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SGS378 幼子と精霊その1

 ――――――― ラウラ ―――――――


「かえでぇぇぇーっ!!」


 走りながら思わず叫んでしまった。クルから送られてくる映像で、カエデが幼子を庇って斬られるのを見たからだ。


 あたしは浮上走行の魔法で走っていた。山道に沿って空中を必死に駆け下っている。だが麓まではまだ遠い。一気にカエデのところへ飛んで行けないのがもどかしい。


 ドウゴたちと別れた後、先にクルを行かせて、カエデたちが潜んでいる場所を探してもらった。見つけたと思ったら、なんてことなの! カエデは男たちに囲まれて必死の形相で戦っていた。


 心の中でどうか間に合ってと祈りながら走った。だけど祈りは通じなかった。カエデは幼子を守ろうとして斬られてしまった。


 途中で山道を登ってくる十兵衛とすれ違った。驚いた顔であたしを見上げていたが、立ち止まって説明している時間はない。


 それよりカエデのことが心配だ。まだ息があるなら何としても助けたい。


 カエデ、生きていてっ……。


 なぜか涙が溢れてきて、それをぬぐいながら駆けた。


 意識をクルの視界に向けると、倒れているカエデの周りに男たちが集まってくるのが見えた。幼子を人質にしてカエデを斬った者たちだ。


『「たわけぇっ! 誰が斬れと申したぁっ!?」』


『「も、申し訳ございませぬ。子供が逃げたゆえ思わず斬ろうとしたところへ、このおなごが……」』


 カエデを斬った男が別の男に責められている。この男たちの首領だろう。


『「お頭様。おなごの傷はかなり深いようでござる。おそらく助からぬかと……」』


『「子供の方はどうだ?」』


 首領から問われて、カエデの傷を調べていた男が子供を引きずり出した。十兵衛の一番下の子だ。カエデに庇われて、その体の下敷きになってしまったようだ。


『「おたまっ!」』


 ヒロコが駆け寄って来て子供を庇うようにして抱きしめた。自分が斬られるかもしれないのに、我が子のことが心配でたまらないのだろう。


『「子供に怪我は無いようじゃ。そのおなごが身代わりになったゆえな」』


 首領の言葉を聞いて、ヒロコは幼子を抱いたままカエデのところへ這い寄った。うつ伏せで倒れているカエデの肩にそっと手を置いた。抱いていた幼子を隣に座らせて、ヒロコは手を合わせた。


『「アミダさま、どうかカエデさまのお命をお救いくださりませ……」』


 どうやらヒロコは祈っているようだ。“アミダさま”と念じているから仏教徒なのだろう。


 母親が祈っているのを見て、子供たちもヒロコの隣に並んで座って、小さな手を合わせた。


『「ちっ! 調子が狂う。念仏など唱えるなっ!」』


 男たちの一人がヒロコの祈りを止めようとしたのを、首領が手で制した。


『「まぁ待て。好きにさせておけ。この親子は羅麗姫が戻ったときの大事な人質だ。逃がさぬように見張るだけでよい。それと息のある者の手当てを……」』


 首領は何か指示を出している途中だったが、言葉を中断して驚いたような顔をこちらに向けた。あの幼子がこちらに向かって駆け出したからだ。


『「あみだしゃま、あみだしゃま……」』


 幼子がこちらに手を伸ばしてきた。クルが位置を変えても追い掛けてくる。まるでクルの姿が見えていて、捕らえようとしているみたいだ。


 クルは逃げるように幼子から離れて、藪の上まで上昇した。


『「おたまっ! もどってきなさいっ!」』


 ヒロコが悲鳴のような声を上げた。


 幼子にはその声が聞こえないのか。クルのすぐ下まで追い掛けて来て手を伸ばそうとしている。


『「何をしておるっ! 捕らえるのじゃっ!」』


 首領に命じられて、男が幼子の片腕を掴んだ。それでも幼子はもう片方の腕をこちらに伸ばそうとしている。


『「あみだしゃまぁ……」』


 幼子にはクルの姿が見えていて、“アミダさま”だと思っているようだ。


『「いててっ!」』


 男が悲鳴を上げた。幼子が男の腕をガブリと咬んだのだ。


『「何をしやがるっ! このクソガキっ!」』


 顔を鬼のように歪めて、男は片手で短刀を抜いて振りかざした。


 ああっ! 幼子が斬られてしまう。


 心の中で悲鳴を上げた。あたしは浮上走行で必死に走っているが、絶対に間に合わない。


 男は短刀を振り下ろした。


『「ぎゃぁぁぁーっ!」』


 幼子が斬られるところなど見たくはない。一瞬クルの映像から目を逸らしてしまった。


 再びクルの視界に意識を向けると、予想外の光景が目に飛び込んできた。男が腕を押さえながら蹲っている。幼子は無事なようで、呆然と男の方を眺めている。


 悲鳴を上げたのは幼子ではない。幼子を斬ろうとした男の方だと分かった。その男のそばに短刀と男の肘から先の腕が落ちていたからだ。


 誰かが男の腕を斬り落としたということだ。でも、あたしはさっき目を逸らしてしまったから誰が男を斬ったのか分からなかった。


 いったい誰が幼子を助けてくれたのだろう?


 あ、もしかすると信志郎かも……。


 根来衆の足止めを終えた信志郎と魔乱の者たちが追い付いて来て、運よく幼子を助けてくれたのかもしれない。


 周りにいた男たちが慌てて動き始めた。


『「敵じゃぁぁっ!」』


『「羅麗姫かぁっ!?」』


『「魔乱の忍びどもかもしれぬぞっ!」』


『「囲まれたやもしれぬ。人質を取るのじゃぁっ!」』


 男たちが声を上げて、それぞれがヒロコや子供たちを捕らえて盾にした。


『「うわぁぁぁーん!」』


『「おかっしゃまぁぁーっ!」』


『「子供を放してぇぇーっ!」』


 子供たちが泣き叫び、ヒロコも半泣きで必死にもがいている。


『「出て来て姿を見せろっ! さもなくば、この親子が死ぬことになるぞっ!」』


 首領が声を上げた。左腕でヒロコをがっしりと抑え込んでいて、右腕に持った短刀の切っ先が今にもヒロコを傷付けそうだ。


 ほかの男たちもそれぞれが人質を腕に抱えて、四方の藪を睨んでいた。どの男も人質に短刀を突き付けていて、隙が無い。だが信志郎が近くに潜んでいるのであれば、眠りの魔法で男たちや人質を一気に眠らせることができるはずだ。


『「わ、わたくしの命を差し上げますゆえ、ど、どうか、子供たちだけは……」』


 さすがは十兵衛の奥さんだけあってヒロコは気丈きじょうだが、顔色は良くない。子供たちのことが心配でたまらないのだろう。


『「それなら遠慮なく命をもらおう」』


 首領の言葉にヒロコの顔が強張った。


『「早く出て来いっ! 出て来ぬば、こうじゃっ!」』


 首領がヒロコの襟元から胸に短刀を突き刺した。


『「ひぃぃぃぃーっ!!」』


 ヒロコが悲鳴を上げ、ぐったりした。子供たちの泣き声が一層大きくなった。


『「今は手加減したが、次は女の命を取るっ! こけおどしではないぞっ!」』


 首領は本気だろう。


 あたしがヒロコたちを助けに行けるまであと1分ちょっとだ。だけど敵は待ってくれないだろう。


 お願い。信志郎。いるのなら早く助けて……。


 そのとき気付いてしまった。もしヒロコたちの周りに誰か隠れているのなら、それが信志郎であっても自分の探知に反応があるはずだ。でも反応は何も無い。周りには誰もいないということだ。


 首領が短刀をヒロコの首に近付けると、その切っ先から血がたらりと流れた。


『「出て来ぬのか? ならば仕方ない。この女の命をもらうことにいたそう」』


 首領は短刀をヒロコの首に突き入れようとした。そのとき首領の姿がクルの視界いっぱいに大きく広がった。クルが一気に首領に近付いたのだ。


 不意にポツンと首領の額に赤黒い点が現れた。豆粒よりも小さな点だ。首領が驚いたように目を見開き、ヒロコを抱えたままゆっくりと後ろに倒れ始めた。


 それを見届けることなくクルは動いた。クルの映像が目まぐるしく揺れて、次に視界に飛び込んできたのは別の男だ。一番上の女の子を抱えたまま、ポカンと口を開けて首領の方を見ていた。


 「ドサリ」と音が聞こえた。首領が地面に倒れたのだろう。その音が合図になったかのように、男は子供を抱えたまま駆け出そうと足を前に踏み出した。が、男の額にも赤黒い点が現れた。男の足がもつれて前に倒れ始める。


 クルの映像がまた揺れた。別の男が視界に現れて、大きくなった。その男も腕に女の子を抱えている。あの幼子だ。その顔は恐怖で慄いているように見えた。


 男の額に赤黒い点が現れると、クルは男の様子を確かめることなく最後に残った男のところへ移動した。


 すでにその男は背中を見せて逃げ始めていた。子供を肩に担いでいる。卑怯にも子供を盾にして頭を守ろうとしているのだろう。だが数歩進んだところで前に倒れ始めた。背中に開いた小さな穴がちらりと見えた。着物の上から槍か何かで貫いたような穴だ。


 ※ 現在のラウラの魔力〈812〉。

   (戦国時代の日本にいるため魔力は半減して〈406〉)


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