。でも念のために予定どおりにあの真似事はしておこう。
寝床でラルカルに抱かれてキスをする。これ以上続けたら、またラルカルが踊り出してしまう。そうなったらマズイのでキスは止めて、抱き合うだけにした。
女っぽくそれらしい喘ぎ声を出しながら、もう一度魔法で小屋の周りを探った。やはり誰も居ないようだ。ラルカルは喘ぎ声に興奮して、唸り声を出しながら下半身を突き出そうとしている。
「だめっ! 周りに誰も居ないようだからもう寝るよっ!」
これ以上演技を続けても意味がないので寝ることにした。ラルカルはまだ唸り声を出している。かわいそうだが、当分の間はこれを続けるしかない。
………………
眠っていると、肩を揺すられてオレは目を覚ました。
「ケイ、早く起きて! 隣の小屋でラルカルが……」
オレを起こしたのはラウラだ。飛び起きて、誰も居ないはずの隣の小屋に飛び込んだ。魔法で内部を明るくする。
寝床でラルカルが誰かの上に覆い被さっている。鳥肌が立つような、イヤな予感がした。ラルカルが誰かに噛みついているのだ。
「ラルカル、噛みつくのを止めなさい」
オレはラルカルに命じた。だが、ラルカルは止めようとしない。10秒が過ぎて、ラルカルは立ちあがって踊り始めた。オレの命令に背いたから暗示に従ったのだ。
ラルカルはとりあえずそのまま踊らせておいて、噛まれた相手を確かめた。
お姫様だ。気を失っているようだ。
イヤな予感が当たってしまった。オレが眠った後で姫様はここに来て、ラルカルに襲われたのだろう。それにしても、護衛も付けず、バリアも張らないで来るとは、なんて不用心なのだろう。
だけど、これはオレにとってすごいチャンスかもしれない。気を失った姫様が一人でここで寝ているのだ。
オレはラルカルに踊りを止めさせて、姫様に噛みついた経緯を聞いた。
「この女、オラたち、覗いた。わるい女、叩く。あっち、飛んだ」
そうか。姫様はラルカルに叩かれて、ぶっ飛ばされたのだ。それで気を失って、バリアがほとんど効かなくなったのだろう。ソウルオーブの戦闘用バリア魔法は、術者が眠ったり気を失ったりすると、バリア効果が極端に弱くなるのだ。たぶん姫様は気を失って、ラルカルにバリアを破られて噛みつかれたのだろう。
姫様は気絶しているだけで、首に付いた噛み痕のほかには怪我は無いようだ。
「どれくらいの時間、噛んでたの?」
「この女、オラのヨメ、なった。オラ、ヨメに、種付け、するだよ」
噛みついた時間は分からないが、ラルカルが自慢げにヨメの印を付けたと言ってるから、たっぷりと噛みついたのだろう。まだ種付けはしていないようだ。
どうしたらいいのだろうか……。おそらく護衛が捜しにくるはずだ。今にも護衛が現れるかもしれない。もし護衛に見つかったら、オレたちは間違いなく殺されて闇に葬られる。
「ここはわたしが片づけるから、任せておいて。すぐに護衛が来るだろうから、ラウラもドンゴも自分たちの小屋に戻って!」
ラウラたちは心配そうな顔をしながらも頷いて小屋に入っていった。
とにかく、今からやることは二つだ。
まず、今にも姫様に乗り掛かって種付けをしようとしているラルカルを黙らせること。護衛が来たときに、姫様のことをオラのヨメだとか言われると、命が幾つあっても足りない。
オレは魔法でラルカルを眠らせた。床で寝ているラルカルを念力魔法で持ち上げてオレたちの小屋に運び込んだ。そして寝床に横たえた。
次は姫様だ。姫様の首にキュア魔法を掛ける。すぐに首の噛み痕は消えてきれいになった。だがラルカルの唾液は体内に残ったままだ。姫様はラルカルに会うために、ここにこっそりやってくるはずだ。また必ず来るだろう。そのときがオレが仕掛けるチャンスになるはずだ。
もう一つやるべきことが残っている。それは暗示だ。姫様の記憶からラルカルに襲われたことを忘れさせなくちゃいけない。でも暗示魔法を掛けるには時間が掛かるから、この場所で作業を続けるのは危険だ。
オレは姫様を念力で持ち上げて、そのまま浮遊魔法で観客席に運んだ。この場所であれば護衛が気を失った姫様を見つけたとしても、オレたちを疑うことはないだろう。
危険なのは、姫様を捜していつ護衛がオレたちの小屋に来るか分からないことだ。だから探知魔法と姫様への暗示魔法を交互に行った。魔法を失敗するたびに10秒の待ち時間が発生する。これがじれったい。
暗示魔法を80回くらい失敗した後、探知魔法で人の気配を察知した。村への出入り口に向かって誰かが通路を歩いてくる。オレは急いで小屋の入口に飛び降りて、ラルカルの隣で眠っている振りをした。十数秒後に誰かが小屋に入って来て魔法で明かりを灯した。ラルカルは魔法が効いていてよく眠っている。オレは明かりで目が覚めたように見せかけた。
「だれ?」
そう問いかけながら入口の方へ顔を向けると、小屋に入ってきたのはやはりあの護衛だ。昼間に姫様と一緒に来た女の護衛だった。
※ 現在のケイの魔力〈60〉。




