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SGS360 今のままだと天下統一の争いに巻き込まれる

 日本の戦国時代にいるラウラにも大きな転機が訪れようとしていた。それは小さな出来事の積み重ねの結果なのだが、実はそのいくつかの出来事はオレやウィンキアの未来にも大きな影響を与えることになる。だから、戦国時代にいるラウラのことを語らねばならない。


 話はドンゴがオレを訪ねて来てくれたときから半月ほど後で、ラウラが戦国時代に転移して10か月ほど経った時から始まる。場所は日本の信濃国しなののくににある深志城ふかしじょう(現在の松本城)だ。



 ――――――― ラウラ ―――――――


 深志城の城門に信春とカエデが見送りに来ていた。


「信春、留守をお願いね」


「おまかせくだされ。それよりも堺は遠地で道中は物騒でござる。どうか騒ぎを起こさぬよう、くれぐれも気を付けて参られよ」


「それを言うなら、騒ぎに巻き込まれないように、でしょ」


「何を仰る。姫様は騒ぎを起こす方でござるよ」


「さようでございます。気の毒なのは姫様が起こした騒ぎに巻き込まれる者どもで……」


「もうっ! カエデまでがそんなことを言うの!?」


 少し膨れて見せたが、信春やカエデとはこの10か月の間に、ちょっとした軽口をたたけるくらいの仲になっていた。


「姫様から言い付かったご用を済ませて、私も急ぎ堺へ参ります」


「ええ、頼んだわよ。あたしは堺の“西くら屋”で泊まっているから」


 西くら屋というのはカエデから勧められた堺の旅籠はたごだ。おそらく魔乱の一族が関係している宿だと思う。カエデが安心できる宿だと言ってるから大丈夫だろう。


 こうして信春とカエデに見送られて、あたしは堺に向けて歩き始めた。この深志城に戻ってくるまでは2か月ほどの旅になるだろう。


 あたしが堺へ行くことにしたのは人材と武器を手に入れるため……、言ってみれば領主としての責任を果たすためだ。


 この世界に転移して来てから10か月。転移してきた場所は信濃国、日本の中部地方だ。自分が日本の戦国時代に転移してきたと知ったとき、あたしはすぐにこの地方を支配している武田信玄に密かに近付き、取引きを持ち掛けた。


 あたしは信玄の隠し子の振りをして、信玄に味方する。その代わりに戦で大きな武功を立てたら領地を貰うという取引きだ。信玄はあたしのことを天から舞い降りた女天狗だと勘違いしたから、その勘違いを上手く利用して取引きを成立させた。


 信玄はあたしのことを自分の隠し子で、羅麗らうらという名前の姫武将だという話をでっちあげて、家臣たちにはそのように公言した。その数日後に信玄から依頼を受けて、あたしは馬場美濃守ばばみののかみ信春の騎馬隊を率いて上杉軍の陣営へ突撃し、上杉輝虎(謙信)を見事に討ち取った。その恩賞として信玄から深志城(今の松本城)と筑摩野ちくまの(松本盆地の梓川よりも南側一帯)を領地として与えられ、その統治を任された。


 信玄の命令で信春は家老となり、魔乱一族のカエデも引き続きあたし専属の護衛兼連絡役を務めている。


 あたしは信玄から深志城を与えられた後、すぐに資金調達の旅に出た。その旅で、信玄に敵対する大名や堺の大商人たちから金銀を盗み取って、亜空間バッグの中に目いっぱい貯め込んだ。この10か月の間は、それを資金として領地の開発と軍の強化を進めてきたのだ。いわゆる富国強兵というやつだ。


 数年は困らないだけの資金を確保できた。それを元手にして領地の富国強兵は順調に進んでいる。でもこの旅に出ようと決めるまでは、実はあたしの気持ちは沈んでいた。その原因は、信玄が軍を京に進めようと考えていて、あたしをその先鋒せんぽうにするつもりであると知ったからだ。


 そのことを信玄から聞いたのは1か月ほど前のことだ。数か月毎に信玄とは会っていて、そのときは珍しく信玄が深志城を訪ねてきた。表向きの目的は富国強兵が目覚ましく進んでいる筑摩野を視察するということだったが、信玄の本当の来訪目的はあたしに自分の野望のことを告げるためだったようだ。


「羅麗よ。わしはな、京へ軍を進めようと考えておる。羅麗と共に天下を制するつもりじゃ。ついてはそなたに武田軍の先鋒となってもらいたい。そなたと筑摩野軍が先鋒となって美濃へ侵攻するのだ」


「あたしが、先鋒……」


「そうじゃ。そなたであれば安心して任せることができるゆえな。それと、そなたには木曽義昌きそよしまさ寄子よりことして付けることにする」


 それまでにも木曽義昌とは何度か会って話をしたことがあった。義昌はきりっとした顔立ちの武将で、年齢は25歳くらい。筑摩野に隣接する木曽谷の領主で、性格や知略・武勇も申し分ない男だ。


 あたしの配下に加わると言っても、義昌は木曽谷の若き領主だから普段は自分の領地にいることになる。あたしと義昌は寄親よりおやと寄子という主従関係だ。あたしが義昌とその領地を保護し、有事の際に義昌はあたしの指揮下に入るということだ。当然、あたしと筑摩野軍が美濃へ進軍を始めるときには、義昌の軍も一緒に進軍を始めることになる。


「木曽義昌をあたしの配下に貰えるのはありがたいけど……。それで、美濃へ進軍を始める時期はいつなの?」


「来年の春だ。じゃが、侵攻の備えは今すぐに始めよ」


 信玄はそれだけ告げると甲斐へ帰っていった。


 その話をケイに報告したときに、『やっぱりそうなったのか……』とケイは独り言のように言った。なんだかそのことを予想していて心配していたような言い方だ。


『信玄は間違いなく本気だにゃ。木曽義昌をラウラの寄子として付けたことで分かるわん』


『コタロー、どういうこと?』


 あたしが尋ねた。時空の隔たりがあっても、ケイと念話をしているときはコタローとも話ができるのだ。


『信玄が木曽義昌をラウラの支配下に置いた狙いを考えればにゃ、信玄の本気度が分かるわん。その前に義昌の領地である木曽谷のことをちょっと説明しておくとだにゃ……』


 コタローが説明してくれたのは、木曽谷が美濃国との国境地帯に位置するということと、武田軍が美濃へ侵攻する際は木曽谷の狭くて険しい街道を通ることになるということだ。


『と言うことでにゃ、信玄が木曽義昌をラウラの支配下に置いた狙いが分かるかにゃ?』


『そうねぇ……』と言いながら、あたしは頭の中を整理した。


 信玄がその木曽谷をあたしの支配下に置いた狙いはいくつか考えられる。まずは当然のことだが、義昌の軍を加えることで先鋒となる筑摩野ちくまの軍を増強するということだ。それと狙いとしては少し弱いが、美濃への進軍に支障が出ないように、木曽谷の街道をあたしの監督下で事前に整備させようということもあるかもしれない。


 あたしがそれを説明すると、コタローは『信玄の狙いはそれだけではないと思うぞう』と言って、言葉を続けた。


『ラウラに先鋒を任せるとか、義昌を寄子とするとか言っておけばにゃ、ラウラは侵攻のために何か行動を起こすだろうと信玄は期待しているのだわん。迅速に、最小の犠牲で美濃を得るためににゃ』


『それで、信玄は侵攻の備えを今すぐに始めろと言ってたのね』


 あたしはそう言いながら、あのタヌキ親父の顔を思い浮かべた。


『なにしろラウラがやっちゃったからねぇ』とケイが言う。


『え?』と、あたしが聞き返した。


『ほら、上杉輝虎をラウラがあっという間に討ち取ったから。信玄はあのときのような働きをラウラに期待しているんだと思うよ。誰もがあっと驚くような軍功をラウラがあげることをね』


 それを聞いて、あたしは気が重くなった。


『それににゃ、今の時期は信玄に追い風が吹いてるわん。つまりにゃ……』


 コタローは数か月前に起きた歴史的な事件のことを説明してくれた。その事件とは三好長逸みよしながやすなど三好三人衆と松永久通まつながひさみちらの軍勢が京の二条御所に押し寄せて、将軍足利義輝とその家臣たちを殺したことだ。事件のことはカエデからも報告を受けていたから、あたしも知っていた。


 この事件は信玄にはなはだ都合が良い口実を与えることとなった。信玄が軍を率いて京を目指すのに「京の都を平定するため」という正当な理由となるからだ。


『信玄が京に向かって軍を動かせるようになったのはにゃ、ラウラがやったことが大きく影響してるのだわん』


 コタローが言うには、あたしと信春の部隊で上杉輝虎(謙信)を討ち取ったことで、信玄の強敵が無くなったことが一番の要因だそうだ。


 強敵を討ち取ったことで信玄は大きく弾みをつけた。この10か月の間に越後国えちごのくに上野国こうずけのくにを一気に攻め取って、武田の領土を大きく広げたのだ。その結果、武田領の北から圧力を掛けていた上杉の脅威が消えた。信玄は東の北条、南の今川とは同盟を結んでいるから東や南へ侵攻することは考えていないはずだ。だから信玄の目は自然と西に向いた。つまりそれが美濃国であり、その先の近江国おうみのくに、そして京を中心とする畿内きないだ。


 こちらの世界の戦国時代ではケイたちが知っている歴史とは違う流れが始まっていた。信玄は歴史よりもずっと早く京へ向けて軍を進めようとしている。京や堺を含む畿内を支配して天下統一を目指しているのだ。


 ケイたちとその話をしたのは1か月前、信玄と話をしたすぐ後のことだったが、そのときにケイはこんなことを言い始めた。


『予想よりも早く歴史の流れが変わり始めてるから、ちょっと心配になってきたよ。わたしの手が届かないうちに、そちらの世界の歴史がどんどん変わっていく気がしてね。ずっと前にラウラと相談したときに、武田信玄に味方して天下統一の手助けをするって決めたけど、少し考えが足りなかったかもしれないね』


 信玄の天下統一を手助けすると決めたのは、あたしが資金調達(盗み)の旅から帰って来て、筑摩野ちくまのの領主として富国強兵を本格的に開始したころだった。


 あのときケイは張り切っていた。できるだけ早くこの戦国時代へワープして来て、あたしと一緒に頑張って戦国の世を平定するのだと。


『考えが足りなかったって、どういうこと? あのときはケイも信玄に天下を取らせて、早くこの戦国時代を終わらせようと言ってたじゃない』


『うん。でもね、こんなに早くラウラが領主として戦いに巻き込まれることになるなんて全然予想してなかったんだ。このままだと、わたしがそちらへ行かないうちに、信玄が京に向かって軍を進め始めると思う。早くそっちへ行きたいんだけど、わたしの魔力が思ったように上がらなくなってきたから……』


 ケイは毎日必死で魔獣を倒し続けている。それはあたしを助けにくるためだ。魔力を〈1500〉まで高めれば、ケイはこの戦国時代へ時空を超えてワープできるようになるからだ。でも、このところ魔獣を倒し続けても魔力が全然高まらない日があるらしい。魔力の上がり具合が極端に遅くなってきたせいでケイは焦っているようだ。


『ケイがこちらの世界へ来るのが遅くなったとしても、あたしは大丈夫だよ。信玄があたしに先鋒となって美濃へ侵攻しろと言ってるのだから、あたしはその期待に応えて見せるわよ。領主として筑摩野軍を率いて立派に役目を果たして見せるから』


『いや、それが心配なんだよ。こんなことになるのなら、ラウラが領主になるのを止めるべきだったと、ちょっと後悔してるんだ。そっちの戦国時代へわたしが迎えに行くまでの間、ラウラやマリシィたちはどこかに身を潜めて静かに暮らした方が良いのかもしれないね』


『え? どうしてそんなふうに考えるの? ケイ、あたしはね、こんな戦国の時代に来てしまったけど、こうして領主になれたことを誇りに思ってるし、もっともっと良い領主になりたいと思ってるの。ケイはあたしが領主として相応ふさわしくないと思ってるの?』


『いや、そうじゃない。ラウラは領主として立派に務めを果たそうとしているし、その能力があることも分かってる。でもね、今のままだと間違いなくラウラは領主として天下統一の争いに巻き込まれることになると思う。わたしの手の届かないところで、ラウラは命がけの戦いをしなきゃいけないかもしれない。わたしが後悔してるのはね、そのことに気付くのが遅れてしまったことなんだ。だから今からでも領主の身分を返上して身を潜めたらどうかと思ってね』


『でもそれはケイのせいじゃないわよ。武田信玄に味方して、領地を与えられて領主になったのは、あたしがやったことなのだから』


『でもね、ラウラは日本の戦国時代に突然放り込まれたから、あれこれ考える余裕なんて無かったと思うんだ。リスクを色々考えて適切な助言をしてラウラを支えるのがわたしの役割だったと、最近になって気が付いたんだよ……』


『ケイ、それは考えすぎよ。それにケイの自惚うぬぼれだと思うわ。思ったように進まなくなったら、それをすべて自分のせいだと考えてしまうのはね。たぶん、あなたは自分が戦国時代へワープできるようになったら、信玄に天下統一をさせることも簡単にできるし、その信玄を思いどおりに動かして平和な世の中にできると考えていたんでしょ?』


『うん……』


『ねぇ、ケイ。あたしのことをケイが心配してくれてるのはよく分かるし、有難いと思う。でもね、もっとあたしのことを信じてほしいの』


『分かった。ごめん……』


 そのときはケイとの会話はそれで終わったが、半月ほど前にケイと念話で話をしたときにその悩みは吹っ切れたと言っていた。ドンゴと会って何か話をしたことが切っ掛けのようだ。ドンゴとどんな話をしたのかは知らない。


『今さら領主になってしまったことを悔やんでも仕方ないよね。領主になったからにはラウラは領主としての最善を尽くせば良いし、わたしはわたしで精一杯ラウラを手助けする。そういうことだと分かったから』


 ケイが吹っ切れた感じでそう言ってくれて、あたしも少し気が楽になった。


 だけど正直なことを言えば、あたしはまだ不安を感じていた。信玄が京に向かって進軍を始めるまでにはまだ時間はあるが、それまでに何をしておけば良いのだろう。今までのように領地の富国強兵を続けるだけで良いのだろうか……。


 何かが足りない気がして心が重たくなっていた。


 ※ 現在のケイの魔力〈1364〉。

 ※ 現在のユウの魔力〈1364〉。

 ※ 現在のコタローの魔力〈1364〉。


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