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SGS358 謙虚を教育するのは難しい

 フィルナに任せることにした教育局というのは、子供たちだけでなく官吏や大人の住民たちへの教育施策を推し進める組織だ。オレが教育を最重要課題の一つと考えている理由は、単に官吏や住民たちの知識や技能、思考力などを高めたいということだけではない。5か月前にウィンキアソウルと話し合ったとき、オレは一つのことをウィンキアソウルに約束した。それはクドル共同体やドルガ共和国の人族たちに「謙虚になること」を教育するということだ。これが難問なのだ。


 人族がこのウィンキアで傲慢ごうまんに振舞い続けるのであれば、ウィンキアソウルは人族を滅ぼすと言っている。“自分さえ良ければ他人がどうなっても構わない”と考えて自分勝手に振舞うことは自分たちを滅ぼすことに繋がるということだ。オレはそれを防ぐために教育によって人族の意識を変えようと考えているのだ。


 人族はソウルゲート・マスターによって1万年前に地球から連れて来られて、このウィンキアで繁殖し始めた種族だ。いわば他人の家に勝手に入り込んで傍若無人ぼうじゃくぶじんに振舞っているのが人族だった。ウィンキアソウルがこの世界で創り上げている美しい調和を乱してはいけないのだ。


 少し前に地母神様ウィンキアソウルからこんなことも言われていた。


『日本で暮らしてみて日本の嫌なところが見えてきたんだ。上辺では正義を振りかざしていても、裏では正義を踏みにじって自分たちの欲を満たすことに汲々《きゅうきゅう》としている者がいる。陰に隠れて他人を中傷したりイジメたりしている者もいる。日本の大多数の者はそんなことはしないと思うけれど、中にはそういう陰険な者がいることは確かだね。大多数の者はそれに無関心を装ったり、見て見ぬ振りをしたりしているが、内心は不満や恐れや怒りでいっぱいになっている。ウィンキアをそんなジメジメした息が詰まるような社会にしないでほしいんだ。そんなことになるのであれば、元凶となる人族を滅ぼすことになるよ』


 それは日本に限らずどこの国でも大なり小なり同じだろう。表面上は善人を装っていても、陰では悪事を働いたりイジメをしたりする陰険な者はいる。権力を笠に着て、弱い立場の者へ辛く当たる者もいる。法が整備され高度な教育が施される国ほど悪事やイジメは陰に隠れて陰湿になるのだと思う。


 ウィンキアでもこれから法が整備され高度な教育が施されるようになり、暮らしが豊かになれば、同じような状況になっていくのかもしれない。ウィンキアソウルはそれを許さない。そうならないように気を付けろと言っているのだ。


 それではどうやって教育で人族の意識を変えればよいのか。オレは以前からそのことを自問自答していた。オレが導き出した答えは“敢えて逆境の中に放り込む”ということだ。苦難を与えてそれを克服することを体験させるということだ。苦難を克服していく中で人は悩み考え、必要な知識を吸収し、創意工夫しながら自ら成長していく。


 人は自ら心の苦しみや悲しみを体験してこそ、他人の苦しみや悲しみを思いやる心が育まれるのだ。オレはそう思う。そのことを考えるときに、いつも頭の中に浮かんでいる言葉がある。それは“世界の美しい調和”という言葉だ。以前にウィンキアソウルから言われた言葉だ。


 オレはその調和を自分の都合だけで乱して平然としている者にはなりたくない。この世界の人族は残念ながら身勝手に振舞って、ウィンキアソウルの怒りを買ってしまった。それは正さなければいけない。このウィンキアを自分たちの欲を満たすことだけに汲々とする社会にしてはいけないのだ。


 苦難の中でもお互いに助け合って、それを乗り越えていけるような心と力を一人ひとりが備えるべきだろう。一緒に助け合って苦難を乗り越えてこそ、そこに喜びが生まれ、人を思いやる気持ちが育まれ、さらなる強さが得られるのだと思う。オレはこのウィンキアをそういう社会にしたい。


 日本のように上から知識を詰め込むだけではダメだ。苦難を克服するために自分自身で必死に考え、必要な知識を探し求めて、自発的に力を付けていくことが大事なのだと思う。そういう環境を与えて、苦難を乗り越えることができるように必要最小限の手助けをする。それが本当の教育なのかもしれない。


 どうやって教育で人族の意識を変えればよいのかということを仲間たちと話し合ったときに、オレは“敢えて逆境の中に放り込む”ということを提案した。仲間たちは理解してくれたが、問題はその方法では一度に全住民の意識を変えることは難しいということだ。


 それで、まずは指導者たちとこれから指導者を目指そうとしている者たちへの教育と意識改革からスタートしようという話になった。それは各国政府で上級職に就いている官吏たちや教師たち、その卵たちに最初は狙いを絞って教育するということだ。適切な指導ができる者を増やす。そこから始めなければいけないという結論に達したのだった。


 何か月か前にフィルナへ教育局の局長になってほしいとオレが頼んだとき、彼女はかなり悩んでいた。その数日後にオレのところへ少し明るい顔でやってきた。


「局長の件だけど、自信は無いのよ。でも頑張ってみる。考えたんだけど、指導者になる者たちにはゴブリンたちとの共同生活を経験させたり、苦しいことを一緒に疑似体験させたりしようと思うの。ケイが言ってたように逆境に放り込んでそれを乗り越えさせるのであれば、魔族たちと一緒に苦しい経験をすれば、お互いにもっと分かり合えるし、思いやりの気持ちも生まれると思うから」


「人族の指導者たちには魔族たちと一緒に苦難を疑似体験させるってことか。うん、それは良いアイデアだと思う。よく考えたね」


「ダイルやユウにも助言を貰って、相談しながらこの方法を考えたのよ。この方法ならケイが大切だと言っていた“人族の傲慢な振舞い”のことも自覚させることができると思うの。弱い者やイジメられる者の気持ちも分かるようになると思うし」


 フィルナがこういうアイデアを出してきたのには訳がある。教育局の局長をフィルナに頼んだときに「一番大切なことを話すからよく聞いて」と前置きして、オレが次のようなことをフィルナにお願いしたからだ。


「人族は自分たちがこの世界で傲慢に振舞ってきたことに気付いていないと思うんだ。だから教育を通してそのことに自ら気付くように仕向けてほしい。言っておくけど、知識として詰め込むだけじゃダメだからね」


「知識として詰め込むだけじゃダメなの? どうして?」


「言葉でアレコレと言い聞かせたり、教科書で勉強させたりするだけじゃ、本当に大事なことが身に付かないからだよ」


 身に付けさせたい大事な何かがあるとすれば、それを自分で体験させ、自分で考えさせることが重要なのだと思う。できれば逆境の中で苦しみながら「どこがダメなのか」とか「どうしたらもっと良くなるのか」とか自分で考えて、そこから得られた何かがあるとすれば、それが本当に身に付いたと言えるんじゃないだろうか。


 そういう意味でも、フィルナが考えて来てくれた“魔族たちと一緒に苦しい経験をさせる”という手法は良いアイデアだと思う。


 フィルナのアイデアをもう一度褒めてから、オレは一言付け加えた。


「前にも話し合ったことだけど、この先10年後や20年後に指導者になる者たちについては、敢えて逆境に放り込んで、その中で育てることを重視してほしいんだ」


「逆境で育てる方が大事なことが身に付くからでしょ?」


「それもあるけど、指導者になる者たちは教育が終わったら嫌でも逆境の中に放り込まれることになるからね。ぬくぬくと温室で育てられた花は逆境に放り込まれたらすぐに枯れてしまう。だから温室で育てちゃダメなんだ。逆境の中で育てないと強い花になれないからね」


「難しいことを言うのね。言いたいことは分るけど……」


「それに逆境は人の体だけじゃなくて人の心も鍛えてくれるからね。自分の心が強くなるだけじゃなくて、人に対しても優しくなれると思う。人の上に立つ者は人の心の痛みを感じ取れる者でないといけないと思うんだ」


「そうね……」


 フィルナは自信無さそうに頷いた。


「教育の具体的な方法はフィルナに任せるよ。またダイルやユウにも相談したらどうかな。わたしも時間を作って、できるだけ支援に入るからね」


「ありがとう。まずは教育局で働いてくれる人材探しから始めなきゃね」


 あのときオレはフィルナに色々と求めすぎたかもしれないな。


 ※ 現在のケイの魔力〈1364〉。

 ※ 現在のユウの魔力〈1364〉。

 ※ 現在のコタローの魔力〈1364〉。


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