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SGS375 峠での待ち伏せ

 ―――― ラウラ(前エピソードからの続き) ――――


 道は少しずつ上りになり、周りは田畑から森林に変わった。雑木や下草が鬱蒼うっそうと生い茂っていて、歩いている山道にも夏草の匂いが漂ってくる。風が無くて蒸し暑い。幼子を背負っている左馬助とカエデの息遣いが少し荒くなってきた。ヒロコは手を繋いでいる子供を励ましながら歩いているが、辛いのを我慢しているのだろう。


 そろそろ野宿する場所を探そうか……。そんなことを考えていると、突然に「ドドドォォォーン、ドドドォォォーン……」という大きな音が響き渡った。山の中でこだましているが、上の方から聞こえてくる。この場所からはかなり離れているようだ。


「あれは鉄砲の音かと……。我らを狙っているのではなさそうでございます」


 カエデと話をしている間も鉄砲の音は続いている。火縄銃は一発撃つたびに玉と火薬を入れるから撃つのに時間が掛かるそうだが、射撃の音が絶え間なく続いているのは……。


 前から十兵衛が駆けてきた。


「姫様、あれは鉄砲の連射でござる。あの音からすると射手は五人か六人。続けて撃っておるゆえ、あの撃ち方は根来衆ねごろしゅう雑賀衆さいかしゅうでござろう。おそらくこの先の峠辺りで根来衆が待ち伏せておったのかと存じまする」


 鉄砲の音が聞こえなくなった。


「射撃が止んだのは……斬り合いに移ったか、撃たれた方が全滅したか……」


 十兵衛が独り言のように呟いた。


「ドウゴたちが襲撃されたのかもしれないのよ。不吉なことは言わないで。それより、ここも危ないわ。あなたたちは林の奥に隠れていて。あたしは峠の方へ偵察に行ってくるから」


 返事を待たずに駆け出した。


『クル、峠で根来衆が待ち伏せをしていたようなの。様子を探りに行って』


『分かった』


 クルに命じた後、あたしは浮上走行の魔法を使って一気に速度を上げた。峠まではまだ2ギモラくらいありそうだ。


 あたしの視界の片隅にはクルが見ている光景が写し出されている。クルは山道に沿って飛んでいた。眼下の木々が緑の帯のようになって後ろへ流れていく。


 走り始めてすぐに探知魔法に反応があった。誰かが山道を下ってくる。一人だ。浮上走行を見られてはマズイ。浮上走行を解除して、山道を歩き始めた。


 旅の商人風の男が足早に道を下って来て、あたしに声を掛けてきた。


「あんさん、この先は危ないでぇ」


「何があったのだ?」


 あたしは侍らしく少し低い声を出した。編笠は走るのに邪魔なのでカエデに預けてきたから、顔で女だと気付かれてしまうかもしれないが。


「へぇ。峠の手前で戦が始まったようで……」


 男はそれだけ言うと、逃げるように山道を下っていった。戦に巻き込まれるのが怖いのだろう。


 あたしは再び浮上走行の魔法を発動して走り始めた。走りながらクルが見ている光景を確認する。


 すでにクルは止まっていた。峠の手前のようだ。上空から眺めると、そこは低木や雑草が生い茂った山間やまあいの緩やかな傾斜地になっていて、視界が開けた場所だった。こんな山の上にも人の手が入っているらしく、山道に沿って草藪の中に狭い畑が段々に並んでいる。


 その畑の中や茂みの中に点々と人が倒れていた。ひと目で職人とその家族たちだと分かった。大半の者はうつ伏せで頭を抱えている。銃撃されないように身を潜めているのだろう。中には身を投げ出すようにして倒れて血を流している者もいた。死んでいるのかもしれない。


 クルは畑と草藪の開けた場所を通り過ぎて、その先の小高い山の方へ向かった。草藪から雑木林に入ったところに男たちが立っていた。木立の間からドウゴの姿も見える。何か話をしているようだ。


 クルが男たちに近付いた。ドウゴとその配下の者たちだと分かった。全部で六人いる。それぞれが短刀を手にしていて、足元には胴鎧どうよろいを身に着けた者たちが転がっていた。動いている者はいない。死んでいるようだ。数えてみると十五人だった。ドウゴたちが倒したのだろう。戦いは終わったらしい。


 倒れている者たちのそばには何挺もの火縄銃が転がっていた。根来衆と考えてよさそうだ。


『「――れておったとはな。しくじったわっ!」』


 ドウゴの声が聞こえてきた。


『「されど道五様。こ奴らに先回りを許してしもうたのは、あのお姫様一行の足が遅かったせいでございまするぞ」』


 配下の誰かの声だ。


『「いや、峠での待ち伏せを見抜けなんだのは我らの不覚じゃ」』


『「されど……」』


『「もう言うな。それよりも気を緩めるでないぞ。息のあった者から根来衆の追っ手はもうおらぬと聞き出せたが、まことかどうか分からぬ。今の襲撃で仲間と職人を死なせてしもうたのだ。これ以上死なせては頭領に申し訳が立たぬ」』


『「悔しゅうござりまする……」』


『「今は嘆いておるときではない。おまえたち二人は根来衆の亡骸を埋めよ。鉄砲は戦利品として確保しておけ。残りの者は怪我人の手当てを急げ。それと今宵はこの藪の中に隠れて野営をする。その支度もいたすのだ」』


 ドウゴたちは木立の中から草藪に出ていく。


 状況は掴めた。怪我人がいるらしいからキュア魔法で治療をして、それからカエデたちのところへ戻ろう。


 走りながらそんなことを考えていると、探知に何かが引っ掛かった。あたしの位置から4百モラほど前方に十人以上の人間がいる。動いていない。ドウゴたちからは峠寄りに80モラくらい離れた場所だ。


 旅人か住民かもしれないが、嫌な予感がする。


 クルに確かめるように連絡して、あたしはドウゴのところへ急いだ。


 浮上走行で山道に沿って駆け上がると、不意に明るい場所に出た。さっきクルからの映像で見た開けた場所だ。遠くにドウゴたちが藪を掻き分けながら歩いてくる姿が見えた。


 そのときクルの視界に男たちの姿が見えた。ざっと数えて十五人ほど。全員が鉄砲を持っていて、胴鎧を身に着けている。さっきの根来衆と同じ格好だ。


 その中の五人が樹の陰に立って鉄砲を構えている。ドウゴたちの方に銃口を向けていて、いつでも狙撃できる態勢になっている。残りの者たちは鉄砲を構えている者たちのすぐそばで腰を屈めていた。おそらく鉄砲を撃つ射手と玉籠めをする助手に役割分担をしているのだろう。


 今は木立が邪魔をして根来衆からはドウゴたちの姿が見えていないようだ。職人たちも茂みの中で伏せたままだから根来衆からは見えていないのかもしれない。


 だけどやばい。あと数歩でドウゴたちは死角から出て射程に入りそうだ。


『止まって! 根来衆があなたたちを鉄砲で狙ってるっ! 早く隠れてっ!』


 ドウゴたちの方に走りながら念話を送った。同時にクルに与える魔力を最小値の〈1〉に絞った。自分自身に割り当てる魔力を大きくするためだ。クルは一気に引き戻されるが、もう慣れてしまっているから文句は言わない。


 あたしの念話に驚いたのか、ドウゴたちはキョロキョロと頭を動かしている。すぐにあたしを見つけたようだ。驚いたような顔をしたのは、あたしが浮上走行の魔法で空中を走っているからだろう。


『後で説明するから、今は隠れてっ!』


 あたしがもう一度念話を送ると、ドウゴたちは茂みの中に屈み込んだ。これで大丈夫だろう。


 射手たちの方へ向かってあたしは駆け始めた。ドウゴや職人たちに流れ玉が飛ばないように迂回しながら走る。左手を前に突き出して魔力盾を発動。あたしの5モラ前方には透明な盾が大きく広がっているはずだ。


 射手のひとりがあたしを見つけて何か叫んだ。次々と鉄砲が火を噴いて、「ドドドォォォーン、ドドドォォォーン」と音が響いた。あたしの前方に眩い光が点々と浮かんだ。鉄砲の玉が何発か当たったようだが、衝撃はない。魔力盾はちゃんと働いていて、すぐに透明に戻った。


 向こうからもあたしの姿は丸見えだ。「ドドドォォォーン……」とまた立て続けに鉄砲の音。魔力盾が光る。構わず走り続けた。


 発射の間隔は10秒ほどだ。だが、次はもう撃てないはずだ。


 射手や助手たちはこちらを見ながら慌てている。中には腰を抜かしている者もいた。あたしを物の怪とでも思ったのか。無理もない。標的が空中を駆けて、あっという間に近くまで迫ってきたのだから。


 慌てている根来衆の動きはバラバラだ。鉄砲をこちらに向けて構えようとする者。刀を抜こうとしている者。「うわぁぁぁっ!」と叫び声を上げながら逃げようとする者。だが何をしてももう遅い。


 射手や助手たちがあたしの射程に入った。



 ――――――― ドウゴ(魔乱の副頭領) ―――――――


「道五様。あのお姫様……、宙を駆けておりますぞ……」


「あの光はなんじゃろ……。鉄砲の玉を弾いておるようでござるが……」


「こりゃ魂消た。狐が化けておるのか……」


 配下の者どもが藪の隙間から覗いて勝手なことを言っておる。皆呆けたような顔をして驚いておるが、わしも同じだ。


 頭領はあの羅麗姫様のことを「我らがお仕えする尊いお方だ」と申されておったが、そういうことか……。


 羅麗姫様も頭領と同じように不可思議な妖術を使っておられる。頭領は我らにご自身のことは何も話されぬが、あのお姫様は頭領と同じ天界から下りて来られた一族に違いない。それも頭領よりもずっと身分が上のお方のようだ。


 信玄公の姫君だと聞いておったが、おそらく出鱈目でたらめじゃな。わしとしたことが噂を鵜呑みにしてしもうた。しくじったわい。


 しくじったと言えば、もう一つの鉄砲隊に気付かなんだことじゃ。まさかこの峠で根来の鉄砲隊が二つも待伏せしておったとは……。羅麗姫様から忠告を受けるまで、鉄砲隊に気付かなんだのは我ながら情けない。なんたる不覚。


 それにしても羅麗姫様はたいしたお方じゃ。はるか後方から敵を察知して、臆することなく単身で攻撃を仕掛けるとはのぉ……。


 それにあの速さ! まるで草藪の上を駆け抜けるツバメのようじゃ。しかも攻撃を受けながらも後方の我らにまで気を配っておられる。わざと離れたところを走っておるのは、敵の鉄砲玉が我らへ当たらぬようにと考えてのことじゃろう。


「道五様、姫様が敵の中に斬り込みましたぞ」


「おう。我らも参るぞっ! 宝玉を使って庇護を受けるのじゃっ!」


 藪を掻き分けながら走り始めた。手の者たちが後ろから続く。


 頭領から頂戴した宝玉を使えば防御の膜を張り巡らすことができる。この膜は目には見えぬが鎧よりも固い。刀や弓矢は通さぬし、鉄砲の玉もたいていは弾くことができる。


 姫様が妖術を使うとしても、所詮はおなごじゃ。単身で根来の僧兵共と斬り結ぶのは無理があろう。何としてもお助けせねば……。

 

 ※ 現在のラウラの魔力〈812〉。

   (戦国時代の日本にいるため魔力は半減して〈406〉)


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