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SGS040 ヨメを卒業する

 眠っていたのは3時間くらいだったようだ。目を覚ますと、ラウラとドンゴは寝床に座って話をしていた。こちらが目を覚ましたことに気が付くと、ラウラがこの3時間のことを話してくれた。


 あの後、ドンゴはバハルに連れて行かれて、1時間くらい尋問を受けたそうだ。ラウラは眠らずにドンゴを待っていて、ドンゴが戻って来てから詳しい話を聞いたのだと言う。ドンゴから聞いた話をラウラは掻い摘んで話してくれた。


 ドンゴの兄弟たちが暮らしていたのはレブルン王国だ。ゴブリン王が統治していて、住んでいるのもゴブリンだけらしい。レングランの北西300ギモラ(キロメートル)のレブル川沿いにあって、人口は約五十万人。レブル川からクドル湖一帯にかけての平地と原野を広く支配しているそうだ。しかし近年は人族による原野への進出が活発になり、人族が新たな開拓村を築く動きが目立ってきた。これはゴブリンたちから見れば自分たちの領土への侵略であり、人族は侵略者ということだ。


 この侵略者を殲滅するために、ゴブリン王は南西方面、つまり、レングランの方向へ数百人規模の遠征隊を複数、送り出した。その遠征隊は数カ月間、原野や街道で索敵を繰り返して、人族が築いた開拓村やその先遣隊を襲って、自国への侵略を防いできた。


 ドンゴたち兄弟が所属していた本隊もその遠征隊の一つだった。


 自分とラウラがボドルとベナドに捕まったときも、実は兄弟三人で偵察チームを組んで索敵をしていたらしい。そう言えば原野でボドルたちと遭遇したとき、ゴブリンの一人が本隊に向かって走り始めたが、あれがドンゴだったようだ。


 あのとき、翌日になっても戻って来ない兄たちを心配して、ドンゴは仲間と一緒に捜索に出ていたそうだ。だから、ボドルに連れられて本隊と合流したときに、ドンゴはその場に居なかったのだ。


 ラウラの話は終わった。その話で事情は分かった。ドンゴがボドルやベナドの兄弟だということも納得した。でも自分の気持ちの整理はまったくできなかった。


 この数日間でラウラの首の印は完全に消えていた。今は彼女が首に掛けているベナドのお守りが印の代りになっている。たぶん今のラウラの心はお腹の赤ちゃんとつながっているのだろう。


 自分のほうは首にボドルの印がまだ薄っすらと残っているが、何日かすれば消えると思う。


 これからどうしたらいいのだろう……。自分が混乱していることは確かだ。


「ラウラ……、大丈夫? ベナドが死んでしまったけれど……」


 ラウラは泣きはらした顔で瞼が腫れている。でも気丈にコクリと頷いた。


「ケイ、あなたこそ大丈夫?」


「分からない……。どうしたらいいのか……」


 自分で自分の気持ちが分からなくて言葉にならない。なぜだか涙が溢れてきた。


 ラウラはまるで子供をあやすように背中をずっと撫でくれた。ラウラに抱かれてまた眠ってしまった。


 ………………


 その夜。


 なんだか目が覚めてしまった。小屋の中は真っ暗だ。すぐ隣にラウラが寝ていて、彼女の寝息がかすかに聞こえている。ドンゴは隣の小屋で寝ているのだろう。


 しばらくぼんやりしていたが、近くから聞こえてくるせせらぎの水音が自分を誘っているような気がして、小屋の外に出てみた。


 せせらぎ。箱庭の中の人工的な小川だけれど、暗闇の中で何かを映してキラキラ輝いている。なんだろう……。


 星。見上げると、満天の星だった。


 せせらぎの近くの岩に腰をおろした。星たちが語りかけてくるようだ。


 逢いたい――。


 ボドルの手のぬくもり、胸の鼓動、雨の中で触れたくちびる……。目を閉じると、今でもさっきのことのように蘇ってくる。


 ずっとケイを守るって、ずっと待ってるって、そう言ってたのに……。


 ボドルのヨメになって、赤ちゃん産んで、みんなで一緒に暮らす……。心のどこかでホントにそうなると思っていた……。


 でもそれは、儚いまぼろし。


 心のどこかに女の自分が生まれて、その娘が見せた儚いまぼろし……。


 だけどもう、本当の自分に戻るよ……。いいよね……。


 星が瞬いた……。そんな気がした。


 ありがとう、ボドル……。


 しずくが一つ、手の甲に落ちた。


 それは自分の頬を伝って流れたボドルの涙だ……。きっとそうだ……。


 ………………


 しばらくの間、星たちの声を聞きながらたたずんでいた。


 そして、今、一つの決断をしようとしている。


 ボドルのヨメから卒業するんだ。


 そう心に決めたとき、誰かが近付いてくるのに気が付いた。寝ていたはずのラウラだ。隣に座って、冷たくなった肩をそっと抱いてくれた。


「ありがとう。わたし、ラウラや自分のために生きることに決めたよ。だから、ボドルの噛み痕を消すんだ……」


 そう言いながら、迷うことなく自分の体全体にキュア魔法を掛けた。首の噛み痕が無くなったかどうかは自分の目で確かめることはできないけれど、混濁していた気持ちがすっと晴れていくような気がした。


 それを感じ取ったのだろう。ラウラがぎゅっと抱きしめてくれた。


「ケイ。そんなことして、大丈夫? やけを起こしちゃダメよ?」


「大丈夫。キュアを掛けただけだから。この噛み痕を消してしまわないと、自分の気持ちが整理できないと思ったんだ。今はなんだかすっきりしてるよ」


 ホントにそうだった。催淫作用も完全に消えたようだ。すごくすっきりした気持ちになった。


 ボドルに噛まれたことや、ボドルのヨメになったことを後悔しているわけではない。あの幸福感は今も忘れられないし、今もボドルのことは好きだ。でも、これからは前に進むことを考えよう。そう割り切ることができた。キュア魔法を掛けたことで、ようやく本来の自分に戻った気がする。


 よし! 次はこの首輪を外して、どうやったら自由になれるか考えよう。


 “超えられない壁なんて無い”


 親父が言ってくれた言葉がまた頭に浮かんできた。


 そうなのだ。壁に囲まれてうずくまっているのではなく、とにかく動き始めよう。そうすればきっと、今の自分の状況を変えることができるはずだ。


 これからは自分やラウラのために強くなることを考えよう。この世界で自分らしく生きていくためにはどうするかを考えよう。


 なんだか、すごく元気が出てきたような気がする。でも二人とも夜風に当たって体が冷えてしまった。保温魔法を掛け直して、ラウラと抱き合って眠りに就いた。


 ………………


 そして、深夜。


 突然、小屋の中にまばゆい明かりが点いて、寝ていたところをバハルに叩き起された。今まではこんな時間にバハルが来たことはなかったはずだ。ドンゴの様子を見にきたのだろうか?


「なんで、つがいになってないんだ!?」


 オレたちが寝ているところにバハルは怒鳴りこんで来て、ラウラの頬を平手打ちした。オレは反撃しようと身構えた。それをバハルは察知したのだろう。呪文を唱えたと思ったら、ガチン! また、頭のてっぺんに雷が落ちたような激烈な痛みが走った。自分の体がぶっとんで床に倒れていくのを感じながら、そのまま気を失った。


 ………………


「ケイ……、だいじょうぶ?」


 ラウラの声に意識が戻った。また首輪の電撃魔法を食らったのだ。バハルめ! 絶対に何倍にもして返してやる!


「生意気におれに盾を突こうとするからだ!」


 そう言ったバハルになにか言い返してやろうとしたら、ラウラが目で制した。


「お腹の子供に障るから乱暴しないで。あたしが向こうの小屋に移って、あのゴブリンと夫婦になったマネをすればいいんでしょ?」


「マネだけじゃダメだ! おまえの首に噛み痕を付けてもらって、実際のつがいになるんだ!」


「そんなこと、できるわけないじゃない! お腹の子の父親は別にいるのよ」


「誰が父親なのか、ほかの者に分かるわけないだろ! とにかく、あのゴブリンとつがいになるのが、おまえの役目だ。それができないのなら、あのゴブリンが死ぬかおまえが死ぬことになる。いいか? 明日の朝、おまえの首に噛み痕が無かったり、あいつとくっ付いてなければ、どちらかが死ぬ。分かったな!?」


 それだけ言い捨てると、バハルは明かりを消して出ていった。


「ベナド兄さんのヨメ、子供、守る。それ、オイラの役目。だから、オイラ、死ぬ。かまわない、だよ」


 いつの間にかドンゴが来ていた。あれだけの騒ぎだったから、目を覚まして当然だ。


「ドンゴが死ぬなんて、絶対にダメ。あたし、子供のためなら何でもする。あたしに噛み痕を付けてちょうだい。あなたの印を付けて。でも、本当のヨメにはならないからね。あたしの夫はベナドだけよ」


「オイラ、印付ける、できない。ラウラ、ベナド兄さんのヨメ、だべ?」


「そんなことを言ってると、どちらかが殺されるのよ。だから、形だけでいいから印を付けてちょうだい。でも、交わりは無しよ。約束できる?」


「分かった。オイラ、印、付ける。種付け、しない。約束、する」


 ドンゴはラウラを抱きしめると、ガブリと首に噛みついた。10分くらいして、ようやく彼女の首から口を離した。でも二人は離れない。お互いにしっかり抱き合ったまま熱い口づけを交わした。そしてドンゴのほうからラウラを離した。


「オイラ、約束、守るだよ。種付け、しない」


 なんだかデジャブを見ているような不思議な感じがした。自分もボドルに噛まれたときに、あんな風だったと思う。でも今は冷静に見ることができる。


「ケイ……、あたし、ドンゴと寝るから……」


 ラウラは恥ずかしそうにそう言うと、ドンゴと手をつないだまま隣の小屋の中に入っていった。


 催淫作用のせいでラウラはドンゴのことが好きで堪らなくなっているはずだ。だけどきっと、ドンゴは約束を守ろうとするだろう。それに彼女もお腹の中にベナドの子供がいるから無茶はしないはずだ。


 ラウラもドンゴも辛いだろうな……。


 ………………


 翌朝、バハルが来て、ラウラの首に付いた噛み痕と仲睦まじい二人を見て満足げな笑みを浮かべた。


「やればできるじゃねぇか。つぎは、ケイ、おまえの番だ。何日かしたら、おまえの亭主が来ることになってる。楽しみに待ってろ!」


 ええーっ!!


 ………………


 そして、数日後。その相方が来た。


 ※ 現在のケイの魔力〈60〉。


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