SGS364 こいつが相棒?
―――― ラウラ(前エピソードからの続き) ――――
本当にロードオーブの中のソウルが目覚めたのだ。こいつがあたしの相棒になるのだろうか?
こいつは自分が殺されたことを認識していて、あたしに文句を言おうとしているらしい。
『目が覚めたのね。あんた、今の状況を分かっていて、あたしに文句を言ってるの?』
立ち止まって、道端の岩に腰を下ろした。念話に専念するためだ。おそらくシルフロードのソウルは今の状況を把握できていないはずだ。あたしがオーナーであることをちゃんと分からせる必要がある。
『死ぬ思いをしてやっとシルフロードになれたのに、その直後に殺されたんだ。ボクを殺したのはおまえだろ! 文句を言うのは当たり前だ!』
『あのときあんたを簡単に殺すことができた理由がやっと分かったわ。あんたが空から襲い掛かってきたときにふらふらと飛んでたでしょ。シルフロードになりたての初心者だったからなのね? 未熟なくせに無鉄砲に挑んできたのはあんたなのよ。でもおかでげあたしはシルフロードのソウルを手に入れられたんだけど。あんたには感謝してるのよ』
『う、うるさいっ!』
『もう分かってるでしょうけど、あんたはソウルの状態で、あたしのロードオーブの中に入っているの。今は意識が戻ったみたいだけど、今まではずっと眠ったままだったのよ。あたしに魔力を供給してくれてることにもお礼を言わなきゃね。ありがとう』
『ふん、それも終わりだ。ボクはこれからは自由だ。今から誰かの体を乗っ取るか、生まれ変わるかして……』
『やっぱり今の状態が分かってないのね。あんたはね、あたしのロードオーブの中に入っていて、出られないの! 無理やり出ようとしたら浮遊ソウルになるわよ。意識も記憶も魔力も無くしてね』
『そんな馬鹿なっ!』
その後すぐに念話は途切れた。
あたしが今言ったことは当てずっぽうだ。ロードオーブの中のソウルが解放される条件は厳格に決められていてそれを破ることはできない。でも、あたしが知っているのはソウルがロードオーブの中で眠っているときのソウルの解放条件だ。ソウルが目覚めて精霊になってしまったときに、その条件がそのまま有効なのかどうなのかなんて全然分からない。
ちなみにロードオーブからソウルが解放される条件は、オーナーが格上のソウルを手に入れてロードオーブのソウルを入れ替える場合か、そのオーナーが死んだ場合、またはソウルが入っているオーブが破壊されたりオーブがオーナーから遠くに離れてしまった場合だけだ。
念話が途切れてしまったということは、もしかするとシルフロードのソウルは本当にあたしのロードオーブから出ていったのかも……。
不安になったが、ロードオーブからの魔力はいつもと同じように供給されているし、常時発動しているバリアや探知魔法にも異常はない。と言うことは、シルフロードのソウルはあたしのロードオーブに入ったままだ。
怒って不貞腐れてるのかしら……。
シルフロードのソウルに意識を向けると、突然、頭の中に目の前に見えているのとは違う光景と音が飛び込んできた。
見えているのは山あいの狭い田んぼで、視線のずっと先には小さな家が建ち並んでいる。街道沿いの村だろう。稲が青々と育った田んぼの中で男と女が屈んでいて、何かをしていた。その様子を空中の少し高い位置から見下ろしている。
『「おい、オミヨ。暗くなってきたから帰るぞぉ。続きは明日だぁ」』
念話を通して男の声が聞こえた。屈んでいた男が腰を伸ばしながら女へ話し掛けている。女の方も立ち上がって自分の腰を叩いた。男も女も粗末な着物の裾を端折っていて、腕や脚には泥が着いている。顔を見るとどちらもまだ若い感じだ。
『「あんたぁ。明日はちっこい草も見逃しちゃあなんねぇよ。草が混じったら稲の育ちが悪くなるからねぇ」』
『「何べんも言わなくたって分かってるぅ。草取りはまた明日だぁ。それよりよぉ……、ほれっ」』
男が女の尻を触った。
『「ひゃっ!」』
女は怒らずに科を作って喜んでいるように見えた。なかなかの美人だ。この二人は夫婦なのだろう。あの村の住民で、今まで田んぼの雑草を取っていたようだ。
突然、女の頭が急接近してきた。いや、それは勘違いで、こちらが――と言うかシルフロードのソウルが女の方に迫っていったのだが、あっさりと女の体を貫いて反対側に出てしまった。何度かそれを繰り返した。
どうやらこれはシルフロードのソウルが見聞きしている光景と音がそのままあたしに伝わっているらしい。今の様子から分かるのは、シルフロードのソウルが女に乗り移ろうとしているけど、上手くいかないということだ。
『ねぇ、あんた。馬鹿なことをしてないで、諦めて戻って来なさい。あんたはロードオーブから出られないのだから、人の体に乗り移るなんて無理なのよ』
見聞きができるのだから念話も通じるはずだ。
『こっちが見えてるのか?』
『あたしにはね、あんたが見てる光景がそのまま見えるし、あんたが聞いてる音もそのまま聞こえるの。知らなかったの?』
もちろんあたしだって知らなかった。でも今は相手の上位に立たなきゃいけない。ソウルが目覚めて精霊になった後もあたしがオーナーであることを分からせなきゃいけない。そのためには知ったかぶりも必要だ。
だけど、離れたところの光景や音が手に取るように分かるって、すごいことかもしれない。いや、間違いなくすごいし、便利だ。
『とにかくこっちに戻って来なさい』
『ふん! ボクは自由だ』
『あんた、まだ分からないの? こうして念話で話ができてるのは、あんたのソウルがあたしのロードオーブの中にあるからなのよ。あんたはね、ソウルに付いてる目と耳を触角のように外に伸ばしてるだけなの。ソウルの本体はあたしのロードオーブの中にあって、オーブからは出られないってことよ。分かった?』
『ほ、ほんとうなのか?』
『ウソだと思うなら、どんどん遠くに行ってみなさいよ。触角を伸ばせる限界があるはずだから』
これも当てずっぽうだが、おそらく間違ってはいないだろう。
もう一度シルフロードのソウルに意識を向けた。谷あいの川に沿って空中を鳥のように移動している。眼下の川はまだはっきりと見えるが、左右の山々には夜の帳が下り始めていた。
だがその移動もあっけなく終わった。見えない壁に当たって急停止した感じだ。
『ほらね。そこから先には行けないでしょ?』
あたしは正直ほっとしていた。
『そんなはずは、ないっ!』
今度は空に向かって昇り始めた。でも、どこまで行っても前方には進めない。見えない壁に遮られていて、上方向に進んでいる。と思っていたら、いつの間にか水平方向になり、今度は斜め下方向に向きが変わってきた。谷あいに流れる川がぐんぐんと迫ってくる。
おそらくあたしを中心にして縦に半円を描くように飛んでいるのだろう。見えない壁があるというよりも見えない鎖であたしに繋ぎ止められていると言った方が良いみたいだ。
『無駄よ。諦めなさい』
それでも諦めないで、今度は山の方へ向かって飛び始めた。きっとどっちの方向に飛んでも同じだ。鎖の長さを超えては遠くへ行けないはずだ。それなら諦めるまで好きなようにさせておけば……。
そう思ったが、鎖と言う言葉で思い付いたことがある。この鎖は目に見えないけれど、もしかするとオーナーのあたしなら引っ張ることができるかもしれない。
ためしに心の中でロードオーブから伸びている鎖を引っ張ってみた。と言っても、鎖に手を掛けて引っ張っている自分を想像しただけだ。
すると突然目の前にメッセージが浮かんできた。このメッセージが何なのかはすぐに分かった。これは半年ほど前から使えるようになっていたロードオーブのメニュー機能からのメッセージだ。
以前からロードオーブのメニュー機能についてはケイやダイルから聞いていたから、その存在は知っていた。ただ、地球生まれのソウルを持つ者だけが使える機能だと言われていたから、自分には関係ない話だと思っていた。だけどこの戦国時代の日本に転移して来て半年が経ったころ、正確に言えば普通の空間と亜空間の間を行ったり来たりすることが無くなったときに突如メッセージが現れたのだ。それはロードオーブのメニュー機能が使えるようになることを知らせるメッセージだった。
メニューを使うには神族の許可が必要だったので、ケイとの念話でその報告をするとすぐに許可をしてくれてメニューが使えるようになった。おそらくソウルがこの世界に馴染んで安定したからウィンキア生まれの自分にも使えるようになったのだと思う。
ロードオーブのメニュー機能だけでなく魔法を無詠唱で発動できるようにもなっていた。それと、マリシィにお願いして彼女のスキルを複写させてもらい、そのスキルを使えるようになっていた。スキルの複写についてはケイから助言を受けて、ジルダ神の承諾も得ている。それが半年前のことだった。
今度は何のメッセージだろう?
〈オーブ内のソウル制御機能が使えるようになりました。オンにしますか?〉
メニュー機能から表示されるメッセージは古代語だが、ケイから与えられていた知識のおかげで問題なく読むことができる。それに「制御機能」とか「オン」とかの難しい言葉も以前にパソコンの知識を植え付けてもらったおかげで普通に理解できた。
ヘルプで調べてみると、オーブ内に格納しているソウルが活性化した場合に文字どおりそのソウルを制御できる機能だそうだ。この機能を使えばシルフロードのソウルを自由に制御できる。そう思って喜んだが、制御できることは僅か3つしかないことが分かった。「起こす」と「眠らせる」、それと「魔力を分け与える」だけだ。
「起こす」というのは眠っているソウルを起こすことで、「眠らせる」というのは起きているソウルを眠らせることらしい。眠らせた場合にはソウルはオーブ内で非活性の状態になるようだ。
「魔力を分け与える」というのはオーナーの魔力をオーブ内のソウルへ分け与えることだ。「分け与える魔力の多寡はオーナーがいつでも自在に変更できる」となっていた。最大値はオーナーと同じ魔力値で、最小値は〈1〉だ。最小値にすると活性化したソウルの触手はオーナーの近くで留まる状態になるらしい。初期値は〈30〉だ。
ヘルプには注釈があって、オーナーが死んだりしてロードオーブ内のソウルが解放される場合のことが書かれていた。「オーナーと解放されるソウルの間で信頼関係があった場合には意識と記憶、魔力が保持される」とある。言い換えれば、信頼関係が無い場合はソウル解放時に意識などすべてがリセットされてしまうということだろう。
ともかくこのヘルプで分かることは、あたしの推測がほぼ当たっていたということだ。ソウルの触角ではなくて触手だったけれど……。それと、どうやらソウルに分け与える魔力の多寡によって触手を伸ばせる距離が決まるようだ。
ソウル制御機能は当然オンにした。たった3つのことしかできないが、「眠らせる」と魔力の配分を上手く使えばオーナーとしてこちらが優位に立てるだろう。
あたしはすぐに試してみることにした。
※ 現在のラウラの魔力〈812〉。
(戦国時代の日本にいるため魔力は半減して〈406〉)




