SGS355 ドルガ共和国の発足
ドンゴのソウルを今の熊族の体に移植して5か月が経ったが、ドンゴの性格はゴブリンだったころと全然変わっていない。なんて言うか、純朴で、優しくて誠実なのだ。
突然に訪ねてきた用件を尋ねると、ドンゴは頭を掻きながら困ったような顔をした。
「別に用は無いんだけどな、ケイの顔が見たくなって寄ったんだぁ」
「念話でいつでも話ができるのに?」
ドンゴには3か月ほど前にオレの使徒になってもらった。だから普段は念話で会話をする。その会話のほとんどは護民官の仕事の報告や相談で、ときどきラウラのことも話したりした。
「ケイはずっと働きずくめだったからな。元気なのか自分の目で確かめようと思ってなぁ」
ドンゴが突然に訪ねてきたから何か余程困ったことでも起きたのかと思ったが、どうやら違ったようだ。ただオレのことを心配して訪ねて来てくれたらしい。
「ありがとう。心配をかけたね」
「なんもだぁ」
「ドンゴたちが頑張ってくれてるおかげで、ドルガ共和国も順調に国作りが進んでるよ。本当に感謝してるんだ」
「今のところは順調だけどなぁ……」
「えっ? 何か不安なことがあるの?」
「今は大丈夫なんだけどなぁ。この先、ドルガ共和国が発展して豊かになってくると、ちょっと心配なことがあってな……」
ドンゴからその話を聞いてオレも頭を抱えたが、その話はここでは省略しよう。国を立ち上げて発展させていこうとするなら様々なリスクや問題が持ち上がってくる。それを逐一書き連ねていてはキリがない。オレはそういう面倒なことをすべてテイナ姫やドンゴたちに丸投げしてるのだから、本当に申し訳ないと思う。
ドンゴはオレが尋ねたからその話をしてくれたが、そのためにオレに会いに来たのではなさそうだ。話題はいつの間にかラウラの話になっていた。
「オイラがやってることなんか大したことじゃねぇけどな。ラウラは大変だと思うぞ。なにしろ時空を超えた異世界だぁ。それも戦争ばかりやってる時代に行っちまって、辛い思いをしてるだろうからなぁ」
「うん……。ラウラにも申し訳ないと思ってる」
「いやいや、ケイが申し訳ないと感じることはねぇぞ。ラウラが時空を超えて異世界に行っちまったのは、バーサット帝国がやったことだぁ。それにケイはラウラを救い出すために、今も毎日のように時間を作ってクドル・インフェルノで魔獣を相手に戦ってると聞いたぞ。魔力をもっと高めたら、時空を超えてラウラのところへ転移できるんだってなぁ?」
「うん。でもね、このところ魔獣を倒し続けても、なかなか魔力が高まらないんだよ。こんな状態じゃあ、いつになったらラウラを迎えに行けるのか……」
オレは時間を見つけては魔獣と戦い続けている。魔力が〈1500〉を超えたら時空を超えて転移できるようになる。そうなれば日本の戦国時代へワープして、ラウラをこっちの世界へ連れ戻すことができるのだ。だけど最近は魔獣を倒し続けても、魔力が全然高まらない日が増えてきた。こんな状態では自分の魔力が〈1500〉を超えるのは1年くらい先になるか、あるいは何年も先になるのか分からなくなってきた。
「そうなのかぁ……」
ドンゴが少し悲しそうな顔をした。
ドンゴには悪いが、この際にラウラのことで自分が不安に思ってることを聞いてもらおう。
「実はね、わたしがラウラに申し訳ないと思っていることがもう一つあってね……」
「何だぁ? 何かまだ心配事があるのかぁ?」
「うん。ラウラが向こうの世界で領主になるのを引き留められなかったからね。そのことを申し訳なく思ってて……」
自然と声が小さくなってしまう。
「どうしてだぁ? 領主になって良かったんじゃねぇのかぁ?」
「平和な時代ならそうかもしれないけど、ラウラがいるのは戦国時代だからね。つまり多くの領主が戦いあって、統一国家を作ることを目指している時代なんだよ。そんな世界で領主になったら、嫌でも戦いに巻き込まれてしまうからね」
「あぁ、そういうことかぁ」
「うん。だから、領主なんかにならずに、もっと静かに暮らせる立場でいるように助言するべきだったと思ってね。今ごろ後悔しても遅いんだけど」
今のラウラは武田信玄の娘という立場になってしまったから、その流れのまま信玄を担いで天下統一を目指そうとしている。
「でもな、もう領主になっちまったんだからな。今は領主としてのラウラを精一杯助けるしかないんじゃねぇのかぁ。それがケイの責任だぞぉ」
「うん。そうだね……」
過ぎたことを悔やんでも仕方ない。今はとにかく最善と思うことをやるだけだ。
「ドンゴにそう言ってもらって、なんだか悔やんでいたことが吹っ切れた気がするよ」
それから10分ほど雑談をしてドンゴは帰っていった。
「会ってお互いに顔を見たり触ったりしないと分からないこともあるからな。ケイが元気そうで安心したぁ。なによりだぁ」
帰り際にドンゴが掛けてくれた言葉がオレを温かく包んだ。
ドンゴの存在がどれほどありがたいことか……。
会いに来てくれてありがとう。心の中でそっと呟いた。
テーブルの上にはドンゴが少し飲み残したお茶だけが残った。
オレはそれをぼんやりと眺めながらドンゴが護民官を引き受けてくれたときのことや新しく生まれたドルガ共和国のことを思い起こしていた。
ドルガ共和国は1週間前に国としての独立宣言を行った。隣接するクドル共同体とゴブリンの国であるレブルン王国はそれを直ちに承認してドルガ共和国との外交関係を樹立した。
この国が生まれることになったのは、5か月前のウィンキアソウルとの交渉でドルガ湖周辺の地域を食材改革特区として人族と魔族が協力し合って暮らせる場所とすることで合意したからだ。その統治をウィンキアソウルから任されたのはオレと緑玉龍のミドラレグルだ。
オレはこの5か月の間、クドル共同体の立ち上げ準備と並行してドルガ共和国を立ち上げる準備を進めてきた。まず最初に行ったことは緑玉龍と相談して統治者の代理人を立てることだ。
オレと緑玉龍が話し合って、この国の統治をその代理人に任せることにした。代理人はゴブリン族から二名、人族から二名で、オレと緑玉龍の代わりに国の統治をしてもらうから執政官と呼ぶことになった。
執政官を選んで任命する権限を持つのはオレと緑玉龍だけだ。執政官の統治が不味ければ、いつでもそれを正すことができるし、執政官を交代させることもできる。なにしろオレと緑玉龍が真の統治者なのだから。そのことを知っているのは人族側も魔族側もごく一部の者だけだ。
オレが人族側の執政官として選んだのはテイナ姫とルセイラだ。テイナ姫はレングラン王国の王位継承者だが、父親のレングラー王は健康だから王位を引き継ぐのはずっと先のことになるだろう。それまでの間はテイナ姫にドルガ共和国の統治を任せるということだ。ルセイラはテイナ姫付きの女官で頭も良いし剣の腕も確かだ。テイナ姫もルセイラもその志は高く、オレと一緒にゴブリンの国へ和平交渉に出向いて苦楽を共にした仲であり、気心の知れた友人だ。
テイナ姫とルセイラにドルガ共和国の人族側の執政官と副執政官への就任を依頼すると、二人とも喜んで引き受けてくれた。レング神やレングラー王も大いに賛成してくれた。テイナ姫たちがドルガ共和国の統治者となることは隣国となるレングラン王国にとって国防の面でも貿易の面でも計り知れない恩恵をもたらすからだ。
ちなみにゴブリン族側の執政官と副執政官も決まった。執政官はナザードという名前の男性で、副執政官はセドラという女性だ。オレも二人と話をしたが、どちらも誠実そうな感じだった。緑玉龍にこの二人をどうやって選んだのかを尋ねると、ベルッテ王の推薦だと教えてくれた。二人ともレブルン王国の王宮でベルッテ王に仕えていた官吏だそうだ。
執政官はこの四人だが、その役割は執政官と副執政官で異なっている。執政官のテイナ姫とナザードの役割は国の統治だ。それに対して副執政官のルセイラとセドラの役割はこの国の大方針である食材改革を人族とゴブリン族が協力し合って進めていくことだ。
そうは言っても役割でスパっと分けて仕事を分担できるはずはない。この四人はそれぞれが人族とゴブリン族の代表として話し合いながら統治と食材改革を進めていくことになるのだ。
ドルガ共和国の立ち上げ準備はこの四人の指揮命令の下でクドル3国とレブルン王国から派遣されてきた二千人ほどの要員で進められてきた。この国に移住してくる者たちの住居は神族とその使徒たちが協力して整備した。難民キャンプを作ったときと同じコピー方式だ。もちろんオレと仲間たちもそれに加わっている。
こうしてドルガ湖畔には新たな街が出来上がろうとしていた。荒れ地は整地されて人族とゴブリン族が暮らす石造りの家が整然と建ち並び、そこには人族五万人とゴブリン族五万人が入居を終えていた。人族の大半はメリセランから逃れてきた難民たちで、ゴブリン族はレブルン王国から送り込まれた者たちだ。
この街で必要となる食料と生活物資はレブルン王国から運び込まれている。地母神様の命令でレブルン王国側が無償で食料と生活物資を提供し、この街まで輸送してくることになっているのだ。これはドルガ共和国の国民たちが自活できるようになるまで続く予定だ。
この街に移り住むことが許されたのはドルガ共和国の設立趣旨に賛同し、この国の法律を守ることを誓った者だけだ。ゴブリン族と人族が種族の違いを乗り越えて互いに尊厳を保ちながら共生し、協力し合って食材改革や農業改革を進めるということがこの国の基本的な方針だ。この国に住むゴブリン族と人族の立場は対等であり、お互いに友愛と敬意を以て接し、法に基づいて生活することになる。そのことを理解し、積極的に自分と家族がその取り組みに加わろうと考える者だけが移住を許されたのだ。
本能に負けてゴブリン族の男が人族の女に種付けをしようと襲い掛かるのではないか。オレはそれが心配だったが、そこは緑玉龍がきっちり仕事をしてくれた。緑玉龍の権威というか地母神様の威光の方がゴブリン族の男たちの本能を遥かに凌駕していたようだ。
ちなみに事前の合意なくゴブリン族の男が人族の女に唾液を注入して惑わすことは法律でも固く禁じられている。ただし事前の手続を踏んで人族の女が合意している場合は種族を超えて男女の関係になることができるし結婚もできる。意外なことにゴブリン族の男と結婚したいという人族の女が二十人近くもいて、手続を済まているそうだ。
※ 現在のケイの魔力〈1364〉。
※ 現在のユウの魔力〈1364〉。
※ 現在のコタローの魔力〈1364〉。




