SGS382 忍術で屍を操る
――――――― 藤吉郎 ―――――――
どえりゃあ物の怪にわしは出遭うてまった。真っ昼間だで見間違いではにゃーぞ。わしの謹慎がようやく解けて、お館様へご挨拶を申し上げるために犬山のお城へ向かう道中でのことじゃ。
先に見つけたのは、わしの供をしてきた小六じゃ。
「藤吉郎よぉ、あれは何じゃろ?」
そう言われて、わしは小六が見とる方へ目を向けた。薄汚い着物を身にまとった百姓が道を歩いてくるのが見えた。そいつは畑の中の小道からわしらが歩いとる道へ出て来ようとしとる。どうやら畑の先にある丘から下ってきたようじゃ。じゃが歩き方が普通ではにゃー。
その男は一本の長い杭を背負っとった。両腕を前にぴんと伸ばして、ぴょこぴょこ跳ねながら前に進んどる。跳ねるたびに頭も揺れとった。
「おかしな歩き方じゃな。頭も傾いとるし」
「藤吉郎、おまえの目は節穴か? よう見てみろ。足じゃ、足っ!」
言われて男の足を見ると、両足とも地面から一尺(約30センチ)ほど浮いとる。足の代わりに体を支えとるのは男が背負っとる一本の木の杭じゃった。
「どうなっとるんじゃっ!?」
「あやつの体は杭に括り付けられとるぞ」
たしかに小六の言うたとおりじゃ。男は木の杭に縛られとるようだ。首、胸、腰、太腿、足首のところに藁縄のような物が巻き付いとる。着物はボロボロに破れとって、何か黒っぽい、わけの分からんものがへばりついとった。
わしらの後ろを歩いておった手下どもも騒ぎ始めた。
「かおじゃっ! 顔を見てみいっ!」
手下の叫び声を聞かんでも、男の顔が尋常でにゃーことはよう分かった。ざんばら髪がどす黒い顔を覆っていたが、よく見ると、男の目は穿たれたように窪んでおって、鼻や唇の肉は食い千切られたように欠けて骨や歯が見えとった。
「あわわわ。ありゃあ、物の怪じゃ!」
「あの丘の上には処刑された罪人が晒されとったはずじゃぞ」
「それが化けたのかぁっ!?」
その罪人の話はわしも前に聞いたことがあった。この辺りの村の名主がお館様に直訴をした罪で半月ほど前に磔の刑に処されたそうな。その名主がお館様を恨んで化けたのじゃろか。
わしらがこのまま歩いていくと、その男と鉢合わせしてまう。
「おみゃーたち、あの物の怪をどうにかするのじゃっ!」
「ど、どうせよと?」
「たーけがっ。あの物の怪を斬れっ! いごけんようにするのじゃっ!」
わしが命じると、手下どもは刀を抜いて一本足の物の怪に向かって駆け始めた。
――――――― ラウラ ―――――――
刀を振りかざした侍たちがこちらに走ってくる。その後ろには懐かしい顔が見えた。木下藤吉郎と蜂須賀小六だ。これは都合が良い。飛び跳ねて移動してきた振動で屍の頭が落ちそうになっていて、実は困っていたところだ。あの者たちに直してもらおう。
あたしが今いる場所は1ギモラほど離れた林の中だ。草藪の中にマットを敷いて、その上に座っていた。目を閉じて、あたしはクルが見ている光景に意識を向けている。
名主殿の屍を念力魔法で操っているのはクルだ。初めは死体操作の魔法を使ってゾンビのように歩かせようと考えたのだが、残念ながらこの魔法を使うには魔力が足りない。仕方なく念力で屍を動かすことにしたのだが、細かい操作ができないのでピョンピョンと跳ねるような動きになってしまった。
この屍を動かそうと思ったのは、あの母子と会って、村の名主の話を聞いたからだ。名主の御内儀だというその女性の話によると、名主殿は村の安泰を願って、戦で荒れ果てた村の復興に尽力した。だが復興の半ばで、理不尽なことに半月前に処刑されてしまった。
信長も懲らしめたいし、名主殿の恨みも晴らしたい。あたしのその気持ちを察してくれて、旅の途中から同行してきた男が面白い方法を助言してくれた。それがこの名主殿の屍を使って信長を脅そうということだ。
この助言をしてくれた男のことは後で語ることにして、今は名主殿の屍のことを先に語ることにしよう。
あの母子と別れた後、あたしは少し離れた林の中に潜み、クルに頼んで名主が処刑されたという丘の上へ飛んでもらった。御内儀が言っていたとおり、名主殿の屍が木の杭に縛られたまま放置されていて、その周りは人や獣が入らないように竹で編んだ鹿垣で囲まれていた。
半月前に処刑されたそうだから、夏の強い日差しで遺体は腐って半分干乾び、目や顔だけでなく体のあちこちに蛆が湧いたり、鳥に食い荒らされたりしていた。
でも屍はまだ人の形を保っている。この状態であれば何とか利用できそうだ。そう考えて、クルに作戦を説明した。クルは面白がって、すぐに行動を開始した。
クルがまず初めにやったのは、屍を蜘蛛糸の魔法を使って木の杭にしっかりと固定することだ。屍は縄で杭に括られていたが、動かすと振動で体が崩れるかもしれないからだ。地面に埋め込まれていた木の杭は魔力剣の魔法を使って根元から切断した。屍は木の杭と一緒に倒れそうになったが、クルが上手く念力で支えたから無事だった。
そしてクルが屍を念力魔法で操りながら丘の上から降りてきたところで幸運なことに藤吉郎と出会えたのだ。
だが藤吉郎はこの出会いを喜んでいないらしい。まぁ当然と言えば当然か。
藤吉郎の配下の者たちが屍に斬り掛かってこようとしているが、そうはさせない。
『クル、あの者たちに電撃マヒの魔法を浴びせて。軽くでいいからね』
『了解』
クルが魔法を発動すると、侍たちは『「ひゃぁっ!」』とか『「うわぁっ!」』とか悲鳴をあげて、尻もちをついたり転んだりした。十数人いる侍たち全員が地面に倒れていて、その中には藤吉郎と小六も含まれている。電撃を受けたせいで侍たちは全員気絶しているようだ。もし意識がある者がいたとしても、体がマヒしているから身動きはできないはずだ。
『名主殿の屍を藤吉郎のそばへ寄せて。あの男と話をするから』
あたしの指示どおりにクルは屍をピョンピョンと跳ねさせて藤吉郎へ近付いた。その間に道を歩いてくる旅人や村人たちがいたが、こちらの様子を見て皆慌てて逃げていった。
藤吉郎は地面にうつ伏せになって気絶していたが、クルが魔法で目覚めさせた。
目を開けた藤吉郎は自分を見下ろしている名主殿の屍を見て、『「あわわわっ」』と声を漏らしながら四つん這いで逃げようとした。だが、クルが念力でその体を押さえ付けた。
『藤吉郎殿、久しぶりね』
クルを経由して念話で話しかけた。藤吉郎は余程驚いたのか、目玉をひんむいて口をパクパクさせている。念話は聞こえているはずだ。
『聞こえているわよね? 返事をして』
『「お、おみゃーのような物の怪が、どうしてわしの名前を知っとるのだ?」』
『あたしはラウラよ。深志城の城主と言えば分かる? 藤吉郎殿とは前に会ったことがあるから、あたしのこと、覚えているでしょ?』
『「深志城の羅麗姫様じゃとぉっ? たわけたことをぬかすんじゃにゃー。おみゃーは物の怪じゃっ!」』
藤吉郎は顔を強ばらせている。恐ろしさ半分、怒り半分というところだろうか。
『ああ、これね? この屍はね、物の怪とは違うわよ。あたしの配下には優秀な忍びの者たちが大勢いてね。その者たちが忍術を使ってこの屍を操っているの。あたしの忍びの者たちが使う忍術はすごいのよ』
『「忍術じゃとぉっ!?」』
『そう、忍術よ。こうやって屍を動かしたり話をさせたりできるし、敵対してくる者がいれば攻撃もするわよ。体を斬ったり痺れさせたりね』
あたしやクルが使う魔法についてはすべて“忍術”の一言で片付けようと思っている。
※ 現在のラウラの魔力〈812〉。
(戦国時代の日本にいるため魔力は半減して〈406〉)




