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SGS376 頭領より姫様の方が恐ろしい

 ―――― ドウゴ(前エピソードからの続き) ――――


 さっきまで聞こえておった鉄砲の音や叫び声が消えておる。はて、これはどうしたことじゃろ……。


 藪を漕いでいくと、藪の隙間から姫様の姿が見えるようになった。ご無事のようだ。


 なんと、根来の僧兵どもが皆、地面に転がっておる。十人……、いや、もっとか。姫様があっという間に倒してしまわれたということだ。


 姫様は根来衆の鉄砲を拾い集めておられるが……。地面に転がっておる鉄砲を姫様が手に取ると、不思議なことにその鉄砲が消えていく。これも頭領が使っておられる妖術と同じじゃな。


 それを見て驚いておるのはわしだけではない。後ろからきた配下の者どもも同じように口を開けて呆けておる。


 羅麗姫様がこちらに顔を向けて、何やら照れ臭そうに微笑まれた。


「このまま鉄砲を捨てるのはもったいないでしょ。あたしが貰うことにしたの。いいわよね?」


 おお、姫様がわしに問い掛けておられる。お答えせねば……。


「あー、戦利品でござるゆえ、むろん姫様の物でございまする。それにしても、姫様が手にされておる鉄砲が消えていくのは……」


「ああ、それはね……。なんて言えばいいのかしら、妖術の一種なのよ。目には見えない大きな入れ物があって、その中に色々な物を入れることができるの。重さが掛からないから持ち運びに便利なのよ」


「やはり頭領と同じ妖術でございますな。もしや姫様は頭領と同じご一族なので?」


「ええと、同じ一族ではないけれど……。あなたたちは信志郎さんからは何も聞いてないの?」


「頭領から聞いておるのは、我ら魔乱の一族は武田家の羅麗姫様にお仕えすることになったことと、姫様は尊いお方であるから心せよと……。頭領からはさように聞いておるだけでございまする」


「もうっ! 信志郎さんがちゃんと説明しないから……。その件はあたしが話すよりも、後で信志郎さんから説明してもらった方が良いわね。今言えることは、信志郎さんと魔乱の一族があたしの味方となって配下に加わったことと、信志郎さんがあたしに忠誠を誓ったということよ。あなたはあたしに不信感を抱いてるみたいだけどね」


 しもうたわい。不信の念を持っておると見抜かれてしもうた。これも大きなしくじりじゃ。この場は何としても言い繕っておかねば……。


「そりゃ違いまするぞ。姫様に対して不信感を抱くなど、そのような不敬な心得違いはいたしておりませぬ。それがしは何分不調法にて……。ご無礼がござったならどうかお許しくださりませい。配下の者どもにも言い聞かせておきますゆえ……」


 わしが姫様に頭を下げると、周りにおる者たちも同じように頭を下げた。


「ええ、今回は許してあげます。でも、次は許しませんよ」


「「「ははっ」」」


 なんじゃ、この威圧感は……。心の臓を掴まれておるような……。


 思わずひざまずいて頭を垂れた。配下の者たちも同じように跪いておる。


 恐ろしいお方だ……。


 不意に威圧感が消て、体がすうっと楽になった。


「分かったらいいわ。それと、あなたたちが倒した根来衆の鉄砲だけど、よかったらあたしが運ぶわよ?」


「いや、それには及びませぬ。じきに頭領が追い付いて来られるはず。手に入れた鉄砲は頭領に運んでいただきまする。それよりも羅麗姫様、お怪我はございませぬか?」


「あたしは大丈夫よ。見てのとおり、根来の男たちは一気に倒したから」


 たしかに鉄砲隊の僧兵どもは地面や藪の中に倒れ伏しておる。大半の者が頭から血を流しておって、身動き一つせぬ。死んでおるのだろう。刀で斬られた痕は無く、何かが頭や胴体にぶつかったのが致命傷になったようだ。


「これは……?」


飛礫つぶての妖術よ。男たちのそばに石が落ちてるでしょ」


 姫様が指差すところに目を向けると、わしの拳よりも大きな石が転がっていた。あのような石が頭に当たれば生きてはおれぬだろう。


「この男たちの亡骸は全部土に返すわね」


 姫様がそう言うと、僧兵どもの亡骸が崩れていき土に変わってしまった。


「あたしは職人たちの治療をして、その後はカエデたちのところへ戻るから。ああ、それとあなたたちが倒した根来衆の亡骸も土に返しておくわね。痕跡が残らないように後の始末は頼んだわよ」


 姫様はそれだけを言うと、職人たちの方へ走って行かれた。


「やはり宙を駆けておる……」


「おれもそのように見えたぞ……」


「たしかに頭領と同じ妖術でございまするな……」


「おれは姫様からお叱りを受けたときは心の臓が止まるかと思うたぞ……」


「それは拙者もだ。頭領より姫様の方が恐ろしいのぉ……」


 配下の者どもが口々に勝手なことをほざいておる。


「おい、姫様が申されたことを聞いたであろう。根来衆の鎧や刀は集めて埋めるのじゃ。日が暮れてしまうぞ」


「「「はっ」」」


 配下の者たちは手早く片付けを始めた。


「もう姫様からお叱りを受けるのはコリゴリじゃ」


 誰かが呟く声が聞こえた。



 ――――――― カエデ ―――――――


 姫様が峠の方に偵察に向かわれた後、鳴り止んでいた鉄砲の音が山の中にまた響いた。もしや姫様の身に何かあったのだろうか……。


 十兵衛様やヒロコ様も心配そうな顔をされて、お子たちを抱き寄せておられる。鉄砲の大きな音が木霊こだましているが、どの子も唇を強く結んで怖いのを我慢しておられるようだ。


 姫様からは待つように命じられたから、この場で待機するしかない。


 ここは山道から林の中に少し入った場所だ。辺りの下草を倒して、その上にムシロを敷いた。我らが野宿するのに十分な広さがある。


 ………………


 四半刻しはんときほど経っただろうか。十兵衛様が意を決したように口を開かれた。


「楓殿、それがしが様子を見て参る。娘たちを頼み申す」


「それならば私が……」


「いや、それがしであれば根来衆に誰何すいかされても言い開きができ申す。楓殿一人では不審がられよう。このような夕暮れどきじゃ。おなご一人が峠を越えようとするはずがござらぬゆえ」


「分かりました」


 あたしが頷くと、十兵衛様はヒロコ様と左馬助さまのすけ殿に「頼むぞ」と申されて、林の中から出て行かれた。


 今は羅麗姫様たちの無事を祈って待つしかない。そう思っていると、おたま様が左馬助殿のところからトコトコと歩いて来て、私の手を握った。おたま様は十兵衛様の一番下のお子だ。この旅の道中では私がずっとお世話をしてきたから、今では私のことをまるで姉のように慕ってくれている。


 おたま様はお父様の姿が見えなくなって不安になったのだろう。


「ご安心なされませ。お父様は直に帰って来られまする」


「はい。おたまは、つおい子」


「さようでございます。おたま様は賢くお強いお子ですよ。それに何かあれば、この楓が守って差し上げます。楓は男にも負けぬほど強いのですよ」


「おたまも、つおい子。まもってさしあげるの」


「ふふふ。おたま様はお優しいお子でございますね。お母様やお姉様たちをお守りくださいませ」


「はい」


「では、お父様が帰って来られるまで、楓が何か物語などをお聞かせいたしましょう。なんの物語がお好きか……」


 そのとき突然に「囲んだぞ」、「逃がすな」という声が聞こえた。藪がカサカサと音を立てて、周りから男たちが現れた。藪の中から出てきたのは十人ほどだ。ムシロの上に座り込んでいた我らは男たちに取り囲まれてしまった。


 油断していた。この者たちが近付いて来ていることに気付かなんだとは……。

 

 ※ 現在のラウラの魔力〈812〉。

   (戦国時代の日本にいるため魔力は半減して〈406〉)


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