SGS350 人類についての悩み事その2
ソウルゲート・マスターが地母神様に人類についての悩み事を相談したということは、地母神様の協力を得て何かをしようとしているのだろう。それは何だろうか。
ソウルゲート・マスターは人類の理性がほとんど成長していないと言ってるそうだから、強制的に人類の理性を高めるつもりかもしれない。いや、違うな。それをしたいのなら地母神様には相談しないだろう。地母神様は人類のことを好ましくは思っていないだろうから、人類の理性を高めることには協力しないはずだ。
それは地母神様が喜んで協力するようなことだろうな。と言うことは、人類の力を削ぐということだろう。ソウルゲート・マスターは人類滅亡の元凶を強力な科学兵器だと考えているらしいから、地母神様と協力し合って、その科学兵器を使えなくするってことだろうか。科学兵器だけじゃなくて、もしかすると科学技術の知識を人類からすべて奪ってしまうつもりかもしれない。でも、そんなことができるのか? ソウルゲート・マスターや地母神様ならできるかもしれないが、手間が掛かりそうだ。
そんな面倒なことをするくらいなら、人類をあっさり滅ぼしてしまう方が楽だろうな。まさか……。
いや、あり得るな。ソウルゲート・マスターは人類を見限って、一気に滅ぼそうとしているのかもしれない。でも自分の手で人類を滅ぼすことは忍びないから、地母神様の手を借りて……。
「地母神様、お願いです。地球の人類を滅ぼしたり、自分勝手な国を滅ぼすようなことは、どうか……、どうかお許しください。ソウルゲート・マスターから頼まれたとしても、どうか断ってください」
オレはテーブルに頭と両手を突けて許しを乞うた。
「ケイ、君は……」
頭を上げると、太久郎が呆れたような顔でオレを見ていた。
「同じことを何度言ったら分かってくれるんだ? 僕はそんなことはしないよ。君と約束しているし、それにあの者……、ソウルゲート・マスターもそんなことは望んでいないからね」
「ホントですか? それを聞いて、ホッとしました。でも、ソウルゲート・マスターが地母神様に人類についての悩み事を相談をしたのは、地母神様の協力を得て何かをするためですよね?」
「まぁ、そうだね。ずっと昔からあの者からの相談を受けていて、僕も色々と協力をしているよ。だけど、今回はそれとは別だ。今回は君への伝言を頼まれたんだよ。あの者が人類について悩んでいることと、その内容を君に知らせておいてほしいとね」
「そうなんですか? でも、そんな悩み事をわたしに知らせて、ソウルゲート・マスターはわたしに何を期待しているんでしょうか?」
「おそらく君に何かを頼もうとしているのだろうね」
「わたしに頼みって、いったい何を?」
「さあ。僕も具体的なことは分からないな。人類についての悩み事を解決するための何かだろうけどね」
そこまで聞いて、オレはハッと気付いてしまった。
この世界に一番害を及ぼす恐れがあるのは独裁的な国の統治者だと言っていたから……。
「もしかして独裁者を暗殺しろとか、暗示魔法を使って操り人形にしろとか、そういうことですか? わたしにそんなことを期待しているのなら、それはお断りします。わたしにはムリですから」
「それはたぶん違うと思うよ。そんな単純なことであれば、あの者は自分の部下にやらせるだろうからね」
「と言うことは、もっと難しいこと、ですか……」
「さあね。それはあの者に尋ねるしかないだろう。君があの者に会えるのがいつになるのかは分からないけどね」
それを聞いて、オレは次第に腹が立ってきた。ソウルゲート・マスターがオレに何をやらせようとしているのか知らないが、なんでオレが巻き込まれなきゃいけないんだ? 面倒なことはただでさえ嫌なのに。
どうしてこんな話になったのだろうか。オレは反論したくなってきた。
「あのぅ、人類の一員として反論させてもらっていいですか?」
「へぇ、なんだい?」
「たしかに人間は自分勝手で強欲な一面も持ってますけど、自分さえ良ければ他人はどうなってもいいという考えだけで戦いを始める人は少ないと思いますよ。戦いを始める理由はそんな単純じゃなくて、もっと複雑だと思うんです。色々な事情があって、やむを得ず戦いをするしかないっていう場合が多いんじゃないかなと……」
「ほう。例えばどんな?」
「ええと、例えば、戦わなきゃ滅びてしまうというような状況に追い込まれたときとかですね。歴史を見ても、今のままでは相手に攻略されて滅びてしまうから、やむを得ず相手と戦うしかないという状況で戦争になったことも多いと思います」
「それはあるだろうね。言っておくけど、僕は戦いを否定しているのではないよ。敵から攻撃されそうなときに仕方なくその相手と戦うのは当然のことだろう。やむを得ず戦いをするというのは、ほかにもあるね。例えば日本の戦国時代のように長く続いた戦乱を治める場合だ。武力で天下を平定するのもやむを得ないと思うよ」
「そうですよね」
「僕がダメだと言ってるのはそういうことじゃないんだ。ダメなのは、私利私欲で戦いを仕掛ける者がいることだ。戦いの指導者の中には自分たちを守ったり、戦乱を治めるために仕方なく戦いを決断する者もいるだろうが、中には私利私欲で戦いを仕掛ける者がいるはずだ。自分さえ良ければ他人はどうなってもいいとか、自国さえ良ければ他国はどうなってもいいとか、そういう考えで戦いを仕掛ける者を僕は許さないと言ってるんだよ。それは、あの者も……、ソウルゲート・マスターも僕と同じ考えだと思う」
太久郎が言ってることは分かるし、納得もできる。だが、オレの腹立たしさは治まっていない。もう少し何か言い返したい。
「地母神様やソウルゲート・マスターのお考えに異議を唱えるつもりは無いんですけど、自分勝手だったり自分を優先したりするのは大なり小なり誰でもあるんじゃないでしょうか? わたし自身にもあると思いますし、人類だけじゃなくて魔族にもそういうところはあると思うんですけど……」
「それはあるだろうね。誰でも自分の都合や利益を優先したいと考えることはあるだろう。僕はそれを責めるつもりはないよ」
「では、何が……?」
「僕が許さないと言ってるのはね、何度でも言うけど、“自分さえ良ければ他人がどうなっても構わない”という者だ。特にね、指導者がそういう考えの種族は間違いなく世界に害をなす。あの者が国の独裁者にそういう危惧を抱いているのも同じ理由だろうね」
「そういう独裁者は自分の国だけが繁栄すれば、ほかの国はどうなっても構わないと考えているから……、ですか?」
「そういうことだね。それはウィンキアでも同じだ。程度の差はあるだろうけどね。僕はそういう種族はウィンキアから排除するよ。分かってくれたかな?」
「はい……」
「君がこれから立ち上げようとしているクドル3国共同体やドルガ湖特区の人族たちには今の話をしっかりと言い聞かせて指導するようにしてほしい。特に国の指導者の意識は大切だよ」
そう言われて、オレは太久郎の意図が分かった気がした。おそらく太久郎はこの場でオレを教育しようとしていたのだろう。ソウルゲート・マスターの伝言を聞かせてくれたのもその一環なのだ。オレがウィンキアの人族に対して指導的な立場に就くことを見越してのことだろう。
「分かりました。肝に銘じておきます」
オレの言葉に太久郎は頷きながらにっこりほほ笑んだ。
「うん、君の指導で人族がどれくらい変わるかは見させてもらうよ。それから、ええと……、これを君に渡しておくよ」
また、重たい宿題が増えてしまった……。オレは心の中で溜息を吐きながら、太久郎の手のひらに乗っている物を見た。
※ 現在のケイの魔力〈1317〉。
※ 現在のユウの魔力〈1317〉。
※ 現在のコタローの魔力〈1317〉。




