SGS351 世界の美しい調和と波紋
太久郎が差し出してきたのは2個の小さな金属ネジのような物だ。一つは金色、もう一つは銀色だ。よく見るとそれはネジではなく、両端が丸い球状になっている。
「これって、何ですか?」
「これは君のために特別に作ったピアスだよ。金色のピアスは僕との連絡用で、銀色のは緑玉龍との連絡用だ。ワープポイントの機能も兼ねている。耳たぶに常に装着しておけばいつでもお互いに念話で連絡ができるし、必要ならワープで直接会って話し合うこともできる。緑玉龍とはこれから連絡を取る機会が増えるはずだ。ドルガ湖特区の運営について話し合うためにね」
それを聞いて、オレは思わずミサキ(コタロー)の方を見てしまった。
『これはケイ専用の魔具のようね。ケイが装着すれば、ウィンキアソウルや緑玉龍との間で直通のソウルリンクが形成されて念話が可能になるのだと思うわ。ワープポイントの機能も持っていると言ってるから、ウィンキアソウルや緑玉龍とお互いにワープして会えるようになるのだと思う。いつでもね。それにこの魔具を使った念話やワープはソウルゲートを経由しないから、ソウルゲートの情報がウィンキアソウルに漏れたり安全が脅かされたりすることもないから安心よ』
ミサキが高速思考でコメントしてくれた。
『ウィンキアソウルと直通でいつでも念話で話をしたり、ワープで会えるようになるってこと? なんだかなぁ……。そんな魔具は遠慮したいけど……』
オレにだって一人でこっそりと……。とにかく、突然にウィンキアソウルが目の前に現れるなんて絶対にイヤだ。
『正確に言えばソウルオーブが入っていないから、魔具とは違う物だわね。それはともかく、ウィンキアソウルや緑玉龍と必要なときにいつでも連絡ができるのはメリットが大きいと思うわよ。国を統治する立場になったのだからね』
『でも、わたしがこれを装着してウィンキアソウルとの間で直通のリンクが形成できたとしても、非正規リンクだから強制切断されてしまうよね?』
ソウルゲートを経由するソウルリンクを正規リンク、ソウルゲートを経由しないソウルリンクを非正規リンクと呼んでいる。詳しいことは省略するが、以前にウィンキアソウルがオレの体に設定したワープポイントは非正規リンクだった。その非正規リンクを辿って、ウィンキアソウルが地球へ来てしまう恐れがあった。それを避けるためにオレは非正規リンクを強制切断するための魔具を自分の体に埋め込んでいるのだ。それが今も働いているはずだから、このピアスを装着しても上手く機能しないだろう。
『そうね、あなたが装着している非正規リンク強制切断の魔具のせいで、今のままだとこのピアスは機能しないでしょうね。あの魔具を停止させたらどうかしら? どうせウィンキアソウルは地球に来てしまったのだから、非正規リンク強制切断魔具の必要性は小さくなった思うんだけど』
『でも、ウィンキアソウルがいつでもわたしのところへワープできるようになればソウルゲートに侵入されてしまうかもしれないよ?』
『それは大丈夫。ソウルゲートの防御は万全だから。ウィンキアソウルや緑玉龍に侵入されることは無いから心配ないわよ。ねぇ、ケイ。そんなに嫌がらないで。国をしっかりと統治するためなのだから』
『仕方ないなぁ。ピアスを受け取ろうかな……』
『ええ、そうした方が良いわね。それと、あの非正規リンク強制切断の魔具は、あなたの意思で停止させたり起動させたりできるわよ』
『そうなの? じゃあ後で魔具を停止させるからそのやり方を教えて』
高速思考を解除して、視線を太久郎の方へ戻した。
「このピアスを受け取るかどうか、ミサキとの相談は終わったようだね。で、どうする?」
やはりミサキと高速思考で相談したことはお見通しだったようだ。
「ありがたく頂きます。それと、わたしのところへワープしてくるときは、事前に念話で連絡をお願いします」
「心配しないでいいよ。ワープするときは前もって連絡を入れるから」
オレはピアスを受け取り、ミサキに頼んでオレの耳たぶに付けてもらった。
「そのピアスは君の意思ですぐに使えるようになってるんだ。試しに緑玉龍と会話してごらんよ。異世界間でも念話はできるから」
「でも、いきなり念話で話しかけたら、緑玉龍が驚くと思うんですけど?」
「大丈夫。君と話し合った内容は、緑玉龍には伝え終わってるからね」
「え、そうなんですか? でも、そんな時間は無かったはずですけど。あなたはずっとここにいましたよね?」
「ケイ、君は僕を誰だと思ってるんだ? この太久郎の姿は僕のほんの一部に過ぎないんだよ」
なるほど。ウィンキアソウルは同時に複数の場所で様々な事をこなせるってことだ。もしかするとオレたちのように高速思考も可能なのかもしれない。
「さすがですね。じゃあ、やってみます……」
ミサキ(コタロー)にサポートして貰いながら、非正規リンク切断魔具の機能を停止させた。そして頭の中で緑玉龍をイメージして念話で呼び掛けてみた。
『緑玉龍さん、聞こえますか?』
『……おお、小娘、おまえか。聞こえておるぞ』
『地母神様からドルガ湖特区の件は聞いておられると思いますけど……』
『その件は地母神様から命令を受けておる。おまえのような小娘と協力し合って国を統治するなど我の望むところでは無いが、命令とあれば仕方ない』
『統治はわたしの代理の者に行わせます。後で細かいことを話し合いたいので、よろしくお願いします』
『承知した』
念話を終え、太久郎へ話しかけた。
「緑玉龍と普通に念話で話ができました。これがあればいつでも話ができるので便利ですね」
「うん。これで僕との間もいつでも念話で話ができるよ」
「ありがとうございます」
ドルガ湖特区の交渉が上手くいってホッとした。おまけにウィンキアソウルや緑玉龍と連絡するピアスまで手に入れることができた。成果としては十分だろう。
「それと僕からも君に頼みたいことがあるんだ。僕のことを大輝の家族と優羽奈の家族に紹介してほしい。ウィンキアから一緒に帰ってきた友だちだとね」
「分かりました。ええと、次の日曜日に大輝の家と優羽奈の家を一緒に訪問することにしましょう。時間はこちらから連絡します」
「うん、約束だ。忘れるなよ」
太久郎は大輝の家族や優羽奈の家族に強い思い入れがあるのだろう。
オレはその約束を次の日曜日にちゃんと果たした。大輝の家族にも優羽奈の家族にも事前にアポを入れておいたから、オレが優羽奈の振りをして太久郎を連れていくと大歓迎してくれた。その後も太久郎はときどき一人で大輝の家や優羽奈の家を訪れているそうだ。ちょっと厚かましいと思うが、太久郎はどちらの家でも家族のように溶け込んでいるらしい。それで今よりもっと人間に対する理解が深まって、ウィンキアソウルの気持ちがほぐれるなら大いに喜ばしいことだ。
話が飛んでしまったので元に戻そう。オレと太久郎との話し合いは終わった。
「さて……、今夜は楽しかった。僕は帰るよ」
太久郎は椅子から立ち上がった。
「あ、そうだ。帰る前に君に聞きたいことがあったんだ」
「はい、何でしょう?」
「難民を助けるために君がこれほど頑張っている本当の理由を知りたくてね」
「それはさっき話したとおりですよ。クドル3国の周辺には難民が暮らせるほどの土地が余って無くて、難民たちが暮らせる場所が無かったからです」
「でも、それはうわべの理由で、君が頑張っている本当の理由ではないだろう?」
「ああ、そういうことですか。難民たちがクドル湖の周辺に留まっていたら、難民たちだけでなくクドル湖周辺の人族たちまでもが困窮します。それは自分や自分の仲間たちも困ったことになるということです。自分勝手と言われるかもしれませんけど、結局は自分のためですよ」
「いや、それは自分勝手ではないよ。何度も繰り返すが、自分勝手というのは自分さえ良ければ他人がどうなっても構わないと考えて行動することだ。君はちゃんと周囲のことを考えて調和を取ろうとして頑張っているよね。君の仲間たち、クドル湖周辺の住人たち、難民たち、ゴブリンたち、そして人族と魔族、地球とウィンキア。なかなかできることではないよ。僕は君と友だちになれて良かったと思っている」
「そう言っていただけると、わたしも嬉しいです」
「世界はね、すべてのものが影響を及ぼし合いながら存在しているんだ。美しい調和が取れた関係を保っている。その調和を自分の都合だけで乱して平然としている者は悪だ。僕はそういう者は許さない。逆に世界の美しい調和を保とうとする者に僕は味方する」
「世界の美しい調和……、ですか」
「そうだ。美しい調和を乱せば波紋が広がり、その波紋は大きくなって、やがて調和を乱した者のところへも返ってくる。愚かな者はその波紋に飲み込まれ、賢い者はその波紋でさらに美しい調和を描く」
また難しいことを言う……。
「君はその波紋のことを理解しているはずだ。君は様々な騒動に巻き込まれて、君自身も小さな波紋を起こしてきた。そしてその波紋が広がって大きくなっていくことを君は心の中で恐れていたからね」
太久郎はオレの記憶の中からオレが“波紋”を恐れていることを知ったようだ。
「自分が引き起こした波紋で溺れたくはないですね。できれば自分の波紋でさらに美しい波紋を描きたいです。これでも少しは成長しているんですよ」
「うん。これからも君がそうであることを願っているよ」
「世界の美しい調和と波紋……。心に留めておきます」
オレの言葉に太久郎は満足そうに頷いた。
「次の日曜日の件、よろしく。それと君のお母さんに伝えておいてほしい。また君と一緒に美味しい料理を食べに来ますとね」
太久郎はそう言い残して姿を消した。
「ふぅーっ」
溜めていた息を吐き出すと、隣に座っていたミサキがポツリと言った。
「交渉が上手く進んだのはあなたのお母さんのおかげね」
「うん。お袋の美味しい手料理に救われたよ」
『ねぇ、ケイもお母様から料理を習って、仲間たちに食べさせてあげたら?』
ユウの念話でダイルの顔が浮かんできた。自分が煮込んだおでんをダイルが美味しそうに食べている……。
いやいや、それはダメだ……。
『料理の方はユウに任せるよ。ダイルたちに美味しい料理を作ってあげて』
頭の中に浮かんできたダイルの顔がいつまでも残像のように消えなかった。
※ 現在のケイの魔力〈1317〉。
※ 現在のユウの魔力〈1317〉。
※ 現在のコタローの魔力〈1317〉。




