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SGS365 助言者というよりも邪魔者

 ―――― ラウラ(前エピソードからの続き) ――――


 シルフロードのソウルは見えない壁の辺りで上下左右に飛び回っている。もしかすると抜け穴でも探しているのかもしれない。


 まずは優しく問い掛けてみよう。


『ねぇ、あたしが言ってることが本当だって分かったでしょ? もう諦めて、こっちへ帰ってきたら?』


『ふん』というつれない返事が戻ってきただけだ。


『そっちがそういう態度なら、こっちも強硬手段に出るわよ』


 ソウル制御機能は初めて使うから上手くいくかどうか分からないが、心の中でシルフロードのソウルに対して「眠らせる」を発動してみた。


 すると〈ソウルを眠らせました〉というメッセージが現れた。


 ちゃんと制御できているようだ。ちょっと自信が湧いてきた。


 今度は「起こす」を発動した。


 〈ソウルを起こしました〉のメッセージが出た後、すぐにソウルへ与える魔力を最小値の〈1〉に絞ってみた。


『起きた?』


 問い掛けると、『何をしたんだっ!?』と返事があった。


『あんたを眠らせて、また起こしてあげたの。ついでにあんたに与える魔力も最小にしたからね』


『ええっ!? ボクに対してそんなことができるのか?』


『あんたは分かってないみたいだから、ちゃんと言っておくわね。あたしはあんたのオーナーなの。つまりご主人様ってこと。あんたはあたしの言うことには必ず従わなきゃいけないのよ』


『どうしてボクがおまえのような人族に……』


『従わないのなら眠らせてしまうわよ。あたしはね、あんたを眠らせたりあんたに与える魔力を調整したりできるの。今は魔力を一番小さく絞ってるから遠くへは行けないわよ』


『くっ!』


 ソウルはあたしの10モラほどのところから先には移動できないようだ。


『少しだけ魔力を高めてあげる』


 偉そうに言っているが、本当のところはあたしの方がシルフロードから魔力をもらっている立場だ。正確に言えば、シルフロードのソウルを経由してウィンキアソウルから魔力を得ているのだ。しかしこの場はオーナーとして偉そうに言っておかなきゃいけない。与える魔力を〈5〉に高めてみた。


 今度もすぐに見えない壁に当たってしまった。移動できた距離はあたしから50モラほどだ。あたしにもソウルが見聞きしている光景と音が伝わってくるから状況は手に取るように分かる。


『さっきよりは少し遠くに行けたでしょ。じゃあ次は今の10倍に魔力を高めてあげるね』


 今度は魔力量を〈50〉にしてみた。


 うわぁ、どんどん離れていく。


 でも見えない壁に当たって移動は止まった。あたしから500モラくらいは離れただろう。どうやらソウルに与える魔力の10倍くらいの数値が触手の移動できる距離のようだ。


『分かった? それなら戻って来なさい』


 命じてみたが、ソウルは返答しない。あたしに従う気は無さそうだ。


『仕方ないわね……』


 与える魔力を〈1〉にすると、ソウルの触手は一気に引き戻された。今はあたしの姿が見える。つまりソウルがあたしを見ているということだ。


 そして、あたしにもそれが見えた。あたしの目の前、3モラほどの空中にそれは浮かんでいた。半分透けているが、僅かな光を放っているからその存在が分かる。目を逸らしたら見失ってしまいそうだ。小鳥ほどの大きさで、羽が生えていた。小さな小さなシルフだ。


『触手なのにシルフの姿をしているのね?』


『ボクの姿が見えるのか?』


『ええ。半透明だけど、ちゃんとシルフっぽく見えてるわよ』


 よく見ると、そのシルフから細い蜘蛛の糸のようなものが出ていて、あたしの方へ伸びていた。この糸がシルフロードのソウルに繋がっているのだろう。


 後で分かったことだが、その姿を見ることができるのはあたしだけで、ほかの者には見えないらしい。守護精霊の姿を視認できるのは、どうやらそのオーナーだけのようだ。


『とにかくこれで分かったでしょ? あたしがあんたのオーナーで、あんたに与える魔力を自由に調整できるって』


『ふん。それくらいでボクを操ろうとするのか? 馬鹿にするなっ!』


『そ、それだけじゃないのよ。あたしが死んだときにあんたのソウルがロードオーブから解放されることは知ってるわよね?』


『それがどうした?』


『あたしとあんたの信頼関係ができてなければ、あたしが死んだときに、あんたは意識も記憶も魔力も全部無くしてしまって普通の浮遊ソウルになっちゃうのよ。でも、信頼関係ができていれば、あんたは意識や魔力を持った浮遊ソウルになることができるの。つまり、あんたは自分の意識を持ったまま生まれ変わることができるのよ』


『ウソを吐くな。自分に都合が良いように作り話をしてるんだろ?』


『本当のことよ。信頼関係が有ったか無かったかは、あたしが死んだときに自動的にロードオーブが判断してくれるの。あんたがあたしに従って最後まで良い関係が続いていれば、あんたは意識と記憶と魔力を持ったまま解放されるわ。だけど、あんたがあたしに逆らって信頼関係が崩れていれば、あんたは意識も記憶も魔力も何もかも失って普通の浮遊ソウルになるのよ』


『つまり、おまえとずっと仲良くしろってことか? ふん、それが本当かどうかは分からないけど、そうだな……。おまえと話くらいはしてやってもいいぞ』


『な、なにを偉そうに……』


 この調子が続くなら助言者というよりも邪魔者にしかならない。鬱陶うっとうしいから眠らせた。


 立ち上がりながらため息を吐いて、さっき見えた村に向かって歩き始めた。


 ………………


 村には街道沿いに一軒だけ宿屋があって、そこに泊まることができた。ただし夕食は出せないと言われた。宿に入るのが日暮れ時になったからだ。


 この地域の宿屋だけかもしれないが、宿に一晩の泊りと夕食を頼むとすれば、日が沈む半刻はんとき(約1時間)くらい前までに宿に入って、食材や薪の現物を渡すか代金を支払っておくのが常識らしい。夕食と言っても雑穀の雑炊と味噌汁くらいだ。夕食を食べて日が沈んだら大半の客たちはすぐに眠ってしまう。何の楽しみもない。それと比べたらウィンキアの宿屋の方がまだマシだ。夜も魔法でほのかな明りがあるから旅先で仲間たちと語り合うことができるし、食事には必ず何かの肉料理が出てくるからだ。やはり戦国時代の日本の方がウィンキアよりも貧しいのだろう。


 宿屋の建物は平屋で、古びた納屋のように見えた。中に入ると、柱や土壁は年月を経て黒ずんでいた。土間に作られた板張りの床はまだ新しい感じだが隙間だらけだった。旅人が泊まれるように古い納屋をテキトーに改築しただけのようだ。


 腰が曲がったお婆さんに宿賃を払うと、「奥の部屋に入りなされ」と指示された。奥の部屋と言っても、部屋の数は入り口側と奥側との2つしかない。薄い板で部屋を間仕切っただけの簡素な作りだった。


 こっちの世界の宿はたいていどこでも相部屋だ。引き戸を開けて薄暗い部屋に入ると一斉に視線を浴びた。部屋はほぼ埋まっていて、客たちが寝そべったり座ったりしている。空いている場所は入り口の前だけだ。


 客は商人風の男たちが二人と僧侶っぽい着物を着た髭面の男が一人、それと牢人と思われる中年の侍とその夫人らしい女性の五人だ。それぞれが部屋の壁際にムシロを敷いて自分の寝床を確保していた。


 こちらの世界を旅するには藁で編んだムシロが必携品だ。宿屋には客用の寝具が用意されていないからだ。亜空間バッグに入れておけば楽なのだけど、それでは旅人に見えない。怪しまれるのは嫌だから、あたしも旅に出るときはムシロを丸めてずっと背負って歩いている。


 仕方なくムシロを入り口の前に敷いた。商人と僧侶、それに牢人に囲まれた格好だ。あたしが横になっていると、隣で何やら話をしていた商人風の男たちの一人が話しかけてきた。


「おまえさま、お侍のような恰好をしてなさるが、おなごはんやな?」


「ほんまか? 暗うてよう分からんが……。ほーっ、えらいべっぴんさんや」


 もう一人の商人風の男があたしの顔を覗き込んできた。


 今までも旅の道中で相部屋になった男たちからこうして声を掛けられることが度々あった。侍の格好をしていても、編笠を外しているときには女であると見抜かれることがある。そんなときは今のように声を掛けられた。初めのころは何か下心があるのかと警戒していたが、意外なことに悪気がある者は少ない。好奇心で話しかけてくる者や話し相手が欲しいだけの者が多かった。ちょっと鬱陶しいが、話し相手になれば色々と旅の情報を教えてもらうことができた。


 宿屋などに泊まらずに屋外でキャンプするほうが余程気楽なのだが、あたしが宿屋に泊まるのは旅人から行く先々の情報を聞き取ることができるからだ。


 こんなときのために身の上話を用意していた。もちろんでっちあげだ。


「ほーっ。そないな事情があってお侍の恰好をして、おまえさんお一人で京へおいでになるんやな。せやけど気ぃ付けなはれ。美濃は危のうおまっせ」


「ほんまやで。わてらもな、美濃では商売にならへんさかい、信濃へ行くんやけどなぁ。織田様の軍がいつ攻めてくるか分からへん言うて、美濃の衆は縮こまってますで」


 男たちは暗い中で瓢箪ひょうたんに入った酒をちびちびと飲みながら話を聞かせてくれた。美濃や京の情勢など知りたいことを聞くことができた。


 酒が無くなると男たちは静かになった。探知魔法で宿の中を探ったが、動いている者はいない。全員が寝床に就いているようだ。それを確認してから宿全体に眠りの魔法を掛けた。これで宿の者も客たちも朝までぐっすりと眠るはずだ。あたしもゆっくりと夕食を食べることができる。こっちの世界で旅に出て宿屋に泊まるときはいつもこの方法を使っていた。


 部屋を魔法で明るくして、亜空間バッグから弁当を取り出して食べた。亜空間バッグに入れておけば生ものは腐らないし鮮度も保たれるから数日前に作ってもらったお弁当でも美味しい。


 お腹がいっぱいになると、シルフロードのことを思い出した。ソウルを眠らせたままだ。そう言えば名前も聞いてなかった。


『ねぇ、起きた? あんた、名前はなんていうの?』


『くそーっ。勝手に眠らせたり起こしたりするなっ!』


『そう怒らないで、名前くらい教えなさいよ』


『ボクの名前はクルセッサラ・デルソネイシヤだ』


『えっと……。クセェ……、デベソネイチャン』


『おまえっ! シルフ族の名門、デルソネイシヤ家を馬鹿にするのか! クルセッサラ・デルソネイシヤだっ!』


『ややこしい名前ね。クルにしなさい』


『クル……か。条件がある。ボクに自由を与えろ。そうするなら、その呼び名でも許してやる』


『相変わらず偉そうに言うのね。まぁいいわ。解放するのは無理だけど、あたしが眠っている間はあんたの魔力を〈50〉にしてあげる。ここから500モラくらいの範囲なら自由に飛び回れるはずよ』


 自由に飛び回ると言っても、ソウルの触手を思いどおりに伸ばせるようになるだけだけど……。


『まぁ、今はそれで良いだろう』


 ということでクルに魔力〈50〉を与えて、あたしは眠ることにした。


 でも、なんだかクルのことが気になってなかなか寝付けない。それでクルに意識を向けてみた。


 クルはどこかの家の中にいた。部屋の中は暗いが、クルは夜目が利くみたいだ。天井あたりから見下ろしていて、見えているのはムシロを何枚か敷いた上で横になって抱き合っている男と女の姿だ。男が女の耳元で何かを囁いている。


『「オミヨ……」』


『「あんたぁ……」』


 はっきりとは聞き取れないが、今から何が始まるのかは想像できた。


 夜着として着物を何枚か頭まで被っていて顔も分かりづらいが、日暮れに田んぼにいた若い夫婦のようだ。


 あのときクルは女の体に乗り移ろうとしていた。今もまだ体の乗っ取りを諦めていないのかもしれない。


 クルを呼び戻そうかと一瞬思ったが、もうちょっと後でもいいかと考え直した。どうやらクルは見ているだけのようだし、あたしもこれから始まろうとしていることに興味があった。こっちの世界に来てからはずっと品行方正に過ごしてきたから……。


 夫婦の激しい動きが始まって、覆っていた着物がめくれた。


 うわぁっ! やっぱり二人とも裸なのね……。


『おい、何を見てる!?』


「ひゃっ!」


 突然の念話に驚いて思わず声が出てしまった。


 ※ 現在のラウラの魔力〈812〉。

   (戦国時代の日本にいるため魔力は半減して〈406〉)


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