SGS361 武器と人を求めて旅に出る
―――― ラウラ(前エピソードからの続き) ――――
今のあたしには何かが足りない気がする。それが何だろうと考えてみたが分からない。それでケイに相談した。
『今のラウラに何かが欠けてるってこと? うーん、そうだねぇ……。領主になったラウラに足りないものがあるとすれば、それはラウラを補佐する優秀な人材だろうね。それと敵を圧倒するような強力な武器かなぁ』
なるほど。言われてみたらそのとおりだ。それでケイと話し合って、優秀な人材と強力な武器を得るために旅に出ることにした訳だ。その目的地として選んだのが堺だった。ケイだけでなくカエデにも相談して、自由都市の堺であれば必要な人材と武器が得られるだろうと判断したからだ。
優秀な人材と強力な武器を手に入れて、京へ向けての進軍を始めるまでに徹底的に兵たちの訓練をする。やるべきことが決まると、あたしの気持ちは軽くなってきた。
堺へ旅をするなら、途中で戦場となるであろう美濃の様子も確かめて来よう。
あたしが堺へ行くのは2度目だ。前にも資金調達のために堺へ行ったことがあった。しかしそのときは豪商から盗みを働くために行ったわけだから、目的を達するとすぐに街を出てしまった。堺の街を見物したり、人材を探したりする余裕は全然無かった。
だけど今回は違う。人材と武器を手に入れるための旅だ。時間を取ってじっくりと堺の街を見物したいし、木曽谷を通って美濃へ出る予定だから国境地帯や街道の様子も自分の目で確かめたい。それに……、やりたいことは色々と浮かんでくるが、とにかく今回の旅は楽しみたいと思っている。そう考えると、なんだかワクワクしてきた。
………………
深志城を出て、すぐ近くにある姫山城に立ち寄った。マリシィたちへ旅立ちの挨拶をするためだ。事前に連絡しておいたから、マリシィや子供たちはあたしが旅立ちの挨拶に立ち寄るのを城門の前で待っていてくれた。
あたしの姿を見つけたらしく、子供たちの中から年長の子供たち三人が駆け寄ってきた。
「ラウラ姉、おれたちも堺へ一緒に連れてってくれよ」
声を掛けてきたのはケビンだ。以前は自分のことを“おれっち”と呼んでいたのに、こっちの世界に来てからいつの間にか“おれ”と言ってる。友だちの影響だろう。ますます生意気になってきた。
「ダメに決まってるじゃない。あんたたちは勉強と忍びの訓練があるでしょ。子供のうちにしっかり修練しておきなさい」
「おれはもうすぐ15歳だし、ここにいるマルコとルイーナもあと何か月かで14歳になるんだ。大人として扱ってくれよ」
「ラウラ姉ちゃん、おれからも頼むよ。こんな田舎で忍びの訓練ばかりしていても、ちっとも面白くねぇからさ。もっと大きな街に行ってみたいんだ。おれたちを堺へのお供に加えておくれよ。ソウルオーブを貸してくれたら、絶対に役に立ってみせるからさ。なぁ、ルイーナ」
マルコがそう言うと、その隣でルイーナも頷いている。
どうやって諦めさせようかと考えていると、城門の方から大柄な男が走ってくるのが見えた。
あたしの視線に気づいたのか、ケビンが振り返った。
「いけねぇ。師匠だ」
男は庭仕事をしている小者のような格好をしているが、カエデと同じ魔乱の忍びである。名前を朔太郎といい、年は40歳くらいだろう。ケビンやマルコたちに忍びの術を指導している。何度か話をしたことがあるが、誠実な男だ。周りの者からはサクタ様と呼ばれているから、あたしもそう呼んでいた。
「こらっ! 姫様がお困りじゃぞ。おぬしら、罰として姫山の山頂まで駆け上がれ。往復十回じゃ!」
「「「ええーっ!」」」
ケビンたちは文句をたらたら言いながら、それでも山の方へ走っていった。
「ひよっこのくせに背伸びをしたがるのよね。サクタさん、あなたも大変ね」
「いやいや、あの年頃は誰もが同じでございまする。魔乱の悪ガキどもに比べたら可愛い者たちで。じゃが、ちと気になりますな。ひとっ走り見てまいります」
サクタはそう言って、一礼してから山の方へ駆けていった。ケビンたちの後を追って走るのだろう。
カエデにしてもサクタにしてもそうだが、魔乱には誠実な者が多いのかもしれない。魔乱を率いる信志郎の指導力や品性が優れているから、配下の者たちもその影響を受けているのだと思う。
あたしは信志郎を尊敬している。そう言えるのも、魔乱一族が半年ほど前にあたしの配下に加わり、それからは信志郎と何度も会って、信志郎の人となりを知ることができたからだ。ウィンキアから転移してきた子供たちのためにサクタを送り込んでくれたのも信志郎の判断だ。
感謝の気持ちでサクタの背中を見送っていると、後ろから「ラウラ」と声を掛けられた。マリシィだ。
「今度も若侍の姿で旅に出るのだな。その着物は新調したのか? よく似合ってるぞ」
「ええ、カエデがあたしのために用意してくれたのよ」
袖が細めで裾が短めの小袖、その上に淡い藍色の肩衣、そして同じ色の袴を穿いている。腰には信玄からもらった短めの刀を差していた。完全に侍の恰好だ。手に持っている編笠を被れば、あたしが女だと気付く者はいないだろう。
「ラウラ姉ちゃん、お土産を忘れないでね」
「おれのも――」
幼い子供たちが駆け寄って来て次々と声を上げた。
「あなたたち、ラウラお姉ちゃんに無理なお願いはしないの。遊びに行くんじゃないのだからね」
「「「はーい……」」」
子供たちはマリシィに渋々頷いた。
マリシィや子供たちだけでなく先生たちも見送りに出て来て、互いに手を振って分かれた。マリシィたちの姿はすぐに姫山城の木立に隠れて見えなくなった。
考えてみると、マリシィたちも最初のころと比べるとずいぶんこの世界に慣れてきたように思う。無理やりこの世界に転移させられて来て最初は戸惑っていたマリシィたちも、今ではこちらの言葉を覚え、普通に警護の者たちや領民たちと話をしている。
マリシィはあたしと一緒にこの戦国時代へ転移させられてきたロードナイトだ。ジルダ神の使徒で、魔力はあたしよりも大きいことは確かだ。おそらく〈900〉を超えていると思われる。こちらの世界では魔力が半分になるが、それでも〈450〉以上はあるだろう。
転移してから半年間、マリシィたちは居城の姫山城に閉じ籠っていた。その間は不安定な状態が続いたのと、こちらの言葉を喋れなかったからだ。
不安定な状態が続いたのはあたしも同じだった。普通の状態が5日間続いた後、亜空間に入って朧な状態が2日間続き、また普通の状態に戻るというような繰り返しだった。朧な状態になったときは周りの色が消え、音も聞こえなくなった。何かに触ろうと思っても通り抜けてしまう。自分が幽霊になったような感じだった。ケイから聞いた話では、自分のソウルがこの空間に受け入れられない状態になっていて、普通の空間と亜空間の間を行ったり来たりしているのだそうだ。
その繰り返しが半年ほど続いた後、ようやく普通の状態が続くようになった。ソウルがこちらの世界に慣れて安定したのだと思う。
マリシィはその間、姫山城の補強をしたり、一緒にウィンキアから転移してきた子供たちの世話をしたり、こちらの言葉を習ったりしていた。半年が経って普通の状態が続くようになったころ、マリシィもこちらの言葉を喋れるようになり、あたしと一緒に領地の富国強兵に本腰を入れて取り組むようになった。
武田信玄に紹介すると、マリシィは深志城の城代という身分と「摩利支」という字を信玄から与えられた。なにやら神様に因んだ文字らしい。
あたしが安心して旅に出られるのも、マリシィがあたしの留守を支えてくれるからだ。何か緊急事態が発生したとしても、今はマリシィがしっかりと対処してくれる。
こうして堺へ向けての旅が始まった。
※ 現在のラウラの魔力〈812〉。
(戦国時代の日本にいるため魔力は半減して〈406〉)




