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SGS039 ラウラの相手が来た

 箱庭に来てから3日目。この間、特に何事も無かった。


 だが、あの婆さんが言っていたことは本当だった。それは、数日のうちに印が消えると言ってたことだ。ついに来るべき時が来たようだ。


 ラウラが言うには、ベナドの噛み痕からチリチリと痛みのような痒みのような感覚がするそうだ。見ると、噛み痕がかなり薄くなっている。たぶん、印が消えていく前兆なのだろう。


 自分の印もそうなっているのだろうか? ラウラに見てもらうと、ボドルの噛み痕も少し薄くなっているそうだ。


 印が消えたとしてもラウラはきっと大丈夫だ。お腹にベナドの赤ちゃんがいるのだから。でも、自分は妊娠していないことが確定した。ラウラのお腹の中を検診魔法を使って見させてもらった。そうすると、ちゃんと赤ちゃんの手足らしきものと心臓の動きを感じ取れた。しかし自分のお腹を検診魔法で見ても、何も感じ取ることができなかった。


 妊娠してなかったことをラウラに告げると、何も言わずに抱きしめてくれた。


 以前は、妊娠しているラウラが羨ましいと考えたこともあったが、今は正直なことを言えば妊娠してなくてホッとしている。冷静に考えることができるようになったからだろう。ボドルの催淫作用が弱くなってきたのだと思う。きっとボドルを知る前の自分に戻っていくのだろう。


 ………………


 そして、その3日後。箱庭に大きな木箱が運び込まれた。バハルが木箱の蓋を外すと、その中に一人のゴブリンがグッタリと横たわっているのが見えた。バハルは木箱を横倒しにして、中からゴブリンを引きずり出した。


「ラウラ、喜べ。おまえの相手が来たぞ。今日からおまえはこのゴブリンのヨメだ。つがいになるんだから、ちゃんと介抱してやれ」


「どういうこと? あたしには、ベナドっていう決まった相手がいるのよ!」


「広い原野の中からおまえの亭主を捕まえてくるのはムリだろ。だから、代りにコイツをおまえの亭主にしてやるってことさ。本物のゴブリンのオスだ。そのヨメになれるんだから感謝しろ」


「バカなこと言わないで! そんなこと、絶対にイヤだからね!」


「おれに逆らったらどうなるか、分かっているんだろうな! それに、これはおれが勝手に決めたことじゃない。この国の偉い人たちが決定したことだ。だからな、逆らえば、おまえら、殺されるぞ」


 バハルに脅されても、ラウラは無言でバハルを睨みつけているだけだ。


「おれを睨んでないで、早く介抱してやれ。1時間後にこのゴブリンの尋問を始めるからな。それまでに受け答えができるようにしておけ。分かったな?」


 バハルはそう命じて、箱庭から出ていった。


 ゴブリンはひどい怪我をしているみたいだ。大丈夫だろうか。


 近づいて、検診の魔法で容体を確かめた。


「ケイ、このゴブリン、どんな具合なの?」


「捕まるときにかなり抵抗したんだと思う。見た目の出血は無いけど、内臓は傷ついているし、あばら骨も何本か折れてる。このゴブリンを捕まえた人は、それに気が付かないで、眠りの魔法を掛けたんだろうね。早く助けないと、今のままでは死んでしまうかもしれない」


「オ、オイラ、死んで、しまう、だべか?」


「あ、気が付いたのね?」


「ここ、どこ?」


「ここはレングランの闘技場よ。あんたは捕まって、魔法で眠らされて、ここに連れて来られたの。分かる?」


 ゴブリンは苦しそうに顔をしかめながら頷いた。


「助け、いらない。助ける、ムダ。人族、オイラのこと、殺す」


「たぶんすぐには殺されないはずよ。レングランでは生け捕りにした魔族は係官が尋問することになってるの。1時間後に尋問を始めると言ってたから、あんたが抵抗しなければ奴隷として生かしておいてくれるかもしれないよ」


 ラウラが親切に語りかけたが、ゴブリンはなにも答えない。怪我のせいで放心状態になっているようだ。


「とにかく、ケイにあんたを治療してもらうから。ケイ、いい?」


 ラウラに問い掛けられて頷いた。治療を始める前に周りに人がいないことを確かめたが、大丈夫そうだ。


 ゴブリンに向けて最大出力でキュアを掛けた。3分ほどで治療は終わった。


 ゴブリンは自分が何をされているのか、しだいに気付き始めたようだ。大きく目を見開いた。


「まだ、どこか痛いところがある?」


「おまえ、すごい、魔法使い。オイラ、こんな、魔法、知らないぞぉ」


「黙って! これは秘密だから。もしこのことを誰かに話したら、あなたを殺すよ。分かった?」


 ゴブリンは黙って頷いた。そして、顔を近づけてジロジロとこちらの首を見て、匂いを嗅いだ。


「ボドル兄さんの匂い……。おまえ、ボドル兄さんのヨメ、だべ?」


「あなた、ボドルを知ってるの?」


「んだ! 兄弟さ。オラ、ボドル兄さんの弟、だよぉ」


「え? 実の兄弟なの?」


「んだ! オイラ、弟。名前、ドンゴ」


「ということは、あなたはベナドの兄弟ってこと?」


 ラウラも驚いて、ゴブリンの手を取った。


「んだ! オイラ、ベナド兄さんの弟。あんた、ベナド兄さんのヨメ、だべ?」


「そうよ! こんなことってあるのかしら? うれしいー!」


 なんという偶然だろう。嬉しくて、ラウラと二人で手を取り合って喜んだ。しかし、ドンゴと名乗ったゴブリンの表情は冴えない。つらそうに顔を歪め、うつむいた。


「まだ、どこか痛い?」


「オイラ、体、痛くない。だけど、こころ、痛い……」


 すごくイヤな予感がして、鳥肌が立った。


「もしかして……、なにか悪いことが……?」


「オイラの……、兄さんたち、死んだ……」


「……」


 なんとなく感じていた黒いモヤモヤは、大きな岩となって自分の心の中に沈み込んだ。胃の中にも何かの塊が溜まったようで身動きができない。息もできない。


「兄さんたちが死んだって……。ベナドとボドルが死んだっていうこと?」


 ラウラの問いかけに、ドンゴは黙って頷いた。


「あ、あんた、何を言ってるの? ベナドの弟だとか言って、いきなり、ベナドとボドルが死んだなんて……。そんなこと……、そんなこと、信じられると思ってるの?」


「オイラたち、偵察、してたンだぁ……」


 ドンゴは訥々とその経緯を話し始めた。


 ドンゴたちは兄弟三人で偵察チームを組んでいた。そして、そのときも本隊から徒歩1時間くらいの範囲を索敵をしていたらしい。


 低木が生い茂った原野の小道を歩いていると、道が少し広がったところで、突然が周りから魔法攻撃を受けた。三人ともソウルオーブを持っていて、バリアを張っていたが、バリア破壊魔法の集中砲火を浴びた。先頭を歩いていたボドルと2番目を歩いていたベナドへは魔法が特に集中したらしい。三人は魔法を浴びながらも、それぞれの武器で何人かの敵を斬った。だが自分たちのバリアはしだいに削り取られていき、やがて消滅した。その直後にボドルとベナドは敵の剣で倒されてしまった。ドンゴのバリアも消滅して、敵と剣を交えているところを、眠りの魔法で倒されてしまったようだ。


 敵は十人くらい居たらしい。おそらくレングランのハンターだ。ハンターに襲われたとすれば、ボドルとベナドは確実に心臓を刺されて殺されている。ハンターはそのように訓練されているからだ。


 話を聞いているうちに、なんだか立っていられなくなって、小屋に入ってワラの寝床の上に座り込んだ。ラウラも隣に座り、腕を回して抱きしめてくれた。こんなときに不謹慎かもしれないが、ひさしぶりにラウラの女の匂いを感じた。


 先に泣き始めたのはラウラだった。静かな泣き声が耳元から聞こえてくる。彼女の嗚咽を聞きながらラウラを強く抱きしめた。ベナドの代りにこれからは自分がラウラと赤ちゃんを守るんだ。心の中でそう決心した。気が付いたら自分の涙が頬を伝ってラウラの髪を濡らしていた。


 ボドルが死んだ。実感が湧かないが、事実なのだろう。ボドルと過ごした時間はあまりに短かった。だけど一緒に過ごした僅かな時間にボドルが与えてくれた幸福感と首に付けてくれた印が、その後の自分を支え続けたことは確かなことだ。


 その印の存在は大切な宝物だった。その印を通して自分の心はいつもボドルにつながっていた。原野のどこかで自分を慕い待っていてくれるボドルにつながっていた。


 そのボドルがふいに居なくなった。ずっと待っていると言ってくれた、あのボドルが居なくなってしまった。心の中にぽっかりと穴が開いた気がする。


 印が消え始めて、冷静に考えることができるようになったと思っていたのに。そうじゃなかったみたいだ。


 抱き合いながら二人はどれくらい泣いていたのだろう。いつの間にか泣き疲れて子供のように眠ってしまったらしい。


 ※ 現在のケイの魔力〈60〉。


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