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SGS353 紫玉の護民官その2

 ―――― ドンゴ(前エピソードからの続き) ――――


 身分証の裏には小さな文字で次のような説明が記されていた。


 〈ドルガ共和国ゴブリン族執政官ナザードと同国人族執政官テイナはこの者が同国の護民官であり、次の特権を持つことを保証する。1.悪人を逮捕・生殺与奪できる。2.同国の政策を停止できる。3.同国の防衛隊と官吏を動員し指揮命令できる。4.同国の何人なにびとも当人を逮捕・殺傷してはならない〉


 どういう仕掛けになっているのかは分からないけれど、この身分証に文字を浮かび上がらせることができるのはオイラだけだ。この身分証はオイラだけを識別しているらしい。


 身分証の説明文を読み終えたドルテ副隊長は顔を真っ赤にさせた。


「馬鹿なっ! こんな無茶苦茶な権限は聞いたことが無いわ。それに、あんたみたいな男に執政官がこんな特権を与えるはずがないでしょっ! この身分証は偽物ねっ! どこで手に入れたの? 正直に話しなさい!」


「これは本物だけど、困ったなぁ……。執政官のナザードさんかテイナ姫に確認してくれたら、オイラが間違いなく護民官だと分かるはずなんだけどなぁ。それにオイラが身分を偽って悪事を働くつもりなら、わざわざ防衛隊に来るはずがないよな。そう思わないかぁ?」


「えっ……? 言われてみれば、たしかにそうかも……。それなら、何の用があってエストル隊長を訪ねてきたの?」


「防衛隊の手を借りたいんだけどなぁ。この半月くらいの間にドルガの街へ移住してきた人族の若い女性たちが何人も行方不明になってるんだが。あんたたちもそのことは知ってるだろ?」


「もちろんよ。捜索の依頼が20件近く来てるからね」


「オイラはその女性たちを捜索していてなぁ。それで今朝になって、やっと女性たちを誘拐した悪人たちのアジトを突き止めたんだぁ」


「あなたが?」


 ドルテ副隊長は一層疑わしそうな目でオイラをじろじろと見てるが、その視線に耐えながら詳しいことを説明した。


「あなたの話は分かったけど……。ゴブリンの奴隷商人に女性たちを売ってるということは、賊の一味にゴブリンも加わってるということなの?」


「ゴブリン族と人族が共謀して女性たちを誘拐しているようだなぁ。誘拐された女性たちは二十人くらいいて、奴隷商人が用意したアジトに閉じ込められているんだぁ。女性たちの人数が増えてきたからな、もうすぐレブルン王国か別の魔族の国に連れて行かれるだろうとオイラは考えてる。だからその前にアジトに踏み込んで、女性たちを救い出そうと思ってるんだぁ」


「それで賊たちのアジトを叩くのに防衛隊の手を借りたいってことね?」


「いや、アジトにはオイラが一人だけで踏み込むつもりだぁ。防衛隊には女性たちを救い出した後のことを頼みたいと思ってる。アジトはこの街から20ギモラほど離れたところにあるからな、救い出した女性たちと捕らえた賊たちをこの街まで護送してほしいんだぁ」


「あなた一人で賊たちと戦うと言うの?」


 説明を聞いた後もドルテ副隊長はオイラのことを疑ってる感じだ。オイラが一人でアジトに踏み込むのは防衛隊員に余計な怪我をさせたくないからだけど、そんな理由を言っても信じてくれないだろうなぁ……。



 ――――――― ドルテ副隊長 ―――――――


 ドンゴと名乗った男は道案内をしながら部隊の先頭を駆け足で進んでいく。太っているくせにドンゴの身のこなしは軽やかだ。


 街を出て、右側にドルガ湖を見ながら西へ3時間ほど走ってきた。率いてきた防衛隊の構成はゴブリン族が十五人と人族が十五人で、魔闘士はあたしだけだ。


 いや、前を走るドンゴもおそらく魔闘士なのだろう。探知魔法で調べてみたが、ドンゴのことを全く探知できなかった。つまり、あたしよりもドンゴの方が魔力が高いということだ。


 外見で人を判断してはダメだと思うが、太っちょの体にダボダボのズボンを穿いて、頭をバンダナでグルグル巻きにしたこの男を信じて良いのか、あたしには分からない。それでも女性たちが誘拐されていて、ゴブリンの奴隷商人に売り飛ばされているのであれば、その救出は防衛隊の仕事だ。半信半疑ではあったが、あたしの判断でドンゴの要請に応じて兵士たちをここまで連れてきたのだ。


「この辺りで待っててくれるかぁ」


 ドンゴは左手を出してあたしたちを止めた。荒れ地の中の獣道だ。周りは腰の高さほどの枯れ草がどこまでも続いている。右手には300モラほどのところからドルガ湖が広がっていた。


「悪人たちのアジトはあの雑木林の中だぁ」


 ドンゴが指差しているのは右斜め前方に見える雑木林だ。湖畔の雑木林で、ここからは500モラくらいの距離だろう。


「今からオイラが一人で行って悪人たちを制圧してくるからなぁ。無事に制圧が終わったら、オイラが雑木林から出て来て、手を振って合図する。そうしたらオイラのところまで移動して来てほしいんだ。いいかな?」


 この男は本当に単独で戦うつもりのようだ。無謀なのか、よほど自分の戦闘能力に自信があるのか……。


「待ちなさい。一人で戦うのは危険すぎるわ。あたしも一緒に行く。これでも戦闘の経験は豊富なのよ」


 あたしの言葉にドンゴは少し考えてから頷いた。


「付いて来て良いけどな。オイラの指示に従うこと。それが条件だぁ」


「分かったわ。ただし無茶な指示には従わないけどね」


 隊員たちにはここで隠れて待つように指示して、あたしはドンゴの後ろを走り始めた。


 雑木林に近付くと、探知魔法で賊たちの位置を掴むことができた。雑木林に入ったところから100モラほどのところにアジトがあるのだ。二十人ほどの人族が同じ場所で固まっている。おそらく捕らわれている女性たちだろう。その周囲には十人ほどの人族と二十人ほどのゴブリン族、それと意外なことにオークがいた。十頭くらいだ。


 相手の数はオークも合わせると四十人くらいになる。予想以上の数だ。数人で周囲を移動しているのは見張り役で、同じ場所に留まっているのは休憩中か会議でもしているのか……。どうであれ賊の仲間たちに違いない。


 問題はオークの中の二頭がオークロードだということだ。


 ドルガ共和国はまだ正式には独立していないが、国の法律はほぼ出来上がっている。その法律ではこの国に住む人族とゴブリン族の立場は対等であり、お互いに友愛と敬意を以て接し、法に基づいて生活することになっている。だが、それ以外の魔族については法では規定されていない。つまりこれまでの慣習に従い、ドルガ共和国の人族はオークたちとは敵対するということだ。


 だから今回の賊の中で人族とゴブリン族は可能な限り捕らえて、オークは殺すことになる。だが戦いになれば種族を区別している余裕などは無いだろう。ましてや相手の中にはオークロードがいるのだから……。


「ねぇ、気付いてる? オークロードが二頭もいるわよ」


「ああ、いるなぁ」


 気が抜けたような返事だ。緊張感など全く感じられない。


「大丈夫なの?」


「たぶんなぁ……」


 なんとも頼りない感じだ。何か作戦があるのだろうが、本当にこんな男を信じて良いのだろうか。もしこの男が逃げ出して自分一人でオークロードと戦うことになれば、同時に二頭を相手にして生き残れるとは到底思えない。連れてきた部下たちも全滅することになるだろう。


 ドンゴは隠れる素振りも見せず、まっすぐに雑木林の中に入っていく。あたしは腰を屈めながらその後を追った。ドンゴが何をするのか見極めるのだ。


 薄暗い木々の間を50モラほど進んだところでドンゴは足を止めた。20モラほど先が明るくなっている。雑木林が切り開かれているようだ。


「この辺りで待っていてほしい。ここなら安全だからなぁ」


「馬鹿にしないで。あたしも一緒に行くわ」


「好きにしな」


 ドンゴはまた歩き出した。


「ちょっと待って! 戦いの用意はしないの? どういう作戦なの?」


 あたしはバリアも張っているし、剣も抜いている。だがドンゴは無手だ。


「作戦は……、無いなぁ」


「作戦が無いって!? じゃあ、どうやって女性たちを救い出すのよ?」


 ドンゴはあたしの質問には答えず、歩きながら頭に手をやってバンダナを外し始めた。


「えっ……」


 ドンゴの後ろ姿を見て思わず声が出てしまった。頭髪の間から黒い毛に覆われた丸い耳が出てきたからだ。


「あなた、熊族なの……?」


 驚かされることばかりだ。ドンゴはその問い掛けにも答えず、明るい方に向かって歩いていく。いつの間にか右手には魔力剣を出していた。


 雑木林が途切れる手前でドンゴは立ち止まった。この先は100モラ四方ほどが切り開かれていて、足首が埋まるくらいの草地になっていた。草地の真ん中あたりには土壁と板葺きの小屋が5棟あり、どの入り口にもゴブリン族と人族が数人ずつ立っている。小屋と言っても2階建てほどの高さがあって、その入り口も大きい。おそらく背の高いゴブリンやオーク用に作られた小屋だろう。


 小屋から少し離れたところにも数人が連れ立って歩いていて、雑木林の方に目を向けていた。見張りのようだ。明らかに侵入者を警戒している。


 そのとき小屋から誰かが出てきた。ゴブリンだ。その後ろからは女性がゴブリンに腕を掴まれて小屋から引きずり出されるようにして現れた。悲鳴を上げながら女性は暴れている。続いてまたゴブリンと女性が出てきた。二人目の女性は泣いているようだ。どちらの女性も20歳前後の若さに見えた。


 ゴブリンたちは女性二人を別の小屋に連れて行こうとしている。そこには探知魔法で二頭のオークロードがいることが分かっている。


 あたしたちが眺めている間に女性たち二人は小屋の中に連れ込まれてしまった。


「ねぇ、早く助けないと……」


 ドンゴの後ろから小さな声で話しかけた。


「ああ。オークロードは種付けをするつもりだろうなぁ」


 ドンゴはこちらに振り向かず、小屋の方を見ている。賊たちの動きから目を離さないようにしているのだろう。


「オークやオークロードがいるなんて聞いてなかったわよ。誘拐された女性たちはゴブリンの奴隷商人に買われたんじゃないの?」


「今朝まではここにオークもオークロードもいなかったんだぁ。あいつらがここに来たのはオイラがここを離れた後ってことだな。たぶんオークたちは女性たちをゴブリンの奴隷商人から買って、国へ連れて帰ろうとしているんだと思う。その前に指揮官のオークロードが女性たちの味見をしたくなったんだろうなぁ」


「そんなのんきなことを言ってる場合じゃないでしょ。作戦も無くて、二人だけで戦うなんて無茶よっ! いったいどうするのよ?」


「ここからはオイラが一人で行く。あんたはここで待機していてくれ」


 ドンゴは相手が四十人もいるのに臆する素振りも無く、雑木林を出てどんどん前へ歩いていく。


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