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SGS374 旅の初っ端からギクシャクする

 ―――― ラウラ(前エピソードからの続き) ――――


 堺の街を出た後は東へ向かう道を進んだ。宿の主人である弥兵衛とその使用人たちは堺の近くに新たな拠点を設けるそうで、初めから別行動だ。


 あたしたちの先頭をドウゴが歩き、十兵衛たち一行とカエデが後に続く。あたしはしんがりだ。左馬助さまのすけとカエデはそれぞれ十兵衛の子供を背負っているし、十兵衛の奥さんは一番上の子の手を引いて急ぎ足で歩いている。追っ手から逃れるためにドウゴの指図で急いでいるのだ。


 街道を歩く旅人の数はそれほど多くはない。周りは田畑が多くて見通しが良いから追っ手が迫れば、すぐにそれと分かるだろう。


 街を出て1時間ほど歩いたところで足抜けをしてきた者たちと合流した。護衛の忍びの者たちも一緒に加わったが、職人たちと同じような恰好をしているので見分けがつかない。


 何人かの男たちが幼い子供を背負っていた。女性も数人いる。職人たちの家族だ。すぐにドウゴが先頭になって歩き始めたが、歩調は変わらない。


 子供たちや足の弱い女性たちがいるのに、本当にこんな急ぎ足で歩き続けることができるのだろうか。あたしは前を歩く者たちを見ながら不安を感じていた。


 前方、遠くに山が連なって見えた。それほど高い山ではないけれど、子供を連れてあの山を超えるのかしら……。


 そう思っていると、前を歩いていたカエデがあたしの隣に並んで語り掛けてきた。


「あれは生駒山の峰々で、あのお山を越えれば大和国やまとのくにです」


 どうやらドウゴは京へは向かわないようだ。どうりで街道を行き交う旅人も少ないわけだ。だけど本当にこの道を進んで良いのだろうか……。


「ねぇ、カエデ。小さな子供たちがいるのに、あの山を越えられるの? あなただって、その子を負ぶっているのよ」


 カエデの背中で小さな女の子がスヤスヤと眠っていた。十兵衛の一番下の幼子だ。2歳か3歳くらいだろう。可愛い顔をしている。


「私は平気ですが……。たしかにあの山には険しい上り坂がございますから、子供たちには厳しいかもしれませぬ。特に十兵衛様の奥方様とお子たちには……」


 カエデが見ているのは少し前を歩く十兵衛の奥さんとその子供たちだ。奥さんの名前はたしか……、ヒロコだった。ヒロコが手を引いているのは6歳くらいの一番上の女の子で、健気に小走りで歩いている。ヒロコも自分の子供を気遣いながら必死で歩いている感じだ。


 ほかの幼い子供たちは男たちやカエデが背負って歩いている。どの子も眠っているようだ。男たちやカエデは体力があるから大丈夫かもしれないが、ヒロコとあの子供が今のまま歩き続けるのは厳しいだろう。この先に峠までの険しい道が待っているとすれば尚更困難になるはずだ。


「ドウゴと話してみる」


 あたしは先頭まで駆けて行き、ドウゴの横に並んだ。


「ちょっと話があるんだけど」


 あたしが呼び掛けると、ドウゴは歩きながらジロリとこちらを見てまたすぐに前を向いた。いかにも迷惑そうな感じだが、それを咎めている場合ではない。


「あの山を越えて大和国へ抜けるつもりでしょ? 子供たちには険しすぎると思うの。今からでも京へ向かう道に変えたらどうかしら?」


「いや、道は変えませぬ。京への道は人も多く、目立ちますゆえ」


 ドウゴは歩調を緩めることもなく、こちらに顔を向けることもしない。この一行を率いて無事に深志城まで連れ戻ることに必死なのだろうか……。


「あなたねぇ、役目を果たそうとしてるのは分かるけど、今のように急ぎ足で歩き続けるのは無理よ。道を変えるのがダメなら、もっとゆっくり歩いて!」


 あたしが強い口調で言うと、ドウゴは歩きながら顔だけこちらに向けた。


「姫様。余計なことは言わずに、黙ってそれがしの指図に従いくだされ」


 低く冷たい声だ。


「これだから女子供は困る……」


 ドウゴが小さな声で呟くように言ったのは独り言なのだろうが、あたしの耳に聞こえてしまった。ちょっと腹が立ってきた。ドウゴがあたしのことを軽く見ていると分かったからだ。


 信志郎は魔乱の一族があたしの配下に加わったと言ってたから、その言葉をそのまま信じていた。信志郎だけでなくカエデやサクタの人柄を見て、魔乱には誠実な者が多いと思っていたが、あたしは早合点していたようだ。一族の中には、あたしという存在に対して不信感を抱いている者や反発している者がいるのかもしれない。このドウゴがその一人であることは確かだ。


 後で信志郎に文句を言ってやろう。だけど今ここでドウゴと言い争うのはマズイ。一緒に歩いている者たちに不安を与えるからだ。そうは言っても、ドウゴとこのまま行動を共にするのは避けたい。


「ねぇ、ドウゴ。提案があるのだけど。足の速い者たちと遅い者たちを分けて別行動にしましょう。あなたの役目は職人と護衛たちを率いて深志城に向かうことでしょ。それなら職人と護衛たちを引き連れて先に行きなさい。あたしとカエデは足の遅い十兵衛たち一行を護衛して、後からゆっくり行きますから」


 あたしの言葉にドウゴは顔を歪めた。


「浅はかなことを……。根来衆が追って来ておると考えるべきでござる。歩みを女子供に合わせれば、追い付かれて後ろから襲撃を受けますぞ」


 そんなことは言われなくても分かっている。たしかにその危険性は高い。信志郎が根来衆を足止めすると言っていたが、道はいくつもあるからすべての根来衆を足止めするのは難しいだろう。ドウゴが言うように、追っ手が後ろから迫っていると考えるべきだ。


 でもあたしには探知魔法がある。敵が近付く前に察知して殲滅できるはずだ。襲われる前にこちらから先制攻撃を行うのだ。そうすれば十兵衛たち親子だけでなく、職人たちも守ることができる。


「根来衆の大半は信志郎さんが足止めしているはずだから、追っ手がいるとしても少人数よ。あたしとカエデだけで大丈夫だから心配しないで」


「分かり申した。お好きにしなされ」


 ドウゴは渋い顔をしている。きっと嫌な女だと思っているのだろう。


 ドウゴと護衛たちは職人とその家族たちを守りながら先に進んでいった。あたしとカエデは十兵衛たち家族と一緒に歩調を緩めてゆっくりと歩き始めた。


 ………………


 堺を出て2時間ほど歩いたときにケイから念話が入ってきた。


『どう? 堺の街で楽しんでる?』


『ケイ、それどころじゃないのよ……』


 ケイとは1日1回か2回だけ念話で話をする。こちらからは時空を超えて念話で呼び掛けることができないから、ケイから念話が入ってくるのを待つしかない。だからケイは今朝になって状況が一変したことを知らない。あたしは今の状況をケイに掻い摘んで報告した。


『――と言うわけで、今はあたしとカエデだけで十兵衛の家族を護衛しながら深志城を目指してるのよ』


『魔乱の一族がラウラに対して不信感を持つのは分かる気がする。わたしのときも同じだったからね』


 ケイも今は魔乱の一族を完全に掌握しているようだけど、初めて一族と出会ったときは大変だったと聞いている。


『旅の初っ端からギクシャクするのはねぇ……。でも、それを嘆いても仕方ないわよね。魔乱のことは後でどうにかするとして、今は十兵衛とその家族を無事に連れ帰ることに集中するつもりよ』


『うん。でも、明智十兵衛の子供たちがまだ幼いから根来衆に追われながら歩くのは大変だね』


『ええ……』


 十兵衛の子供たちを背負ったり手を引いたりしながら歩いていることをケイに説明した。


『へぇ、カエデが一番下の子を負んぶしてるの? ラウラから聞いていたカエデのイメージとちょっと違うね。忍びの者に徹していて、もっとクールなのかと思ってた』


『そうでもないらしいわ。十兵衛の子供たちに懐かれて、カエデも嬉しそうにしてるわよ。子供が好きみたい』


『ともかく、根来衆に追われてるんだから気を付けて』


 ケイとの念話はそれで終わった。


 その後、何気なくカエデに「子供が好きなのね?」と尋ねてみた。


「自分でも驚いております。幼いころは周りの子供たちと遊んだ覚えもございませんでしたから……」


 そう言えば、カエデから自分は孤児だったと聞いていた。生まれた村では飢饉や疫病が続いて親兄弟は死んでしまい、幼いカエデは独りぼっちになってしまった。村人たちは誰も助けてくれず、飢えて死にかけていたところを信志郎に拾われたそうだ。


 幼い子供たちに自分と同じような辛い思いをさせてはいけない。カエデはきっとそう思っているのだろう。


 あたしだってカエデと同じような境遇だった。家が貧しくて、両親は子供のあたしを売った。だからあたしも友だちと遊んだ記憶がない。


 感傷に浸りながら黙って歩き続けた。稲穂の田んぼが広がっていて、その中を道はうねうねと山の方へ続いている。


 ………………


 生駒の山々が目の前に迫ってきた。堺を出てもう5時間ほど歩いていて、あと1時間ほどで日が暮れる。


 あたしたちは時々短い休憩を取りながら歩き続けていた。十兵衛の奥さんと子供の歩調に合わせて、無理をせずに歩いている。クルに魔力〈200〉を与えて、2ギモラくらいの範囲を索敵しながら進んできた。今のところ敵らしい部隊とは遭遇していない。


 ドウゴたち一行の姿はクルにも捉えることができなかった。あたしたちのずっと先まで行ってしまったのだろう。


 根来衆が追いかけてくるとすれば、あたしたちの後方からだ。だからクルには主に後方を見張らせていた。


「根来衆が追ってくる気配はないわね。じきに日が暮れるけど、どうする?」


 あたしは前を歩くカエデに問い掛けた。


「このまま歩き続けると、山の中で日が暮れます。真っ暗な山道を子供たちを連れて歩くのは無謀でございます」


 カエデのその言葉が聞こえたのかどうか分からないが、十兵衛があたしの横に並んで話しかけてきた。


「姫様、山の中に入ったら、明るいうちに道を外れて野宿をいたすべきかと存じまする。木々の奥深くに潜んでおれば、追っ手をやり過ごすこともでき申す。それに万一見つかったとしても、根来衆の鉄砲は役に立ちませぬ。夜の闇と山の木々が鉄砲の玉から守ってくれますゆえ。夜に我らを襲ってくるものがあるとすれば藪蚊だけでござろう」


 どうやら十兵衛は冗談を言ったつもりのようだが、あたしには不安の方が大きくて笑う余裕がない。それはともかく、十兵衛の意見を採用することにした。雨は降りそうにないし、あたしのバリアに全員を入れれば藪蚊に襲われる心配もない。食料も亜空間バッグにたっぷりと保管してある。

 

 ※ 現在のラウラの魔力〈812〉。

   (戦国時代の日本にいるため魔力は半減して〈406〉)


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