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SGS041 新たな亭主と悪いヨメ

 岩の裏にある扉が開き、作業員たちが大きな木箱を荷車に載せて運んできた。バハルの指図を受けながら作業員が木箱を降ろそうとしている。ドンゴが連れて来られたときと同じだ。


 ついに新たな亭主が来たか……。


 どうでもいいと思いながらも、なんとなく気になっている自分が可笑しい。


 木箱に気を取られて気付くのが遅れたが、バハルや作業員のほかにもう一人、岩の陰に男がいた。がっしりした体格で背が高い。二度と顔を見たくない。そう思っていた男だ。


「元気そうだな、ラウラ。それとおまえだ。ケイ」


 サレジ。自分を手込めにしようとした男だ。


「何しに来たの? もう、あなたとの縁は切れたはずよ」


「つれないな、ラウラよ。おれがおまえの新しい亭主を見つけてやったのに」


「え? どういうこと?」


 ラウラの問いかけにサレジは答えようとせず、にやにやしているだけだ。代りにバハルがドンゴを指さしながら答えた。


「原野でそのゴブリンを捕らえて連れて来てくれたのは、サレジさんだ」


 それって、つまり、ボドルやベナドを殺したのはサレジとその弟子たちってことか!? ボドルの仇はサレジ!!


 カッとなって魔力弾を撃ち込みそうになったが、辛うじて自分の気持ちを抑えた。ここは我慢だ。必死に堪えていると、横からドンゴが飛び出してきた。サレジに飛び掛かっていく。


 あっ、マズイ! そう思ったとき、ドンゴは見えない壁に当たって、跳ね飛ばされた。バリアに跳ね返されたのだ。


 ドンゴは地面に倒れ込むと同時に何かのショックを受けて、体全身を痙攣させた。電撃罰だ。バハルが電撃罰を与えたのだ。


「ドンゴ! ドンゴ! だいじょうぶ?」


 ラウラはドンゴに走り寄って心配そうに肩を揺すった。ドンゴは気を失っていて、意識が戻りそうにない。


「ほぉ。すっかり新しい亭主に懐いているようだな。毎晩、たっぷりと可愛がってもらってるんだろ、ラウラ?」


 サレジは自分に飛び掛かってきたゴブリンのことなど、気にも留めていないようだ。いやらしい眼差しでラウラを見ていたが、サレジはその鳥肌が立つような眼差しをこちらに向けた。


「ケイ、おまえにも新しい亭主を連れて来てやったぞ。嬉しいか?」


 ラウラもオレも目から光線が出そうなくらいサレジを睨みつけているが、コイツはなんとも感じていないようだ。


「おまえも今夜からたっぷり可愛がってもらって、子供をたくさん産むんだ。ゴブリンの子供をなあ……。ふぁっはっはっはっ――」


 このやろー!! コイツはオレたちをいたぶりに来たのか? 悔しいが、今のオレは睨み付けるだけしかできない。


 そんなオレの気持ちなどお構いなしに、サレジはバハルの方へ話しかけた。


「それじゃあ、バハルさん。また、次の新しいゴブリンを連れてくるから。あと十頭くらいは要るだろう?」


「ああ。元気な奴を期待してるよ。よろしくな、サレジさん」


「分かった。任せてくれ。じゃあ、またな」


 バハルはサレジが帰っていくのを見送りに行った。


 もう二度と来るな! オレはサレジの後ろ姿に向かって声を出さずに呟いた。


 二人が出て行ってから、倒れたままのドンゴのところへ駆け寄って、キュア魔法を掛けた。ドンゴはすぐに気が付いた。まだ頭がぼんやりとしているようだが、何があったかを思い出したのか、きょろきょろと辺りを見回した。


「兄さんたちの仇、どこ、行った?」


「さっき帰ったところよ。それより、ドンゴ、お願いだから無茶をしないで」


 ラウラが心配そうに語りかけると、ドンゴは小さく頷きながら、「オイラ、いつか、仇、殺す、だよ」と呟いた。


 ………………


 しばらくしてバハルが戻ってきた。


「二度と反抗するな。今度は気を失うだけじゃすまないぞ。よく覚えておけ」


 ドンゴに向かって言うと、バハルは木箱を開け始めた。その中からゴブリンを引きずり出した。魔法で眠らされているのか、気を失っているのか分からないが、手荒に扱われても目覚めない。体のあちこちに擦り傷があるようだ。


「ケイ。今度はおまえがこのゴブリンとつがいになるんだ。こいつの尋問は終わってる。おまえは明日の朝までこのゴブリンとたっぷりと楽しむ時間があるぞ。うらやましいなぁ」


 ニタニタと笑うバハルの顔が嫌らしい。オレが黙っているとムッとしたような顔になった。


「いいか、必ずつがいになるんだぞっ! 明日の朝、様子を見にくるからな」


 ハバルが出ていくと、ドンゴが近づいて来てゴブリンを調べた。


「ドンゴの知り合い?」


「イヤ。このゴブリン、初めて」


「とにかく、ケイ、治療をおねがい」


 ラウラに言われて、キュア魔法を掛けた。1分で完治。傷は軽かったようだ。


「気が付いた?」


 そのゴブリンは目を開けた。ドンゴを見て、それからオレとラウラを見た。不審そうな顔をしている。


「おまえ、人族。なぜ、オラ、助ける? おまえ、だれ? ここ、どこ?」


 オレたちがゴブリンの敵ではないことや、今の置かれている状況を説明した。このゴブリンはまだ納得していない様子で、あまり話そうとしなかった。教えてくれたのは名前だけで、「オラ、ラルカル」と名乗った。


 ラウラと一緒に、今までの経緯やドンゴとの関係を詳しく話して聞かせた。ボドルのお守りを見せたり、ラウラのお腹にベナドの子供がいることを話すと、ラルカルはやっと納得したようだ。


「ラウラ、なぜ、ドンゴの印、ある?」


 ラルカルはラウラに向かって疑問を投げかけた。ベナドのヨメのはずなのに、ドンゴの印があるのは変だと思ったようだ。


 その説明をするのにまた四苦八苦した。この闘技場でオレたちが安心して暮らすための最小限のことは教えなきゃいけない。ここではゴブリンと人族が夫婦になったことを見せつけないと殺されるということ、ただし夫婦の振りをするだけで実際は夫婦ではないし、種付けをしてはダメだということを、何度も何度も繰り返して説明した。しかしラルカルはまだ納得していないようだ。


 ラルカルだけでなく、オレ自身も納得していない。何かほかに方法はないものだろうか? せっかくキュア魔法で治した首に、再び噛み痕を付けなければいけない。イヤだけど、生き残っていくためには仕方ないか……。割り切ってラルカルに噛ませることにした。


 自分はラルカルのヨメの振りをするだけだから、首に噛み痕だけ付けて、唾液を入れてはダメだと説明した。だが、ラルカルは納得しない。


「おまえのダンナ、ボドル、死んだ。おまえ、自由。おまえ、オラのヨメ、なる」


「うん、理屈は分かる。でもね、ラルカル。あなたのヨメにはならないよ!」


 はっきりとラルカルに言ってやった。するとラルカルは突然、オレを抱きしめた。そして、首にガブリと噛みついた。痛いっ!!


 1分くらい経った。あーっ!? まただ。しだいに気持ちよくなってきた。このまま続くと、自分の心はラルカルの虜になってしまう。


「ラルカル、もう、放して!」


 そう言って、ラルカルを押し退けようとした。でも、ラルカルは抱きしめる力を緩めそうにない。仕方ない……。念力魔法でラルカルのアゴを外し、これ以上、噛みつかないようにした。次に、抱きしめている腕を2本とも外した。


 あ、折れた……。腕の骨を左右2本とも折ってしまったようだ。


 ラルカルは腰を抜かしたのか、床に倒れてしまった。よほど驚いたのだろう。アゴが外れた口で、アウアウと言葉にならない音を発している。


「しばらく眠ってなさい!」


 ラルカルに向けて眠りの魔法を放った。これで静かになった。


 さて、どうしよう……。


「ケイ、大丈夫?」


 ラウラとドンゴは心配そうにオレの体をたしかめた。


 ラウラに見てもらったら、オレの首にはちゃんとした噛み痕が付いているそうだ。でも唾液はあまり入っていないようだ。噛み痕の保存効果は期待できないだろう。催淫効果のほうも影響はほとんど無さそうだ。


 ラルカルをなんとかしなくちゃいけない。今のままでは、目を覚ましたら、またオレを襲うだろう。うーん、なにか方法はないだろうか……?


 あ! いいことを思いついた。この前、リリヤに食堂で踊ってもらった方法だ。あれと同じ方法を使おう。つまり、暗示魔法だ。


 ラルカルには、時々、オレの首を噛んで印を付け直してもらうことが必要だ。イヤだけど、殺されないためには仕方ないことだ。だから、オレを噛んだりキスするのは許すけど、1分以上続けたり繰り返すのはダメだ。それから、オレやラウラに種付けをしたり暴力を振るうのもダメだ。あとは、なんだろ……? オレの命令に逆らうのもダメだ。もしダメなことをしようとしたら、どうするか? やっぱり歌いながら踊ってもらおう。3時間くらいは踊ってほしいな。オレが「もう踊りはやめたら」と言うまでは踊ってもらおう。


 ラルカルについて心配なことがもう一つある。それは、オレの秘密を誰かにばらしはしないか、ということだ。オレの秘密とは、オレが無詠唱で魔法を使うことができる特殊なロードナイトであるということだ。その秘密を誰かに話そうとしたら……、口や手足が丸一日動かなくなるようにしよう。そうすれば何も伝えられなくなるはずだ。


 とりあえず暗示の内容はこんなものでいいだろう。さて、暗示魔法を掛けるか。その前にキュアで治療をしてあげないと。アゴが外れて腕が折れたままでは少しかわいそうだ。


 ここからがものすごく時間が掛かった。150回くらい失敗して、ようやく1番目の暗示が成功。2番目も100回以上失敗した。魔法を失敗するたびに10秒間は何も魔法が使えないから辛い。


 ………………


 夜、オレはラルカルと同じ小屋で一緒に寝た。少しは催淫作用が効いているんだと思う。隣で寝ることもイヤではなかった。


 ラルカルはオレを抱きしめてキスをしてきた。キスを続けていると、少しずつ気持ち良くなってくる。1分以上経ったのだろう。突然、ラルカルが立ちあがって、歌いながら踊り始めた。ウッホウッホと唸りながら足踏みをしていて、なんだかインディアンの踊りのようだ。オレは数分、その踊りを眺めていたが、飽きてきたので踊りを止めさせた。


「オラ、おどり、キライ。オラのからだ、だれ、うごかす?」


「わたし。わたしが呪いを掛けたんだよ」


 オレはラルカルに暗示の内容を教えた。


「ケイ、うそ、だめ。わるいヨメ、たたく」


 ラルカルはオレを叩こうとした。その途端、また踊り始めた。オレをにらみながら踊っている。


「ラルカル、うそじゃないって、分かった?」


 ラルカルは踊りながら頷いた。オレがラルカルの踊りを止めると、ラルカルはオレのそばに座った。


「オラ、悲しい……。わるいヨメ、当たった」


「ラルカル。気の毒だと思うけど、諦めるしかないよ」


 ラルカルはうなだれていたが、やがて諦めたのだろう。寝床に横になって眠ってしまった。


 ※ 現在のケイの魔力〈60〉。


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