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SGS379 幼子と精霊その2

 ―――― ラウラ(前エピソードからの続き) ――――


 男たちは全員倒れ伏した。子供たちの泣いている声が聞こえるだけだ。


『クル、いったい何をしたの?』


 男たちを倒したのはクルだ。それ以外には考えられない。


『卑劣な害虫どもを駆除しただけだ』


『魔法が使えるのね?』


『やってみたら、使えた。おまえの真似をして、詠唱無しで』


『すごい……』


 あたしは自分が酷い勘違いをしていたのだと気付いた。クルにできることは誰にも察知されずに移動して偵察をすることくらいだと思い込んでいたのだ。


『ボクが使ったのは風刃と熱線の魔法だ。おまえから与えられた魔力に少しだけ余力があったからな』


 クルがその気になれば、あたしが与えた魔力で普通に魔法を使うことができるということだ。あたしが馬鹿だった。ちょっと考えれば、守護精霊が魔法を使えそうだと分かるはずなのに。


 眼下にようやくカエデや男たちの姿が見えてきた。カエデは地面にうつ伏せで倒れていた。


 浮上走行の魔法を解除して、カエデのところへ駆け寄った。カエデは微かに息をしているが、呼び掛けても反応は無い。急いで検診魔法でカエデの容態を調べた。刀の傷が内臓深くまで達していた。


 キュア魔法で外側の傷は塞いだが、これ以上は手の施しようがない。


 内臓深くの傷をキュア魔法で治療するためには〈500〉以上の魔力が必要だ。あたしの魔力では治療できないということだ。こちらの世界に来て魔力が半減してしまったせいだ。


 いったいどうしたら……。


 あ、信志郎なら魔力が〈500〉以上あるはずだ。今から信志郎を捜し出してカエデを治療してもらえば……。


 でも、今にもカエデは息絶えてしまいそうだ。信志郎を捜し出して連れてくる時間などは無いだろう。


「おかあさまが……」


 一番上の子の声だ。振り向いて立ち上がると、子供たちが駆け寄って抱き着いてきた。どの子も震えている。怖かったのだろう。


 すぐにヒロコの傷を調べた。首領は手加減したと言っていたが、ヒロコの胸の傷も深くて、肺にまで達していた。応急処置としてキュア魔法で出血を止めたが、肺の傷を完全に塞ぐことはできなかった。


 左馬助も腹に傷を負っていたが、幸い内臓の浅いところだったからキュア魔法で治療ができた。


 ヒロコも左馬助も意識は無い。


「お母様の手を握ってあげて……」


 あたしに言えるのはこれくらいだった。


 子供たちの傷も調べたが大丈夫なようだ。三人とも母親に寄り添っている。


 カエデのところへ戻って、その手を握った。


 今のあたしでは誰も救えない。無力だ……。


『カエデを助けられないのか?』


 クルが話しかけてきた。


『ええ、傷が内臓の奥深くまで達していて……。あたしの魔力が足りないせいで、キュア魔法では治療ができないのよ』


 涙が出てきた。悔しい……。


 涙を拭っていると、あることを思い出した。以前にダールム共和国のカーラ診療所で、ハンナが患者の体を切り開いて、キュア魔法で治療したことがあった。あの術式を使って傷付いた内臓にキュア魔法を直接照射すれば、あたしの魔力でもカエデやヒロコを治療することができるはずだ。


 でも、そのためにはカエデの体を切り開かなくてはならない。あたしにできるだろうか。たしかあのときの手順は……。


 手順を思い出しながら、カエデと自分に清浄の魔法を掛け、それからカエデに電撃マヒを掛けた。体を切り開いたときに痛みを感じさせないようにするためだ。


 次はカエデの体を切り開かねばならない。自信は無いが、やるしかない。


 そう思いながら魔力剣を出すと、クルが話しかけてきた。


『何をするつもりだ?』


 クルに術式の説明をしていると、あの幼子がとことこと歩いてきた。


「あみだしゃま、あみだしゃま。おかっしゃまと、かえでと、しゃまのしゅけと……」


 幼子は地面に正座して、クルに向かって手を合わせていた。目を閉じて小さな声で同じ言葉を一生懸命に唱えている。


『この子はボクに何を訴えているのだ?』


『あんたの姿が見えているみたい。クルのことを“アミダさま”だと勘違いしていて、カエデや母親たちのことを助けてくれるように祈っているのよ』


『アミダさまって?』


『うーん……。あたしもあまり知らないんだけどね。あんたに分かるように言うなら、ウィンキアでの地母神様のような存在じゃないかしら……』


『至高のお方か……。ボクのことをそんなふうに……』


 クルの姿がさっきよりも明るく輝いたように見えた。


『ねぇ、ラウラ。ボクにカエデたちの治療を任せてくれないか? カエデの体を切り開かなくても、ボクならカエデの体の中に入って、キュア魔法で治療できるかもしれないから』


 たしかにクルの言うとおりかも……。


『クル、お願い。カエデたちを助けてあげて』


『ボクにもっと魔力を……』


 ありったけの魔力をクルへ配分した。


 クルが明るく輝きながらカエデの体の中に入っていった。


「あみだしゃま、あみだしゃま、あみだしゃま……」


 幼子の祈りの声と日暮れの蝉の声が山の中に響く。


 気付くとあたしも幼子の隣に跪いて手を合わせていた。


「クル、お願い。神様、お願いします。どうかカエデを……」


 薄暗くなった林の中で、カエデの体が輝いているように見えた。いつの間にか自分の頬に涙が伝っていた。


 どれくらいの間、手を合わせていただろうか。クルがカエデの体から出て来て、あたしと幼子の周りを一周した。


『カエデの治療は終わったぞ。次は……』


 言い終わらないうちに、クルはヒロコの体の中に入っていった。


 幼子にもそれが見えたようだ。立ち上がってトコトコと母親のところへ歩いて行き、また正座して手を合わせた。


「あみだしゃま、あみだしゃま……」


 幼子の声に、母親のそばですすり泣いていた姉たちも声を合わせて祈り始めた。


 ヒロコの体が輝き始めると、姉たちは「うわぁぁぁっ」と声を上げた。その輝きが見えたのだろう。子供たちの祈りの声が大きくなった。


 しばらくすると、クルがヒロコの体から出てきた。


『母親の治療も無事に終わった。もう大丈夫だ』


 地母神様の言われたとおりだった。クルはあたしの窮地を救ってくれた。


 守護精霊って、こんなにすごい存在だったの……。


『ありがとう、クル。ありがとうございます、地母神様』


 あたしの感謝の気持ちが伝わったのか、クルは得意げに幼子やあたしの周りを飛び回った。


「おかあさまは、しぬの?」


 心配そうな顔で一番上の子が尋ねてきた。姉の言葉を聞いて、妹たちもあたしの方に顔を向けた。どの子も今にも泣き出しそうな目をしている。ヒロコの体の輝きが消えたから心配になったのだろう。


 あたしはしゃがんで、子供たちに微笑みかけた。


「大丈夫よ。お母様は今は眠っているけど、じきに元気になるからね」


「しゃまのしゅけと、かえでは?」


 問い掛けてきたのは、あの幼子だ。


「左馬助殿もカエデも大丈夫」


「あみだしゃまに、おいのりしたから?」


「ええ、そうね。あなたたちが良い子で、一生懸命にお祈りしたから、神様が助けてくださったのよ」


 幼子の髪の毛をゆっくりと撫でながら答えると、子供たちは「わあぁ」と声を上げて輝くような笑顔になった。


 クルが『子供たちは何を言ってるのだ?』と尋ねてきたから、会話の内容を教えてあげた。それがよほど嬉しかったのだろう。クルはあたしの近くでクルクルと舞い始めた。


 幼子がそれを見上げて、また地面に正座した。クルに向かって「あみだしゃま、あみだしゃま。ありがとぉ」と言いながら手を合わせた。


 それを見た姉たちも、幼い妹を真似て正座して手を合わせた。


「あみださま、ありがとうございます。おかあさまと、さまのすけと、かえでをたすけてくれて、ありがとうございます」


「くすん……。ありがとう、ごじゃいます……。くすん、う、う、うっ……」


 泣き始めたのは真ん中の子だ。姉の言葉を聞いて安心したのだと思う。


「おみつ、泣かないの……」


 そう言った姉の方も目に涙を浮かべていた。


 それを見ていて、あたしもまた目頭が熱くなってきた。


『ねぇ、クル。お願いがあるんだけど』


『なんだ?』


『あたしのお友だちになってほしいの。ねぇ、おねがい……』


『そうだな。おまえと友だちになってやっても良いぞ。ただし、条件がある。この世界の言葉を教えてくれ』


『ええ、よろこんで』


 ※ 現在のラウラの魔力〈812〉。

   (戦国時代の日本にいるため魔力は半減して〈406〉)


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