SGS371 欲しいものは簡単には得られない
―――― ラウラ(前エピソードからの続き) ――――
足抜けする職人の数が多くなってしまった事情について信志郎は詳しく語ってくれた。
深志城下で火縄銃を大量生産するためには鉄砲鍛冶の職人が四人だけでは足りない。職人の数がもっと必要だ。鉄砲鍛冶師だけでなく、銃床を作る台師や引き金などを作る金具師なども必要である。
火薬の材料については魔乱の里で何年も前から密かに作り続けていて、火薬も大量に保管しているそうだ。だからその火薬を深志城まで運べばよい。だが問題は鍛冶師、台師、金具師などの職人が足りないことだった。
信志郎は腕の確かな職人を可能な限り数多く確保したいと考えた。それで堺で鉄砲鍛冶修行をしている魔乱の者たちに知り合いの職人たちを誘うよう指示した。堺の鍛冶屋から足抜けをして、深志城下へ移住するよう勧誘したということだ。勧誘の条件は聞かなかったが、かなり良い条件を付けたのだと思う。
その結果、魔乱の四人のほかに鍛冶師と台師、金具師が数人ずつ加わって、合わせて十五人ほどの職人が足抜けをして深志城下へ移住することになった。嫁や子供がいる者も何人かいて、その家族たちも連れていくことになると言う。
「職人とその家族たちを無事に深志城下へ送り届けるために一族の中から忍びに長けた者たちを連れて来ております。根来衆が動き出したとしても切り抜けることはできると存じまする」
「根来衆が動き出すと言われましたけど、何か動きが?」
「いえ、今のところは……。足抜けの企てが露見したらしいと知らせを受けたのは昨夜のことで、すぐに配下の者を根来へ差し向けて見張らせております。根来衆が動き出せば直ちに報告が届くはずです」
「では、それを待つのですね?」
「いや、それでは遅きに失します。すでに根来から部隊が発っておると考えるべきでしょうな。おそらくこの夕刻にも根来衆が堺に出入りする街道をすべて封鎖するのではないかと存じまする」
「それなら少しでも早くこの堺から職人と家族たちを連れ出さないと……」
「はい。すでに配下の者たちをそれぞれの職人のところへ向かわせて、抜け出す手引きをさせています。手筈は整っておりますから、昼ころには全員が揃って堺を出立できると見込んでおります」
「それなら大丈夫ですね。でも、監物に知られているなら、職人たちは見張られている可能性が高いと思いますけど。職人たちを連れ出そうとしたら、監物の手の者が邪魔をしてくるから、簡単には抜け出せないのではないですか?」
「その心配はご無用です。一族の者にお任せください」
そうだった。魔乱の一族は一人ひとりが並みの忍びではない。堺の街の中にいる監物の手の者が僧兵なのかゴロツキなのかは分からないが、武技は魔乱に及ばないだろう。
「根来衆が魔乱の一族に敵うはずがない。そういうことですね?」
あたしが明るい口調で言ったのに、信志郎は険しい表情のままだ。
「問題は堺を出た後でございます。もし道中で根来衆に追い付かれたら、多勢に無勢。一族以外の者が捕らわれたり殺されたりする恐れがございます。職人たちだけでなく、女子供も連れておりますゆえ」
「たしかに……。こちらは足が遅いから、道中で追い付かれてしまうわね……。でも、追い付かれたとしても、根来衆はせいぜい数十人だと思いますけど?」
「いや、職人たちが足抜けした後、行き先が深志城であることが監物に漏れてしまったようです。背後に武田家がいることが知れてしまったと考えると、根来衆は面目にかけても職人たちを奪い返しにくるでしょうな」
「と言うことは、数百の僧兵が動くと?」
あたしの問い掛けに信志郎は硬い表情のまま頷いた。さすがにその人数を相手にするのは厳しい。欲しいものがあっても簡単には得られないということだ。
「そこでラウラ様にお願いがございます。根来衆の足止めをしている間に職人たちを逃がそうと考えておるのですが、手伝っていただけませぬか?」
「それは……、もちろんお手伝いします。で、何をすれば?」
あたしが一瞬戸惑ったのは、カエデとこの旅籠で落ち合う約束をしていたからだ。カエデはまだこの宿に着いていない。
「私が配下の者を何人か連れて根来衆を足止めします。その間にラウラ様は一族の者たちと共に職人たちを護衛して深志城へ向かってください。我らも根来衆が追って来ないと分かれば、すぐに追い付きます」
「分かりました。それで、職人たちの護衛として一族の者は何人が付くのですか?」
「八人です。私が追い付くまでは道五という者が職人と護衛たちを率います」
「ドウゴ?」
「一族の副頭領を任せており、秀でた忍びの者です。部屋の外で待たせておりますので、中に入れてもよろしいですか?」
廊下に誰かがずっと座っていることは初めから分かっていた。信志郎の護衛だと思っていたのだが、どうやらそれがドウゴという者らしい。
あたしが頷くと、信志郎が「道五、入れ」と呼び掛けた。
部屋に入ってきたのは厳つい感じの男だ。筋肉質で大柄。五分刈りの胡麻塩頭。年齢は40歳くらいに見える。あたしをジロリと見た後、軽く頭を下げて座った。
「ご覧のとおり愛想のない男ですが、一族の最古参の忍びでござって、私が留守をするときなどはこの道五が実質的に一族を率いております」
信志郎が本人に代わってドウゴのことを紹介してくれた。その間もドウゴは黙ってこちらを見ていた。どうやら口数が少ない男のようだ。
一族の最古参というと、ケビンたちに忍びの術を教えてくれているサクタも最古参だと聞いたことがある。もしかすると同い年だろうか。一緒に遊んだ悪ガキ同志だったのかもしれない。
話し掛けるきっかけに尋ねてみようとしたら、先に信志郎が口を開いた。
「道五、先ほど申しつけたとおり、おまえは職人と護衛たちを率いて深志城を目指すのだ。こちらにおわす羅麗姫様も護衛に加わってくださることになった」
「心得申した」
初めてドウゴが口を開いた。低い声だ。寡黙だが、副頭領という役目を背負っているだけあって頼りになりそうだ。
「それと申し上げるのを忘れておりましたが……」と信志郎が別の話を切り出した。
「カエデが堺の近くまで来ております。あと半刻ほどでこの宿に着くかと思います。それでお願いがございます。できればカエデも護衛に加えたいのですが、ラウラ様、お許しいただけますか?」
カエデが近くまで来ているのであれば、堺に来たもう一つの目的も果たせるかもしれない。
「護衛に加えるかどうかは、カエデと話し合ってから決めます」
「分かりました。では……」
信志郎はカエデに事情を伝えておくと言い置いて、ドウゴと一緒に部屋を出ていった。
………………
それから1時間ほど経ってカエデが部屋に入ってきた。信志郎の予想が当たっていたようだ。
「姫様から言い付かった件、ご指示どおり堺までお連れしました。今は別室で待っていただいております」
「ご苦労様。すぐに会うけど、その前に根来衆の件よ。話は聞いてる?」
「はい、聞いております。職人たちを護衛することも聞きました」
「あなたにも職人たちの護衛に加わってもらいたいと思ってるけど、どうするかは登用面談を終えてから決めるわ。で、どうだったの? あなたから見た明智十兵衛の印象は」
「はい。姫様がお選びになっただけあって、申し分ないお方だと……」
「それはあたしが知りたい答えとは違うんだけど……。十兵衛が優秀なことは分かってるのよ。でもね、人柄が分からないから、あなたに確かめてもらおうと思って一緒に旅をしてもらったのよ」
「はい。十兵衛様のお人柄は……、大らかでお優しい方だと思います。ご家族や配下の方々をとても大切にされておりますし、いつも周りの者たちにまで気を配っておられます。私にも優しく接してくださいました」
「そう。それなら十兵衛を選んで正解だったわね。じゃあ会うから、この部屋に十兵衛を連れてきて」
「かしこまりました」
頭を下げてカエデは出ていった。
深志城から旅に出るとき、あたしはカエデに大事な用を頼んでいた。それは明智光秀を堺まで連れて来て、その旅の間にカエデの目で光秀の人柄を確かめてもらうことだ。
明智十兵衛光秀。あたしがケイから植え付けてもらった知識によれば、光秀はこの先、足利義昭に仕え、やがて信長の家臣となり天下取りに大きな貢献をする。だが最後は謀反を起こして本能寺で信長を討ち、その後すぐに山崎の戦いで秀吉に敗れて死ぬことになる。今から17年ほど先の話だ。
歴史上では謀反を起こす光秀だが、優れた人物であることは間違いない。軍事だけでなく外交や内政にも長けているし、鉄砲の腕前も優れているそうだ。しかも真面目で品行方正な人物らしい。この戦国時代では秀逸の人材だ。その人材が今は越前国にある称念寺という寺の門前で家を借りて、学問指南をしながら暮らしていると言う。
そんな光秀のことをあたしに熱心に説明して、登用するよう強く勧めてきたのはケイだ。この旅に出る半月ほど前のことだった。
『今のラウラに足りないのは優秀な人材と敵を圧倒する強力な武器だって話したよね。それで人材について考えてみたんだけど……』
ケイはこの戦国時代で歴史に名を残している武将の中で登用できそうな人物の名前を何人か挙げた。そして色々相談した後、ケイはこう言ったのだ。
『思い切って明智光秀を副官として登用したらどうかな? 右腕となるように育てたら必ずラウラの役に立つと思う。今話したとおり光秀は優秀だからね』
『ええっ、光秀を!? 信長に謀反を起こした人を登用しろって言うの? かなり問題があるような気がするけど……』
『うん、ラウラが心配するのはよく分かるよ。でもね、謀反を起こしたのにはそれなりの理由があると思うんだ。信長は光秀にずっとプレッシャーをかけ続けていたみたいだ。つまり信長のパワハラだね。そのせいで光秀は精神的に追い込まれていたんだと思う。そんなことをしなければ心配は要らないはずだよ』
パワハラっていうのはたしか……、上司が部下に権威を振りかざして度を越えた精神的苦痛や肉体的苦痛を与えること……だったかしら。
『信長のパワハラで光秀が精神的に追い込まれていたって、本当なの?』
『いや、わたしの想像。謀反を起こした本当の理由ははっきりとは分かっていないんじゃないかな。でもね、わたしは信長からのパワハラによるストレスが謀反の根本原因だと思ってる。光秀は信長からストレスを受けすぎたんだよ』
『ストレス?』
『自分がこうありたいって思ってるのに、上司や周りの者から全然違うことを命令されたり期待されたりするとね、その食い違いに精神的に耐えられないと感じ始める。それがストレスだね。わたしも昔、訳の分からないことを命じてくる上司がいて悩んだからね……』
ケイも昔は苦労したみたいだ。
『つまり、あたしが光秀を部下にしてもストレスを与えなければ良いってことね?』
『いや、ちょっと違うかな……。真っ当な理由があって乗り越えられそうなストレスなら与えた方が良いと思う。それを乗り越えたときに大きな成果が得られるし、本人も達成感が得られて、それが本人の成長につながるからね。でも、乗り越えられないストレスはダメだね。その人間を潰すことになっちゃうから』
『ケイ、難しいことを言い過ぎよ。乗り越えられそうなストレスとか、乗り越えられないストレスとか言われても、どうやってそれを見定めるのよ?』
『乗り越えられるかどうかは人によって違うからねぇ。だから徹底的に話し合うしかないんじゃないかな。ラウラが光秀に難しいことを命じるときにね』
『相手との徹底的な話し合いなの? それで光秀がストレスを乗り越えられるかどうかを本当に見定められるのかしら……』
『命令について光秀が不安に感じていることや不満に思うことがあるはずだから、それを聞いたり、顔色を見たりして、可能な限り不安や不満を小さくしてあげることだね。それでもダメそうなら乗り越えられないってことだよ。そんな命令は撤回するべきだと思う』
『なんだか面倒になってきたわ……』
『話し合いをするくらいで面倒だとか言ってほしくないな。話し合いだけじゃなくて、光秀がストレスを乗り越えられるようにするために、普段からラウラがやっておくべきことがもっとあるよ』
『まだあるの?』
『うん。命令を出した後にはいつもラウラがしっかり光秀を見守って、必要になればバックアップをすることが大切だと思う。少しくらい無茶な命令でも、いざとなったら上司が助けてくれると思えば、部下も安心して仕事ができるからね。光秀との間で普段からそういう信頼関係を作っておくことだね』
『ダメ。そういうのって、あたしには乗り越えられないストレスだわ』
『心配要らないって。いざとなったら助けるから』
ケイとの間でそういう会話があって今に至るというわけだ。
ともかく今は、光秀と会ってみて、その人柄を確かめなきゃ……。
※ 現在のラウラの魔力〈812〉。
(戦国時代の日本にいるため魔力は半減して〈406〉)




