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SGS357 クドル共同体の発足

 テラスでコーヒーを飲みながらオレはフィルナのことを考えていた。


 フィルナが元気が無いのは彼女の実家のことが原因ではないと思う。以前はフィルナの両親がダイルとの結婚を認めてくれなくて、実家とは不仲になっていた。でも今はフィルナの両親はダイルとの結婚を心から祝福しているはずだ。


 1年近く前のことだが、ダイルは結婚の許しを得ようとフィルナの実家を訪問して、あっさりと撃沈されてしまった。そのときフィルナの父親から結婚を許す条件として言われたのは、ダイルがダールムの経済を動かすほどの力を持つ男になるということだった。不可能にも思える条件だったが、ダイルはそれを見事に実現して見せた。今から5か月前、魔族軍の退却した後の僅か1週間ほどの短期間でダイルたちはダールムの経済を牛耳ったのだ。ダールム共和国を攻略して、オレたちの味方に引き込むことに成功したのだった。


 そのときはダイルとフィルナの働きでダールム共和国で政変を引き起こして、引退していたカウル・トリエスタという温厚篤実おんこうとくじつな男を政府のトップに復帰させたのだ。


 カウルさんはダールムの街で最大級のオーブ商を営んでいる。フィルナの父親も同じくらいの規模のオーブ商だから言わばライバル同士だ。


 カウルさんの年齢は50歳を少し超えたくらいだ。住民たちからも慕われている人物で、ダールム攻略に際してオレもカウルさんに会ってみて信頼できる男だと思った。ダイルとフィルナはカウルさんとの信頼関係を築き、カウルさんはオレたちの味方となった。


 政変を引き起こしたと言うと血生臭く感じてしまうが、無血の政変だった。ダイルたちとカウルさんは協力し合ってダールムを牛耳っていた政敵を駆逐し、カウルさんはダールムの統治評議会議長に就任した。副議長はダールムの政変に貢献したナーダムという名前の商人ギルド長を務めている男だ。これで統治体制は安定した。


 フィルナの父親も統治評議会のメンバーだから政変の事情はよく分かっているし、ダイルの活躍も目の当たりにしていた。あの政変でフィルナの父親はダイルの力量を心底思い知ったことだろう。あれ以来、ダイルとフィルナの実家の間は上手く行ってると聞いている。


 フィルナが元気ないのであればその原因は実家との関係ではないと思う。おそらくクドル共同体のことで……と言うか、オレがフィルナにお願いした仕事のことで思い悩んでいるのだろう。その責務はフィルナには重すぎたのかもしれない。


 フィルナにお願いしたその仕事について考える前に、クドル共同体のことを頭の中でもう一度整理してみることにした。


 あのダールム共和国での政変が終わった後、ダールム共和国もクドル3国共同体の設立準備に加わって、共同体設立の件は一気に進み始めた。そして今から2週間前にクドル共同体の発足式典が行われて、クドル共同体は正式に発足した。


 共同体を構成している国はレングラン王国、ラーフラン王国、ダールム共和国だ。その名称から「3国」という言葉を外したのは将来的に加入する国が増える可能性があるからだ。その国とはアーロ村だ。


 アーロ村は国と言えるほどの規模はないし、今はまだその存在を秘密にしている。クドル・ダンジョンの最下層にあるアーロ村の存在を知っているのはオレの仲間たちや神族とその使徒たち、ガリード兵団の一部の団員たちなどごく限られた者だけだ。しかし、将来的にはどうなるか分からない。アーロ村に国と言えるほどの力が付いて、秘密にしておく必要性が小さくなれば、その存在をオープンにしてクドル共同体に加わる可能性もあるのだ。


 クドル共同体の本部はダールム共和国に置かれることになった。場所はガリード兵団の隣だ。本部の建物はオレの家のすぐ目の前にあった。ガリード兵団の本拠地周辺の空き家を取り壊して、3階建ての石造りの建物を新たに8棟建てた。将来の増築を見越して土地は十分な広さを確保しているが、今の段階では8棟で何とかなる。準備の時間が限られていたので必要最小限の庁舎を用意しただけだ。


 そもそもオレたちがクドル共同体を立ち上げようとしたのは、クドル3国が協力し合ってバーサット帝国や魔族などからの侵略に備えるためであった。共同体ではクドル3国の戦力と食料などの重要物資を共同管理しようと考えていたので、そのルールや統治体制の案をアルロに検討してもらって、それをたたき台にしながら仲間たちと何度も議論を重ねてきた。


 その結果、戦力や重要物資の共同管理だけでなく、もっと大きな枠組みを設けて、クドル地域に住む住民たちの安寧な暮らしと生活向上を目指して取り組んでいくことになった。クドル3国で共通なルールを整備し、住民管理・法務・経済産業・国土開発・財務・外交・医療福祉、それと危機情報管理、食材改革、教育についての統治方針と共通政策の策定を行い、そのルール・方針・政策に沿ってクドル3国に統治を行わせることとなったのだ。


 その具体的な取り組みを行うのはクドル3国の各政府だ。それぞれの政府は主体的に自国の統治を行うが、これまでと違うのは共同体が定めたルールや枠組みの中で統治を行い、共同体が定めた方針と政策に従って動くということだ。


 共同体の統治体制については特に悩んだ。仲間たちはオレに共同体の陰の支配者になるべきだと強く勧めてきたが、どうも気が進まなかった。支配者という地位はなんだか面倒くさそうだし、そういうのは自分の性に合わないと思っているからだ。ドルガ共和国ではそれこそオレが陰の支配者になったのだが、あれはウィンキアソウルとの話し合いの中で支配者となることを受け入れざるを得なかったから渋々引き受けたのだ。だからと言って、クドル共同体までオレが陰の支配者になることはないだろう。


 支配者になる代わりにオレが出した結論は、クドル3国の最高統治者たちが話し合いで共同体を統治していく統治体制とすることだ。その話し合いの場としてクドル共同体の頂点に共同体統治理事会を設けて、クドル3国の最高統治者たちにはその理事となってもらうことにした。


 具体的な統治体制をどうするのか、共同体統治理事会の理事や各部局の責任者を誰にするのかなどはオレが案を作って仲間たちや神族などの関係者たちと話し合った。それで結局、オレが出した案がそのままクドル共同体の正式な統治体制として決まってしまった。


 オレが出した案の基本的な考え方は統治体制の重要なポジションをいつもの会議メンバーですべて固めてしまうということだった。いつもの会議というのは、あの魔族の総攻撃があった日から毎晩のように開いてきた会議のことだ。クドル3国の神族たちとオレの仲間たちが参加して、魔族戦の後処理会議やクドル共同体の設立準備会議、ドルガ共和国の設立準備会議などを行ってきた。ダールムの政変後は評議会議長のカウルさんと副議長のナーダムさんも参加するようになった。


 メンバーの大半がクドル共同体を構想段階から一緒に悩みながら作り上げてきた者たちであり戦友でもあった。お互いのことをよく分かっていたし、十分な信頼関係もできていた。統治体制を協議しているメンバーがそのまま重要なポジションに就くのだからスンナリと決まったのはそういう訳があったからだ。


 だけどちょっと強引だったし、配慮も足りなかったかもしれない……と今は少し反省している。フィルナが悩んでいるのもオレが急ぎすぎたせいかもしれない。


 頭の中でクドル共同体の統治体制を思い起こしてみた。


 共同体統治理事会はクドル3国の共同体の頂点に位置していて、その役割は共同体の統治方針を決めることと、共同体の各部局を指揮監督することだ。クドル3国の国軍に対する最高指揮権を持っていて、敵対勢力やクドル3国を脅かす危機的状況から共同体を守るための意思決定を行うのも統治理事会の役割だ。


 統治理事会はクドル3国の最高統治者が二人ずつ理事として参加して随時開催される。その理事の名前を挙げると、レングラン王国のレング神とジルダ神、ラーフラン王国のニコル神とジョエリ神、ダールム共和国のカウル議長とナーダム副議長だ。共同体の統治方針はこの理事六人が話し合って決定する。


 ちなみにニコル神は今はラーフラン王国の主神となっている。あの魔族の総攻撃から1週間ほど経って、ラーフ神とアデーラ神が行方不明となっていることを公表し、ニコル神が主神の座に就いたのだった。


 共同体統治理事会の直下には4つの部局を設けた。統治局、危機情報管理局、食材改革局、教育局の4つだ。


 統治局の主な役割は統治理事会で決定されたクドル3国共通の方針を文書化して必要があれば具体的な政策にし、クドル3国へ通達したり調整したり監督したりすることだ。その方針や政策をクドル3国の統治者に指導し徹底させる責任は統治局ではなく統治理事会の各理事にある。統治局は決められた方針が各国でちゃんと守られているか調べて、守られていなければ統治理事会へ報告して理事に再指導を促すことが主な仕事となる。だから従来の神族と王様の関係は変わらない。自国の王様や大臣がちゃんと方針通りの統治をしていないならば神族が叱って方針を守らせるということだ。


 この統治局の下には住民管理部、法務部、経済産業部、国土開発部、財務部、外交部、医療福祉部などの実務部門がある。共同体統治局の局長にはナリム王子が就任した。ナリム王子はラーフラー王の隠し子だが、今は王族として認められている。オレの友人であり、この男であれば共同体の統治局を任せて大丈夫だと考えてオレが局長に推薦した。


 オレや仲間たちもクドル共同体ではトップに近い役職に就いた。もちろん支配者のような地位ではない。


 オレとダイル、アルロの三人が就任したのは共同体統治理事会の顧問だ。顧問というのは統治理事会へ参加して意見を述べることができるが議決権は持たない。統治理事会の一員ではあるが、顧問の存在は外部へは秘匿されている。住民たちはオレたちのことを知らないから少しは気が楽だ。


 ナナニ神も顧問となった。ナナニ神はレング神の第二夫人であり、毎晩ずっと会議で一緒にクドル共同体の立ち上げを進めてきたメンバーだ。優しく賢い人で、オレとも親しい。議決権は持たないが、統治理事会に参加することで神族としてクドル共同体をこれからも支えてくれると思う。


 ナムード村長には統治理事会の特別顧問になってもらった。その理由はクドル共同体にとってアーロ村が戦略的に重要であるからだ。アーロ村はクドル・ダンジョンの最下層にあって、この村をもし敵対勢力に占領されてしまうとクドル共同体も危うくなる。それとこの村の近くにはクドル・インフェルノがあって魔獣の宝庫だから、アーロ村はロードナイトを育てるための重要拠点になっているのだ。そのことは神族たちもオレの仲間たちも十分に認識しているからナムード村長を特別顧問とすることに反対する者はいなかった。


 ガリードとハンナ、フィルナにも重要な仕事を任せた。それぞれに危機情報管理局と食材改革局、教育局を任せて、局長に就任してもらったのだ。この三人に危機情報管理と食材改革、教育を任せたのはそれが共同体の最重要の課題だと考えているからだ。はっきり言えることは、これらの仕事はオレやダイルが就任した統治理事会の顧問などよりもずっと大変で責任も重いということだ。


 危機情報管理局の主な役割はクドル共同体を敵対勢力から守るために諜報活動を行うことだ。迅速で質の高い情報収集とリスク分析、重大リスクへの対応策の立案がどれほど重要であるかは言うまでもない。それらの情報を統治理事会へ報告して尻を叩くことがガリードの役割だ。しかしガリードだけでは暴走する心配があるので、アドバイザーとして理事会顧問のアルロを付けることにした。ガリード(アクセル)とアルロ(ブレーキ)が上手く組み合わさって相乗効果を発揮してくれることだろう。なお、突発的な災害が発生したときにもこの部局に情報を集約して対応させることにしている。


 オレたちは今まではどちらかと言うとバーサット帝国から攻められるばかりで「守り」が主体であったが、ガリードの危機情報管理局が活動を始めたから、少しずつ「攻め」に転じることができると思う。クドル共同体からそれほど遠くないところにバーサット帝国の秘密基地があるとオレたちは考えている。今はガリードたちが必死にその秘密基地の情報を収集しているところだ。まずはそこを探し出して叩くのだ。


 食材改革局はクドル3国の慢性的な食料不足を解決するために立ち上げた組織だ。農業試験場と畜産試験場、水産試験場、料理研究所を創設して、クドル3国の農業と畜産業、水産業で穀物や野菜、家畜、水産物などの生産性と品質を高めていく予定だ。合わせてクドル3国に適した料理レシピの開発も行う。ドルガ共和国でも食材改革を推し進めていくことになっているから相互で協力し合うことになるだろう。局長に就任したハンナも張り切っている。


 そして問題の教育局。クドル共同体の部局で運営が一番難しいのはフィルナに任せている教育局だと思う。


 ※ 現在のケイの魔力〈1364〉。

 ※ 現在のユウの魔力〈1364〉。

 ※ 現在のコタローの魔力〈1364〉。


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