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SGS370 目・耳・手足だけでなく武器も得る

 ―――― ラウラ(前エピソードからの続き) ――――


 木下藤吉郎との思わぬ出会いがあって、その半月ほど後、あたしは堺の街に入った。京の都にも立ち寄って数日過ごしたが、街も人も荒んでいたから、長居をせずにすぐに都から出た。


 京に比べると堺の街は活気があって、人々の顔色も暮らし振りものびやかだ。街の西側は海に面していて、北側と南側、東側はほりに囲まれている。


 海を渡って、この街には船で色々な商品が運び込まれてくる。各地からこの街に集まってくる客たちがその商品を買い求めていく。街のどの通りにも店が立ち並んでいて、商品を買い求める客たちで賑わっていた。


 8か月ほど前にあたしが初めてこの街に来たときに、様々な人族がこの街に集まっていることに驚いたものだ。ああ、いけない。こちらの世界では人族という言葉ではなく人種という言葉を使った方が良いらしい。街の通りや店先には外国から来たと思われる人たちが何人もいた。髪の色や顔の感じが違うし、服装も話している言葉も違っていた。後で知ったことだが、明やポルトガルなどから来た人たちだったそうだ。


 あたしが今いるのは、カエデに紹介してもらった“西くら屋”という旅籠はたごだ。想像していたよりも大きな旅籠で、馴染みの客しか泊まれないらしい。


 あたしがこの旅籠に入ったのは昨日の夕方だった。部屋に案内された後に店主から挨拶を受けた。


「手前は西くら屋の主人で西倉弥兵衛にしくらやへえと申します。カエデから連絡を受けて、羅麗姫様のお越しを我ら一同お待ち致しておりました。当分の間、この旅籠のお客様は羅麗姫様だけでございまして、ほかのお客様はお断りしております」


 その言葉から、この西くら屋が魔乱一族の拠点の一つであることがはっきりと分かった。


 あたしの部屋は庭に面した離れ座敷だ。この旅籠で一番良い部屋だそうだ。


 今朝、この部屋に一人の男があたしを訪ねてきた。


「ご無沙汰しております。ラウラ様」


 胡坐あぐらをかいてあたしの前に座ったのは魔乱の頭領、信志郎だ。ウィンキアにいたときはシンシル・マラントという名前だったと聞いている。種族はエルフだが、尖った耳は長髪で上手く隠している。見た目には30歳くらいに見える。落ち着きのある祈祷師きとうしといった感じだ。だが実際の歳はおそらく百歳を少し超えたくらいだろう。先祖は初代の神族に仕えた使徒だったらしい。シンシルはバーサット帝国の貴族だったが、皇帝に逆らった罪で処刑された。その処刑は異空間転移装置を使って行われ、40年ほど前に日本の戦国時代に転移してきたそうだ。


 あたしがその話を知っているのはケイから教えてもらったからだ。半年ほど前のことだが、ケイが日本に戻ったときに魔乱側からケイに接触を図ってきたと聞いている。これはつまり、魔乱は滅びずに、何百年も先の未来まで活動を続けていくということを意味している。日本ではケイと魔乱の間で色々とあったらしいが、結果的には魔乱の一族全員がケイに忠誠を誓い、ケイの配下になったそうだ。


 しかし日本での信志郎はケイと出会う数年前に亡くなっていた。代わりに城多郎という男が新たに魔乱の頭領となり、ケイの使徒になったと聞いている。エルフの寿命は5百年ほどらしいが、信志郎はそれ以上に長生きしたということだ。


 日本での信志郎は神族を崇拝し、魔乱の一族を神族に委ねようとしていたそうだ。と言うことは、この戦国時代にいる信志郎も同じような考えでいるはずだ。そう考えたケイは半年前にあたしに信志郎と接触するよう連絡してきた。


 あたしはすぐに信志郎に宛ててウィンキア語で手紙を書いて、カエデに託した。会って話し合いをしたいと要請するためだ。信志郎にあたしのことを理解してもらいたくて、その手紙には自分たちのことを色々と書いておいた。あたしがケイという神族の使徒であることや、ケイが日本で魔乱一族を配下にしたこと、半年先か数年先にはケイがあたしを迎えにくることなどだ。


 信志郎はあたしの要請に応じて筑摩野ちくまの姫山城ひめやまじょうまで訪ねて来てくれた。手紙を出した半月ほど後のことだ。あたしは自分たちのことを可能な限り詳しく話して、魔乱の一族がケイとあたしの味方になってくれるよう頼んだ。


「分かりました。今のように領主同士が悲惨な戦争を繰り返している状態を早く終わらせて、住民たちが安らかに暮らせる統一国家を作らねばなりませぬ。以前からそう考えて魔乱の活動を続けておりました。ケイ様やラウラ様のお力添えでそれが早まるのであれば、我ら魔乱は喜んでお味方いたします。どうか我ら一族をケイ様とラウラ様の配下に加えてくださりませ」


 信志郎は跪いて頭を下げ、ケイとあたしに忠誠を誓った。さすがに魔乱の一族を率いているだけあって、頭を下げていてもその物腰にはどこか迫力のようなものが感じられた。


 その信志郎から異空間転移装置を借り受けることができた。不当にウィンキアへ拉致されてきた召喚者たちを日本に帰してあげたいという事情を説明して、そのために異空間転移装置を一時的に貸してほしいとお願いしたところ、信志郎は快く承諾してくれたのだった。


 ケイから聞いた話では、異空間転移装置というアーティファクトはマラント家の家宝であり、処刑される前にシンシル・マラント(信志郎)がウィンキアのどこかに隠したらしいということだった。信志郎にその隠し場所を尋ねたところ、家宝の異空間転移装置は2個あって、1個はバーサット帝国に没収されて自分の処刑に使われたが、もう1個は実はウィンキアではなく自分の体の中に埋め込んで隠し持っていたのだそうだ。


 異空間転移装置はソウルオーブよりも少し大きいくらいの宝玉だ。1個は指向性を高めるために杖に取り付けていたのだが、それはバーサット帝国に没収されてしまったそうだ。信志郎はこちらの世界に転移させられたと分かって、すぐに隠し持っていたもう1個の異空間転移装置を使ってウィンキアへ戻れないか試してみたらしいが、逆方向の転移はできなかったと言う。


 こうしてあたしたちは魔乱という心強い味方を得て、同時に異空間転移装置を借り受けることができたのだった。それが半年前のことだったが、信志郎はその後も時々姫山城まであたしを訪ねてくるようになったし、カエデを通して定期的に各地の動向などを報告してくるようになった。


 堺の宿に信志郎があたしを訪ねてくることは旅に出る前にカエデから聞いていた。しかしその用件を尋ねても、カエデは言葉を濁すだけで教えてくれなかった。


「それで、あなたがわざわざ堺まで訪ねてきたのは、どういう訳ですか?」


「火縄銃の入手をお手伝いするため、と言えばお分かりでしょう。カエデから聞いたのですが、ラウラ様は敵を圧倒するような強い武器を求めておられ、そのために堺を訪れることにしたと。それは火縄銃を入手するためでございますな?」


 問い掛けにあたしが頷くと、信志郎は軽く頭を下げて言葉を続けた。


「火縄銃が遥か異国よりこの地に渡ってきたのは数十年前のことだそうで、今ではこの堺でも鉄砲鍛冶師が増えました。職人たちは精を出して火縄銃を作っておるのでしょうが、失敗作や粗悪品も多いようです。戦で使えるような質の良い火縄銃は数も限られており、どこの領主もそれを手に入れようと躍起になっております。ゆえに値段も高騰しておって、ツテが無い者が買い求めるのは難しいとのことです。ラウラ様が鉄砲商人や鉄砲鍛冶師から買い求めようと思われても、手に入れられる火縄銃はせいぜい数挺すうちょうでしょうな」


 話を聞きながら少しムッとしていた。信志郎はあたしのことを浅はかな女だと思っているのだろうか。むやみに鉄砲商人や鉄砲鍛冶師の店に飛び込んで、言い値で火縄銃を買い求めるような馬鹿な真似をするつもりはない。堺への旅に出る前に、ちゃんとツテを用意していたからだ。でもこの場は反論せずに話を聞いてみよう。


「それで、どうしろと言うのです? 先ほど、火縄銃の入手を手伝うと仰っていましたが」


「実は既に火縄銃を2百挺ほど手に入れております。この堺で数年掛けて少しずつ買い求めて、この宿に隠しておったのです。私が堺に来たのは、その火縄銃を亜空間バッグに入れて、深志城まで運ぶためでございまする。火薬は何年も前から一族の村で密かに作っておりますから必要なだけ用意することができます」


「本当に!?」


「それだけではございませぬ。もう10年以上前から一族の者を堺の鉄砲鍛冶師に弟子入りさせております。短い者でも7年を超えて修行をしておるので、どの者も一人前の鉄砲鍛冶師になりました。この者たちを深志城のご城下に住まわせて火縄銃を作らせてはどうかと考えております」


「それは願ってもない話ですけど……。火縄銃も鉄砲鍛冶師たちも本当はあなたの一族のために用意したのでは?」


 あたしの言葉に信志郎は頷いた。


「はい。しかし以前にもお話いたしましたが、我ら一族はケイ様やラウラ様にお味方すると決めました。火縄銃も鉄砲鍛冶師たちもご随意にお使いください」


「ありがとうございます。嬉しいです。火縄銃が2百挺もあればすぐにでも筑摩野軍で鉄砲隊を創設して訓練を始められます。それに深志城下で火縄銃を作れるようになれば、筑摩野軍の武力を大きく高めることができます」


 あたしは素直に頭を下げた。


 以前にケイが『自分の配下に魔乱が加わってくれたおかげで地球の世界で目と耳、手足を得ることができたよ』と自慢気に話していたが、ケイが自慢したくなる気持ちがよく分かった。今のあたしも同じ思いだ。


 この戦国の世で魔乱という力強い味方を得た喜びがふつふつと湧き上がってきた。魔乱のおかげで目と耳、手足だけでなく、強力な武器も得ることができたのだ。


「喜んでいただくにはまだ早うございます。実は気がかりなことが生じまして」


 信志郎は眉間にしわを寄せている。


「気がかりなこと、ですか?」


「はい。根来衆ねごろしゅうが動き出すと思われます。修行に出しておった者たちが鉄砲鍛冶師のところから足抜けしようとしておることが、どうやら津田監物つだけんもつの耳に入ったようで……」


 言われた内容があたしには理解できないが、何やら嫌な雲行きだ。信志郎の表情を見ると、それが重大な問題なのだと分かった。足抜けの企てがツダケンモツに露見してしまって、ネゴロシュウが動き出すらしいが……。


「ごめんなさい。ネゴロシュウとか、ツダケンモツとか言われても、何のことなのか全然分からないんですけど」


 あたしがこちらの世界の事情に疎いことに気付いた信志郎は事情を丁寧に語ってくれた。


 根来衆とは根来寺周辺の僧兵集団だ。数万人もの僧兵を擁していて、多くの者が火縄銃で武装しているそうだ。その根来寺は紀伊国きいのくにの北端にあり、この堺までは朝に出れば夕方には着くほどの近さらしい。もし根来衆が大挙して押し寄せて来れば、この堺の街はひとたまりもなく占拠されてしまうだろう。


 津田監物はその根来衆の親分のような存在だ。しかも火縄銃が異国から渡ってきたころにその1挺を手に入れて、製造法を根来や堺に広めた男だそうな。そういう事情があって、監物はこの堺の街で商いをしている鉄砲鍛冶師や鉄砲商人を裏で牛耳っているらしい。監物は鉄砲鍛冶の職人やその技術が堺の街から外部へ流出するのを禁止し、厳しく取り締まっているとのことだ。


「でも、どうして足抜けのことが監物に知られてしまったのかしら?」


「それははっきりとは分かりませぬが、おそらくは足抜けの人数が多くなってしまったせいでしょうな」


 信志郎の話によると、魔乱から堺に鉄砲鍛冶の修行に来た者は四人だそうだ。だが、足抜けをするのはその四人だけではなく、人数がもっと多くなったらしい。


 ※ 現在のラウラの魔力〈812〉。

   (戦国時代の日本にいるため魔力は半減して〈406〉)


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