SGS372 登用面談をする
―――― ラウラ(前エピソードからの続き) ――――
カエデの案内で光秀が部屋に入って来て、あたしに平伏した。
「明智十兵衛光秀でござりまする」
「頭を上げて。あたしはラウラ。武田信玄の娘で、深志城の城主……」
あたしの言葉が聞こえなかったのか、光秀は平伏したままだ。
「ええと、頭を上げるように言ったのだけど?」
「尊きお方の御前で面を上げるなど恐れ多きことでござれば……」
その言葉にちょっとイラっとした。
「あのね、あたしは行き過ぎた礼儀は嫌いなの。あなたを副官として登用したいと思ってこの堺まで来てもらったけど、普通に話ができないのなら取り止めにするわよ?」
「いや、それは……」
焦ったように光秀は顔を上げて、言葉を続けた。
「それがしの応対がお気に障ったのであればどうかお許しくださりませ」
隣で座っていたカエデが少し怒ったような顔で口を開いた。
「姫様、それでは十兵衛様が気の毒でございます。姫様は武田家の姫君であらせられるゆえ、初見の十兵衛様が相応の礼儀で応対するのは至極当然かと……」
「それもそうね。じゃあ、今からは普通に話して。ちゃんと顔を見て話すこと。それと、無駄な挨拶や心にもないお世辞は要らないから」
そう言いながら光秀の顔を見ると、少し青ざめているようにも見えた。
「かしこまりました」
光秀はまた頭を下げた。それを見て、ケイから言われていた言葉が頭の中に浮かんできた。“ストレス”という言葉だ。
あれっ!? あたしったら光秀に余計なストレスを与えてしまったのかな?
いやいや、気にし過ぎだわ、きっと。
光秀の座っている姿を見ただけで、この男が普段から体を鍛えていると分かった。顔立ちは端正で、貴族のような上品さがある。年齢は35歳前後か。着ている物も清潔な感じだが、よく見ると数か所に縫い繕った跡があった。
「ともかく、この堺までよく来てくれたわね」
「羅麗姫様からのお誘いでございますゆえ、何をおいても駆けつけねばと」
「武田家に仕官ができると思って来てくれたのでしょうけど、仕官をすればあなたは武田信玄ではなくあたしに仕えることになるのよ。女があなたの主人になるけれど、それでもいいの?」
こちらの世界では大半の女性がまるで奴隷のように扱われている。男の所有物のような感じで、女性の意思には関係なく嫁に出されたり売られたりするのだ。普通の侍であれば、女主人に仕えたいとは思わないだろう。そんな気持ちで嫌々ながら仕えてもらっては困るのだ。
「それがしは信玄公ではなく端から羅麗姫様にお仕えする所存で、この堺まで参ったのでござりまする。主人が男であるか女であるかなど、どうでもよいことと存じまする」
「どういうこと?」
「それがしは主家を無くした浪々の身ではございますが、闇雲に仕官したいとは考えておりませぬ。仕えるのであれば志のある主人の下で大きな仕事をしたいと、かねてよりそう存じており申した。それゆえ、それがしの我儘で牢人を続け、もう何年も家の者共に苦労を掛けて参ったのでござります。じゃが苦節十年もこれまで。もはや我儘は止めにして、手近なところへの仕官を考えておりました。そこへ羅麗姫様からそれがしを登用したいとの文を頂き、志があるこの姫君こそ自分がお仕えするべき主人であると、左様に確信いたした次第でございまする。男であろうが女であろうが関係ござりませぬ」
光秀は頭を下げた。ちょっと馬鹿が付くくらいの丁寧な話しぶりだ。この男の癖のようなものだろうか。光秀を副官とするのなら慣れるしかないのかな……。いいえ、だめ。この先こんな肩が凝りそうな会話が続くのは耐えられそうにない。でも、この男は副官としてそばに置きたいし……。
「ねぇ、そんなふうに堅苦しく話さないで、もう少し肩の力を抜いて普通に話してほしいんだけど」
「左様に心掛けまする」
光秀がまた頭を下げるのを見ながら、あたしは思わずため息を吐いた。
「それは努力してもらうとして……。ちょっと聞きたいのだけど、志のある主人の下で大きな仕事がしたいと、そんなことを言ったわね? でも、あたしはあなたが思っているような志がある主人ではないかもしれないわよ?」
「武田家の羅麗姫様の噂は聞いておりました。数十騎の手勢を率いて上杉輝虎様を討ち取られたことや、深志城のご城主となられ領地経営に力を注いでおられることなどでござりまする。その姫君からそれがしを登用したいとの文を頂戴した上に、その文には堺で会いたいとのことが書かれておりました。それがしはその文を読んで嬉しさのあまり小躍りし申した。羅麗姫様の才覚と志は明らかであり、その姫君がそれがしを副官にと望んでおられるのでございますから」
たしかにあたしはケイから光秀の登用のことを勧められてすぐに、越前の光秀に宛てて手紙を送っていた。副官として登用したいことと、迎えの者を越前に送るからその者と一緒に堺まで来て自分と会ってほしいと書いた。もう1か月くらい前のことだ。
「でも、どうしてその手紙を読んだだけであたしの才覚と志が分かるの?」
「上杉輝虎公を討ち取られたことや領地経営のことなどは噂にすぎませぬが、お父上の信玄公が論功行賞で姫様に深志城をお与えになったことは事実でございましょう。武田家の並み居るご家来衆が納得するだけの武勲を立てられたということでございます。そのことだけで姫様が軍を率いるに十分な才覚をお持ちであることが分かり申す」
「それだけ?」
「いや、それだけではございませぬ。頂いた文を見れば、それがしを副官にしたいとご所望の由。それがしは一介の牢人にすぎませぬ。それがしのことをお知りになった経緯は分かりませぬが、それがしが得意とするところを十分にお調べになった上でのご所望だと拝察いたしました。左様に考えれば、堺でそれがしと会いたいとの理由は明白でございます」
「理由が明白? それは?」
「鉄砲でございましょう。それも数百挺か数千挺をご要望かと」
光秀はあたしの目をじっと見つめた。一瞬、心の中を見透かされているような気がした。
「どうして……、それが分かったの?」
「もう何年も前のことでござりますが、それがしはこの堺で鉄砲鍛冶の店に住み込んでおりました。鉄砲術の修行をするためでございます。これからの戦では弓隊や騎馬隊が勝敗を決めるのではございませぬ。鉄砲術を巧みに用いる鉄砲隊こそ戦のかなめ。それがしは左様に考え、この堺で鉄砲術を修め、その用兵術も工夫いたしました。おそらく姫様はそれをご存じで、それがしを登用したいとお考えになられた。さらに堺で会いたいということは、それがしの堺での鉄砲鍛冶のツテを頼りたいということであろうと。数挺の鉄砲を買い求めるだけであれば、それがしを堺に呼ぶまでもございませぬ。噂に聞く羅麗姫様であれば、鉄砲で戦が変わることも気付いておらるはず。つまりは数十挺ではなく、数百挺か数千挺の鉄砲を求めておられるゆえ、羅麗姫様はそれがしを登用したいと望まれ、堺で会いたいと考えておられるのだろうと、左様に考えた次第でございます。羅麗姫様はご領内で鉄砲隊をお創りになるお考えでございますな?」
話は長いが、たしかに頭が切れる男のようだ。
「だいたい当たってるわね。あなたのツテを頼りにしてこの堺で数百挺かそれ以上の火縄銃を入手しようと考えていたし、筑摩野軍の中に鉄砲隊を創設して敵を圧倒したいと考えていることも間違いないわ。あたしの手紙を読んだだけで、そこまで見通せたのはさすがね」
あたしが褒めると、光秀は強い眼差しでこちらを見つめ、座ったまま身を乗り出してきた。
「羅麗姫様の志は武田家による天下の統一でございましょう」
「どうして……」
突然に核心を突いたことを言われて驚いた。
「今の諸国の情勢を見れば、来年の春に武田家が京を目指して軍を進め始めることは明らかでございます。その先鋒は姫様が率いる筑摩野の軍勢かと……」
その言葉に頷きそうになる自分を辛うじて抑えた。光秀はあたしが黙っているのを見て、また言葉を続けた。
「武田の軍が京を目指すのであれば、それは信玄公が天下統一を目指すということ。先鋒となられる羅麗姫様が敵を圧倒するための武力を求めておらることは容易に慮ることができ申す。羅麗姫様が天下統一の志を持ち、それがしの鉄砲術を期待されて登用を望まれるのであれば、何を置いてもお仕えせねばならぬと……」
「待って。話は分かったけど、あなたを登用したいと考えたのは鉄砲術を評価しただけじゃないわよ。軍事以外にも内政や外交でも、あなたならあたしの片腕として力を発揮してくれるはず。そう考えたから副官としてあなたを登用したいと思ったの」
「なんと……」
今度は光秀が驚いたような顔をした。
※ 現在のラウラの魔力〈812〉。
(戦国時代の日本にいるため魔力は半減して〈406〉)




